ホーム > インタビュー&レポート > おかしくてなつかしい昭和の人情コメディー 舞台『じゃりン子チエ』をレポート
1978年にスタートした、はるき悦巳の人気漫画「じゃりン子チエ」を原作とした舞台が大阪松竹座で上演された。昭和の大阪を背景に、ホルモン焼き屋の小学5年生・竹本チエを中心に、不器用ながらも明るい家族と、それを取り巻く人々、そしてまるで人間のような猫たちが駆け回る人情喜劇で、脚本をわかぎゑふ、演出を村角太洋が手がけた。
ホルモン焼き屋の前を登場人物が次々と走り抜けるオープニングから、舞台上が一気に熱を帯びる。花道から澤井梨丘扮するチエが下駄でスキップしながら現れると、客席から大きな拍手が沸き起こった。まさにアニメから飛び出してきたような躍動感で魅了する澤井。チエたちが暮らす世界がゆっくりと立ち上がっていく。
波岡一喜扮するテツはいかつい風貌ながらも愛嬌があり、舞台をせわしなく走り回る。テツ役に臨むにあたり体重を15キロ増量して挑んだという波岡。ひと際体が大きく、どっしりとした存在感で惹きつける。おバァはん(桂南光)とおジィはん(佐藤武志)が醸すええ味も、下町の体温を底上げする。とりわけ南光のおバァはんは、役作りは必要ないと思えるほどそのまんま。桐生麻耶も猫の小鉄に見事になりきり、場内の空気を軽やかに。小鉄の存在も物語の推進力になっていた。
物語が大きく動き出すのは、曽我廼家一蝶が演じるみつるの母・おタカはん(紅萬子)の登場から。みつるの結婚をめぐって、家を出ていたチエの母ヨシ江(三倉茉奈)に戻ってきてもらう「大作戦」が走り出す。三倉は芯の強さと優しさを兼ね備えるヨシ江を好演。ヨシ江がなぜテツに惚れたのか、その理由を口数が少ないながらも説得力をもって表現した。花井拳骨(赤井英和)も堂々とした足取りで花道から現れ、客席の視線をぐっと引き寄せる。それぞれが繰り出す大阪弁の響きも心地よく、町の輪郭がいっそう濃くなった。
カルメラ兄弟は、兄役を曽我廼家桃太郎、弟役を村角ダイチが担った。二人も表情から佇まいまで、そのまんまだ。桃太郎と村角は、チエの同級生である小学生のタカシとマサルも演じ、変幻自在の魅力を振りまいた。近所のお好み焼き屋のオッチャン役・山本浩之も強い印象を残した。稽古前に行われた取材会では「アナウンサーの話し方が出てしまうのでは...」と懸念していた山本だが、すっかり大阪の下町のおっちゃんだった。そんな個性的な大人たちが次々と登場する世界で、気丈なチエを演じる澤井だが、ヨシ江に会った瞬間に見せる子どもらしさには、澤井の素顔を垣間見たような気持ちにもなった。
一方、小鉄と中林登生扮するアントニオJr.は、猫の世界を自由に闊歩する。原作でも有名な決闘の場面では、西部劇のような曲が流れて空気が一変。緊張感が走る。が、すぐさま彼らのかわいさが上回り、会場もほっこり。小鉄とジュニアが客席降りし、飴ちゃん撒きをする場面もあり、ひときわ盛り上がった。
チエが歌声を披露し、テツが投げ銭を求めて最前列の観客に話しかけるなど、舞台と客席がシームレスになる瞬間もあり、「じゃりン子チエ」の世界に入り込んだような感覚を楽しめた。また、みつるの結婚式では、花道から登場人物が列をなして現れ、華やかかつ賑やかに場を彩った。ヨシ江が、チエが生まれた時のことを話す場面や、チエがテツのことを書いた作文を発表する場面では、人を思う優しさに胸が熱くなる。おかしくて、なつかしい昭和の人情コメディーは、"あの頃"の町の温度を手渡すように、大阪松竹座をじんわりと温めた。
取材・文:岩本
(2025年12月26日更新)
2025年11月22日(土) 11:00/15:30
大阪松竹座(大阪府)