ホーム > インタビュー&レポート > 無名劇団『はざまっこ』上演、 なぜ20年後の今、福知山線事故を描くのか
――最新作『はざまっこ』は、福知山線の脱線事故が題材とのことですが、あらすじと、事故から20年経った今、なぜこのテーマを選んだのか、そのあたりを伺ってもよろしいでしょうか。
島原:大まかな概要になりますが、福知山脱線事故をモチーフにしつつ、人が人を思うとはどういうことかという普遍的なことをお伝えできたらと思っています。事故の話をストレートに描くのではなく、人とのつながりや、許せること、許せないことといった普遍的な部分を描きたいなと。
内容は、事故で亡くなった運転手の方のご家族が、20年目にあの世とこの世のはざまにたどり着き、そこで運転手である兄を探す物語です。家族が兄とどう向き合うか。兄自身も自分のことを到底許せないだろうけれども、少しでも兄が救われるとしたらどういうことだろうと考えるための物語にできればと。
事故から20年経った今、なぜこの作品をと思ったかというと、当時私は学生で、たまたま前の席に座っていた子の恩師の方が事故で亡くなったと聞き、自分にとってすごく身近な事故だと感じたんです。
また、関西の人にとっては20年経っても忘れられない事故ですが、関西圏外では風化が進んでいるように感じます。たまたま「次の演目は?」と聞かれたとき、福知山線脱線事故の話だと言うと、「あれ、すごい事故だったよね」「何が原因で起こったのか忘れちゃった」という反応が結構多かったんです。
タイパ(タイムパフォーマンス)、コスパ(コストパフォーマンス)が大きな声で叫ばれる昨今、それを追求した先に何があるのか。そうした追求の果てに起きたのがあの事故だったのではないかと思った時、関西の劇団として改めて事故を取り上げて、問題提起をしていきたいという思いがあり、このモチーフを選びました。どれだけ速いかとか、どれだけ安いかということが重視される現代社会を考える上で、忘れてはならない人だと思って焦点を当てました。
あの事故は、どれだけ利益を出せるかという儲け主義、何が何でもルールを守らなければならないというルール遵守、そして過度な社員教育という3つが大きな要因になったと思うのですが、それらをストレートに描くと説教くさくなってしまうので、色々な世代の方にも見やすい形で表現したくて、コミカルな要素を多く入れています。賽の河原や三途の川といった様々なシーンでそれらを想起させるものになればいいなと思います。ストレートにやればやるほど苦しい話ですし、ドキュメンタリーには勝てないと思うので、私たちは演劇という媒体で、演劇にしかできない斬新なアプローチができたらと思い、「あの世とこの世のはざま」というモチーフを選びました。ディテールは細かく、大枠はファンタジーで、「あの事故のことを言っているんだな」と感じてもらえるような、キワキワを攻めることになると思います。
――「キワキワを攻める」というのは、島原さんにとっても挑戦ですか。
島原:そうですね。私は重たい話を書くことが多いのですが、最近、目指しているのが、「コミカルな話に見せつつ、いかに苦しい話をしているか」というところです。ここ2、3年の目標ですね。表面的には笑いにあふれていたり、楽しいなと思うエピソードがあったとしても、その裏にはすごく苦しいことがあって。でもそれをストレートに表現しないことを心がけています。今回、MousePiece-reeさんが初めて私たちの劇団に出てくださるのですが、お三方の力はすごくて、コミカルとシリアスのメリハリがすごい。それらを私の狙い通りに演じてくださるので、すごいなと思います。
――詳しい結末はもちろん言えませんが、救いの話になるんでしょうか?
島原:そうですね。それが難しいところではあるのですが、100%の救いがあるかというと、そういうことはないと思います。でも、運転手さんの人生が「あの事故を起こした張本人」だけで語られてしまうのは、すごく辛いことだと思うんです。運転手さんご自身が、電車が好きだったこと、電車が好きで純粋に運転手を目指したかったんだという思いなど、家族と出会って自分自身を取り戻すような話になればいいなと思って作っています。
――関西と関東では事故に対する温度差があるとのことですが、関東の方からすると、コミカル要素を入れた方が受け入れやすい部分もあるかもしれないですね。
島原:そうですね。お客様の層も関東と関西ではかなり違います。関西はホームなので色々な年齢層の方がいらっしゃいますが、関東は若い方が多い印象です。20代の方は、おそらく物心つく前に事故があったので、あまりご存じないと思うんです。私たちの作品がきっかけで事故のことを調べたり、忘れないでくれたら本望ですし、考えるきっかけになってくれたらありがたいなと思います。
――尾形さんにもお話を伺いたいのですが、今回の役どころや、稽古場で受けるベテラン勢からの刺激、自分の糧になっていることなどをお聞かせいただけますか。
尾形:改めて、MousePiece-reeさんや川下大洋さんと、アドリブやコメディ要素にすごく強い方々をキャスティングしたんだなと稽古場で強く感じています。無名劇団さんにはなかった組み合わせと言ったら語弊があるかもしれませんが、今までは劇団員の若い男性がわちゃわちゃして、ちょっと面白いことをやって、そこからシリアスにもっていくパターンが多かったのですが、今回は大人の方々が稽古場をはちゃめちゃに、ぐちゃぐちゃに面白くしてくれています。そしてタイミングよく島原さんのシリアスな部分がザクッと入ってくる。プロデュースの立場としては綱渡りをしている感じでひやひやする部分もありますが、それが無名劇団の新しい挑戦というか、MousePiece-reeさんと大洋さんを交えて新たなシリアスな見せ方ができればいいなと思います。
僕の役柄は、運転手の弟で、時計職人という珍しい役です。物語の中で弟が兄に時計をプレゼントしているのですが、時計職人として、その時計を動かしたいのか、それともそのままにしてあげたいのか。時間を絡めた役なので、慎重に表現できたらなと思っています。
――ベテランの方々は思っていた以上の破壊力でしたか?
尾形:MousePiece-reeさんの個々の方とは共演したことがあったのですが、コメディ要素のある作品で共演したことがなかったので、「ここまで暴れてくれるのか!」と。今回、あの世の世界の人がものすごい格好をしているんです。
島原:鬼なんです。
尾形:手が長かったり、面白い格好をしているのですが、MousePiece-reeさんが稽古場からそれを面白く活用してくださっていて。「こんな面白いおじさんいるんだ」って。
島原:中村ユリさん含め、ベテラン勢の方はみんな鬼で出てくるのですが、圧倒的な迫力がありますね。ベテランの方々は「鬼!」という感じがします。
――脚本はMousePiece-reeさんらベテラン勢を迎えることを前提として書かれたのでしょうか?
島原:そうですね。今回、私と(劇団所属の)中條岳青の共同脚本でして、中條はファンタジー寄りの脚本を書くことが多いのですが、私が描くシリアスな会話劇とうまく噛み合えば面白いんじゃないかということで、今年から共同脚本になりました。MousePiece-reeさんに声をかけたいというのは、この脚本の構想の前から決まっていて、ほぼMousePiece-reeさんありきといいますか、公演自体を壊してくれるような空気のあるベテランの方がいらっしゃると、劇団の大きな転換期になるのではないかと思い、MousePiece-reeさんに出てほしいと思っていました。
――尾形さんのプロデュースとしても、そこは狙いでしたか?
尾形:そうですね。僕がプロデュースをするのは3回目になるのですが、僕のファンの皆さんは普段、ポップで元気なショーなどを見られている方が多いので、無名劇団のシリアスなテーマや伝えたいことを分かりやすく、共感しやすいように、明るいところはMousePiece-reeさんや大洋さんの力を借りてポップに表現しつつ、シリアスなところに落とし込んでいけたらというのが今回の狙いです。より無名劇団が表現する世界が伝わればと。今回は本当に挑戦ですね。
――ベテランの方と一緒にコメディ要素のシーンをやることで、演出家としても勉強になる点もありますか。
島原:これまでは20代の男の子が多かったので、細かい部分まで並走して言うことが多かったのですが、「こっちとこっち、どっちがいい?」「今、こう見えてるけど、違う見せ方の方がいい?」など、やりながらご提案してくださるので、私も「いろんなパターンがあるんだな」と気づかせてもらってとても楽しいです。
――尾形さんは俳優としても勉強になりますか?
尾形:「勉強になる」と言うのが正しいのでしょうけど、やっぱりおじさんたちはその人にしか出せない面白さで勝負しているんだなと痛感します。素材が面白い。勉強になるというよりは、憧れます。
――では最後に、読者の皆さんにそれぞれメッセージをいただけますか。
尾形:「無名劇団×尾形大吾プロデュース」というこの企画は、普段、舞台を見ない方でも楽しんでいただけることを前提にスタートしました。舞台を見たことがない人にも、「無名劇団のお芝居や舞台ってこんなに面白いんだ」とより感じていただくために色々試行錯誤していますので、ふらっと劇場に足を運んでいただき、無名劇団や舞台を好きになっていただけたらと思います。
島原:今回の作品は、特に自分たちにとって大きな分岐点になるような、新たな表現の幅が広がる作品になればいいなと思っています。その挑戦をさせてもらえるのも、尾形くんや客演の皆さんなど、絶対に何とかしてくれるメンバーがいるからです。今回の作品は、私にとっては大きなチャレンジなので、お客様も「すごく攻めた作品だな」と思われることもあると思います。ただ、絶対に面白いと思っていただけると自信を持ってお届けできる作品なので、お客様に見ていただけることをとても楽しみにしています。
取材・文/岩本
(2025年9月22日更新)
▼9月25日(木)~28日(日)
萬劇場
チケット発売中 Pコード:535-771
▼10月10日(金)15:00/19:00
▼10月11日(土)15:00/19:00
▼10月12日(日)12:00/16:00
▼10月13日(月)12:00/16:00
▼10月14日(火)12:00
神戸三宮シアター・エートー
S席-5000円 A席-4000円
[作]中條岳青/島原夏海
[演出]島原夏海
[出演]天知翔太/泉侃生/島原夏海/上田泰三/尾形大吾/川下大洋/中村ユリ/早川丈二/前野修一/森崎正弘/尾田知穗/神咲有希乃/木村ひかる/丹生尋子/松田拓士/守本要
※10/10(金)15:00公演終演後、アフタートークあり。
※SS席、B席は取扱なし。未就学児童は入場不可。上演時間は約90分を予定しています。公演の詳細は公式WEBサイトをご確認ください。
[問]無名劇団■050-3576-2384