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日本を代表する劇作家・清水邦夫の伝説的戯曲
『狂人なおもて往生をとぐ~昔、僕達は愛した~』
出演・木村達成、演出・稲葉賀恵インタビュー

とある部屋。大学教授という「善一郎」、遣り手ばばあと呼ばれる「はな」の会話からすると娼館のようである。そこへやってきた若い男「出」は、善一郎をパパと呼びながらも「こんな遊びには付き合ってられない」と言い放つ……。日本を代表する劇作家、清水邦夫の伝説的戯曲『狂人なおもて往生をとぐ』が、木村達成をはじめとするフレッシュな顔合わせで上演される。学生闘争まっさかりの1969年に初演され、当時の熱に浮かされたような世相を反映する骨太なこの戯曲を、2025年の現代にどう蘇らせるのか。出役の木村達成と、演出の稲葉賀恵が今思うことは――。

――お二人がお仕事をご一緒するのは初めてですよね? お互いの印象を教えてください。

稲葉 お会いするのも今日が初めてなんですよ。......私の印象なんて、ないんじゃない!?

木村 いえいえ(笑)。以前、宮澤エマさんとお仕事をされていましたよね。エマさんに、稲葉さんってどういう方かお聞きしたら「たぶん達成くんと合うと思うよ」と言ってくれたので、そこで安心しました。でも役者をやっていると、初対面でも「あの作品を観て......」という話から入れますし、わりとお話はスムーズにできる。作品をきっかけに親近感も芽生えますよね。

稲葉 それはそうですよね、とっかかりがありますもんね。私は木村さんのご出演作では『セツアンの善人』を観ました。すごい眼力の強い人いるなと思ったのが木村さんでした(笑)。舞台から受けた感想ですが、ナチュラルボーンな狂気を持っている人であり、素直な人なんだろうなと感じています。

木村 実際今日会ってみて、どうですか?

稲葉 その印象のままという感じです。......まだわかりませんが(笑)。

木村 まだガッツリ猫を被ってますから、僕。でも目に出るのはそうかも。やる気がない時は目を見たら一発でわかると言われます(笑)。

稲葉 私もけっこう、目が正直なので。だからわかりやすいのかもしれません。

――お二人が今回挑むのが清水邦夫の『狂人なおもて往生をとぐ』です。稲葉さんはこれまでも『楽屋』など清水作品を手掛けています。思い入れのある作家なのでしょうか。

稲葉 "その時代の強烈な作家性"を纏っている劇作家っているじゃないですか。つかこうへい、唐十郎、野田秀樹、渡辺えり......。清水邦夫もそうで、「清水邦夫と言えば、こういう作家」という理想を持つ観客・読者も多いので、演出する時はすごく緊張します。
一方で私は、清水邦夫と同時代に生きていないので、自分が共感する点を探します。まず、この話は家族という社会の最小単位を構成する人たちが、蟻地獄のような場所、明かりのあたらない場所でうごめいている、そんな湿気がある物語。私は家族のお話、しかもハートウォーミングなものではなく、家族でありながら感情が引き裂かれていくようなものが好きなので、この戯曲に惹かれました。
また、清水邦夫がこの作品を書いたのは1969年ですが、当時はまだ社会は切迫していたし、鬱屈としていたと思うんです。敗戦後に自分たちが信じたものが何もなくなって、社会に「生きる価値なし」とレッテルを貼られ、自分でも生きる価値がないのではと思っている人間がたくさんいた。でもそういう感覚って、実は今現在のわが国ではもすごくある気がします。私自身、居場所がないと感じる瞬間がありますから。その鬱屈したものをぶちかましていい戯曲、というものはすごく魅力的です。

――木村さんは、本作の印象はどう受け止めましたか。

木村 僕は恥ずかしながら清水邦夫という人がどんな戯曲を書いているのか知らなかったのですが、まずこの『狂人なおもて往生をとぐ』というタイトルに惹かれました。実際に読んでみたら、僕の想像した"狂人"とは違ったけれど、リアリティのある狂気が描かれていたし、それは僕の演じる「出」だけでなく、家族が纏うオーラ自体に感じます。ちょっと常軌を逸しているし、しかもそれでいて、平然としているところに狂気を感じる。読んでいてヒリヒリします。その狂気を持ったまま家族でテーブルを囲み、流れるようなセリフ回しで演じていく。「これをやるのか、面白そう!」と思いました。

稲葉 私も『狂人なおもて往生をとぐ』という言葉にとても惹かれます。浄土真宗の親鸞の言葉が元になっていますが(元は「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」)、これを揶揄ったのはどういうことなんだろうと考えるんですよ。清水邦夫がこれを書いている時の言葉が残されているのですが、浄土真宗の信仰があるのか聞かれ「信仰はありませんが、現世に居場所がない人たちの最後の砦である祈りというものを考えることはよくあります」と答えていて。私の中ではそれがキーになっています。劇中、善一郎は仏陀の教えという"何かすがるもの"に最終的にいきつき、その信仰から逃れられなくなる。要は自分のルールから逸脱したら最後、もう本当に世の中から外れてしまうというせめぎ合いで、どうしてもここから出たいのに出られないみたいな状態。それって、今の世でもめちゃくちゃあるな、と思うんです。

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――木村さんが演じる「出」というキャラクターについて、現時点で考えていることは。

木村 わかりやすく狂うやり方もあると思うのですが、狂っているつもりがない"狂い"でありたいかな。自分は狂っていないと思っている方の狂い方。

稲葉 出は、彼が狂って"ごっこ遊び"をしているようでいて、でも実はそうでもないのかもしれないと思わせるところがあるんですよ。善一郎に対しても、全部わかっているようなことを言いますし。「じゃあ本当に虚構を演じているのは誰か?」というミステリーがこの戯曲にはあります。善一郎にとっては、出が正気だとすれば、自分が狂人であることになってしまう。すごく表裏がある戯曲ですから、単に「このキャラクターは狂人です」というやり方をすると、太刀打ちができません。

木村 そうですよね。あとは、ビジュアル撮影用の衣裳を決めるにあたって、稲葉さんが「インテリジェンス」という言葉をお遣いになったのも「たしかにそうだな」と思いました。ボキャブラリーからも、出はすごく教養があるのがわかります。言葉の使い方がスケベです(笑)。しかもそれを家族に対して使っていると考えると......仲いいな、と思います。それが"家族ごっこ"であろうと。

稲葉 当時の学生運動って、頭がとても良いインテリと言われる層が、本当に世界を変えられると思ってやっていたわけですよね。それが「変えられない」となった時に、自分の生きる価値、自分の存在価値を失ってしまった。でもその知性は失われたわけではなく、インテリジェンスな頭脳は残っているわけです。その頭脳でもって、この戯曲で描かれているような壮大な物語を、壮大な仕組みを考えたのだとしたら......すごく頭がいいな、と思ったんです。出を頭がいい人として演じてほしいわけではないのですが、そういう人ほどタガが外れた時に狂気に転じやすいとは思う。私はこの戯曲を読むと少しオウム真理教事件を思い出します。あれも、とても頭のいいインテリな若者たちが世界を変えようと思って、結果、人を殺すまでに至ってしまった。出はそこに通じるような、信じることの純粋培養さがすごい人物。それを演じるのではなく地で行ってほしいので......木村さん頑張れ、と思っています(笑)。でもかなり魅力的な役ですよね、矛盾を抱えていて。

木村 でもこの台本をもらったら、みんな狂気を演じに行っちゃうんじゃないですか?

稲葉 そうだと思います。そこを前面に出していた上演もあったのではないかと思う。でも今はそういう時代でも、狂気の部類も複雑化しているから、慎重に考えたいです。

木村 先ほどおっしゃっていた「父(善一郎)の方が狂っているかも」というお話も面白いです。ページごとにキャラクターの狂気レベルがたぶん違っていて、「今、誰が一番狂っている?」と一斉に指さしたら、全員が違う人を指すようなトリッキーさをこの話からは感じます。出だけが狂っているわけじゃないと思うし、彼ら自身は真面目に会話している。それを外側から見たら「狂っている」と言われるだけで。そう思うと、演じやすくも感じます。

――木村さんは情報解禁時のコメントでも「今回は自分が何度ぶっ壊れるか、楽しみです」と語っていらっしゃいました。

木村 舞台をやる時は絶対にどこか壊れるんです。動きたくないという「壊れる」もあるし、しゃべりたくない「壊れる」、読みたくない「壊れる」、稽古場にいきたくない「壊れる」......色々あるのですが、楽しく壊れていきたいですね。出を演じるのはすごく苦しいことになりそうだけど、楽しみながら壊れたいです。

――稲葉さんが木村さんに期待することは。

稲葉 私、俳優を見るのが好きでこの職業をやっているところがあるのですが、どういう俳優が好きかというと「危うい人」なんです。とにかく安定感のない人。危ういって、すごく色っぽいじゃないですか。同じことが起こらない。凶器を振り回しているんだけど、刺さないみたいな(笑)、そういう人を舞台上で見たい。それで言うと、木村さんは初めましてではありますが、型から逸脱することをあまり厭わない方なのかなと勝手に思っていて。......あってます?

木村 あってると思います(笑)。

稲葉 この作品、「一緒に」作っていかないと太刀打ちができないものだと思うんです。演劇を作るということは過酷で、1ヵ月半くらいのあいだにお互い信頼して同じ方向へ向かっていかないといけない。だから「一緒にやれるか」が死活問題。特にこの戯曲は個々人で考えていくというよりがっつりスクラム組んで向き合っていかないと難しい。「わからなくてもいい」ではなく、腑に落ちて進んでいかないとダメな作品だと思うから、そういう作業を木村さんとできるということは嬉しいことだし、楽しみにしています。

木村 こちらこそ楽しみです!

取材・文・撮影:平野祥恵




(2025年8月18日更新)


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『狂人なおもて往生をとぐ
 ~昔、僕達は愛した~』

8月24日(日)一般発売 Pコード:534-300

●10月11日(土)~18日(土)
11(土)17:00、12 (日)12:00/17:00、13(月・祝)13:00 、14(火)18:00、15 (水)16(木)14:00 、17(金)18:00、18(土)13:00。
IMM THEATER
全席指定-10000円 
[作]清水邦夫 [演出]稲葉賀恵
[出演]木村達成/岡本玲/酒井大成/橘花梨/伊勢志摩/堀部圭亮
※未就学児童は入場不可。

〈アフタートーク開催〉
【10/12(日)17:00公演】登壇者:木村達成、酒井大成、稲葉賀恵(演出)
【10/14(火)18:00公演】登壇者:木村達成、岡本玲、稲葉賀恵(演出)
※登壇者は急遽変更になる場合もございます。

[問]公演事務局■0570-08-9921

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