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劇団四季退団後、初のミュージカル出演
飯田洋輔が『レ・ミゼラブル』でジャン・バルジャン役に挑む

2023年末まで劇団四季に在籍、看板俳優の一人として『オペラ座の怪人』怪人役や『美女と野獣』ビースト役をはじめ数々の大役で美声を轟かせてきた飯田洋輔。その退団はミュージカルファンに大きな衝撃を与えたが、彼は早くも、これまでの経歴にふさわしい大役でステージに帰ってきた。退団後初のミュージカル出演は、これまたミュージカル界を代表するビッグタイトル、『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンだ。飯田に現在の心境から『レ・ミゼラブル』との縁、バルジャン役への思いを聞いた。

――劇団四季を退団してちょうど一年たちますね。飯田さんの退団を知った時はかなり驚きました。差し支えなければなぜ退団を決めたのか、その心境をお聞きしてもよろしいでしょうか。

自分の今後のキャリアを考えるうえで、役者として僕はどういう活動ができるのか、この先どういう方向があるのか。その中でちょうど『レ・ミゼラブル』が上演されるタイミングとも合わさって、自分自身と向き合うポジティブな考えのもとで決断しました。

――今後のご自身のキャリアというのは、舞台俳優として? それともそれ以外にも活動を広げたいという?

約20年劇団四季にいて、ずっと舞台だけをやってきたので、それ以外のことも縁があればチャレンジしたいという思いはありますが、基本的には舞台俳優として、です。舞台上で役を生きるということへのこだわりはずっと持っていたいです。

――『レ・ミゼラブル』は退団後初のミュージカルですね。ご覧になったことは。

歴代の上演で四季の先輩方もたくさん出演されていますし、何度も拝見しています。初観劇はいつだったか覚えていないけれど、18・9歳の頃かな......。大学生の時に帝国劇場に観に行った記憶があります。オリジナル演出版でした。バリケードのアンジョルラスの姿などは印象的でしたね。最近では福井(晶一)さんがバルジャンを演じていたものを博多座で拝見しました。四季時代から共演が多かった先輩が、外に出られて活躍されている姿を見てとても嬉しかったのを覚えています。

――『レ・ミゼラブル』といえばミュージカルの金字塔、大作中の大作というイメージがありますが、俳優さんにとってもこの作品は特別な存在なのでしょうか。

"ミュージカルの歴史を作った作品"のひとつに間違いなく入るだろうし、まさに金字塔だと思います。1985年にロンドンオリジナル版が開幕し、すぐに日本に持ってきた(日本初演は1987年)。この1980年代はほかにも『キャッツ』や『オペラ座の怪人』が生まれ、ミュージカルというジャンルが大きく動いた時代で、この頃の作品がミュージカルのコアなファンを増やしたと思うんです。製作発表会見でも注目度の高さを感じましたし、チケットの売れ行きもすごい。劇団時代に続き、退団してひとつ目の作品でこういった歴史ある作品に関われることが光栄です。皆さんの期待や作品の重みも感じ、徐々にプレッシャーも増幅されているのですが(笑)、そこはあまり考えないようにしています。

――四季時代から、気になる存在ではあった?

劇団にいるから出ることはない、自分とは縁がない作品だと思っていましたが、何年かに一度の「上演します」というタイミングで情報はチェックしていました。実は四季入団以前にも、大学時代に、指揮科の仲間を巻き込んでオーケストラを組んで、『レミゼ』に挑戦したこともあります。

――そうなんですね! その時、飯田さんは何を歌ったのですか。

バルジャンを歌いました。......この時に僕は「いつかバルジャンをやる」と言っていたみたいなんです(笑)。今回の出演が決まった時、当時の友人が「あの時そう言ってたよな」と教えてくれました。僕はまったく覚えていないのですが。ただ、ストーリーの深い内容までは理解していなかったのですが、音楽の良さに惚れ込んだのはたしかです。いいミュージカルだなと思っていたし、だから「いつかやってみたい」と言ったのだと思います。

――そんな作品に出演が決まり、現在絶賛お稽古中かと思います(※取材時)。どんな心境ですか。

身体も色々なところが痛いのですが(笑)、何よりもバルジャンという人物を掘り下げる作業が大変です。出演が決まってから原作を読み映画を観て準備はしていたのですが、稽古に入るとより彼の複雑さに気付く思いでした。19年牢獄で暮らし野獣のような心になり、でも「生まれ変わる」という選択をし、そして天に帰っていくまで、色々なものを抱えて生きた人。やることも多い。......稽古場で皆さんが僕を慰めてくれるんですよ(笑)、「本当にバルジャンって大変だね」と。

――現時点では、バルジャンはどういう人物だと捉えていますか?

正義感もあるし、慈悲の心もある人だというのはもちろんですが、最近思うのは"決断の人"だなということ。何かを選択しなければいけない場面でちゃんと選択をできて、その選択した道に責任を持つ人だなと感じています。例えばファンテーヌに対し懺悔の気持ちがあって「コゼットを育てる」という決断、ジャベールが追いかけてきて、名乗り出なくてもいいのに名乗り出るという決断。そういう判断が要求されるところでしっかり決断ができる。しかもAの選択をしても、Bの選択をしてもどちらにしても責任を取るんだと思う。人間って、人生において色々な決断をしなきゃいけない場面があるから、そういう意味でお客さまも感情移入しやすいんじゃないかな。しっかり人生を歩んでいる姿に、お客さまも共感できるのだと思います。

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――言われてみればなるほどと思いますが、"決断の人"という表現は新鮮です。

僕も客席側から観ていた時はそういう風にはあまり思わなかったのですが、稽古をする中でだんだんそう思うようになりました。ただ、もちろん彼も迷うんです。迷いながらも声を発する、というのが難しい。不安定な心と、しっかり自分の主張を述べるところのバランスが、芝居を作っていても苦労しています。また感情の起伏が激しい役で、1曲の中にも色々な色がある。劇中の歌詞ではありませんが、絶望の色があれば希望の色もある。今まで僕が演じてきた役では求められなかった色も必要になってきています。

――しかも作中でかなりの時間経過もある。まさに一人の人生を歩む役どころですね。

考えなければいけないことのひとつに、年齢の進行もあります。これまであまり、作中の年齢の変化がある役を演じたことがないんですよ。でもバルジャンは「パリに来て10年後」といった、厳密な時間経過がある。動きひとつにしてもそこは変えていかなければいけないし、演出家にもよく「もうちょっとゆっくり動いて」と言われたりしています。とはいえそれがわざとらしくなってもいけないし、自然にその表現ができるよう頑張っているところです。

――今回の演出は劇団時代に『劇団四季のアンドリュー・ロイド=ウェバー コンサート~アンマスクド~』も手掛けた、クリストファー・キーさんですね。クリスさんの演出で、印象的だったことを教えてください。

日々たくさんのことを言われていますが(苦笑)、冒頭の場面では特に「自分の中から"野獣性"を出して」と言われています。その一環で『独白』のナンバーを、クリスと取っ組み合いをしながら歌ったりしました。「プロレスをしよう」って(笑)。身体的にもキツい中で歌うことで、何かに抗うバルジャンのすさんだ表現や佇まいを出す、という意図だったのだと思います。そしてそういうすさんだ心が出れば出るほど、後半の崇高さが際立ってくる。やっぱりなかなか......難しい役です、普段の僕とは違いすぎて。そこを表現するのが役者という仕事の面白さだとも思いますが。

――稽古に入る前、ニューヨークに行かれレッスンされたとか。

はい、役作りの一環で。フィジカル面、精神面もですが、歌の技術的にも足りない部分を補うために勉強してきました。芝居のレッスンもしましたし、とても実りある時間になりました。すごく楽しかった。

――飯田さんをもってしても、バルジャン役は「歌の技術的に足りない部分」があると感じるんですね......。

バルジャンはテノールの音域を得意とする方が演じられることの多い役なので、僕の音域より高いんです。また、以前はオクターブ下で歌っていたけれど、最近は高音で歌い上げることを求められる......といった時代の変化もあります。しかも「その音が出せる」というのと「表現できる」というのは違いますし。芝居に入り込むと声帯に力が入りすぎて声が出なくなることもある。そういうものを技術で補うために聞きたいことをまとめて、レッスンを受けてきました。ブロードウェイのプリンシパルたちを教えている超一流のボイストレーナーの先生に教わったので、とても学びになりました。その方、日本語はわからないのに「日本語で見るよ!」って言うんですよ。この言葉の音だったらこうやってみよう、と教えてくれるんです。すごい人はすごいんだな......と思った(笑)。ほかにも、ニューヨークで観た公演も素晴らしかったし、世界は広いな、俺も頑張らなきゃなと痛感しました。

――大変そうだと思うのですが、飯田さん、楽しそうです。

ジムに行って身体も作らなきゃいけないし、役の心も作らなければいけないし、歌の技術向上も必要だし、いったい完成はどこなんだろうと思うのですが、大きな壁があればあるほど楽しい。バルジャンというとんでもなく高く分厚い壁にぶつかる挑戦権を得たというのは僕の人生にとってとても大きなことですし、俳優としてもターニングポイントになると思います。

――少し話が逸れますが、同じバルジャン役の佐藤隆紀さんも"発声・声帯マニア"ですよね。お話が合うのでは?

稽古場でめっちゃ、話してます(笑)。先日もシュガー(佐藤)くんに「飯田さんのおかげで新しい声が見つかりました、ありがとうございます!」と言われました。別に何も教えていないんですけどね。僕がどういうアプローチでやるかを聞いてきて、それを見て、盗まれたようです(笑)。同じクラシック声楽を学んできた者としてお互いに影響を受け合っています。

――吉原光夫さんは、劇団四季出身の先輩でもありますね。

久しぶりにお会いしましたが、やっぱり四季出身ということで僕のことを気にかけてくださって、稽古場でもずいぶん助けていただいています。役に対するアドバイスもですが、四季でのお芝居と劇団外のお芝居の感覚的な違いなど、演劇論の観点から教えていただいたこともあり、僕の力になっています。

――ちなみに四季時代、共演はあったのでしょうか。

たぶん、していると思うんです......。光夫さんは「覚えてない、共演したっけ」とおっしゃっていましたが。まだ僕が入団したばかり、右も左もわからない状態で『ジーザス・クライスト=スーパースター』のアンサンブルをやらせてもらった時にユダをやられていたと思うんですよ。もしかしたら本番ではご一緒せず稽古場だけだったかもしれないけれど。掘り返すのも何なのでご本人には言ってませんが、稽古場でめちゃくちゃ怒られた記憶があるんです(笑)。その時は厳しく見えた先輩と同じ役をやれることも、感慨深いです。今もその背中を見ながら勉強しています。

――10月には帝国劇場で製作発表があり、飯田さんはひと足早く歌唱披露もされています。初・帝国劇場はいかがでしたか。

もちろん緊張はしましたが、トップバッターだったのもあり初の帝劇を味わう余裕もなく、「なんとかこの場を乗り切ろう」という感覚でした(笑)。そもそもああいうスタイルで歌うことは四季時代にはまったくなかったことですし。芝居じゃなく会見という場だったから緊張したのかな......。ああいう場でマイクを持って歌うと、ふと冷静になると"自分"が出てきちゃって。雰囲気にのまれてもいけないと、あまり帝国劇場という場を考えないようにしていたのですが、なかなか難しかった(笑)。ただ、現・帝国劇場に間に合うタイミングで出演させていただけるというのは、やっぱりありがたいなと思います。

――帝劇公演のあとは、大阪・梅田芸術劇場から全国ツアー公演も始まります。

大阪には親戚も多く小さい頃から何度も行っていますし、大阪公演にも何度も出演しています。阪神ファンですし(笑)個人的にも思い入れが強い街なので、楽しみですね。今回の上演は「現・帝国劇場での最後」というのが大きなトピックではありますが、待っていてくださるお客さまは全国にいらっしゃると思うし、全国ツアーという形で回れるのは嬉しいです。最後の高崎公演まで作品の魅力を僕も探し、皆さんにお伝えしていけたらと思います。クリスが「この作品は常に進化を続けている」と言っていたんです。長年上演されている作品ですが、衣裳デザイナーが変わったりステージングが変わったり、前の公演とも少しずつ違っています。半数くらいが新しいキャストになっているというのも大きいですし、もちろん経験者も進化しています。常に新しい血が入り進化している。ぜひ多くの方に観に来ていただきたいです。

――改めて今回のバルジャン役で、飯田さんが目指すものは。

最終目標は「その場で生きる」です。舞台と客席の間を"第四の壁"と言いますが、その第四の壁は一旦(意識から)閉じ、パリの中で生ききることができたら最高です。そうなったら自然と、クリスの言う野獣性といったようなことも、やろうと思わなくても「そういう状況になったらそうなるよね」という芝居になると思う。常に嘘のない芝居をしたいと思っています。......難しいですけれど。

――初の『レ・ミゼラブル』は楽しめそうですか?

内心は必死でも、楽しい顔でいたいですね(笑)。バルジャンは最終的には救いがありますから、そこは心から喜びたい。また、飯田洋輔としては置かれる環境が大きく変わり"リスタート"の気持ちも大きい。俳優として、今後の俳優人生を実りあるものにしたいと思っていますし、その第一歩をこの作品から踏み出せることも嬉しい。苦しいことも楽しみながら『レ・ミゼラブル』という作品、ジャン・バルジャンという役を生きていきたいと思います。

取材・文/平野祥恵
撮影/源 賀津己
スタイリング/田村和之
ヘアメイク/大森幸枝




(2025年1月17日更新)


Check

ミュージカル『レ・ミゼラブル』

【東京公演】
▼2025年2月7日(金)まで上演中
帝国劇場

Pick Up!!

【大阪公演】

2025年1月18日(土)一般発売 
Pコード:530-802
▼2025年3月2日(日)~28日(金)
梅田芸術劇場メインホール
〈平日〉S席-17500円 A席-11000円
B席-6000円
〈土日祝〉S席-18500円 A席-12000円
B席-7000円
[オリジナル・プロダクション製作]
キャメロン・マッキントッシュ
[出演]
ジャン・バルジャン:
吉原光夫、佐藤隆紀、飯田洋輔
ジャベール:
伊礼彼方、小野田龍之介、石井一彰
ファンテーヌ:
昆 夏美、生田絵梨花、木下晴香
エポニーヌ:
屋比久知奈、清水美依紗、ルミーナ
マリウス:三浦宏規、山田健登、中桐聖弥
コゼット:
加藤梨里香、敷村珠夕、水江萌々子
テナルディエ:
駒田 一、斎藤 司、六角精児
マダム・テナルディエ:
森 公美子、樹里咲穂、谷口ゆうな
アンジョルラス:
木内健人、小林 唯、岩橋 大

※公演スケジュール、キャストスケジュールの詳細は公式サイト参照。
※未就学児童は入場不可。
※本公演チケットを「チケット不正転売禁止法」の対象となる「特定興行入場券」として販売致します。興行主の同意のない有償譲渡は禁止されています。
[問]梅田芸術劇場メインホール■06-6377-3800

【福岡公演】
▼2025年4月6日(日)~30日(水)
博多座

【長野公演】
▼2025年5月9日(金)~15日(木)
まつもと市民芸術館

【北海道公演】
▼2025年5月25日(日)~6月2日(月)
札幌文化芸術劇場hitaru

【群馬公演】
▼2025年6月12日(木)~16日(月)
高崎芸術劇場

公演サイト
https://www.tohostage.com/lesmiserables/index.html

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