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「頑張るのは今しかない」
“ただ今、この瞬間”を大事に生きる桂南光
2023年の振り返りと、落語、三競演への想い

桂文珍、桂南光、笑福亭鶴瓶という、まさに円熟の時を迎えた人気落語家3人が顔を揃える「夢の三競演」。コロナ禍で1年のお休みはあったものの、今年で遂に20年目を迎え、待望の東京公演も復活を果たす。実は今夏、新型コロナウイルスに罹患したという南光師匠は、以前からお聞きしている“72歳天命説”もあってか、「今しかない」という人生観を力説。さらに「今」手掛けている落語への熱い思いも語ってくれた。そんな中、一番饒舌だったのは、来年に予定するパリ旅行の話題で…。

――まずは、2023年を振り返っていただきましょう。ご自身にとっての今年の重大ニュースは何でしょうか?

桂南光(以下・南光)「自分は新型コロナに罹らないと思ってたのに、8月の終わりに罹ってね。病院に行って調べてもらったんです。『コロナじゃなくてインフルエンザやと思うんですけど』って言うたら、『勝手に決めないでください』。で、向こうの人が『前、べかこさんでしたよね。今は...』『南光です』『南光さんや、南光さんや!』て、わぁわぁ笑われて、こら大丈夫やなと思たら、しばらくして『陽性ですよ』てめっちゃ嬉しそうに言われたんですね。でもまぁ、次の日には熱が下がりましたし、軽くて済みましたけど」。

――大事に至らず良かったですね。

南光「ただ、味覚障害って起こるじゃないですか? 私らの後輩の子でも初期の頃に罹って3年近く経ってるのに、いまだに日本茶とコーヒーの味や香りが分からないっていう人がいてるんです。それだけがずっと不安で。毎朝いつもコーヒーを淹れてるんですけど、豆を挽いてスーと匂いを嗅いで『いける。鼻はいける』っていうて。で、コーヒーを淹れたら『味がするから大丈夫や』と。だって味覚障害になったら、これからの人生が楽しくないじゃないですか。だから、その5日間ぐらいはずっと不安で、きつかったですね。文珍さんも鶴瓶さんも同世代ですけど、この年やから、いつ何があるか分かりませんしね」。

――昨年のインタビューでも"72歳天命説"というのを語っておられました。

南光「そうそう。私ね、30過ぎの時に、霊能者みたいな人から『あなたは72歳で死にます』って言われたんですよ。その時は何ともなかったんですけど、今年の12月で72歳。来年の12月8日までがタイムリミットというか。だから、この頃、朝起きた時にどこかが痛かったりすると『ああ、これか』みたいな。そう言いながら、もうちょっと生きていけるやろなと思てるんですけどね。でも、食事も毎回、悔いのないようにと。食べたいもんから食べることにしてます」。

――人生の期限について、少し具体的に考えられるようになったと。

南光「それが1年後なのか、ひょっとしたら、今日明日かも分からない。だから、腹をくくるとこまではいってないけども、覚悟はしてます。この頃、色紙を頼まれたら、前は『五風十雨』と書いてたんです。中国の言葉なんですけど、5日ごとに風が吹いて、10日ごとに雨が降れば農作物がよく育ち、みんなが豊かになって、世の中が平和やと。でも、今はそれを辞めて『而今』と。"ただ今、この瞬間"っていうことなんですが、それを書くようにしてますね」。

――実は、鶴瓶師匠も「今」だとおっしゃってました。

南光「年いってきたら、そんなことになるんかな(笑)。だって、若い時なら『いくつまでにこのネタをやって』とか『どっかの大きな会場でやりたい』とかあるじゃないですか。今はそんなんないし。それこそ来年の独演会を決めても、ひょっとしたらやれないかもしれない。自分は元気でも、またコロナみたいなことが起こる可能性だってあるじゃないですか。だから先がないんですよ。今しかないから。と言うて、今にガッーと集中してやるかいうたら、やりませんねん(笑)。でも気持ちは今!」。

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――確かに、お三方の年齢を合わせると余裕で200歳を超えるようになりました。しかしながら、3人ともに大変若くてお元気ですよね。

南光「それは若い人に言われますね。『おたくらが元気すぎるから、私らが上がっていかれへん』とか。それは関係ないと思うんですけど、でも3人とも元気は元気ですね」。

――そんな中、南光師匠は来年、フランス旅行を計画されているとか。

南光「本当は70歳になった時に、1ヵ月間パリにと。でもコロナ禍で行けなくなってしまって、こらもう『行くな』っていうことやなと。もうええわと思てたら、知り合いの作家の原田マハさんがパリにも家を持ってるし、『行きましょうよ』ってことになって決めました。本当はひとりで行きたいんですよ。でも、嫁さんが『私もついて行きます』と。いつも言うように、嫁はんと一緒なら...そこは四条畷。それが悲しくて」。

――(笑)。パリでのご予定は?

南光「10日間ぐらいかな。でも、何もしないんですよ。10日間、パリで暮らすという。朝起きて、近所のカフェに行ったりとか。クロワッサンが好きやから、クロワッサンの有名な店に買いにいって、自分でコーヒー淹れたり、料理も作ったり、ちょっと遠出してモネがおったジヴェルニーに行くとかね。あと、シャンソンの本場やから、分かりもせんのに夜の8時から聴きにいくとか...そんなんをいっぱい計画してるんですよ」。

――パリジャンとして10日間を暮らすという。

南光「そうそう。パリジャンにはなれないけれど、そんな体験をしてみたいと思てたんです」。

――パリ旅行という、いわばご褒美があるから今を頑張れる?

南光「パリ旅行があるから頑張るんじゃなくて、頑張るのは今しかないから、今とりあえず頑張ろうと。やれるときはやる」。

――では、"今"を生きる南光師匠が、現在ハマっておられる演目、手掛けようと思ってらっしゃるネタを教えてください。

南光「今、手掛けてるのは『文七元結』ですね。これは完全に三遊亭圓朝作の江戸の噺。江戸の職人が、自分の娘が身売りした金を見ず知らずの男にやるっていう。そこが江戸っ子やと。江戸の人がやると納得するねんけど、上方の人がそんなことはせんやろと思てたんです。でも、(桂)ざこばさんが数年前にされて、それを聞いた時に『ああ、こんな人、上方にもおるやろなぁ』という気になってね」。

――落語作家・くまざわあかねさんの脚色ですよね。

南光「そうです。で、ざこば兄さんに『俺はもうせえへんから、やってくれ』って言ってもらって。ただ、くまざわさんはざこばさんのために書きはったんやけど、職人の娘が『お父ちゃんが、こうこうこうやから』とかって、とっても言いたいことを言う設定にしてはったんですよ。でも、ざこばさんはそこのところをやってはれへんのです。娘のまいちゃんが頭に浮かんできて、『娘にそんなん言われるの嫌やから』とカットしてはる。でも、くまざわさんは、大阪は娘が大人しい子じゃなくて、お父さんにコンコンという...そこを絶対やってくれと。で、「うちは娘いないし、やれますから」て言うてね。そこで、江戸との違いであったりとか、50両渡してしまう時に江戸っ子気質じゃなくて、職人の生き様を表現するというか。『俺はなんで、こんな橋を通ってしもたんやろう』という後悔はあるけども、こいつがここで死んでしまうと自分が生涯悔いが残る。こいつのためやなしに、自分の気のために50両を渡してしまう。ただ、渡してからひとりになって反省はするんですけどね。だから、江戸の職人とは違う男のとらえ方をします」。

――タイトルは『文七元結』のままで...。

南光「『文七元結』というタイトルでなくても別にいいと思うねんけど、作者は圓朝という幕末から明治の人でしょ。薩長とか、あちこちから来てる人に対して『江戸っ子は、お前たちとは違うんだ』という、江戸っ子の心意気を知らしめるために書き上げたらしいんですよ。そんな思いで書いてはるのに、違う名前に変えてしまったりするのは悪いので、とりあえずタイトルは『文七元結』でやろうと思ってます」。

――さて、「夢の三競演」も20年目を迎えました。20年経った「今」の見どころを教えてください。

南光「まだ生きてます、やね(笑)。20年は続くと思いませんでしたけどね。10年一区切りぐらいかなと思てたけど、こんなに一緒にやらしてもらえて私はとても有難いです」。

――続いた秘訣は何だと思われますか?

南光「3人の気が合うからですね。そんなにしょっちゅう会わなくても、1年ぶりに会っても全然変わらないし。みんなそれぞれが、あとのふたりを好きやし、リスペクトしてるというか。本当に気の置けない仲間やなっていうことですわ」。

――皆さんがお元気なら、「三競演」はいつまで続けたいですか?

南光「私はどうしても、やらんならんとは思いませんから。でも、年に1回か2回なら、それはとっても楽しみなので。できたら、ずっとやりたいですけど...。文珍さんがリーダーやから、そのうち全国回るとか言うんちゃいまっか(笑)」。

取材・文/松尾美矢子
撮影/大西二士男




(2023年11月15日更新)


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桂南光(かつらなんこう)●1951年、大阪府出身。1970年、二代目桂枝雀に入門し”べかこ”を名乗る。1993年に三代目桂南光を襲名。徹底的なこだわりで新たな古典世界を構築する落語職人。MBSラジオ『松井愛のすこ~し愛して』月曜レギュラー。

夢の三競演2023~三枚看板・大看板・金看板~

【東京公演】

▼12月20日(水) 18:00
LINE CUBE SHIBUYA

【大阪公演】

▼12月25日(月)18:00
梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
全席指定-7000円 
[出演]桂文珍/桂南光/笑福亭鶴瓶/桂天吾(「開口一番」)
※未就学児童は入場不可。発熱や体調不良時には来館や来場をお控えください。施設内でのマスク着用は個人の判断となります。必要に応じて着用してください。会場内での咳エチケットや手洗いの励行を推奨いたします。
[問]夢の三競演 公演事務局■06-6371-9193

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過去演目

※登場順

2004年
桂文珍『七度狐』
桂南光『はてなの茶碗』
笑福亭鶴瓶『らくだ』

2005年
笑福亭鶴瓶『愛宕山』
桂文珍『包丁間男』
桂南光『質屋蔵』

2006年
桂南光『素人浄瑠璃』
笑福亭鶴瓶『たち切れ線香』
桂文珍『二番煎じ』

2007年
桂文珍『不動坊』
桂南光『花筏』
笑福亭鶴瓶『死神』

2008年
笑福亭鶴瓶『なんで紅白でられへんねん! オールウェイズお母ちゃんの笑顔』
桂文珍『胴乱の幸助』
桂南光『高津の富』

2009年
桂南光『千両みかん』
笑福亭鶴瓶『宮戸川
~お花・半七馴れ初め~』
桂文珍『そこつ長屋』

2010年
桂文珍『あこがれの養老院』
桂南光『小言幸兵衛』
笑福亭鶴瓶『錦木検校』

2011年
笑福亭鶴瓶『癇癪』
桂文珍『池田の猪買い』
桂南光『佐野山』

2012年
桂南光『子は鎹』
笑福亭鶴瓶『鴻池の犬』
桂文珍『帯久』

2013年
桂文珍『けんげしゃ茶屋』
桂南光『火焔太鼓』
笑福亭鶴瓶『お直し』

2014年
笑福亭鶴瓶『青木先生』
桂文珍『御血脈』
桂南光『五貫裁き』

2015年
桂南光『抜け雀』
笑福亭鶴瓶『山名屋浦里』
桂文珍『セレモニーホール「旅立ち」』

2016年
桂文珍『くっしゃみ講釈』
桂南光『壷算』
笑福亭鶴瓶『山名屋浦里』

2017年
笑福亭鶴瓶『妾馬』
桂文珍『へっつい幽霊』
桂南光『蔵丁稚』

2018年
桂南光『胴斬り』
笑福亭鶴瓶『徂徠豆腐』
桂文珍『持参金』

2019年
桂文珍『スマホでイタコ』
桂南光『上州土産百両首』
笑福亭鶴瓶『オールウェイズお母ちゃんの笑顔』

2021年
笑福亭鶴瓶『お直し』
桂文珍『デジナン』
桂南光『はてなの茶碗』

2022年
桂南光『ちりとてちん』
笑福亭鶴瓶『死神』
桂文珍『携帯供養』

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