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DJ樋口大喜の 落語家一日入門 第4回 対談編

FM802のDJで、落語に造詣が深く、高座で落語も披露したことがある樋口大喜が、桂塩鯛一門の桂米紫に1日入門! 最終回では、これまでの対談や稽古を振り返りながら、落語家やラジオDJという職業としての在り方を語った。

樋口大喜(以下、樋口) 先程は稽古をつけてくださり、ありがとうございました。米紫さんが師匠の桂塩鯛さんに最初に言われて印象に残っていることは何でしたか?

桂米紫(以下、米紫) 実践的なことでは、最初に表情のことを言われました。これは前回も言ったけど、セリフを追いかけてしまいがちになりますから、これを言わないかん、あれを言わないかんとなってしまうんだけど、キャラクターが生き生きしていないと落語は絶対楽しくないと。眉間にシワを寄せてぐっと真剣な顔で、一生懸命やろうとすると、「いや、そうじゃないんや」と。落語のキャラクターは、もっと柔らかいものやし、もっと表情を稽古しなさい。鏡の前で笑う稽古をしなさいとか、自分がどういうふうに見えているのかちゃんとわかるようにやりなさいと言われて、あっ、なるほどって思いましたね。

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樋口 実践以外では何ですか?

米紫 前も似たことを言ったかもしれんけど、美しくしゃべるというのはひとつの理想なんですけども、落語に出てくる登場人物は不器用で、言うたら愛すべきアホたち。ある意味、うまく生きられない人たちを演じるときは、自分の不器用さが滲み出るとより面白い。つまり、その落語が魅力的なのは、しゃべる噺家にどこか隙があるというのかな。かわいげだと思うんですけど、それがにじみ出る。不器用さを見せる芸でもあるみたいな。

樋口 それはもうめちゃめちゃラジオも同じです。ヒロ寺平さんにも「立て板に水ではダメだ」と言われました。

米紫 まさに根っこは一緒ですね。でもそれってすごい難しいですね。

樋口 難しいですね。

米紫 テクニックは上げていかなあかんねんから。立て板に水のようにしゃべれないといけない部分は絶対にありますもんね。それを踏まえた上での不器用さというのかな。不完全さは計算ではなかなか出せないですもんね。

樋口 そうですね。生で見たことはないですけど、それこそ桂枝雀さんの落語って、不完全な部分がすごく前に出たような落語だなと思っていて。

米紫 そう。ほんまに人間から醸し出るものですもんね。これを言うと綺麗ごとに聞こえんねんけど、何をするにしても最終的には人間性を高めることにつながるんだろうなと思います。「〇〇道」みたいな話になりますよね。

樋口 そうですよね。今回の対談を通して、改めて人間を磨くことが芸を磨くことなんだと感じました。それでもやっぱりベースは必要じゃないですか。

米紫 テクニック的なものね。

樋口 それはどうやって身につけていったんですか?

米紫 もう稽古と実践しかないですよね。前も言いましたが、ひとつのネタを覚えたらすぐに舞台に出ますから。僕も入門から初舞台まで3ヵ月でした。樋口さんはどうでしたか?

樋口 9月まで大学生だったんですけど、10月の1週目からしゃべり始めてました。

米紫 樋口さんの方が早いですね(笑)。

樋口 すぐでしたね(笑)。あんまり覚えてないのですが、最初は収録で、言葉に詰まったらとにかく大きな声を出してました。

米紫 我々もそうですよ。勢いで突っ走るみたいなね。

樋口 今でもまだそういう節があるから。10年目になりますけど、まだフィジカルでやっていこうというところもあります。それやったらあかんフェーズに来ているんだろうとは思うところはあるんですけど...。テンポとかトーンでいうと、落語にも「このネタだったら、こういうテンポやトーン」ってあるじゃないですか。ラジオも時間帯とかであって。そこに合わせていくと自分じゃない。でも、自分らしくやったら合わない。この折衝具合というか、自分を出しつつも完全に出し切らない部分と、テクニックの部分に照準を合わせるのがすごく難しいなって思ってます。

米紫 僕らでもまったく同じです。たとえば敬老会でしゃべるときなんかは、普段の落語会でやっているようなネタはできへんわけですわ。その中で、どれだけ自分を出すかという、今、樋口さんが言わはったこととまったく同じことがあるんやけど、それが難しくもあり、楽しみでもあったりね。僕らも生物やから、日々、違うわけですよ。生放送もそうやろうけど。完成形ってないじゃないですか。今日はちょっと自分を出せたなっていう日もあれば、今日はお客さんに寄せたなという日もあって。

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樋口 自分を出す割合を、お客さんを目の前にして決めるということですか。

米紫 そうですね。ネタは決まっていたとしても、間の取り方なり、その時によって自然と変わってきますよね。

樋口 米紫さんは後進に教えていく立場だと思うのですが、後輩たちに思うことって何かありますか?

米紫 こんなん言うとほんまにおっさんみたいになるけど、今の上方落語界は世間がちゃんと若手に注目するようになってきたというのかな。東京落語界は、ちょっと前からそういうブームがあって。若手に注目する、青田買いするみたいな。そこに若いファンが集まって、スターになっていくみたいな風潮が上方にもやっと来ているような気がします。桂九ノ一(くのいち)くんとか最若手と言われるような世代にも、ファンから注目されている存在がいます。その最たるものが桂二葉ちゃんであるのだろうと。今の若手の子たちは頑張りがいがあると思うし、上方落語に一石を投じるような子が出てくる土壌はあると思います。だからバリバリやってほしいですね。僕らの世代を蹴散らすぐらい、すごい人が出てきてほしいと思います。

樋口 若手の皆さんの環境が恵まれているのと同時に、増山実さんの「甘夏とオリオン」だったり、「うちの師匠はしっぽがない」(TNSK)、「昭和元禄落語心中」(雲田はるこ)だったりとか、アニメとかマンガを通して落語に注目するような、今まで落語を見に行かなかった層に広がっていっているというのもあるような気がします。そういう背景に関してはどう感じますか?

米紫 それはめちゃくちゃありがたいことです。もう20年くらい前にドラマの「タイガー&ドラゴン」(脚本/宮藤官九郎)でまず東京で若い女性のファンが増えて。ブームは割とすぐ過ぎ去るんだけど、その時に来たお客さんの中から1割でもいいから残ってくれて、末永く落語ファンになってくれる可能性は増えるわけですから、僕らは絶対に閉鎖的になってはいけない。常に門戸は広く開けておかなくてはならないと思いますね。それでなくとも世間的に見れば落語はニッチであると思うので。我々がよりニッチな脳になってしまったら絶対あかんなと思います。あくまで大衆芸能ですから。昔から大衆の方々に喜んでもらうためのものですから。僕個人的には、古典芸能だと居直るのは絶対あかんと思いますね。

樋口 今、ミュージシャンとか、いろんな方が「落語が好きで、よく聞いています」と。「でも寄席には行ったことないんですよ」って続くんですよね。その壁となるものは何なんでしょうね。

米紫 ああ、何でしょうね。行ったことがない人にとっては、天満天神繁昌亭に行くのは敷居が高いのかもしれない。落語は歌舞伎とか能と違って、どこでもできるから、僕らも考えていかないとダメなんでしょうね。たとえば樋口さんがやってくれてはる「クラブハウス寄席」であるとかね。それこそ九ノ一くんであるとか、若い子たちがより柔軟に若い人にアピールできるものを考えてくれると嬉しいです。

樋口 米紫さんの個人的な今後の展望はありますか?

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米紫 これは良いことなのか、悪いことなのかわからないんですけど、たくさんの人の目に触れたいという意味においては「売れたい」とは思うけど、承認欲求的な「売れたい」という気持ちは年々、下がってきてます。自分の落語を楽しく完成させたいというのかな。年齢とともに楽しくなっていくんですよ。それはDJの方も一緒だと思う。さっき言うてはった、「立て板に水ではあかん」という境地に、ちょっとずつやけど年齢とともに近づいていくのが楽しいです。だから、どっちかというと「自分の落語」という内側に向いていっているというのかな。そういう楽しみはありますね。

樋口 自分の芸術を極めるみたいな。

米紫 まあまあ、かっこよく言うと、そういうことなんでしょうね。うちの師匠が何年か前に、「もうね、私はね、こんなもんですわ」と言わはって。言葉だけを聞くと、すごくマイナスじゃないですか。でも、それってある意味かっこいいなと思って。師匠の落語は年々、より力が抜けて面白くなってはるんですよ。師匠のように70歳になってもまだまだ上を目指して上っていける階段があるんやなと思うと、すごくかっこええなと思ったし、年齢とともにいらん欲望から解放されていくんやろうなと思いますね。

樋口 僕は売れたいなと思ってるんですけど、売れるというのは虚無だということも思うんです。グラフで描くとすると、直線的にグッと上がるけど、急にぐわんと下がっていって。僕はクラブハウスで一時期ワーッとなって。そうやって売れたことがきっかけでそれぞれの活動にもつながっていったから、よかったとは思うのですが、世の中の流行ってそういうことなんやなってすごい思ったんです。

米紫 そうですよね。

樋口 結局、波みたいなもんで。そこを追い求めるって非常に虚無だなと。

米紫 売れること自体がね。

樋口 はい。売れていくということは大衆に合わせるということで、大衆に合わせすぎると無味になる。

米紫 そうね。自分の色がね。

樋口 なくなっていくというか、なくさないといけないというか。無味無臭になっていく。そうした時に、自分ってなんでこの業界に入ったんやろとか、何がしたくて今ここにいるんだろう?ということになってきて。今、その葛藤がすごくあります。フォロワー数で評価されたりとか。

米紫 布教活動的な意味では、人の目に触れた方がもちろんいいし、露出が大きい方が得は得やしね。ただ落語の師匠方でもね、一時テレビに出てはったけど、今、皆さんレギュラーがなくなってきていますよね。そこで皆、どこに戻るかと言ったら落語なんです。だから、僕ら落語家もそうやし、DJの方もそうやと思うけど、戻れるところがありますからね。どれだけ売れてもこの道さえ忘れずに戻ってこられれば、息長く、職人としてやれると思います。

樋口 ラジオDJは職人という感じがしないのではありますが(笑)。

米紫 いやいや、そんなことないですよ。職人やと思いますよ。皆さん、息長くやってはるじゃないですか。

樋口 確かに、そうですね。ただ、ある一定の年齢を超えないと味も出てこないのかなと思います。

米紫 それは落語も一緒です。同じ話芸ですからね。落語家もそうで、若い頃は勢いでやる。勢いの魅力もあるし、若いからこそやれる落語、できるDJもあるでしょう。

樋口 「肩の力を抜きなさい」と若手の時に言われても、それは通じなかったんだけど、ある年齢を超えるとふっと抜けてくる時があるんじゃないかなって。それはどういう仕事をしていても思うんでしょうね。

米紫 そうですね。僕、DJもある種、古典芸能になっていくと思いますよ。

樋口 古典的な。確かに。自分たちが担い手になっていった時に、ちゃんと胸を張れるようなベースを作っとかなあかんなと思います。

米紫 そのためにはいちびることをするのも大事やとも思います。うちの師匠が今はすごく肩の力が抜けていると言うたけど、若い頃はガーッていくタイプで。

樋口 「仮面ライダー」に出てたんですよね。

米紫 そうですよ。「仮面ライダー(新)」(1979~1980年)の「がんがんじい」役。そんなこともやっていたし、朝のワイドショー番組のレポーターをやったり。落語もざこばイズムで、僕らも「もっと勢いようやれー!」とか言われたけども、そういうワーッという芸風をやっていたのが、自然といい味になっていく。

樋口 自分の型ができていくんでしょうね。もがいているからこそ自分がかたどられていくみたいな。

米紫 そうやと思います。

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樋口 ラジオに関して自分はできんへんことが多いなと思うんですけど、それを周りの人がおもろがってくれているんじゃないかって、最近ようやく気づいたんです。今まではそれでずっと悩んできて。「なんであの人、あんなこと言うんやろう」とか、「なんであんないじってくるんやろう」とか悩んでたけど、最近はそれを楽しんでいる感じがあります。

米紫 年を取ったから完璧になるわけじゃなく、誰しも苦手なものがあると思うんですけど、自分自身で苦手やと分かって楽しめるようになってきたら、こっちのもんでしょうね。枝雀師匠がよく言うてはったんが、あの方は1日8時間、ネタをくっていたという。でもよう言うてはったんが、「なんでこんなにしんどい思いをするかというと、後々楽したいからです」みたいな。僕らも、今はまだもがいてるけど、もがきつつ、これという道をブレずに持っていれば、そのうち人生は楽しくなる。仕事もどんどん楽しくなっていくと信じて。悩み、もがきというのは絶対無駄にならずに。

樋口 本当にそうですね。稽古の時にすごく印象に残っている言葉が、「落語の中の人は、生き生きしてないといけない」。我々もそうだと思ったんです。仕事しながらでも、普段が生き生きしていないといけない。

米紫 楽しむコツさえ見つかれば、本当に楽しい仕事ですよ、僕らは(笑)。

樋口 確かに(笑)。ちょっとでもお客さんにとって明日への活力になってくれたらいいなと思います。活力を「与えている」とは全然思わないけど、なんか気持ちが軽くなったとか、明日も頑張ろうと思ってくれたら、本当に仕事冥利につきるというか。

米紫 そうですよね。僕も映画が好きで、オーバーに言うと「この映画があったから今、生きているのかな」と思うような作品もあるんです。僕らも一生続けられる仕事やし、いろんな人の耳や目に触れる仕事やから、映画に助けてもらった恩返しを誰かにできればと思います。「この時、このラジオを聞いたから、生きられた」みたいな人がいればすごく嬉しいですよね。

樋口 「ブルックリン寄席 -梅に鶯-」も本番が10月27日(金)です。この中に笑福亭笑利さんや、ラジオの大先輩のマーキーさんも入ってこられますから、楽しみです。

米紫 楽しみですね。

樋口 以上になりますが、どうもありがとうございました。

米紫 ありがとうございました。

文/岩本
撮影/福家信哉




(2023年10月23日更新)


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Profile

【写真右】
樋口大喜(ひぐちだいき)●9月10日生まれ O型。生まれた瞬間から、『大喜び』と名付けられ、生まれ持ってのエンターテイナーという使命を負う。中学生の頃、ラジオ番組の電話リクエストでラジオDJに悩みごとを相談し、今までにない励ましを受けたのをきっかけに、ラジオDJになることを決意。大学ではキャンパスDJや実況、テレビ番組の司会などを経験。同時に、女の子にキャーキャー言われたいためだけにバンド活動を開始。その勢いで就職活動を開始するも惨敗。交通費がかさみ、ヒッチハイクで就職活動を続行している中、とあるバンドワゴンに出会い、音楽の素晴らしさを改めて感じ、再燃。留年を決意し、2度目のチャレンジでFM802DJオーディションに合格。

【写真左】
桂米紫(かつらべいし)●平成6年3月16日、桂都丸(現塩鯛)に入門してとんぼ、平成9年に都んぼに改名、平成22年8月6日に四代目桂米紫を襲名。平成11年NHK新人演芸大賞、平成21年文化庁芸術祭新人賞受賞ほか。主な会は「米紫の会」「ごにんばやしの会」ほか。関西を中心に各地で自らの落語会を数多く開催する傍ら、イベントの司会、近頃はマスコミ方面にもその元気溢れるキャラクターで露出が増えてきた。関西小劇団公演や「新生松竹新喜劇」、藤山直美、川中美幸公演などの商業演劇に出演したり、地元紙でコラムを掲載したりと多分野で活躍。新作から人情噺まで持ちネタも豊富で、おなじみの古典落語にも他の演者とは違う独自の味をにじませる。芸人らしい愛嬌の中に、米朝一門としての芸の確かさと、ざこば一門譲りの情熱とパワーを併せ持つ、若手熱血実力派落語の第一人者である。


ブルックリン寄席 -梅に鶯-

チケット発売中 Pコード:521-329
▼10月27日(金)19:00
Brooklyn Parlor OSAKA
自由席-3800円(お弁当付、整理番号付)
[出演]桂米紫/笑福亭笑利/マーキー/樋口大喜
[問]info_kansai@pia.co.jp

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