ホーム > インタビュー&レポート > 「面白く楽しく生きるお手伝いができれば一番の幸せ」 旺盛な好奇心、衰えぬ落語愛 20年目の「夢の三競演」に向けて桂文珍が語る
――昨春から茶の湯を始められたそうですが、何かキッカケがあったのですか?
桂文珍(以下・文珍) お茶の先生が美人でね。ええなぁと思て。やましい気持ちはないんですよ。というのはね、先生90歳ですから(笑)。実はある日、(三遊亭)円生師匠の『江戸の夢』という落語を見てましたら、お茶を点てる仕草があるんです。と「この人、お茶やってはるわぁ」っていうのが分かったんですわ。おぉー!と思ってね。私もちょっと興味があったんで、やってみようかなと。
――お点前を拝見しましたが、凛としながらも、本当に楽しそうで...。茶道のどんなところに魅力を感じていらっしゃいますか?
文珍 静けさというか、空間を楽しむというか。そういうものを、お茶が教えてくれました。言葉もね、どれだけ省いて面白くできるかとか。色々と勉強させていただいて、有難いことです。茶の湯は基本的には"わび・さび"。"わび"というのは、侘しい感じというのを豊かだと思う気持ち。"さび"は、古びてくることに味わいを感じ、歴史をそこに感じるという。日本人の心というか。モノの数だとか、新しければいいとか...そういうところから、段々と本来の日本が持っていた良さをちゃんと見直さないかんという時期にきてるんじゃないかな。モノからコトの時代に変わりつつありますからね。モノを欲しがるよりも、充実した日々みたいなことを欲しがるというか。自分では、よう分からんのですけどね。もう長ないんかな(笑)。
――茶の湯によって、精神性が研ぎ澄まされると。
文珍 精神性というような大層なことではないんですけどね。命は、生まれた途端に死ぬようになってるんですよ。これは仕方がない。その代わり私たちは、次の世代にバトンタッチをしていくという役柄ですわな。今の言葉でいうサスティナブルな...。そういう年恰好になってきたんとちゃいますか。
――今回のインタビューでは、他のお二方も「命の期限」について語られました。
文珍 年齢と共に、だいたい考えることが似通ってきてね。つまり自分の師匠の年齢を超えてしもて、こっちがあの世にいった時に師匠に「しっかりやってきたんか」て言われて恥ずかしくないようにせないかんという思いですわな。
――お三方共に師匠の年齢を超え、合わせると200歳をかなりオーバーするようになりました。しかし、3人ともに実にお若い! 何か秘訣はありますか?
文珍 秘訣いうのはないねんけどね。時の流れといいますか、そういうのを考えさせられますやんか。うちの嫁はんが「インフルエンザとインフルエンサーの違いが分からん。教えてくれ」て言うんですけど、教えられへんかったんや(笑)。まぁ、新しいことが次々と出てきますけど、それをさりげなく見てるというか。
――それを見事に落語に取り込んで、本当に色々な噺を生み出されています。好奇心の泉は枯れることはないようですね。
文珍 気になってしゃーないのよ。それを好奇心というのかな(笑)。なんか面白いことを見つけて...。それに気付くか気付かないかだけの違いでしょうね。
――いつもアンテナを張っておられる?
文珍 いまどきアンテナ? Wi-Fiがあるでしょ(笑)。現代人は静寂な世界と喧騒を行ったり来たりしてますからね。私も実家に2日ほど、街に5日ほどおったりして、それで7日が過ぎているというか。同じ環境ばっかりやと、持ちませんからな。
――そんな文珍師匠の今年のビッグニュースは何ですか?
文珍 何やろね。今度、新型コロナのワクチン7回目ですねん。7回も打つって思えへんだわ。これから死ぬまで毎年よ。コロナとインフルエンザのワクチンと忙しいのよ。ウイルスの変異株を見つけたら、それに対抗するワクチンが開発されますからね。これから、ずっとや。えらいこっちゃわあ。でも、生きてる以上は、しゃーないねん。しゃーないねんけれど、生きてるんやから、面白く楽しく生きたいなぁと。皆さんもそうですわ。そのお手伝いができれば一番の幸せですわ。お客さんは遊びに来てはるねんから、遊んで帰ってもらわな。それが基本ですな。
――そんな中で、茶の湯をテーマにした新作落語を作られたとか。
文珍 それを「三競演」でやってええもんかどうか(笑)。大阪公演の出番はトップ? ほんだら行けるかもね。タイトルは「お道具拝見」。落語作家の小佐田定雄さんとの共作やね。
――どんな物語なんですか?
文珍 家で風呂に入ってたらね、どんどん湯が減っていくんです。ええっ! と思たら、嫁はんが洗濯するいうてホースを突っ込んでて。で、こんなとこにおってもアカンわいうので、銭湯に行くと軽い事件が起こるんですけど。銭湯も経営がたいへんやからね。主は副業として茶道の家元をしてて...。ほっこりする噺ですよ。こういうアホっぽい噺も楽しくなってくる年頃なんかも分かりませんね。あとは、『落語って何?』っていう落語を考えてる最中なんですわ。
――『落語って何?』。ガイド本的な...。
文珍 「すんまへん、ご隠居」「久しぶりやな」「なんか珍しい言葉を聞いたんですわ。"落語"って初めて聞いたんですけど」「つる、と違うのか?」「いえいえ、"落語"。そんなもんがあったらしいですなぁ」「あったらしいなあ。民族芸能館の、能狂言やら文楽やらの隅っこの方に、落語いうのがちょこっとあったわ」...という。
――いわば、「落語根問」ですね。
文珍 「落語根問」を『落語って何?』っていう落語にしたいなあと。どうしたら、100年後も落語を楽しんでいただける状況が作れるやろう、ということを考えとかんとね。落語会のトップにはええ話やと思います。軽妙でいて本質をズバッと突くような。で言葉の大事さとか、表現力とか。笑いの大切さとか。それと見立てるオモシロさとか。子どもが聞きそうなことを、喜六に聞かせてね。落語のガイドのように聞こえるねんけど、実は落語の本質をコンパクトにパタパタと畳んで表現してみようかなと考えてるとこです。
――さて、「夢の三競演」はコロナ禍で1年のブランクを挟んでいるものの、今年でスタートから20年目を迎えます。これだけ続いてきた理由は何でしょうか?
文珍 まずは、3人が3人とも健康であったことと、イベントをやってやろうという毎日放送さんの落語に対する愛情があったこと。そして、それをお客さんが楽しんでやろうという。一番大事なのはそこですからね。この会を始めた時は、3人それぞれの色合いが出て、それが笑いの三原色みたいなんで、三原色を合わせると色は黒くなるんですけど光だと白くなる。で、「オモ"シロ"くなるように」ていうのを考えてね。あれからもう20年も経っているという。そっちの方が驚きですわ。
――お三方の落語も、色々と変遷を重ねてきました。
文珍 だって、鶴瓶ちゃんが最初に『らくだ』やるいうて。それから『青木先生』をやったりしてね。『青木先生』も、彼が若い時は学生側からの軸足だったのが、年齢と共に青木先生の方に軸足が移って。つまり人物に当てる照明の角度が変わってきたり、軸足が変わったりしてる。それを何度も楽しむっていう面白みがあって。彼の中の古典ですからね。
南光さんは南光さんで、若い時はちょっと見、クレヨンしんちゃんみたいな顔をしてはってね。で、お声がドナルドダックの声で...そんな個性が何ともいえんエエ味になってはる。3人が互いに刺激し合いながら、今日まで健康でやってこられたというのは、有難いことやと思てるんです。
――では最後に、年輪を重ねた『夢の三競演』の見どころを教えてください。
文珍 最初からお聞きいただいてる方も、初めてお越しの方もおありやと思うんですね。そういう人たちもそれぞれに楽しめるようにと。自分の立ち位置というかね、このメンバーは『私が!私が!』ていうような人がひとりもいない。全体の構成を考えて、みなやってくれますんで、バランス良く落語会全体として楽しんでいただけます。「この3人の誰かが亡くなるまではやりましょね」ていうようなことを言うてますんで(笑)、こんな連中が上方落語の中で頑張ってるんだという認識をしていただいて、楽しんでいただいたら嬉しいですね。
取材・文/松尾美矢子
撮影/木村正史
(2023年10月27日更新)
▼12月20日(水) 18:00
LINE CUBE SHIBUYA
10月28日(土)一般発売 Pコード:521-102
●12月25日(月)18:00
梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
全席指定-7000円
[出演]桂文珍/桂南光/笑福亭鶴瓶/桂天吾(「開口一番」)
※未就学児童は入場不可。発熱や体調不良時には来館や来場をお控えください。施設内でのマスク着用は個人の判断となります。必要に応じて着用してください。会場内での咳エチケットや手洗いの励行を推奨いたします。
[問]夢の三競演 公演事務局■06-6371-9193
※登場順
2004年
桂文珍『七度狐』
桂南光『はてなの茶碗』
笑福亭鶴瓶『らくだ』
2005年
笑福亭鶴瓶『愛宕山』
桂文珍『包丁間男』
桂南光『質屋蔵』
2006年
桂南光『素人浄瑠璃』
笑福亭鶴瓶『たち切れ線香』
桂文珍『二番煎じ』
2007年
桂文珍『不動坊』
桂南光『花筏』
笑福亭鶴瓶『死神』
2008年
笑福亭鶴瓶『なんで紅白でられへんねん! オールウェイズお母ちゃんの笑顔』
桂文珍『胴乱の幸助』
桂南光『高津の富』
2009年
桂南光『千両みかん』
笑福亭鶴瓶『宮戸川
~お花・半七馴れ初め~』
桂文珍『そこつ長屋』
2010年
桂文珍『あこがれの養老院』
桂南光『小言幸兵衛』
笑福亭鶴瓶『錦木検校』
2011年
笑福亭鶴瓶『癇癪』
桂文珍『池田の猪買い』
桂南光『佐野山』
2012年
桂南光『子は鎹』
笑福亭鶴瓶『鴻池の犬』
桂文珍『帯久』
2013年
桂文珍『けんげしゃ茶屋』
桂南光『火焔太鼓』
笑福亭鶴瓶『お直し』
2014年
笑福亭鶴瓶『青木先生』
桂文珍『御血脈』
桂南光『五貫裁き』
2015年
桂南光『抜け雀』
笑福亭鶴瓶『山名屋浦里』
桂文珍『セレモニーホール「旅立ち」』
2016年
桂文珍『くっしゃみ講釈』
桂南光『壷算』
笑福亭鶴瓶『山名屋浦里』
2017年
笑福亭鶴瓶『妾馬』
桂文珍『へっつい幽霊』
桂南光『蔵丁稚』
2018年
桂南光『胴斬り』
笑福亭鶴瓶『徂徠豆腐』
桂文珍『持参金』
2019年
桂文珍『スマホでイタコ』
桂南光『上州土産百両首』
笑福亭鶴瓶『オールウェイズお母ちゃんの笑顔』
2021年
笑福亭鶴瓶『お直し』
桂文珍『デジナン』
桂南光『はてなの茶碗』
2022年
桂南光『ちりとてちん』
笑福亭鶴瓶『死神』
桂文珍『携帯供養』