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「それぞれ認め合って、切磋琢磨できる3人です」
上方の師走の風物詩「夢の三競演」で笑い納めを
桂文珍が落語への想い、三競演への意気込みを語る

桂文珍、桂南光、笑福亭鶴瓶という人気&実力を兼ね備えた上方落語のスターが、一堂に会する「夢の三競演」。今や上方の冬の風物詩として定着した唯一無二の三人会には気合の入った3人が顔を揃え、コロナ禍を笑いで吹き飛ばす。「全生涯を落語に捧げます」と宣言する文珍師匠。落語という芸について、いまだ衰えない挑戦する心、そして「夢の三競演」にかける思いを語ってもらった。

――新型コロナウイルスが世界的に流行し、3年目の秋を迎えようとしています。

「コロナ禍が長いものになろうと、短いものであろうと、私は全生涯を落語に捧げます。このセリフ、どこで聞いたんやろ...エリザベス女王や。ええフレーズやね。つまり、コロナ前であろうが、なかろうが一緒ですわ。というか、落語は濃厚接触にはならん芸やから。僕の会にゲストで来てくれた講談の神田伯山君にも言うたんやけど、講談も落語もモノを使わず言語だけでしょ。だから疫病が流行った時代でも、それを乗り越えて今日まで来た。前から思てたんやけど、これは凄い。漫才の子は、すぐ濃厚接触者になるねん。吉本新喜劇の子も大変やしね。陰性でないと陽性(寄席)に出られない。僕なんか嫁はんとでも濃厚接触にならへんねん。ほっといて!(笑)」。

――(笑)。ある意味、落語は骨太な芸能ですね。

「骨太とは思いませんが、柳のようにしなやかな芸能やね」。

――そんな中、8月8日には恒例の「桂文珍独演会」が今年で第40回を迎えられました。

「今回は、お客さん全員に大入り袋を差し上げたんですよ。40年で初めて。形のあるもので何か気持ちの出たものがええかなと思てね。初代から歴代のマネージャーも来てくれたんですが、40年いうたら今のマネージャーは生まれてへんねん。それぐらい長いことやってるんやなと。40年間ずっと来てくれてるお客さんもあるし、有難いね。今は50年できるかなぁというところ。何とか健康でおりたいと思てます」。

bunchin221118-2.jpg――この会は、どういう思いで始められたのですか?

「年に1回、祭りみたいなことをしてみたいと思てね。初期のマネージャーは『えらい出費で大変でした』て言うてたわ。第1回はレーザー光線をとばしたりしてたからね。その頃は今みたいな技術ができてないから、レーザー光線に当たると人が死ぬんじゃないかみたいなことで反対されたり。いろいろ大変でした」。

――かなり実験的なことも重ねてこられました。

「ミュージシャンでパフォーマーのローリー・アンダーソンっていう僕と同じ年齢ぐらいの女性がいたんですよ。今もご健在なんですがね。40年ちょい前かな、この人のステージを見て『あっ、こんなやり方があんねや』とパフォーマンスとして非常に刺激を受けたんです。ちょっと前衛的なパフォーマンスでしたけど、面白かったですな。音楽的にもすごいし。古典落語は伝統的に積み上げてきたものはしっかりあるんですけど、若かったからそれにプラス何かをやってみようと」。

――当時の文珍師匠に比べると、今の若手の噺家さんは大人しいですね。

「あんまりムチャなことしてる人はいないね。けど、今はものすごく反省してますねん。アホちゃう?と思て(笑)。当時はローリー・アンダーソンさんに影響を受けたり、逆にブロードウェイのミュージカルをいっぱい見て、これは勝てない、動いたら負けると。お客さんと一緒に頭の中で動きを作らなしゃーないなというふうになって、それが落語の武器やということに気づいたんですね。それもこれも、たくさん舞台を見たからですわ。いろんなもんを見ると、いろいろな良さが分かってきますからね」。

――今年の"88独演会"では古典の大ネタ『らくだ』と、デジタル難民ともいうべき中年男性が主人公の『デジナン』の2席を披露されました。特にご自身で創られた『デジナン』 では、何とタップダンス(!?)も踊られましたね。

「久しぶりのヒット作です(笑)。段々、内容が膨らんでいってね、(落語作家の)小佐田定雄さんはあれを見て"音曲噺"やて(笑)。確かにそうやなと」。

――『デジナン』以降も何か新作落語を考えておられますか?

「スマホなんかにファイルしてある電話番号で、亡くなってしまった人のを消してええもんかなあと...」。

――迷いますね。

「そこから電話かかってきたら、どうする? これがあるねん。だいたいご家族から『生前、お世話になりまして』とか言うてかかってくるんやけど、名前を見た時、ものすごい怖いねん。それを、電話番号の精霊流しをするか、電話番号を札に書いて護摩焚きをしてもらうか、土に番号を書いて埋めるか...土葬やね。ほんで、その番号が夜中にゾンビになって出てくるっていう噺を今、作ってるねん。つまり片方で文明というか技術は進んでるねんけど、人間の恐怖心というのはずっと変わらへん。で、その番号を消す壺いうのがあるんやわ。それ、買わへん?『それは一荷入りの壺ですか?二荷入りの壺ですか?』って」。

――『つぼ算』のような古典落語のテイストも入れて(笑)。他に今やってみたいネタ、ハマっておられる噺を教えてください。

「三競演では、『三枚起請』や『けんげしゃ茶屋』はやってないんかな。特に『けんげしゃ茶屋』はようできてるわなぁ。年末らしい噺やしね」。

――2席とも色街に絡む噺ですが...。

「別に意図はしてないねんけど、時代が変わっても普遍的なものをテーマにするというのが面白いなあと。いつの時代も恐怖や不安に付け込むっていうのは、いっぱいある。だからそれを、角度を変えて楽しんでしまうというか、笑い飛ばすというか。それとね、例えばロシアがウクライナに戦争を仕掛けて、ロシアでは戦争とは言っていない。ウクライナも負けてられへんからやる。人間って必ずそういうことをやってしまう。解決法はないかも分からないけれども、人はそういう部分も持っているということを認めている芸能なんですよね、落語は。そういう落語の持ってる普遍的な部分の延長に、例えば男と女っていうこともあるでしょうし、時代が変わって廓はなくても違う形のものはあるし。普遍的なことが非常に興味深いなと思ってね。SNSなんかができて、それが余計に顕著に出てきてる。気を付けないといけないことが山のように増えてるっていうのが現実ですよ」。

――落語は、人間の持つ愚かさや醜さも笑いに包みこんで描いていると。

「『三枚起請』だったら、ひとりの女に夢中になってる3人の男、そしてその男たちを騙して生きていかざるを得ない女の辛さっていうか、生きていくことの難しさみたいなことが、ちょっと描けたら面白いなあと思うんです。それぞれの気持ちが分かるからね。廓に来る客みんなに起請を出して『そうでもせんと、お客さん来てくれはれへん』っていうのは、とてもリアルな発言やと思うんですね。そういうところをくみ取っていただいて、わかるわかる、あるある、実は俺もそうやねんっていう。それは社会の中で生きていく上でのルールとしてはアウトと言われるけれど、フィクションだったらできる。それをやっていかないとね。何もかもピュアになりすぎると、かえって良くないから」。

――さて、このコロナ禍の中で、お客さんに変化はありましたか?

「今、来てはるのはリベンジのお客様。長い間行けなかったので、ぜひとも行きたいという方が増えつつある。ただマスクしてると、やっぱり笑いがこもるね。『モホッモホッモホッ』って笑ろてはるわ。『アハハハ』っていう弾ける感じがない。そんな中でも三競演は、笑いのクオリティも高いし、皆さんに楽しんでいただいてると感じますね」。

――こんな時代だからこその「夢の三競演」の魅力、楽しさを教えてください。

「この3人はね、それぞれがそれぞれのファンやと思うんですね。やっぱり鶴瓶ちゃんはオモロイなぁと思うし、南光さんはきっちりやれるよなぁて思うし。それぞれ認めあって、それで切磋琢磨できるという。ほんで、この人がこのネタ出したら、俺はこれをやる!みたいなね。そんな形が続いてきたのが、やっぱり面白いところですよね。それがお客様にもいつの間にか敏感に通じていて、『だから聞いてるんや』とか『だから見てるんや』とか言う方がお越しいただいてるのは、ほんとに有難いなぁと思てます」。

――昨年は、コロナ禍で2年ぶりの開催でしたが、手応えはいつもと違いましたか?

「覚えてない。この頃、他のふたりの顔も覚えてない。...『どちらさん?』とか言い出したらオモロイやろね(笑)。思い出すには、キッカケ、キーワードがいるね。おでこの狭い人とか、全国を意味もなくウロウロしてる人とか、そういうのを言うてもらうと『あっ、火野正平!』とか言える(笑)。こんなん、どう?」。

――スタッフの方が、去年の三競演でお三方が「わぁ、久しぶり」と抱き合って再会を喜んでおられたとお聞きしました。

「リモートになればなるほど、皆さんも『会いたい』という気持ちになる。おっさん同士がハグして気持ち悪い映像なんですけど、でも『会いたかった』という気持ちが、とても大事なんです。そして、この会はお客さんも3人に会いたいと思って来てくれはる」。

――文珍師匠は落語を通じて、お客さんともハグをしているという。

「もちろん、もちろん! 僕らはハグだけやないけどね(笑)」。

取材・文:松尾美矢子
撮影:大西二士男




(2022年11月21日更新)


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桂文珍(かつらぶんちん)●1948年、兵庫県出身。1969年、五代目桂文枝に入門。各時代の空気を敏感に的確に読み取り、時にはケレン味もたっぷりと独自の世界観を巧みに落語に反映していく。また毎夏8月8日恒例の独演会は、今年で第40回を迎えた。

夢の三競演2022
~三枚看板・大看板・金看板~

12月4日(日)一般発売 Pコード:515-864
▼12月26日(月) 18:00
梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
全席指定-7000円
[出演]桂文珍/桂南光/笑福亭鶴瓶
※未就学児童は入場不可。本公演は政府ならびに関係諸機関により策定された新型コロナウィルス感染症対策ガイドラインにもとづき、感染拡大防止対策を講じて公演を開催いたします。マスク着用、咳エチケット、こまめな手洗い・手指消毒の徹底をお願いいたします。劇場入口にて検温を実施。37.5度以上の方は入場いただけません。入場時に「大阪府新型コロナ追跡システム」へのご登録をお願いいたします。分散しての入退場にご協力をお願いいたします。ご退席の際は密集をさけるため、係員の指示に従って順次、ご退席いただきますようお願い申し上げます。
[問]夢の三競演 公演事務局■06-6371-9193

チケット情報はこちら

<夢の三競演 演目一覧>

※登場順

2004年
桂文珍『七度狐』
桂南光『はてなの茶碗』
笑福亭鶴瓶『らくだ』

2005年
笑福亭鶴瓶『愛宕山』
桂文珍『包丁間男』
桂南光『質屋蔵』

2006年
桂南光『素人浄瑠璃』
笑福亭鶴瓶『たち切れ線香』
桂文珍『二番煎じ』

2007年
桂文珍『不動坊』
桂南光『花筏』
笑福亭鶴瓶『死神』

2008年
笑福亭鶴瓶『なんで紅白でられへんねん! オールウェイズお母ちゃんの笑顔』
桂文珍『胴乱の幸助』
桂南光『高津の富』

2009年
桂南光『千両みかん』
笑福亭鶴瓶『宮戸川
~お花・半七馴れ初め~』
桂文珍『そこつ長屋』

2010年
桂文珍『あこがれの養老院』
桂南光『小言幸兵衛』
笑福亭鶴瓶『錦木検校』

2011年
笑福亭鶴瓶『癇癪』
桂文珍『池田の猪買い』
桂南光『佐野山』

2012年
桂南光『子は鎹』
笑福亭鶴瓶『鴻池の犬』
桂文珍『帯久』

2013年
桂文珍『けんげしゃ茶屋』
桂南光『火焔太鼓』
笑福亭鶴瓶『お直し』

2014年
笑福亭鶴瓶『青木先生』
桂文珍『御血脈』
桂南光『五貫裁き』

2015年
桂南光『抜け雀』
笑福亭鶴瓶『山名屋浦里』
桂文珍『セレモニーホール「旅立ち」』

2016年
桂文珍『くっしゃみ講釈』
桂南光『壷算』
笑福亭鶴瓶『山名屋浦里』

2017年
笑福亭鶴瓶『妾馬』
桂文珍『へっつい幽霊』
桂南光『蔵丁稚』

2018年
桂南光『胴斬り』
笑福亭鶴瓶『徂徠豆腐』
桂文珍『持参金』

2019年
桂文珍『スマホでイタコ』
桂南光『上州土産百両首』
笑福亭鶴瓶『オールウェイズお母ちゃんの笑顔』

2021年
笑福亭鶴瓶『お直し』
桂文珍『デジナン』
桂南光『はてなの茶碗』

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