「それぞれの魅力が舞台の上で、残り香のように漂う三人会に」
2022年4月、次代の落語界の担い手と嘱望される東西の実力派が顔をそろえる新たな落語会「MBSらくごスペシャル 春蝶・吉弥と一之輔 三人噺」が初開催される。上方落語からは今年で入門28年になる同期の桂春蝶、桂吉弥が、江戸落語からは飛ぶ鳥を落とす勢いで活動する春風亭一之輔が登場する。ぴあ関西版WEBでは、このお三方にインタビューを実施。史実を元にした長編の新作落語のシリーズや、オリジナリティを活かした古典落語が好評の桂春蝶は、落語に対する哲学や向き合う姿勢を語ってくれた。
――「MBSらくごスペシャル 春蝶・吉弥と一之輔 三人噺」は桂吉弥さん、春風亭一之輔さんとの三人会です。吉弥さんとは同期ですが、春蝶さんと一之輔さんはどのような交流があるのでしょうか?
7、8年ぐらい前から、毎月、東京の「渋谷らくご」に出させていただいていて、そこで一之輔くんとは一緒になっていて。その間に一之輔くんはめきめきと変わっていって。神田伯山くんとかね。彼らがどんどん大きくなっていく姿を横で見させてもらっています。だから、こうして大阪で一緒にできるのは、とても嬉しいです。しかも梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティという大きな会場で。
――春蝶さんは2011年から東京を拠点にしていますが、東京と上方の落語界は違いますか。
東京は真打ちになったらトリにすぐに抜擢されるんです。要は責任を持たされるタイミングが早い。この責任とは、噺家を成長させるという意味での「責任」ですが、東京に比べると上方はそのタイミングが遅いのかなと思います。よく考えてみれば、僕のキャリアで言うと、もう親父(二代目春蝶)と同じぐらいだと思うんです。親父は23、4歳ぐらいから落語を始めて、51歳で亡くなっている。僕は19歳で入門して、今年47歳になりましたから、親父のキャリアに近いんですよね。それを思うと、親父のようにずっと責任を持ってきた世代はやっぱり大きく感じますね。
責任とかプレッシャーとか、そういうものが演者を変えていくと思うんです。責任を持つ高座があって、そのために日々、作り上げているネタがあると思うので。この「三人噺」でも、そういったところを観てもらいたいなと思います。
責任のたとえですが、今、僕がやっているものが「魂の和太鼓」みたいなものだとすると、前まで「太鼓の達人」をやっていたような。若い頃というのは、旋律に乗って、音を当てることを第一にしていたと思うんです。それは守破離でいうところの守の年代、季節でもあるので、ある程度、そういうことがあっていいと思うんです。それから破、離のタイミングが来るのですが、責任を持たされないことによって破、離のタイミングがどんどん遅れていっているということが実はあるのかなというふうにも思います。
――春蝶さんが「太鼓の達人」から「魂の和太鼓」になるタイミングは、どんな時でしたか?
「伝えたい想いシリーズ」という僕の新作落語のシリーズがあるのですが、ああいうことを作るようになってからですね。僕は強引に1回離れたんです。世間や身内から「それって落語家のやることなんか?」と言われました。そのご意見の意図することもものすごくわかっていたんですけど、あえて無視させてもらったんです。その先にある景色を見てみようと思って、とにかく自分の思っていること、大事にしているものをやってみたとき、同時に古典落語が変わっていきました。
「ここは自分と重なっている」とか、「ここはこう引き寄せていったら自分の言葉になるな」ということが見え始めたんですね。おまけにコロナ禍によって――これは全ての舞台芸術家に与えられたことだと思うんですけど、今度は自分の性根みたいなものを強引に見せつけられた。どんどん内省的になって、自分の心根みたいなものが見えたときに、「僕はこういう人間なんだ」ということを思い知りました。
人間って、心根がよかろうが悪かろうが根本は面白いんですよ。それを正直に出せば、どんな人も輝き出すと思うんです。コロナ禍でまざまざと見せつけられたものを、ネタとか、舞台に出していく作業をしていけば、技術もすごい高まっていくんじゃないのかなと思います。魅力ある舞台家になるのではないかと。
実は、これは僕が20代のとき、吉弥さんの師匠の吉朝師匠から教えてもらっていました。「お前しか思っていない楽しいことってあんの?」って聞かれて。「あります」と。そしたら「それをお前はこれから何十年もかかって、落語の中に入れていったらいいねん。それがいつかお前の落語になるから」って。今、僕が考えていることは、実は20年前に吉朝師匠が僕に言ってくださっていて。
当時はおっしゃっている意味がわからなかったんですよ。だけど、今になって手合わせたい気分です。「あのとき言ってくれはった言葉の意味がわかりました」と。「あとは僕なりにやりますから、おっしょはんも見てください」という吉朝師匠に対しての思いもあります。
――「伝えたい想いシリーズ」はどういうきっかけで始められたんですか?
鹿児島・知覧の「知覧特攻平和会館」に行って、1000人以上の特攻隊員の遺品や資料を見たことです。今、自分が生きている1日は若い特攻隊員たちが生きたかった1日であるし、特攻隊員たちはこんなふうに生きたんだよと伝えたら、今、いろんなことで悩みを抱えている人にとって何か心の軽減になるというか、生きていこうという希望になったりするんかなということを一瞬、思ったんです。うちの親父もちょっとややこしかったから、「はよ死にたい」みたいなことをよう言うてたんです。
――なるほど。先ほどお父様の落語家のキャリアと近づいているともおっしゃっていましたが、今、どんな心境ですか?
僕もあの世に行ったとき、僕の師匠の(三代目)春団治とか、うちの父に「お前なりに頑張ったんちゃうの?」とか、「君なりに頑張ったと思うよ」って言ってもらいたいということだけを目標にやっていて。師匠と親父にいつも見てもらっている感じです。チェックしてもらっているみたいな。
――そう思うと終わりがないですね。
やりたいことも山積みです。『昭和元禄落語心中』という漫画があって、僕は噺家のバイブルと言ってもいいんじゃないかと思っているんですけど、僕の好きなセリフで「故人に唯一、勝てるものが今の噺家にあるとするなら、生でできること」だと。今、この時間に自分の最大限やりきって、お客さんと共有できる時間を持つことができるのは、我々だと。そこが唯一勝てるとこなんだと書いてあって、それはすごく希望というか。どれだけ充実した時間をお客さんに提供できるかなと思っています。
――コロナ禍を経験して、なおさら響きますね。
コロナ前と、今、僕らがやっていることは、本当は一緒でなければならないんだけど、人間というのはやっぱり環境の産物で、環境が芸を作ってくれるところもあって。今の噺家の芸って全身全霊だと思うんですよ。お客様もいろいろなものを乗り越えて会場に来てくださるわけですから、何とかお客さんに対して報いたいという気持ちがあると思います。
立川談志師匠が残した言葉で「落語は俺だ」という言葉があって。僕、コロナで休みがありましたが、それは「いや、お前は一体どんなものを落語でやりたいの?」と追求できる時間だった気がするんです。何を表現したいのか、何をやるために噺家になったのか、すごく考えて。「芸術や芸能って自分の責任でやることなんや」というふうなことを思ったんですよね。高座に上がれない日々というのは、そんな時間を持たせてもらえる期間でもあったと思います。
ただ、これはプロデュースの意味ではなく、ネタに関することですが。古典落語でも、たとえば『船弁慶』だったら、雀のお松という怖い女将さんを僕の母親にしているんです。母親に言われ続けてきたことを全部、入れてみて。そうすることによってなんとか落語の世界を生きられるような気がするんですよね。
ついこないだ、「浜野矩随(はまののりゆき)」というネタをやりました。これは父親である彫師の名人の下にいる全然あかん息子の噺(笑)。若狭屋の主人にえらい罵られて、激しく落ち込んで、もう死のうと思うところで1作彫るという噺ですが、自分がかつて二世として情けないと思ってきたことをオールインしてみたんですよ。そうすることによって、自分なりの「浜野矩随」になっていくのかなと思います。
――では、吉弥さん、一之輔さんの魅力を教えてください。
人気者の一之輔くんはベビーカステラ屋で言うところのあまい香りを担当してもらいます。それでお客様をおびき寄せるという(笑)。一之輔くんは得体の知れない魅力があるんですよ。今、高座で独自の華を咲かせてきているでしょう。その華は絶対観てほしいです。あんな人はなかなかおらん。心地良い上から目線みたいなものが江戸にはあるんですよ。大阪って商人の文化で、ちょっと下から行くでしょう。一方で上からっていうのも実はかっこよくて。その粋も観てもらえたらと思います。
吉弥さんは品格が49%、知性が49%あって、残りの2%にアブノーマルなところがある。アブノーマルというか、独特な感性。品格と知性は前面に出ているけど、心の中にちょっと変態なところもあるんかな。その変態がまたお茶目とか、かわいらしさに変化している人で、ほんまに魅力的な人やなと思います。吉弥さんって黄金比率の人なんですよ。品格49%、知性49%あって、アブノーマルの2%も黄金比率で成り立っているし、ネタも世間との接し方、生き方もそう。黄金比率知っていて、わざとずらしたりするところもあるしね。僕なんて黄金比率が全然わからなくて往生している人間なので、そのレシピを吉弥シェフに教えてもらいたいです(笑)。
そして「三人噺」では、もう目一杯、そのときのベストのネタをやれたらええなと思います。自分と向き合って、ベストの自分を出すと、とってもいい空間になるんですよ。それぞれの魅力が舞台の上で残り香のように漂っていて。そういうことがわかっている3人だと思うので、絶対にいい三人会になると思います!
取材・文:岩本
撮影:福家信哉
(2022年3月 4日更新)
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