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「イキウメには珍しいコメディタッチの作品です」
ドッペルゲンガーをモチーフにした謎解きミステリー
『聖地X』について作・演出の前川知大にインタビュー

イキウメの『聖地X』が6月5日(土)より大阪・ABCホールで幕を開ける。本作は2010年に初演された同劇団の『プランクトンの踊り場』を改題したもの。イキウメ主宰であり作・演出の前川知大は「(再演にあたって)一番大きいところはタイトルの改題」と語る。そして、「より分かりやすくブラッシュアップし、洗練されたものをお届けしたい」とも。金輪町という架空の町を舞台に、ドッペルゲンガー(自分とそっくりの分身)と土地の謎に迫るSF作。再演にあたってどのように向き合い、魅せるのか、前川に聞いた。

――『プランクトンの踊り場』を2010年に初演されて、2015年に『聖地X』と改題し、上演されます。それは何か意図があってのことですか?
 
今の社会と作品がぴったり合っているとか、特別なものはないんです。劇団の公演は、春と秋にやっていて、春は再演なのでそろそろ『プランクトンの踊り場』をやりたいと思っていたところで。再演は比較的古い作品が多かったんですけど、今回は2010年初演の作品で。割と新しいものを再演するのはこれが初めてですね。
 
――古い作品の再演とでは何か違いますか?
 
違いますね。『関数ドミノ』(2005年)の再演(2009年・2014年)では役がシャッフルしたんです。当然、初演のときと劇団員も変わっているというのもあるし、最初の頃の作品は当て書きせず、物語重視で作っていたところがあって。その点、『プランクトンの踊り場』は、劇団員への当て書きというか、劇団員の素のキャラを使った登場人物というものが結構強く出ていて、役柄をあんまりシャッフルできなかったんです。この俳優ありきでこのキャラクターを作ってるんだな、『関数ドミノ』のときとは全然違うんだなって思ったんですよね。劇団というものが形になってきて、俳優の個性が立ってきた頃に作った作品は、俳優たちの位置づけがものすごく台本に反映されているなと思いました。なので、今回は再演でも半分は同じ配役ですね。
 
――劇団員では、大窪人衛さんが『プランクトンの踊り場』でデビューされました。
 
大窪は全然(俳優)経験がなかったものだから、大窪のためだけに作ったちょい役があったんです。でもそれはすごく重要な役どころで、いわゆる“素人さん”みたいな人が成立する役だったんです。今回は大窪はもう違うなと思って。大窪はもう素人じゃないなって。
 
――では大窪さんは…。
 
もう新鮮じゃなくなっちゃたんです。穢れてしまったんです(笑)。
 
――だいぶん成長されたんですね。
 
『暗いところからやってくる』(2014年8月)という子供の芝居をやったんですが、それで初めての主役をやってますから。もうカンパニーの中でも任せられるので、今回は違う役どころで、もうちょっと大人の役で出てもらっています。
 
――前川さんの作風は、日常と異界の境界線があいまいというか、日常の延長にそういう世界が忍び寄ってくるという感じがするのですが、この『聖地X』はどういったお話ですか?
 
イキウメの作品の中でも珍しい、コメディタッチで進む作品です。登場人物たちが起きているとこを謎解きするような、推理劇のような感じの作品なので、観ている分にはそんなに怖くないです。ただ、舞台上で起きていることは、よくよく考えるとものすごく怖いですね。
 
――ドッペルゲンガーがキーになる物語。
 
そうですね、ドッペルゲンガーが現れて、これは一体何なんだという謎解きをしている段階でそれが何かがわかって。解決するためにもう一人、ドッペルゲンガーを作ろうと。人間を複製しているような。そのうち、3人できた人間(=分身)の一人を消さなくちゃいけなくなるんですけど、謎解きの段階で“実はこれはデータのコピーと同じなんだ”という話になって。“データを消去する”と言うとすごく簡単なことだけど、実際やることは人間を殺すことなんです。でも周りの人間は“これはデータだから、データだから”って。そういう、ある種気持ち悪いことになっていくお話です。それをコメディタッチで書いているので、そんなに怖くはないんだけど、でも起きていることはおかしい。データのコピーと消去ということを、アナログである肉体で表現していきます。
 
――コメディタッチの作品はイキウメでは珍しいそうですが、作品の位置づけも特異なものですか?
 
テーマはすごくイキウメらしいと思います。ただ、登場人物が探偵みたいに謎解きしていくという、露骨に分かりやすい感じの作品はそんなにないかなと思います。データは記憶だけど、思い出という言葉にしちゃうと全然感じが変わるよねっていう。記憶、記録と言うとすく消せるけど、思い出はなかなか消せないみたいな。そういう差みたいなものって割と劇団でやってきたテーマであるので、かなりイキウメらしいというか、僕がずっとやってきていることですね。
 
――『プランクトンの踊り場』では、舞台のセットも割りとシンプルで、回転扉などを使われていましたが、今回も同じような美術なんですか?
 
今回は全然違うものになります。その分、語り口が変わってくると思います。楽譜が一緒でもピアノとギターでは全然違ったニュアンスになるじゃないですか。それくらい変わりますね、印象は。
 
――イキウメはシンプルな舞台美術が多いですが、立ち居地ひとつでまったく違う景色になりますよね。
 
この作品もシーンが20場あるから、いかにテンポよく進めるか。映画のカット割みたいな感じで、シーンをバチバチつなげるスピード感も必要なので、それができる美術じゃないと。どんどんシーンを作っていかないといけないから。
 
――それは初演をされて、“もっとこうすれば”と思ったことも反映されていますか?
 
そうですね。前回で、シーンの回転を上げていかないと面白くないんだなということがわかって。前回も当然、それを踏まえた美術になっていたと思うんだけど、今回はそれがよくわかっているから、より効率的なものができたらと思っています。
 
――役者さんたちも、前回と今回とでは作品に対する受け止め方が…。
 
違うと思います。往々にして初演はみんな手探りで、初日に向けて作ってるものだから。完成とか絶対にないし、絶対に荒いと思います。俳優達も手探りの中で台本を修正しながらやってくれていて、客観的に慣れていないような部分があるから、そういう未完成なパワーみたいなものって初演はすごくあります。それは俳優も演出家もあるんですよ。台本もそうで。再演は、最初から全体像もテーマもわかっていて、どういうところからアプローチしていこうかという部分から入っていくので、結構みんな冷静なんですよ。作家も冷静に“あ、ここいらないな”とかって台本を切れるし、そうやって洗練されていくと思います。
 
――話が少々変わりますが、2011年に上演された『太陽』が今度映画化(2016年)されまして、去年は蜷川さんの演出で『太陽2068』と題し、上演されました。ご自身の作品がそうやって誰かの手に渡るということに対してはどう受け止められていますか?
 
物語作家としてはすごく嬉しいです。いろんな人の、いろんなメディアで『太陽』という物語がお客様に渡っていくので。映画を観る方の中には、これが元々演劇だったことを知らない人もいると思うんです。『太陽』という話を、映画で観る人もいれば、舞台で観る人もいる。同じ舞台でも蜷川さんで知る方がいる。僕の名前やイキウメという名前をまったく知らない人もいるわけじゃないですか。それは、知らなくてもいいんです。まあ、知ってほしいですけど(笑)。いろんな入り口があって、1つの作品が世の中に残っていくのは嬉しいです。
 
――ちなみに、前川さんは演出するにあたってどういうことを信条においていらっしゃいますか?
 
当たり前のことですけど、物語の持つテーマとか、伝えたいことが、一番お客さんに伝わる方法を選ぶこと。舞台上で起きていることが嘘っぽくならないようにするだけですね。
 
――舞台上で起きていることが嘘っぽくならないようにするというのは?
 
要は作り込めば作り込むほど嘘っぽくなるから、割と抽象的にしているのはそういうところで。お客さんがぱっと見た段階で、“あ、これ演劇だよね”ってことがわかるというか。演劇のお客さんってすごいなと思うのは、自分の想像力で補完して見ることを自然とされているじゃないですか。そこを最大限に引き出した方が嘘に気づかないというか。これは演劇ですという大きな嘘を最初にお客さんに了解してもらうことで、細かい嘘にお客さんの意識が向かないようにしていった方が僕はいいなと思っていて。そっちの方が物語の世界観とか、フィクションのリアリティにお客さんが納得してくれる感じがすごくあります。
 
--なるほど。では、また『聖地X』に話を戻しますが、作品の舞台は金輪町です。この「金輪町」はほかの作品にも出てくる町ですよね。前川さんの中でのイメージはどんなものですか?
 
田舎。僕の生まれた町の規模に近いところだと思っています。僕は新潟の柏崎市という市で生まれて、今はもう人口10万人をきっているんですけど、風景はそこに近いです。ただ、「金輪町」の人口規模は5万くらいかな。地方の田舎町というイメージです。何となく、その規模がいいんですよね。『関数ドミノ』もそのくらいの規模だったし、『聖地X』もそうだし。ほとんどそうですね。舞台となる町が東京というよりは、ちょっと離れたところ。宇都宮よりさらに行ったあたりとか、そういう場所。で、そういうの土地はもう「金輪町」にしよう、すべて「金輪町」にしようって(笑)。金輪町は変なことばっかり起きる、そういう町なんです。
 
――出てくるキャラクターもガツガツしていない感じですよね。
 
ちょっとのんびりしている、普通の人。割と平凡な感じの人たちという。
 
――だからこそ、リアリティがあるというか。イキウメの舞台を観ていて、“こういうことが自分の身にも実際に起こるんじゃないか”と受け止めてしまうんですよね。この『聖地X』での金輪町でも…。
 
いろいろ変なことを起こしたいですね(笑)。
 
――では最後に、月並みですが、大阪で上演されるにあたって意気込みをお聞かせください。
 
繰り返しになりますが、劇団の中では珍しくコメディタッチの作品で謎解きモノなので、楽しいと思います。すごくシンプルで、とても楽しい作品です。肩肘張らずに観れるので、ぜひ気楽に来てほしいです。
 



(2015年5月27日更新)


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前川知大
まえかわともひろ●1974年生まれ、新潟県柏崎市出身。劇作家、演出家。2003年に劇団イキウメを結成。日常と隣り合わせの“異界”をシームレスに描く作風を得意とする。2013年からは劇団とは別の表現の場「カタルシツ」を始動、第1回公演はドストエフスキー原作小説『地下室の手記』を劇団員の安井順平主演で翻案、演出。2015年3月に再演した。舞台作品のほかに、絵本やコミックの原作、テレビドラマの脚本・演出なども手がける。2014年、第21回読売演劇大賞優秀作品賞(『片鱗』)、第21回読売演劇大賞優
  
上2点:初演「プランクトンの踊り場」(2010年・撮影 田中亜紀)

イキウメ「聖地X」

発売中 Pコード:442-610

▼6月5日(金)19:00

▼6月6日(土)13:00/18:00

▼6月7日(日)13:00

ABCホール

全席指定-4200円

[作][演出]前川知大

[出演]浜田信也/安井順平/伊勢佳世/盛隆二/岩本幸子/森下創/大窪人衛/他

※未就学児童は入場不可。

イキウメWeb
http://www.ikiume.jp/

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