「笑っている人の横で、泣いている人がいる」
鴻上尚史が描く、4人の濃密な恋愛物語
『ベター・ハーフ』大阪公演が間もなく開幕!
鴻上尚史が脚本・演出を手掛ける舞台『ベター・ハーフ』が、4月25日(土)・26日(日)、大阪・サンケイホールブリーゼにて上演される。本作は恋愛をテーマにした作品で、タイトルの“ベター・ハーフ”(=自分と相性がぴたりと合う相手)をキーワードに、若い男女と中年の男性、トランスジェンダーの女性の恋愛ドラマが描かれる。出演は、風間俊介、真野恵里菜、中村中、片桐仁の4人。あらすじは、広告代理店勤務の若手社員・諏訪(風間)が、中年の上司・沖村(片桐)から、ネットで知り合った女性とのデートの身代わりを頼まれる。待っていたのは、若い女性の平澤(真野)で、彼女もまたトランスジェンダーの友人・小早川(中村)に頼まれて、代わりに来たのだった…というもの。大阪公演を前に、本作を手掛けた鴻上の想いを訊いた。
――まず、東京公演の感触から教えていただけますでしょうか。
「ありがたいことに好評で、みんな喜んでくださっている感じがしますね。あまりにもアンコールが続くので、どうやって止めようかと思うくらいです(笑)」
――今回、4人芝居で、恋愛をテーマに書かれたのはどうしてですか?
「恋愛を真正面から描くのが久しぶりで、少人数での舞台も長らくやっていなかったので、そのふたつでやりたいなと思ったんですね。恋愛はきっと、人間が人間を理解する根本にあるもので、実はコミュニケーションの問題だったり、人間理解のドラマだったりするんですよね。だから、ヘイトスピーチとか、すごくギスギスした不寛容な時代になっていく今、誰かとコミュニケーションすることや、人を愛すること、憎むこと、理解することを描きたいなと思ったんです」
――普段、人と人とのコミュニケーションについて、希薄になっていると感じられるところは?
「みんな恋愛から逃げているよね、面倒くさいし(笑)」
――そうですね(笑)。
「激しい苦しみをくれるものって、激しい喜びをくれるんですよね。でも、中途半端な苦しみしかないものは、中途半端な喜びしかもらえない。だから、逃げていれば苦しみはないんだけど、激しい喜びもないわけで。面倒くさいし鬱陶しいんだけど、そんなに悪いもんじゃないよねって思うんですよね」
――自分が傷つかないために逃げてる人も多いかもしれませんね。
「それが一番分かりやすくて、一番よくあることだと思う(笑)」
――今回は、片桐さんがそういう人物ですか?
「いやいや、片桐さんはブサイク村代表としてガンガンいきます(笑)。“ただしイケメンに限る”といわれる現状を嘆いているんですよ。出会い系で部下役の風間君の写真を送って、自分の写真だと言って会話するわけですから、最初は逃げてるんですけどね。そこから後の展開は、ちゃんと積極的に攻めているんですよ」
――それぞれの役柄は、キャストの方々の魅力も活かしつつ作られたんですか?
「もちろんです。この4人だからできたというのはあると思いますね。それぞれにハマり役で、ツイッターとかの感想でも“すべてのキャラクターが生きている”と、すごく好評をいただいています。20年くらい前には『トランス』という作品でゲイの人を書きましたが、次に少人数でやるならトランスジェンダーの人が入っている恋愛を書きたいと思っていたんです。そんなときに(中村)中ちゃんと出会って、出ていただけることになって、作品ができたんです。この芝居の中では5曲ほど歌ってもらっているんですが、それは中村中という存在があったから。あと、片桐さんはブサイク村の、愛されない代表として(笑)。実に切ない役というか、恋愛において敗北を経験したことがある人は彼の役に感情移入するんじゃないかな。真野ちゃんの役も、芸能界デビューしたいけど、家族からの仕送りもなければ事務所もひどいところで、いつオーディションが入るかも分からなくてバイトをしにくいから、散々考えてデリヘルをやるっていう役です。真野ちゃんのアイドルぶりと、その裏の表情を見せたいなと思ったんです。で、風間君はジャニーズの中でもかなりの演技力の持ち主なので、できる若手サラリーマンの役。我々の現場では“ジャニーズ1の演技力と身体の固い男”と言われていますけどね(笑)」
――そうなんですか(笑)。
「でも実に賢い役者さんですね」
――今回はそんな4人の濃密な会話劇が楽しめるんですね。
「会話劇と言っても、膨大な量は喋るんだけど、歌も5曲あるしダンスもあります」
――ダンスもあるんですね。鴻上さんが少人数での芝居を作るときに工夫されることはありますか?
「なるべく展開に予想がつかないということは大事ですね。4人だけだと、それぞれの人生がしっかりと見えてくるので、お客さんの予想を超えるものを作らないと面白くないですからね」
――お客さんの目線が4人に限られますもんね。
「ツイッターとかの感想を見ると、誰に感情移入したかが本当にバラバラ。それに、“観る度に感情移入する相手が違うかもしれない”という人もいましたね。男と女の話って、どっちが良いとか悪いとかがなかったりするでしょ? そのときの自分の精神状態だったりもするから、すごく悲しことがあったときは気にくわない男を罵倒したくなるし、楽しいときはこれくらい良いかと思ったりもする。だから、友達、夫婦、カップルで観に来て、誰に一番近いとか、誰に肩入れしたっていう話をするのも面白いと思いますよ」
――作品を作るうえで、稽古場でキャストの方々と恋愛について話されたりしたんですか?
「それは、彼ら4人がご飯食べに行って喋っていたみたい(笑)」
――そうなんですか(笑)。
「4人がすごく仲良くなってくれて、稽古前に一緒に食べに行ったりしてたんですね。そうするとやっぱり、登場人物の誰が良いか悪いかっていう話になるんですって」
――その話、聞いてみたいですね。ところで、真野さんは以前から鴻上さんの舞台に出たいと思われていたそうで…。
「そうなんです。『キフシャム国の冒険』(‘13)で僕の舞台を初めて観て、気に入ってくれたみたいで。昨年の『朝日のような夕日をつれて2014』を観に来てくれたときに、“キャスティングしろ”っていう目をしていたんですよね(笑)。最近はそんふうに分かりやすい目をする人はなかなかいないんですよ。真野ちゃんは、ちゃんと野望を持ちながら上品にエネルギーを発していたので、大した若手が出てきたぞと思って、一度お願いしようかなと思ったんです」
――片桐さんや風間さんとはご一緒されたことがあるんですか?
「'13年にNHKのEテレの『青山ワンセグ開発』という企画で、『恋愛のレッスン』という1話5分間のドラマの脚本・演出・出演をしたんです。そのときの主役を片桐さんにやっていただいて。最初はどんな人なんだろうと思っていたんですが、実際ご一緒してみると、俳優さんとしてとても魅力的で、面白い人だなと思いましたね。これからもっともっとすごくなると思います。それで、舞台でもお願いしたいなと思って、今回出ていただきました。風間君は今回が初めてで、周りから“ジャニーズ一の演技力だから、いつか一緒にやるべきだよ”って言われていたんです。で、風間君にピッタリの役ができたから、オファーさせていただきました」
――その“ジャニーズ1の演技力”という言葉に対して、実際ご一緒されていかがですか?
「すごく良いと思います。でも本人にも言ったんですけど、ちょっと上手すぎますね(笑)。賢いから、演出家が今何を求めているかが分かるんですよ。“あぁこれを求めているんだな、じゃあそれをやろう”というふうになると、あざとくなるというか。だから、演出家が何を求めているかをやるんじゃなくて、今どう感じているかをもっと追求してほしいとは言いました。でもそれは気持ちの切り替えで済む話で、やっぱり上手いなと思いますね。俳優さんって、感性とエネルギーと賢さが必要だと思うんですよ。賢いと、作品全体の視点から見てお客さんの反応まで考えて、やるべき演技をやる。そういう点でそれができる風間君はすごく賢いんだなと思います」
――先ほど仰っていた、片桐さんの“すごい”部分はどこに感じられますか?
「俳優としてチャーミングなんですよね。とんでもないことをやるんだけど、チャーミング。普通の人がそれをやったら嫌味だったり悪意だったり、悪いふうに捉えられるはずなのに、片桐さんがやるとすごくチャーミングに見える。欲がないからかな。面白い作品を作りたいとか、自分が作品の中で欠かせない存在になりたいとかっていう、ポジティブな欲はあるんだけど、自分を見てとか、自分を愛してとか、自分が目立ちたいっていう、悪い方の欲があまりないんじゃないかなって思いますね」
――客席から観ていても、惹きつけられます。
「そうでしょ。すごいと思う。今回は、“片桐さんで笑いたい”っていう人には喜んでいただけると思いますよ。僕の作品の中でも、割と上位の方の笑える芝居になっているんですよ。恋愛もので4人芝居だし、そんなに笑えないと思って来たら、めちゃくちゃ笑える芝居になっていて、お客さんは意外でビックリしているみたい。でもその原動力は片桐さんなんですよ」
――笑いの部分を引っ張っていってくれている。
「笑いに関しては絶対の安心感があって、僕が間とかブレスを気にする必要がないくらい。あと、片桐さんならではのチャーミングさがあるから、面白いですよ」
――設定的にはちょっと切なさもありつつ。
「もちろん。だから大笑いしている人の横で泣いている人がいます」
――それは感情移入が違う人にいっているからですね。
「そうだし、人生経験とか今の自分の状態が関係しているからかもしれないね」
――それはあえて狙っていた部分ですか?
「そうですね。正解なんてなくて、恋愛なんて悲劇でもありながら喜劇でもあるわけで。ある出来事が起きたときに、悲劇でもあり喜劇でもあるというのは、ある人から見ると喜劇で、別の人から見ると悲劇なだけじゃなくて、同一人物から見ても、それは悲劇とも呼べるし喜劇とも呼べる。そういうのが恋愛の面倒臭さだし面白さであって、大笑いしている横で涙を流す人がいるというのは、恋愛の真実を描けているという意味だと思うので、成功したなと思います。多分、“恋愛で悩んだことなんてない”という男性の感想は、“笑った笑った!すごく楽しかった”ってなるんじゃないかな。もしそれがカップルで観に来てたら、横の彼女は、“本当この人どうしようもないな!”となると思う。ツイッターの反応を見てると本当にさまざまで面白くて、“夫婦で観に来て、私はうんうんその通りだとうなずき、夫は何かを理解したようで黙り込んでいます”っていう人もいました(笑)」
――カップルで観に来てもらったりすると、面白いかもしれませんね。
「面白いと思うけど、もめかけているカップルだと大変かもしれない(笑)」
――では最後に、関西の方に向けてメッセージをお願いします。
「実はここ1~2年、“俺、何かしたかな?”って思うくらい、大阪の空気を冷たく感じているんです(笑)。今回は濃密な4人芝居で、すごく楽しくて切ない作品になったので、観に来ていただけると嬉しいです!」
取材・文:黒石悦子
(2015年4月20日更新)
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