5/2(金)より梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティで上演される
薬師丸ひろ子主演の舞台『ハルナガニ』
4/7(月)に開幕した東京・シアタートラムの
初日観劇レポートが到着!
短いトンネルを抜けて劇場に入ると、舞台上には、どこかで見たことのあるようなマンションの一室。人が暮らしている体温が感じられるのに、その部屋がどこか浮世離れして見えたのは、柱のように屹立した5本の鎖のせいだろうか。まるで、部屋が飛び去るのを繋ぎとめているようだ。『ハルナガニ』。
1年と5ヶ月ぶりという意外な速さで木皿泉・脚本、内藤裕敬・演出、薬師丸ひろ子・出演のトリオが揃う舞台に再会できるとは嬉しい驚きだった。前作『すうねるところ』は吸血鬼3人(?)と、彼らに拾われ、育てられた青年という家族の物語。今回は両親と息子の家族、そこに両親の友でもある同僚らが絡んでいく。
夕暮れ。学校から帰宅した息子・亜土夢(細田善彦)が見たのは、フランク永井の「おまえに」を熱唱する父・春生(渡辺いっけい)の姿。母・久里子(薬師丸)の死から立ち直れずにメソメソし続ける父に呆れ気味の亜土夢だが、そこへ何事もなかったかのように久里子が帰宅する。亜土夢には普通に接する久里子の姿が春生には見えず、しかも久里子は「春さんは一年前過労死した」と言い切る。父母に互いを認めさせようと躍起になる亜土夢の努力空しく、夫婦はすれ違いを繰り返し、失った伴侶を恋しがるばかり。
だが“すれ違い”は次第に別の様相を見せる。夫婦は互いを認めながら“無視”しているような振る舞いに出るのだ。それは翌朝、夫婦の友であり春生の同僚・西沢(菅原大吉)と春生の部下・三浦(菊池亜希子)の訪問により、さらに露骨になり、もはや夫婦喧嘩の様相さえ呈する。
夫婦の諍いと息子たちの困惑にクスクス笑いながら、客席には無数の「?」マークが浮かんでいるようだった。「死んでいるのはどちら?」「そもそも死んだ人なんているの?」……etc。
舞台をラストまで観ても、無数の「?」を埋める解答が提示されることはない。ただ最終章では時が遡り、生まれたての息子を前に家族として歩む人生を不安に思う、若き春生と久里子のほろ苦い一夜が描かれる。
大切な人との別れを含め、人生に何が起こるかは誰にも分からない。だからこそ今この瞬間、目の前にいる人に対し、言わねばならないことは言っておかなければ。生活の中で当たり前のことを、当たり前に分かち合えるのは平凡ではなく幸せなのだ。
観劇後に頭を過ぎったことを、野暮を承知で言葉にするならこんな感じだろうか。もちろん木皿泉の台詞に欠片も野暮はなく、フワリと大切なことを心の奥底へ届けてくれる。
俳優の素の魅力を引き出す内藤演出のもと、泣き笑い怒りふて腐れる薬師丸は実にチャーミングで、少女の面影を残す愛くるしい母親が活き活きと存在していた。加えて渡辺の硬軟自在の演技が、夫婦ならではの当意即妙なやりとりを盛り上げる。絵に描いたように人の好い友人ぶりの菅原、天然素ボケの間(ま)で観客に一息つかせてくれる三浦を爽やかに体現した菊池も絶妙。そして振り回された果てに、劇世界を反転させるように悲痛な叫びを上げる細田には目を奪われた。
親しい隣人のような5人の登場人物を通し、不意に、世界の成立ちを見通せすような体験のできる舞台。観る人の数だけ浮かぶ「?」に、貴方の「?」を足しに行くのも一興ではないだろうか。
公演は5月2日(金)から4日(日・祝)まで大阪・梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティにて。チケット発売中。
取材・文/尾上そら
(2014年4月15日更新)
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