最新作『無休電車』は遅咲きの青春を駆け抜ける
男たちの姿を描いたノスタルジックな物語!
1年間の充電期間を前に今、何を思うのか…
演出の菜月チョビにその心境を聞いた!
後ろ向きでも前を進むような、なりふり構わず全速力で世界を生きる人間たちを描き続けている劇団鹿殺し。劇中はダンスや歌、生演奏を効果的に用い、泥臭い物語であるにもかかわらず、どこか歌謡ショー的な楽しさも与えてくれる彼らの最新作『無休電車』が間もなく、伊丹AI・ HALLで幕を開ける。
福田転球、岡田達也(キャラメルボックス)、美津乃あわをゲストに迎え、とある地方都市を舞台に遅咲きの青春に走り出す男たちの姿を描いた物語。本作のベースとなった2008年公演『電車は血で走る』で好評を博した“電車化した楽隊”も舞台に登場、ノスタルジックな世界を煌びやかに照らし出す。
この関西公演を終えると、11月から文化庁の新進芸術家海外研修制度によってカナダへ1年間、派遣留学へと旅立つ演出の菜月チョビ。『無休電車』はいわば、1年の充電前の最後の作品となる。そこで、カナダ留学を目前にした今の心境をうかがいつつ、作品にかける意気込み、劇団への思いを聞いた。
――11月からカナダに留学されるということで、海外で学んでみたいという気持ちがあったんですか?
菜月チョビ(以下、菜月):海外でというか、劇団を離れてみたいな、とは時々思っていたんですけど、でも一瞬思って忘れるみたいな感じでした。『青春漂流記』(2012年)までやってみて、特に『青春漂流記』で疲れたっていうか(笑)、“あ、来た、30代のこれか!”っていう疲れを初めて実感したのもあったし(笑)。はっ!ってなったんですよね。20代とは何か違うものが来たっていうのを感じたのと、東京での活動期間も長くなってきて割とコンスタントに先輩の役者さんたちとか、演劇の方たちと、いろんな人に会えるようになってきて。演劇界のいろんな人といっぱい話して、意外と全部つながっていて一丸となっていることが分かって。ここにはここなりの社会があって、演劇ってそれぞれの劇団が好きなことをしているようでも、割と社会的な活動として行われていっているんだなって思って。今、そこに自分が入っていってもうまくやれる気がしなかったというか。みんなと価値観を合わせたいのか、合わせたくないのか、そういうこともよく分からないままで…。今まで演劇っていうジャンルの中で階段を上がっているような気持ちがあったんですけど、演劇の中の自分たちというよりは、劇団鹿殺しとか、自分が作る作品自体が一つのジャンルとしてしっかり強くありたいなって、演劇という社会の中に入るよりは、まずそれを確立できる強さを自分に持ちたいなって思ったのがありますね。
――留学期間は1年?
菜月:1年です。鴻上尚史さんとこの留学についてお話した時、演出自体は日本でも学べるし、演出するのは自分なので、何かをいっぱい観たりとか、本を読んだりとか、外から吸収しても自分はそんなに変わるものでもないとおっしゃっていて。でも、この留学で、今、日本でやっていることを忘れると、自然と自分のことしか考えなくなるみたいです。今まで自分のことを考えるのを後回しにしてきた分、逆に突きつけられると。本当にしたいことは何なんだとか、そういう厳しい時間が3、4か月したらほわほわっと出てくるんですって。それがすごく不思議だったとおっしゃってました。演劇を始めた頃の感じが出てきて、「あ、やりたかったことは、これだったんだ」とか、原点に帰れて。新しいものを得るというよりは、その時間がすごく大事だよって。鴻上さんも留学する前に井上ひさしさんにそう言われたそうです。鴻上さんは39歳で留学されて、「男性の作・演出家って40歳前後がそういう時期なんだと思うよ」って。私は女性だから、いろんなリミットが見えてくるのが男性よりも早いから、「だからチョビちゃんにとっては35歳がその時なんじゃないの?」っておっしゃってましたね。
――2000年に劇団鹿殺しを立ち上げて、それからここまで13年間、走ってきて。11月からぱっと手を放してカナダで一人になる。この感覚ってどういうものなんでしょうね。
菜月:怖いですね。私は福岡の田舎へのホームシックがいまだにあるので、カナダでなんぼほどホームシックになるんだろうって、行く前からもうなりかかってます(笑)。ホームシックが本当に怖い。現地で娯楽と言われているものをちゃんと観て、働いている人はこういうものを観て元気を出しているのかっていうことをフラットな目で見たくて。人は何を見たいのか、そのことを考える時間になるといいなと思って行こうと決めたので、日本から離れたいわけではなかった分、ホームシックがヤバイです(笑)。
――チョビさんが作りたい作品というのは、“日常の娯楽”ですか?
菜月:そうですね。日々、生きている人に必要とされるものを作りたいという気持ちが一番にあるので、その目を忘れたくないです。“毎日、疲れてるけど、あれを半年に1回観ることで鼓舞されるから、絶対観なきゃ”っていう、絶対的なエネルギー源になりたいなって。その気持ちをこれから先も持ち続けて、大きな劇場でもどんどんやっていきたいです。自分が他の作り手とどこが違うか、自分らしさとは何かというと、最初にその気持ちがあることなんじゃないかなと思います。
――劇団鹿殺しとしてはどういう存在でありたいですか?
菜月:必要としてくれる人にとって、絶対ハズレがない劇団でありたいです。自分たちもこれが面白いと思ってやっていますけど、自分が何を表現したいかっていうことよりも、この先も自分たちのお芝居が必要だと思ってもらえる作品であるかどうか、一番はそれだなって。「ああ、面白かった、次も絶対観た方がいいわ」という感想を持てる作品かどうかっていう方が大きいです。それがないのだったらやりたくないって思うので…。
--それはすごいエネルギーですね。そのエネルギーでずっと走ってきて、10月31日でいったん、日本では止まると。
菜月:そうですね、カナダは走り続けるために行きたいっていう。変わりに行くというよりは。だから『無休電車』を充電前にしっかりやって。『無休電車』は劇団鹿殺しの原点というか、これまでの姿勢を投影した作品で、その姿勢をより強固なものするために(カナダに)行ってきますよっていう。そういう作品をしっかりやりたいなと思っていて。劇団鹿殺しという価値観をしっかり大きい声で言える自信を持っていきたいなって思います。
――劇団員の方たちには、どんな話をされているんですか?
菜月:むしろ忙しくなるぞって。充電といってもお休みするのではなくて、私も全力で自分の中身を探しに行きます。劇団員にも、1年間、本公演がないからこそできることを全力でやってくれと言っています。いっぱい吸収して、しっかり外にも放出して。なので来年も劇団員個人の活動は忙しくなると思います。今までは劇団鹿殺しとして、私の監修の下でしか発表していなかったから、この冠を外して自分のことを放出してみてくださいって伝えています。
――では、作品についてのお話を。『無休電車』は男性のお話で。
菜月:『BONE SONGS』(2013年)が女の人がどんと真ん中にいたし、ここのところ女の人の話が続いていたので、久しぶりに男たちの話をしようと。
――ポスターなどのビジュアルも、女性がいませんね。
菜月:そうそうそう、裏にしかいないんです。福田転球さんと、キャラメルボックスの岡田達也さんという、熱くて土臭さ満載の先輩をお呼びしてます。
――どんな作品ですか?
菜月:元々は『電車は血で走る』(2008年初演)から取っていて。『電車は血で走る』の初演も劇団としては節目の公演で、初めての東京青山円形劇場だったんです。小劇場の劇団が自力で行ってコケたら死ぬっていう劇場なので、ヤバいんですよ、あそこは(笑)。その前の年に劇団員が3人辞めて、半分以下になっちゃって。10人の新人を抱えての青山円形劇場デビューとなって、“負けないぞ”っていう気持ちを見せなきゃっていう公演で。この『電車は血で走る』で初めて楽隊が出てきて、役者が楽器を弾いて、電車も演じて。作品自体が自分たちのドキュメンタリーみたいな話で、自分の身を切って作品を作るということにも初めて挑戦しました。すごく褒めてもらったのも、その後への自信になって。あと、楽隊を出すことで自分たちの演出方法がひとつ見つかった公演でもあって。今回も節目の公演なので、どういうタイトルにしようかっていう話をみんなでして。『無休電車』は当初、青山円形劇場だけでやる予定だったんですけど、新進芸術家海外研修制度の内定が来たので、じゃあ大阪でもやろうということで関西公演も追加して。この後、初めて1年間も休むしということで、全力を見てもらうためにもう一度、『電車は血で走る』の電車を走らせようという話になって、「電車」というタイトルが出てきたんです。決して休まないぞっていう。
――時期的に、ご自身の姿が投影されているような。
菜月:そうですね。『電車は血で走る』の初演から5年が経って、体とか精神の状態も大分違うので、今の電車の状態が見えると思います
--『無休電車』が充電前の作品で、もしかしたらチョビさんの演出も1年後には変わっているかもしれない。となると、最新かつ集大成とも言えますね。
菜月:そうですね、いっつも集大成って言っちゃうんですけど(笑)。毎公演、先輩とかにメールで「集大成なんで来てください」って言って、「毎回じゃねーか」って言われるんですけど、その時にできることを全部やって…。今回で初めて観に来ていただいても、これが鹿殺しですっていうものをお見せできると思います。音楽だったり、ダンスだったり、華やかな部分も、これまで培ってきたものを全部つぎ込んで。充電する前の姿をぜひ観ていただきたいですね。演劇ファンの方にももちろん来てほしいですけど、劇場へのデビューもぜひ。そういうつもりで作っている劇団なので1回観てほしいなと思います。出会いのチャンスってなかなか、ないから。私たちも年に2回のチャンスしかないし。ちょうどその時期に観たい気持ちになって、チケットをわざわざ買って、劇場まで足を運んでくださって、それが自分にとって必要な作品だったらすごく嬉しいし、快感じゃないですか。その体験って1回でもできるとすごいと思うんです。探し求めたものとバシッと合った時の喜びって、体験してみないとなかなか分からないことですもんね。
――しかしお話を聞いていると、とんでもないエネルギーだなと思います。そら疲れるなと(笑)。
菜月:疲れますね。でも舞台は「これがいいと思ってます」っていう表明だと思っているので。だからそれに恥じない、全瞬間に責任を持って、どこを観られてもいいようにと思って毎回、作ってます。「そこは妥協をしたんで」って言っちゃダメだっていうのはすごいありますね。
――妥協ひとつ許さない…。
菜月:そうですね。ただ、人間が完璧であるかどうかというのは、そんなに気にしてなくて。それよりは人間味とか、かわいらしさをしっかり出せたら一番いいなって思ってます。「この人の魅力を持ってしたら、何が起こっても不思議じゃないでしょ?」っていう人物が作り出せたら一番、素敵じゃないですか。こういう設定の世界だから、こういうことが起こるという話じゃなくて、何もかも凌駕するぐらいの人間を、普段なかなか会えないからこそ見たい。この人が言うと気持ちが明るくなるとか、この人が言えば嬉しくなるっていう。舞台上にそういう人がいてほしいなって思うんです。それを役者が理解して、作品の中で本当に魅力的な人が出てきて、その人自身を見て「かわいいから何をしても許そう」ってお客さんが思ってくれたら…。「こういう人っているわ」って信じてもらえるようなものができるとすごく嬉しいなって思います。そうなると、人間自体を信じられるというか、ほかの人にも優しくなれたりするので、そういう人を観る機会を増やすというのも、表現する人間の大事なポイントなんじゃないかなと思います。
(2013年10月13日更新)
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