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存亡の危機にさらされた祖国を憂い、国禁を冒して
海を渡った男、新島襄が唱えた良心教育の教えとは?
その実像に迫る舞台『喪家の狗と呼ばれた男』について
作・演出・主演を務める吉良浩一にインタビュー

良心教育の理念を基に同志社大学の礎を築いた新島襄。大河ドラマ『八重の桜』の主人公、新島八重の夫でも知られる彼の生誕170年を記念して、新島襄の実像に迫る舞台『喪家の狗と呼ばれた男』が上演される。脚本、演出を手掛け、新島襄を演じるのは俳優の吉良浩一。自身も同志社大学のOBであり、在学中は学生演劇の第三劇場に所属という経歴の持ち主だ。そこで、本作で10年ぶりに舞台に立つという吉良に、物語について、制作についてなど、話を聞いた。

--『喪家の狗と呼ばれた男』というタイトルで、新島襄を演じられるわけですが、吉良さんは新島襄をどういうふうにご覧になってますか?
 
吉良:僕、あんまり血液型とか気にしないんですけど、この人だけは間違いなく僕と同じ血液型やろうなと。新島がキリストに惹かれたのもわかるんです。キリストもAB型なんです。絶対同じAB型やろうなと。有名な事件なんですけど、同志社英学校で生徒たちのストライキが起こった時、「この校長の責任である」と言って「校長である私が私を罰します」と言って、ぶっといステッキが折れるまで自分の手に叩きつけたんです。これは賛否両論ありますけど、象徴的なシーンで。基本的に新島襄はやんちゃで、すっごい激しい性格だったんですけど、ピューリタンの生活に触れて清く正しく生きることが国のためだということに気づいて、激情を金の鎖で縛りつけたんです。そういうところとかよく似てるなって思ったり。あと、新島がリュウマチだったと知ってショックだったんですよ。あれはすさまじい病気なんです。もう痛くてしょうがないんですよ。ちょっと動かすだけで激痛が走るんですよ。関節が変形して曲がって来るし、いろんな疾患を併発することもよく知ってますから、そんな状態で国のためにあんなことをやっていたんやなっていうのもありましたし。幕末の日本は、ほんまに独立存亡の危機にあったわけじゃないですか。黒船がやってきて、すっごい不平等な条約を結ばれて。騒然となっているなかでこれは何とかしないといけないという思いで新島は密航したんですよね。キリスト教の学校を作ったのも、いくら技術が向上しても、キリスト教の教えが分からなければ肩を並べられないと、そういう思いや考えがあったと思います。それは明らかだったと思います。
 
--脚本を書かれて、一番描きたいところはどこでしたか?
 
吉良:一番大切なのは、なぜ彼が国を出たのかっていうことです。新島襄は、国禁を冒して脱国するまでと、アメリカ留学中の10年間、そして帰国してからの人生、この3つに分けられるんです。まず脱国したところ。なぜ脱国しなければならなかったということが一番重要だと。いえば、一地方企業の東京支社にいる平社員みたいな人なんですよ、新島は。「そんな立場の俺が天下国家を嘆くなんて」というのが今時の感覚じゃないですか。いやいやいや、そこが大事なんだと僕は思うんです。もちろん今日のごはんが食べられないと明日のごはんは食べられないんですけど、今日の自分のことと50年後、100年後の人たちのことを等価に考えているんです。目先の損得じゃなくて、こうやって金を儲けることで50年後の人たちは、100年後の人たちどう暮らすことになるんやろうっていうことを考えられた人なんです。そこが一番描きたいところなんです。
 
--新島の「良心の教育じゃないと、国は熟成しない」というの言葉も本当に象徴的ですね。今の時代、良心という言葉そのものが、死語になっているような気もしますし。
 
吉良:はい。そこはどうしても書かなきゃいけないと思って、同志社設立170周年に向けて動き始めた何か月か後に震災が起こったんです。震災直後はすごかったじゃないですか。世界に誇れる日本の精神みたいな。だけどだんだん、それも薄らいできて。復興もいまだに遅々として進んでいませんし、置き去りにされていると思います。これでいいのかという思いもあります。
 
--喪家の狗というのは、どういう意味なんですか?
 
吉良:「新島は国にも頼らず、仏教の聖地にキリスト教の学校を建てて、なおかつ学校の子どもにストライキをされて。死人が出た家の犬、みじめな犬みたいなものだな」ってとんでもないことを言った人がいて、新島研究の第一人者の方が最初に書いた本のタイトルも『喪家の狗』で。それを知った時、ものすごく腹が立ったんですけど、逆に僕も使わせてもらおうと。今の学生にも、建学の精神とかまったく知られてないんですよね。喪家の狗にしておいていいのかという思いがあって、このタイトルにしました。でもこうやってプロジェクトを立ち上げて、一つずつ教えてあげると、学生たちもものすごい吸収してくれますね。
 
--俳優として、新島襄を演じるということに対しては? 脚本を書くという視点とはまた異なるのではないですか?
 
吉良:僕は決して達者な役者じゃないんですが、新島襄を演じたら誰にも負けないと思います。恐らく僕ぐらい彼を知っている人はいないんじゃないかと。ブランクの期間も合わせると役者をやって30年ぐらいになりますけど、この役が一番自信があるというか。演技がうまくできるということではなくて。『八重の桜』ではオダギリジョーさんが演じられているんですけど、…悪いけど僕の足元にも及びません(笑)。
 
――物語の設定はどのようになるんですか?
 
吉良:この舞台をやろうと決めたのは、新島先生の建学の精神を今、キャンパスを歩いている学生たちに伝えなければ何も意味がないと。これからの日本を作っていく子たちにリアルタイムで教えないと。なので、舞台も、新島襄と八重さんが現代にやってくるという設定です。八重さんが「自分の故郷があんなふうになってしまって、非常に心を痛めている。今の時代こそ、あなたの良心教育が必要である。今一度、日本に降りてあなたの教えを伝えてほしい。もし伝えられれるとしたら、それはやっぱり私たちが作った学び舎である同志社から始めないとだめでしょう」と言って、新島が同志社のキャンバスに降りてきて講演をするという。そのやり取りで、学生たちが拒絶したり、賛同したりとか、いろいろなドラマが起こるんです。新島襄が同志社を設立するとき勝海舟にも協力を仰いだんですけど、その時勝が、目的達成まで何年かかるんやと聞いたんです。そしたら新島は200年と答えて、それならと勝も力を貸したんですけど、その200年まであと50年くらいなんです。あと50年で良心による国民総教育が達成されるのかという思いもあるんです。
 
--脚本を書いていて、言いたいことがたくさんあったんじゃないですか。
 
吉良:ありました。削って削って。ただ、考えることから始めてほしいと思って。プロパガンダみたいな、どっちかに向けるような演劇じゃなくて、考えるきっかけを与えたい。脳の中にそういう回路を形成してほしいと。いっぺんつながったら、何かあった時に必ず動くので、そういう体験を今の学生、これからの日本を動かす人に体験してほしいですね。学生には招待チケットを渡したりして、そのための寄付も募りました。僕も750枚売ったんですよ。
 
--それはすごいですね。
 
吉良:すごいでしょう。もう、本業もあるし、倒れそうになりました。七月まではどんな小さな会合にも言って、10枚、20枚と売って750枚になりました。僕、こんなにチケット売ったのは初めてでした(笑)。
 
--脚本あるし、演出プラン練らないといけないし、本業もあるし…。
 
吉良:もう、無理って言いながらこの8か月間、過ごしてました。全部一人でやらないといけないので、メール1本打つのですら、しんどいくらいで、もうほとほと疲れ果てて(笑)。
 
--何と言うか、新島さんの追体験のような…。新島が道を切り開いていく時の苦悩を、そういう形で味わっているような感じですね。
 
吉良:まさしくそうなんですよ。心が折れそうになったら新島の書簡集ばっかり読んでました。「男子たるもの、簡単なことで諦めてはいけない。骨が折れようと、砕けようと絶対諦めてはならない。血を流しても諦めてはいけない。最後の一滴がなくなって初めて諦めるのだ」とか、そんなこととがいっぱい書いてあるんですよ。それをぶわーっと読んで、やらないかん、やらないかんって。このプロジェクトの最初、2年半前に新島の映画をやろうかという話が上がった時、墓参に行きました。新島と八重さん、覚馬さんのお墓に行って挨拶をしたとき、「卒業生の者です。先生の映画を作ろうと思っています。だけでも私はOB会とか、校友会とか、一切出たことない。同志社を出てから背を向けてきたような人間です。もし、先生が求めているものは僕じゃなかったら、この話は潰してください。でも、僕にやれることが何かあったらその道を開いてください。今の世の中に先生の良心を伝えたいと思っているので、これはあかんと思ったら潰してください」とお伝えしたんですよ。そしたら潰れるものはことごとく潰れていきました。映画化とか、ドラマ化とか。過去に自分がやってきたことをここに乗せようとしたら、全部無理でした。でも、あくまでも次の世代のために何を残すかという考えに則っていくと、そのために必要な人が集まってくれました。
 
舞台『喪家の狗と呼ばれた男』は、9月7日(土)・8日(日)に同志社大学寒梅館ハーディーホールで上演。チケットは問い合わせ先まで。
 



(2013年9月 5日更新)


Check

新島襄生誕170周年記念公演
喪家の狗と呼ばれた男』

▼9月7日(土)19:00

▼9月8日(日)15:00

同志社大学寒梅館ハーディーホール

前売2000円

当日2500円

[作・演出]吉良浩一

[出演]吉良浩一/中北久美子/山下英輔/鈴木菜生/黒須和輝/山本真実香

※前売チケット、お問い合わせは【新島良心教育プロジェクト公式サイト】まで。

新島良心教育プロジェクト公式サイト
http://www.neesima.jp/

あらすじ

2013年9月。新島襄が京都の地に蘇る。
八重の愛した男ジョー。
蘇った彼は、自ら生き抜いた国難の時代を現代に重ね、自身が心血を注いで打ち立てた同志社英学校の志を継ぐ学生を前に、静かに、熱く語りかける。

内憂外患、存亡の危機にさらされた故国を脱し、決死の覚悟で海を渡った上州安中藩の一下級武士が、いかにして名門アーモスト大学で「アーモストの輝かしき息子」の賞賛を獲得するに至ったのか。
あえて国禁を犯し、一人異国の地に学びを求めた新島の大志とは。
日本初の私立大学創設のため、リウマチに苦しみながら奔走した熱い思いとは。

明治六大教育家・新島襄の良心の教えとその実像に迫る。
(公式サイトより)