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幼少期に受けた広島の原爆資料館での衝撃を基に
はしぐちしんの解釈で描いた8月6日の物語を上演!

第17回OMS戯曲賞を受賞したこんぶり団の『ムイカ』が初めて再演される。『ムイカ』とは、広島に原爆が投下された8月6日のことを指し、ある家族の8月6日の朝の風景と、その家族の中で一人、生き残った女性と死者たちとの会話劇が展開される。2009年11月の初演からキャストも一新、舞台美術も再構築し、新たなる劇世界で魅せる『ムイカ、再び』。本公演についてこんぶり団主宰であり作・演出のはしぐちしんに聞いた。

--ぴあ関西版WEBです。『ムイカ』が再演されるということで、改めて作品内容について聞かせてください。

はしぐちしん(以下、はしぐち)「こんぶり団では、戦争のことをよく取り上げていました。それは、僕の中で、“今はそんなに平和じゃないよ”という意識が少しあるんです。もちろん、平和に、幸せに暮らしていますが、世界を見渡すとどこかで戦争、紛争が起こっているという意識が強くあったものですから、今まで書いてきた作品もこれから戦争が起こるんじゃないかというような、こんなに安穏としていていいのかしらということを描くことが多かったんです」

--なぜ、そんなに戦争が気になるのでしょうか?

はしぐち「僕自身もそれを考えると、8月6日にたどり着くんです。僕は、5歳頃から19歳まで広島市内で過ごしました。広島はもちろん被爆地であるので、平和教育が盛んに行われているんです。8月になると、6日の式典参加もありますけれども、図書館の廊下に戦争に関する展示がされたりとか。そこでずっと刷り込まれてきた何かがあるんだろうなと思うんです。だからそこの原点に戻るということで、この作品は書きました」

--平和教育などで、何か子ども心に強烈な印象があったんですか?

はしぐち「すっごく残ってますね。それは恐怖なんです。広島の原爆資料館に初めてったときの衝撃が…。もうトラウマですね。中学生ぐらいまで毎年、夏になると被爆者の講演会があったんですが、中学2年か3年の時でも、その話を聞いた後は気分を悪くして、保健室に運ばれていましたね。小さい頃に受けた印象が恐ろしかったんです」

--どんな印象を受けたのでしょう。

はしぐち「5、6歳の頃、親に興味本位で資料館に連れて行ってくれと言ったんです。多分、映像できのこ雲だけを見たんだと思うんですが。それが子ども心にはウルトラマンとか、怪獣の世界と同じで、そういうものが見られると思って自分から親に言ったんだと思うんですが、そのギャップがすごく大きかったんだと思います。今から思えば、現実はこうなんだということを突きつけられたんじゃないかと。資料館に親子の蝋人形があって、それが非常に怖くて。当時、入り口すぐに広島市内のジオラマがあって、上に赤い玉が吊るされていて、“ここで爆弾が破裂しました”っていう説明があったんですが、その時点ではまだ怪獣の世界と一緒なんですね。むしろそこでワクワク感がさらに上がったと思うんです。で、中に入って親子の蝋人形を見て、びっくりしたんだろうなと。もちろん、その夜は眠れませんでしたし、以来、8月になると怖くて仕方なくなりましたね」

--そういうことはお芝居にも取り入れていますか?

はしぐち「はい。芝居の中にも書いたんですが、また爆弾が落ちるんじゃないか、落とされるんじゃないかって思うようになって。飛行機を見ると、またああなるんじゃないかって思ってたんですね」

--経験者のようなリアリティをお持ちのように見えますね。

はしぐち「勝手に入り込んだんでしょうね。これもお芝居の中も書いているんですが、小学6年生まで過ごした場所は、比治山っていう小さな丘のような山があって、その陰に当たる部分なので爆風から逃れ町でもあったんです。もちろん被害は受けているんですが、爆心地よりちょっと外れていて。僕は、そういうことを自分の心の頼りにしているというか、ここは大丈夫だ、ここは大丈夫だって思って過ごしていました」

--お芝居ではどういうふうに描いていますか?

はしぐち「戯曲を書く時、“僕にはこういうふうに世界が見えている”という提示しかできないって思っているんです。何かを押し付けるのではなく、僕にはこういうふうに見えていると。『ムイカ』も、8月6日は僕にはこういうふうに見えているというやり方でこの芝居を書いたので、いわゆる原爆のことだけを扱っているわけでもなく、そこから今に至る現在のことも取り込んでいます。戦争は反対します。絶対にやってはいけないと思っています。人が人を殺しては絶対にいけないとどこかで思っているし、それくらいは僕にも言えるという気持ちを、僕自身の台詞にも入れていますし、今でもどこかで紛争が起こっているということを意識しています」

--8月6日が怖くて仕方がないという思いがありつつも、戦争を考えるとやっぱりそこに戻ってしまうのでしょうか。

はしぐち「その恐怖を克服すると言ったら変ですが、自分の中でもう1回、整理してみようと。僕がものを作るということは、ひょっとしたらそういうことなのかなって。ちょっとエンタテインメント性が失われるし、もしかすると自分のリハビリ作業を人に見せているだけなのかもしれないのですが、でも、その作業を通じて誰か同じ思いを抱く人もいるんじゃないかと思うんです。それを切り捨てることを文化はしてはいけないと思うし、演劇という手法は誰でもできるものだと思っているんです。だから、僕もやりますというスタンスなんです」

--では、この作品を書かれた時、何かご自分の中で整理がつきましたか?

はしぐち「ここが恐怖の元だったということは思い出しましたね。でも記憶はいい加減なものなので、ひょっとしたら自己防衛のために勝手に創作した記憶なのかもしれないとも思うんです」

--いろんな経験がごちゃまぜになって。

はしぐち「他の映像も刷り込まれているのかもしれないですね。あと、『ムイカ』にはもう一つ、家族というテーマもあるんです。渡辺えりさんが“『血なんか繋がってなくてもええねん。生きたことを証としたらええねん。その証が家族を作って、そしたら又、誰かが想像する』この台詞がとても素晴らしい。”と第17回OMS戯曲賞の時に選評してくださったんですが、僕はそうやって家族が続いていくんじゃないかとどこかで信じたいのです」

--家族というものに何を思いますか?

はしぐち「夫婦なんて元々、血の繋がりはないですが、でも、そこが家族の最初の単位でもあるから、そこから繋がりを少しずつ広げていくことで人が人に優しくなるんじゃないかとどこかで信じたいんです。また、それが巡り巡れば、人が人を殺すこともなくなるんじゃないなかって。夢見がちな理想論ではあるんですけど、その理想論をちょっとぐらい僕にも掲げさせてよという気持ちもどこかにあるんですね。お芝居なんて幕が閉じればすべてがなくなってしまうものですが、人の心には残るじゃないですか。だから、形ではなく思いを伝えられたらなって」

--希望ですね。

はしぐち「そうですね、本当に。きっと、万人ウケするようなお芝居じゃないけど、どこかで言い訳がましく誰か一人でも伝わればいいなと思っています」

--2009年の初演から今日に至る間に、2011年の3月11日の震災があり、原発の爆発もありました。日本は第5福竜丸も含めると4度目の被爆をしました。あの震災を挟んで、この作品に対して何か、見方が変わったことはありましたか?

はしぐち「この作品においてはないですね。2011年の秋に上演した『ヒトタビ』というお芝居で原発を取り上げました。なぜ取り上げたかというと、津波や地震は自然災害ですが、原発は明らかに人災、人が起こしたことですから、書きました。同じように、“僕にはこのように見えます”というスタイルで舞台にしました。“被爆”ということでは8月6日とリンクするかもしれないですけど、僕は別のものだなと思っています」

--なるほど。では、そういうことがなくとも『ムイカ』を再演したいという思いは、お持ちでしたか?

はしぐち「どこかでそう思っていました。また、いつかは広島で上演してみたいと思っています。いつかそんなことになればいいのになって」

--広島では、お客さんの受け止め方もまた違うでしょうね。

はしぐち「そう思いますね。それを感じてみたいなという僕のおごりかもしれませんけどね。お客さんの息遣いみたいなものも、多分、関西とは全然違うだろうなと思います。お芝居を続けていたらいつか、そんな機会に巡り合えるんじゃないかなと思ってます」

--今回は日替わりゲストの方も出られますね。

はしぐち「はい。ゲストは全員、劇作家さんで、劇団ジャブジャブサーキットのはせひろいちさん以外はOMS戯曲賞に関わりのある作家さんです。今回は、OMS戯曲賞をいただいたからこそできた再演なので、OMS戯曲賞への恩返しも込めてます。ジャブジャブサーキットのはせひろいちさんは、本当に盟友と呼べる人で。年は随分上ですが、向こうも僕のことをかけがえのない友人と思ってくれていますし、かつてジャブジャブーキットは扇町ミュージアムスクエアで公演をしたことがあるので、ゲストに出ていただきます」

--では最後に、本作の見どころについて教えてください。

はしぐち「見どころとしては俳優を見てください。お芝居はまず、俳優ありき。俳優がよかったと言われる舞台が一番いいと思っているので、それが一番です。また、演劇はお客さんの半日を奪う行為なので、それに対して見合うようなものというか、そのことに対して正々堂々と立ち向かえる作品を作っています。その日一日、すべてを含めて演劇なので、お客様にとって掛け替えのない日に変わるものをお見せしたいと思っていますので、ぜひ、ご覧になってください」

--インタビューは以上です。今日はありがとうございました。

 



(2012年3月28日更新)


Check
「ムイカ」初演より

●公演情報

『「ムイカ」再び』

▼3月30日(金)19:30

▼3月31日(土)15:00/19:30

▼4月1日(日)15:00

▼4月2日(月)15:00☆/19:00

※☆は完全予約制

ウイングフィールド

一般2000円、学生1500円(前売当日とも)

☆(完全予約制)…一般1500円、学生1300円


[作・演出]はしぐちしん

[出演]コンブリ団

日替りゲストあり
3月30日(金)ごまのはえ(ニットキャップシアター)
3月31(土)15:00/山口茜(トリコ・Aプロデュース)
3月31(土)19:30/はせひろいち(劇団ジャブジャブサーキット)
4月1日(日)横山拓也(売込隊ビーム)
4月2日(月)15:00/山崎彬(悪い芝居)
4月2日(月)19:00/樋口ミユ

当日券のお問い合せ/080-3811-8459

こんぶり団
http://ameblo.jp/conburi-dan/

ウィングフィールド
http://www.wing-f.co.jp/


●作品概要

「ムイカ」再び

お芝居はこんな風に始まります。どことも知れないトある場所。時間と場所の定まらない場所。男と女3人が演劇的な不条理と気楽さをもって世界を作り上げて、もう一人の女を招き入れます。女は戸惑います。ここがどこなのか、私はだれなのか、あなたたちは一体。そんな混沌とした世界の中で少しずつ、思い出や記憶の断片が語られていく。男と女3人が、招き入れた女に見せたい世界は一体なんなのか?ムイカとは?
そして、あの日の風景が描き出される。
「気がつけば あっという間に月日がながれていました。この街ではサイレンは鳴らないんですね。そんな  事にもすっかり慣れてしまいました。気が付けば人生のほとんどをこの街ですごして、とてもおおくの些細な出来事と向き合ってきましたね。そちらはどうですか?わたしには世界がこんな風に見えています。
今日も変わらず日が昇ります。あの日もそうでした。 ほら、世界はこんなにも美しい。」

はしぐちしん

(公式資料より)