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舞台、映画、そして役者を愛した井上ひさしによる
傑作『キネマの天地』の魅力を麻実れいにインタビュー

10月4日(火)・5日(水)にシアター・ドラマシティで上演されるこまつ座の舞台『キネマの天地』。1986年に松竹大船撮影所の50周年記念作品として映画化され、その後、同作にて脚本を共同執筆していた井上ひさしの手により、舞台版『キネマの天地』が作られた。そして'10年の井上ひさし没後も、こまつ座として舞台を上演するにはやはり、井上の作品をという声のもと、数ある戯曲の中から選ばれたのが本作だ。実は、今回演出を務める栗山民也が「もし本当に、あの女優たちをキャスティングできるのなら、ぜひ『キネマの天地』を上演したい」と熱望したというエピソードもあるのだ。その“あの女優たち”というのが麻実れい、三田和代、秋山菜津子、大和田美帆という日本演劇界を代表する華やかなる面々。そして、彼女たちの脇を固めるのが木場勝己、古河耕史、浅野和之という、こちらもまた舞台にいなくてはならない男優たちだ。そんな名実共に確かな7人が、物語の現場である“築地東京劇場”の裸舞台で推理劇を繰り広げてゆく。そのうち、麻実れい演じるのが撮影所の大幹部女優・立花かず子。井上作品に出演するのは2005年の『箱根強羅ホテル』以来2度目という麻実に、本作の見どころはもとより、井上作品、そして井上ひさしの魅力などを聞いた。

麻実れいからの動画コメントも到着!

―― 『キネマの天地』では蒲田大幹部女優にして日本映画界を代表する大スター、立花かず子を演じる麻実。宝塚歌劇団を退団後、数多くの舞台で活躍している麻実だが、これまでの女優役と比べて、本作はどう見えているのだろうか?

 
麻実れい(以下、麻実)「女優役で近いところでは『サラ』という舞台のサラ・ベルナール役です。女優が女優の役をやることは幸せなことであると同時に大変ですね。自分の中でサラという人物は、世界的な大女優なんだけれども、彼女の時代から年月がかなり経っているので逆に作り易いかもしれないという思いでその役作りを始めました。でも今回は、昭和10年という時代の、それも映画全盛期で蒲田撮影所のトップ女優たちが集まるという設定です。私自身は宝塚を卒業後、舞台中心に生きてきて、映像作品といえば山田洋二監督の『学校Ⅳ』のみなんですね。なので、井上ひさしさんとの名コンビである栗山民也さんが演出をつけてくださるというので、その辺はどうにか心配を飛び越えることができるんじゃないかなと思っています」
 
―― しかもこれまでの舞台作品では、あまり日本人役を演じることはなかったそう。
 
麻実「振り返ってみると、日本人の役は今まであんまりやったことがなくて。翻訳劇が多いですね」
 
―― そんな中、井上作品への出演を切望していたという麻実。その理由は「どうしても井上さんの独特な香りの中で呼吸したい、生きてみたい」から。そして遂に『箱根強羅ホテル』でその夢が叶ったのだ。
 
麻実「『ああ、これでやっと日本人の匂いがぷんぷんする作品に出られる』と期待していたら、プロデューサーの方から『麻実さんの役はロシア人です』と言われて、もうがっかり。とにかく日本人の役をさせてくださいとプロデューサーの方を通してお願いしたんです。そしたら後日、プロデューサーがニコニコしながら『ハーフの役になりました』って。この『キネマの天地』でやっと日本人の役になれました」
 
―― では、昭和10年という時代に生きた女優に対しては、どういうイメージを抱いているのだろう?
 
麻実「当時の女優さんといったらまさに、女優女優した女優というのかな。華やかで、みんなひれ伏すじゃないけれども、それくらい凛と立っていた、抜きん出た魅力の持ち主じゃないかという気がします。同じ人間なんだけれども、女優には一般庶民とは別のオーラや空気が漂っているような、そんな存在だったんじゃないのかなと思います。『キネマの天地』では、役としてそこまで行かなくちゃいけないのは大変ですけど、そういう雰囲気の中で『やっぱり普通の人間なんだ』というところにお話が進んでいくので、見ていて楽しいと思います」
 
―― 井上作品にして待望の“日本人役”。そして映画全盛期の大女優。麻実はこの役にどう向き合っているのだろうか。
 
麻実「宝塚を卒業して、おかげさまでその間に勉強させてもらえたことが今、私を助けてくれていますね。そこに自分を委ねてとことんさらけ出してみたい。最近、ストッパーをかけずにこの役の中に入り、いただいたキャラクターを自由に作るという作業がスムーズになったような気がするんです。それは、まず宝塚で土台を作ってもらえたことが私の基礎となっていますね。その後、26年かけて少しずつ、演劇界とお客様に育てて頂き、この頃やっと、この年になって何か不必要なものが取れてきたような気がします。ちょうどいい時期にこの役をいただけたんじゃないかなと思っています」
 
―― 本作は、女優・松井チエ子が舞台上で頓死し、その後見つかった彼女の日記に「わたしはK.T.に殺される」と書き残されていたことから、彼女の夫であり監督である小倉虎吉郎が「K.T.」の頭文字を持つ4人の女優たちを築地東京劇場の裸舞台に呼び出し、松井チエ子殺人事件真犯人推理劇『豚草物語』の稽古を始めるというもの。
 
麻実「物語は皆さんも良くご存知の『蒲田行進曲』から始まって、舞台に新人から大幹部の立花かず子までが順番に入ってくるんです。その4人というのが上昇志向もライバル意識も丸出しで、興味があるのはアップの数と台詞の量だけという面々なんです。そして殺人事件に絡んだ推理劇としてドラマが展開して、どんでん返し、どんでん返し、どんでん返しの果てに最終的にはお客様にお渡しするというところで終わるんですけど、なんとも温かい空気がいつもの井上作品と同じように漂っていて、非常に豊かな作品になっています」
 
―― その豊かさは、本読みの段階で強く感じると言う。
 
麻実「演劇界や映像をこよなく愛している井上さんの思いが、言葉を通して私たちの心に浸透してくるんです。栗山民也さんの力を借りて、台本の中の人間たちが舞台の上で動き始めたらさぞかし愉快で、悲しくて、面白いものになるだろうなと思います。お客様もいろんなことを感じていただけると思います」
 
―― また、劇中の裸舞台に立つ女優4人はみな、強烈なキャラクターだという。
 
麻実「何もないところから自力で這い上がってきた4人なので、それはそれは。もう、いつ消されるかわからないような状況下、それも映画全盛期に生きた女優たちなので、新人にしても、幹部にしても、大幹部候補にしても、もちろん私の演じる大幹部にしてもそれはそれは! 自分を押し殺してでも強く立って歩いていかないと生きていけない世界なので、ものすごく強いですね。たまらない強さがあります。でもその強さにはちゃんと理由がありますし、強さの根底には女の弱さとか心細さも絡んでくるので、その辺がうまくスムーズに出てくると、単なる女同士のバトルに終わらずに、人間として、そして彼女たちが選んでしまった女優という職業、その辺りに対する心の葛藤を通したバトルができるような気がします」
 
―― ライバル心むき出しの4人は当然、犬猿の仲。
 
麻実「ものすごいですよ。ただ、年功序列は守っていて、その辺は先輩を立てなくちゃという気持ちはあるんですね。どの世界でも同じことですけど、彼女たちは先輩を立てながらもバトルを始めるんです。また、あの時代の芸能界の厳しさなど、そういうことも十分書かれていますし、役者って大変だな、かわいそうだなとか、いろんなことを思いますね。それだけ井上さんは鋭い眼力をお持ちで、よくこれだけ女優を見抜いているなと思います。私はどちらかというと『お先にどうぞ』型なので、『押しのけて押しのけて押しのけるわよ!』という部分がどこまで描けるかわからないですけれど、多分井上さんは『いや、麻実さんだって一皮むいたらそっちに近いんじゃないかな』って、なんかそうおっしゃいそうな気がしますね(笑)」
 
―― そんな犬猿の中を演じる3人とは初共演となる。
 
麻実「三田和代さんをはじめ秋山菜津子さん、そして大和田美帆さんと、皆さんがんばっていらして。今回こうして、それぞれの役をいただけたわけだから、みなさん必然的な強さをお持ちだと思いますね。また、三田さんは、これで井上さんの作品は9本目と大先輩なので、井上作品を熟知なさった方が入ってくださることが私たちも大変心強いですし、いいライバルとして4人、がんばれるんじゃないかなと思いますね。今回は劇場の裸舞台が舞台というまったく助けのないところで、台詞とお相手しか頼れるものがないという非常に厳しい中での作品になりますが、その分、余分なものが削ぎ落とされているので、より井上さんの世界が鮮明に浮かび上がるでしょうね」
 
―― ここで、井上ひさしとの思い出を聞いた。
 
麻実「井上さんは大変遅筆な方だと伺っていたので、覚悟をして入ったんだけれども、やはりお稽古が始まって10日間ぐらいは、届くのはまったく脚本に関係ないもので。でも実は大事なものが届いていたんですね。ご自分で大きな紙に年表を書かれて、その時代の社会的状況、世界の状況も全部書いてくださった紙が毎日届くんです。これをしっかり踏まえたうえで『箱根強羅ホテル』に入らなくちゃいけないのはよくわかったんですけど、でも年表よりも台詞を読みたいなという思いもありました(笑)。ただ、不思議なもので、朝刊の連載小説を心待ちにしている読者になったみたいで、それはそれは届いた脚本は、少しずつではありましたけど台詞が面白くて面白くて豊かなんですよね」
 
―― 少しずつ、少しずつ稽古場に届く台本。そして『箱根強羅ホテル』はどうなったのだろう?
 
麻実「初日直前になっても最終幕の台詞ができてこなかったので、だんだん切羽詰ってきて。最終幕は稽古をできないまま、初日の幕を開けたんです。そして初日パーティーで井上さんがご挨拶をされたんですが、『一幕目はすっごく面白かった。二幕目は僕はハラハラドキドキして見てました』って、そうおっしゃった瞬間に、役者全員が一斉に井上さんを睨んだんです(笑)。『誰のせいですか!』みたいな感じで。井上さんもそれを感じたらしくて、すごすごとご挨拶をお止めになり、人影に隠れていましたね。その隠れ方がまたかわいらしかったんです。めがねの中の本当に素敵な目が『ごめんなさい』とおっしゃっているようで、思い出すと懐かしいです」
 
―― 他にもこんなエピソードが…。
 
麻実「公演の千秋楽に近くなった頃かな、井上さん主催の焼肉パーティーに行きましょうということで、新宿の焼肉屋さんにみんなで連れていってもらったんです。それで、いつも井上作品に出られている役者さんに『ねえ、これっていつものことなの?』と聞いたら、『そうよ、お詫びの会よ』って。井上さんは『とにかく食べたいものを好きなだけ食べなさい』とおっしゃって、とても温かい会でした。『お詫びの会』とおっしゃいますけど、そういうふうに会を設けて役者たちを労ってくださって。井上さんの優しさを感じましたね」
 
―― 井上は「僕の台詞を一字一句、絶対に変えないでくれ。僕は役者をまったく信じていません。誠心誠意込めて一字一句、大変な思いで生み出した言葉なので、僕の言葉を信用して、僕の言葉に委ねてやってください。そうすれば大丈夫です」と役者たちに伝えたという。本作は、そんな井上が書き上げた推理劇であり、喜劇である。最後にもうすぐ幕が開く舞台『キネマの天地』への意気込みを聞いた。
 
麻実「私たちは、井上さんから頂いた言葉を素直に表現すれば、絶対に大丈夫と信じ、この演劇讃歌、人間讃歌を全員でうたいあげたい。素敵な作品にするという気持ちでいっぱいです」
 



(2011年9月29日更新)


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麻実れい

●公演情報

こまつ座 「キネマの天地」

チケット発売中

Pコード:412-734(公演日3日前まで販売)

●10月4日(火)19:00・5日(水)13:00

梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ

指定席-7800円

[作]井上ひさし
[演出]栗山民也
[出演]麻実れい/三田和代/秋山菜津子/大和田美帆/木場勝己/古河耕史/浅野和之

※未就学児童は入場不可。

[問]キョードーインフォメーション[TEL]06-7732-8888

間もなく上演! 前売り券僅少!!
チケット情報はこちら


●プロフィール

麻実れい

あさみれい/東京都出身。1970年宝塚歌劇団に入団。1980年に雪組トップスターとなり、その5年後、宝塚を退団した。退団後は、『シカゴ』『マクベス』『メアリー・スチュアート』『双頭の鷲』『ハムレット』『蜘蛛女のキス』『サラ』『桜の園』など数多くのミュージカル、古典作品、翻訳劇などに出演し、日本を代表する舞台女優に。また、山田洋二監督の映画『十五才 学校Ⅳ』へも出演し、新境地を開いた。そして、2004年7月にはギリシャ・アテネの古代劇場ヘロデス・アティコスにて『オイディプス王』を、2006年7月には英国ロイヤル・シェイクスピア・シアターにて『タイタス・アンドロニカス』、翌2007年にはニューヨークを含むアメリカ東部主要都市にて『AOI / KOMACHI』で巡演するなど海外の舞台公演も行う。近年では、2010年に『冬のライオン』『おそるべき親たち』、そして今年は『トップ・ガールズ』に出演。本作『キネマの天地』の後には『みんな我が子』も控えており、精力的に活動している。