インタビュー&レポート

ホーム > インタビュー&レポート > シンディらしさに満ちあふれた “フェアウェル・ジャパンツアー”

シンディらしさに満ちあふれた
“フェアウェル・ジャパンツアー”

昨年10月のカナダを皮切りに、世界各地で展開してきた"フェアウェル"ツアーがついに日本に上陸した。文字通りこれを最後に、シンディ・ローパーはツアー生活にピリオドを打つ。この6年ぶり15回目の来日公演"フェアウェル・ジャパンツアー"は、彼女が日本のステージに立つ最後の機会になるのだ。

会場のAsueアリーナ大阪は、満員の観客で埋め尽くされた。ステージセットはシンプルな作りだが、背後一面を覆う巨大なLEDスクリーンがひと際目を引く。開演前の今はパステル調の色彩のなかに、彼女の代表曲の歌詞がデザインされて静かに映し出されている。そして開演予定時刻を10分ほど過ぎたころ、客席の明かりが段階を追って少しずつ落とされていく。最後の客電が落ちると、スクリーンに彼女の軌跡をたどる画像が矢継ぎ早に映し出される。ほどなくして、主役がステージに姿を現した。すると次の瞬間に、ステージ前方から客席に向かって七色の紙吹雪が放たれる。なんとも彼女らしい、カラフルで派手なオープニングだ。

ショウの幕開けを飾ったのはキャリアの最初期にリリースしたアルバムに収められ、シングルカットされてヒットチャートを駆け上がったあのナンバー。そこから序盤はテンポの良い、人気曲を並べて客席の温度を上げる。ウェットにさようならを告げるなんて、彼女らしくない。これがフェアウェルであろうとなんだろうと、シンディ・ローパーのライブは、やはりこのようにアッパーなムードでないといけない。

cyndi250421-3.jpg

この日の主役は、とにかくよくしゃべる。自身の日本への思い、自らの来し方、次に演奏する曲に込めた思いなどなど。それにどれもが、まだ話し足りないとばかりに長い。だが今回はステージ上に姿を現さないものの、女性通訳が彼女の言葉を日本語に訳する。日本のファンともっと深くコミュニケートしたい。シンディのそんな考えから、取り入れられたのだろう。通訳が入ることによって、彼女の思いを深く知ることができたのは、大いに価値があることだった。ちなみに、この女性通訳がシンディのコメントを日本語の会話に訳する際の口調が、ショウのなかでちょっとしたアクセントになっていたことを付け加えておきたい。

アートにも造詣が深いシンディはショウの冒頭で「今日は音楽とアートを、みんなで創りあげましょう」と客席に語りかけた。そのアートの部分に、ステージ背面のスクリーンが大きな役割を果たした。ただ単に歌っている彼女や演奏しているサポートメンバーを映すのではなく、テーマカラーのように曲ごとに色を変え、アートを感じさせるさまざまな映像や画像を映し出す。音楽でパフォームする彼女と一体になった様子は、まるで総合芸術。次々とあふれ出る色彩に、溺れるかのような錯覚を抱かされる。

中間パートではそれが一転し、モノトーンの世界へと姿を変える。このパートではシリアスなナンバーが中心で、彼女がMCで話す内容もそれに沿ったトーンのテーマになる。シンディはデビュー作のヒットで瞬く間にスターダムにのし上がった思われがちだが、実はソロデビューする以前はいくつかのバンドで活動してきた。その間に喉を痛めて1年間も歌えない時期があったり、ブルー・エンジェルというバンドでデビューを果たしても商業的成功を得られず、自己破産を宣告するなど苦労を重ねてきた。個性が強過ぎるあまり、周囲に受け入れられないこともあった。それでも自分らしさを貫き続け、ソロデビューしたのは30歳になってから。「人生は、いいときばかりじゃない」。この中間パートは、そんな彼女のバックグラウンドと合わさるようにも感じた。

そんなシリアスなムードを挟むなど、ステージは多彩に展開し、観る者を片時も飽きさせない。当然、幾度かの衣装替えがあるのだが、ただ姿を消してステージ裏に下がるのではなく、その前後も観客を楽しませる仕掛けが用意されていた。退屈に感じる時間は、まったくない。

エンタテイナーとして一流ぶりを見せつける彼女だが、驚かされたのはメインであるシンガーの部分。シンディの魅力のひとつは、どこまでも伸び上がるようなハイトーンのボーカル。シンガーにとって声は楽器であるが、この楽器は交換することができない。ステージを観る前は、ソロデビューから40年余りを過ぎて、さすがに厳しくなっているところもあるかと思っていたが、とんでもない過小評価だった。高音は輝くように伸びていき、中低音はふくよかに響く。全盛期と比較しても、遜色はない。ツアー生活を終えても引退はせず、シンガーとしてはまだまだ現役でいると宣言している。

ショウの終盤、彼女は客席に向かってスマートフォンのライトを点けて、それを掲げるように促した。するとアリーナは、まるで満点の星空の下にいるような幻想的な雰囲気に包まれた。「人間はこういう、ひとつひとつの光。光のコミュニティなんだよ。忘れないで、自分が光を灯せることを」。そう語ったあとに歌い始めたのは、名バラード。無数の小さな光に包まれたなかで、大合唱が自然と沸き起こる。この時間は会場にいる者すべてが、胸を打たれたはずだ。

cyndi250421-2.jpg

アンコールに登場した彼女は、曲の途中で歌いながら客席に向かってステージを降りていく。目指す先は、客席中央付近に設けられたサブステージ。後方の観客とも、近くでコミュニケートする意図からだろう。自分のすぐ横を歩くシンディに、遠いステージの上にいた彼女が間近で歌う姿に、観客は興奮を隠し切れない。次の曲は、そのサブステージで歌われた。ストールを手にし、それが風になびいて天に舞う。ストールは、曲のテーマでもある虹色の配色。曲にあるメッセージ性を、パフォーマンスでも体現して見せた。彼女が伝えようとしたことは、多くのファンの心に響いたはずだ。

メインステージに戻って、最後はもちろんあの曲。「私はこの女性に刺激を受けています。そんな彼女とコラボすることができたんです」と言ってスクリーンに映し出されたのは、ポルカドットを特徴的に用いた作品で知られる、日本の女性芸術家。メンバーも含めて全員がその女性芸術家のデザインによる衣装を身に着け、曲調と同じく会場内にはハッピーなムードが充満する。冒頭でシンディの口から語られていた音楽とアートの融合が、見事に結実したフィナーレには感動しかない。

最後にシンディは「ありがとう、じゃあね!」と言ってステージを去った。そこに「またね」の言葉は続かなかったが、客席に感傷的な空気は漂っていない。それが彼女らしいと、だれもが感じていたのだろう。客席に明かりが点くと、人々の顔に浮かんでいたのは涙ではなく笑顔。それがこの日のショウでシンディがファンに与えたものを、無言で知らしめていた。

取材・文:カワサキマサシ
写真:渡邉一生




(2025年4月21日更新)


Check

Live

CYNDI LAUPER
フェアウェル・ジャパンツアー

【東京公演】
▼4月22日(火)・23日(水)・25日(金)
日本武道館