ホーム > インタビュー&レポート > 名古屋発、日本語オルタナティブロックの至宝・Climb The Mind 結成25年目の覚醒をブレることのないスタンスで語る
オルタナティブロックとの出会いは衝撃だった
――今年の春にアルバム『ほぞ』(2010年)、『チャンネル3』(2017年)、『蕾』(2020年)が突如サブスク解禁になり、XやInstagram、YouTubeの公式チャンネルができるなど大きな動きがありました。これは今年結成25周年ということも関係ありますか?
それは特に意識していなくて、2月にuri gagarnとスプリットカセットを出して、収録曲『近影』のミュージックビデオを撮影したのでそれをアップするためにYouTubeチャンネルを始動して。同時期に、カメラマンの池野詩織さんに新しいアー写を撮ってもらいました。そういったことも含めて、自分たちで発信したいことがいくつか重なったのでXやインスタを始めて。サブスクも周りの人たちに意見を聞いたりして、(解禁を)喜んでくれる人も多いみたいなので始めてみた感じですね。
――25周年だからというわけではなかったんですね(笑)。
最初はそんなに関係なかったですね。でも後づけで25周年だしっていうのでいいかなって。
――Climb The Mindはこれまでメディア露出がほとんどなく、公式サイトのプロフィールも「1999年結成。現在に至る」と書いてあるのみで。
そうですね。
――ぴあ関西版WEB初登場でもあるので、読者のためにもこれまでの歩みをかいつまんでお聞きしたいのですが。
はい。
――うんとさかのぼって結成のいきさつはどんな感じだったんですか?
結成したのは大学1年の時で、当時のメンバーだった3人は全員高校の同級生でした。高校時代は学園祭で別々にコピーバンドをやったりしていて、音楽好きな子たちが集まって組んだ感じでしたね。
――高校の時コピーバンドではどんな曲をやってました?
何をやってたっけな...その頃はメロコアとかがすごく流行っていて。
――『AIR JAM』が始まったりした頃ですかね。
そうですね。まさにHi-STANDARDとかeastern youthをバンドでやっていたと思います。
――その3人が大学でバンドを組み、最初からオリジナルを?
はい。曲を作ってテープを作って、今池にあるライブハウスHUCK FINNに持って行って。それからブッキングのライブに出させてもらう感じで。最初の頃は英語で歌ってましたね。組んで数年後にベースが富田くんに代わり、ドラムは最初から将来的に医者になると言っていたんでそのタイミングで辞めて、何回かドラムが代わって、調べたら北野くんは2016年に加入してました。
――英語詞ですか。あ、Hi-STANDARDもそうでしたね。
そうですね、あの頃メロコア周辺ではまだ英語が主流だったんじゃないかな。僕の場合はギリギリ通じるかなという英語でしたけど(笑)。
――Climb The Mindとして"こういう曲をやろう"というものはあったんですか?
あんまり覚えてないけど、僕が好きなものを寄せ集めた曲というか。それにベースとドラムが合わせて作っていくみたいな感じでしたね。
――英語詞から現在の日本語詞に切り替わったのはいつ頃でした?
最初にデモテープを1個作って、その次のデモテープぐらいから日本語になった気がします。きっかけはたぶんbloodthirsty butchersやeastern youthとかからの影響だったと思います。
――私は今回の取材でClimb The Mindを知って最初に『蕾』を聴いたんですが、初めて聴いた時の印象に自分の中で覚えがあって。その感じが何か探っていくとbloodthirsty butchersの『Birdy』(2004年)を聴いた時にグッと掴まれた感じに思い当たって。
ああ、そうなんですね。
――『蕾』の曲はどれも余白が多いというか、音数もそれほど多くなくて、でも激しい曲も静謐な曲も聴いていると熱くなるといいますか。歪んだギターをかいくぐって真っ直ぐに届く歌が持つ無垢な力に揺さぶれますね。
ありがとうございます。そうですね、音的にはブッチャーズはけっこう影響を受けているかもしれないですね。
――結成から現在も活動の拠点はずっと名古屋ですよね。名古屋から出て上京するなんてことは考えもしませんでしたか。
まったく考えたことなかったですね。
――自分たちがやりたいことは名古屋で十分やれるという感じ?
いや、ただ単に誘われなかっただけだと思うんですけど(笑)。そんな知名度もないし。それが徐々に緩やかに知れ渡っていって、だんだん誘われるようになっていって現在に至る...というふうだと思います。
――雑な言い方ですが"バンドでのし上がっていくぜ"みたいな感じもなく?
全然なかったです。やり始めた頃からそんな感じでしたね。
――バンドの状況が、今みたいにあちこちから呼ばれることが増えたなとか、いろんな人に聴かれるようになってきてるなと感じ始めたのっていつ頃でしたか?
最初に名古屋のBlue Blue BlueというレーベルからCDを出した時かな。全国的に流通していたので、それなりに聴いてくれる人が増えたというか。そこからちょっとずつ知られるようになっていったような。ただ目に見えてお客さんが増えたなとか、東京に行き始めたりしたのは、実質ファーストアルバムが出た2007年か2008年あたりからじゃないかなと思います。
――『よく晴れた朝は地下を探索しに出かけよう』が2008年発売ですね。
はい。その時にぐんと集客が上がったというより、その後2010年に『ほぞ』を出して東京でライブをやった時にすっごいたくさんお客さんが来て。こっちがびっくりしちゃうぐらいで、その時に初めて"ああ、お客さんが増えたな"と実感しました。そのライヴにブッチャーズの吉村さんやtoddleの愛さんも見に来てくれたのを覚えています。
――『よく晴れた朝は地下を探索しに出かけよう』はSoundCloudで数曲聴けますが、アルバムはサブスク未解禁ですね。
はい。今のところサブスクに上げる予定はないですね。
――山内さんがバンドを始めた頃はサブスクという音楽の聴き方はなかったですよね。
そうですね。僕自身はサブスクをやっていないんでまだちょっと良さがわかんないですけどね。自分たちの曲は配信していますが、僕自身は使ったことがなくて。所有していたい派というか、CDを買ったりレコードを買ったりして手に入れておきたい派なので。古い考え方ですけど。
――所有していたい派、わかります。これまで影響を受けたというか何歳になっても好きだなという曲や作品はありますか?
ありますよ。小学生の時は、たまとかTHE BOOMが好きでした。きっかけはみんなと同じ『さよなら人類』で、そこからさかのぼっていろいろ聴いて。THE BOOMもみんなと同じ『島唄』でハマって、昔のアルバムを買い漁っていくみたいな。その頃はカセットテープで買っていて、家にまだCDプレイヤーがなかったんでおばあちゃんの部屋にあったカセットデッキで聴いていて、僕があんまり聴くもんだからダブルラジカセを買ってくれて。
――当時はCDとカセットの両方が発売されていましたね。私はたまの『さんだる』のCDの方を持っていました。
たまは、親にねだってコンサートにも連れて行ってもらいました。うちから一番近いチケットぴあの窓口に母親と一緒に並んで(笑)。チケットを買う列に並んでる間もすごいワクワクしていたのを覚えています。
――そこからの音楽遍歴は?
中学に入って兄の影響でクイーンを聴くようになって、そのまま兄の影響でハードロックに出会うんですけど正直ハードロックはピンとこなくて。そんな頃にWOWOWの無料放送でたまたまニルヴァーナを観て、すごい衝撃を受けて。
――今に通じる扉を開けましたね。
今に通じるといえばそこらへんでしょうね。そのちょっと後ぐらいに衛星放送でやっていた『ウッドストック94』でグリーン・デイを観て、それもすごい衝撃を受けました。たまたま録画していたんでグリーン・デイのシーンだけ何十回、何百回と観て。ある程度マニアックなCD屋さんには海外のインディーズコーナーがあったんで、インディーズのファーストアルバム「1,039/Smoothed Out Slappy Hours」を見つけて、『ウッドストック94』でやってた曲も入ってたんでめちゃくちゃ聴きましたね。
――ニルヴァーナを聴く前と後では世界が変わるぐらい衝撃でしたね、あの頃。
そうですね。ニルヴァーナは最初は気持ち悪かったというか、それまでたぶん綺麗な旋律のものばかり聴いてきていたんで不協和音に感じたのかな。やっぱり全然違うじゃないですか?それにすごい強く衝撃を受けたんでしょうね。最初は気持ち悪いと思ったものが、だんだん自分の中でかっこいいものになっていって。
歌は一番重要視している
出会いや別れについていろんな方向から書いている
――曲のことについても伺いたいんですが、Climb The Mindのライブで曲を聴いて涙してしまうお客さんもいらっしゃるそうですね。自分たちの歌の何がそうさせていると思いますか。
なんですかね。ちょっとわかんないですけど...切ないんですかね、メロディーが。
――Climb The Mindは、歌がど真ん中にありますよね。ぐしゃっとした音が鳴っていたりハードコア色の濃い曲であっても、山内さんのボーカルと日本語詞はまっすぐに届くというか。Climb The Mindにとって歌ってどういう位置付けなんだろうと。
個人的には歌は1番重要視しているところで、歌詞がすごく重要ですね。メッセージというより、聴く人が思い浮かべやすい情景だったり、きれいな歌詞を書きたいなと日々思って書いています。歌に関しても、聴いてくれる人がそれぞれ何か感じてもらえればいいんですよね。特に僕が"こうしたい"とか、"ああしたい"みたいなのはなくて。
――聴く人が思い浮かべやすい情景というのは、共感につながるポイントだったりしますね。
そうですね。共感してもらえるのならありがたいなと思います。真面目な話、世の中に恋愛とかの歌詞はよくあるけど僕の場合は生死についてとか、人との別れだったりとか主にそういうのを書いていたりします。もしかしたらライブに来てくれるお客さんは、自分の中のそういうものに重ね合わせて感情的になっちゃったりするのかもしれないですね。
――そうなのかもしれません。
なんて言ったらいいんだろう?出会いや別れについて、いろんなふうに表現を変えながらずっと書き続けている...ちょっと全然答えになってないですけど。
――なっていますよ。そういえば、CDの歌詞カードは歌詞が縦書きなんですよね。
はい。小説みたいな感じで。そういうのはちょっと意識していて、『ほぞ』の頃から一貫してそういうふうにしていますね。
――曲によっては、歌詞にはない言葉が歌われていたり歌詞とは語順を変えて歌っている曲もありますよね?例えば『近影』で歌詞に「うれしいと寂しいが重なり」とありますが、歌では「うれしい寂しい重なり」と歌われています。
単純に、歌詞カードと歌がイコールじゃなくていいなって思って。
ーー斬新な見解です。
みんな当たり前にイコールですけどね。なので、歌詞カードの歌詞が正解な感じですね。歌は文字数だったりメロディーとかで制限されるんで省いちゃったりしますけど、本当はこれが言いたいというのが歌詞カードの歌詞ですね。歌詞カードの歌詞イコールの歌ができた時が100点なんですよ。
――100点の曲は今までたくさんありますか。たとえば最新アルバム『蕾』の中ではいかがですか?
『蕾』(M-6)ですかね。厳密には「希くば」という言葉が歌詞カードに書いてありますが歌ってはいません。なので98点くらいですかね(笑)たった4行ぐらいのすごい短い詞なんですけど、言いたいことが全部伝えられたというか。僕以外の人から見たら"別に?"っていう歌詞だと思うんですけど僕の中ではきれいにまとまったなって。
――山内さんの中でひとつ達成したという手ごたえがある?
そうですね。それ以外は何かしら余分な言葉が多く歌詞カードに入ってるんで(笑)。
――余分ではなくCDを買った人だけが楽しめるものですね。『近影』と『やさしいヒビ』も、歌詞にはない言葉が歌にありますが、これらは100点ではない?
『近影』に関しては100点に近いですね。
――残念ながら今手元に『蕾』の歌詞がないのですが、さっき言われた歌詞のテーマ、生死というのは誰もが経験することですよね。自分自身の生き死にもありつつ、肉親や友人など身近な人との出会いと別れ、大切なものを手に入れたりなくすこともある意味出会いと別れでもあるし、誰もがさまざまな形で経験することだな、と。
ああ、そうですね。
――それだけにClimb The Mindの曲は共感性が高いのかなとも思います。歌詞は時間をかけて書きますか?
かかりますね。曲を作ってメロディーを作って、楽曲も完成して1番最後、下手すればレコーディング直前まで歌詞を考えてたり。なんか、降りてくるのを待っているというか。いい歌詞が書けるまで何時間も待って、でも3、4時間かけて1行も書けなかったりもするし、1日考えて1行も書けなかったりもします。で、レコーディングにギリギリ間に合って歌うんですけど、歌詞カードはレコーディングの後でもまだ間に合うんですよね。なので、レコーディングした後でもまだ僕は歌詞を考え続けるんですよ。これはたぶん他のバンドじゃありえないと思うんですけど。
――たしかにそうですね。じゃあ出来上がった歌詞を縦書きにしたり、歌詞の言葉の順番を入れ替えたり、"ここにもう一文加えたいな"みたいなことがあって歌詞が完成すると。
そうですね。歌の歌詞としてその情景を伝えるためにはこれだけの言葉が必要だった...というのを歌詞カードに書き連ねて。なので歌詞カードには相当余分な長文があったりして。歌詞カードのデザインも僕がやっているので、最終的に詞を書き上げて完結させるというやり方です。
――歌だけじゃなく言葉で表現することに執念を持って取り組んでいらっしゃるというか。
執念。そうですね。そうかもしれません。いいものを作ろうと。
――いいものを作る旅はまだまだ続きますね。25周年を迎えても。
ずっと続きますよ。まだまだこれからです。
――そういえばサブスクで聴ける3枚のアルバムのうち、歌詞が表示されるものと表示されないものがありますが歌詞を載せる、載せないは選んでいるんですか?
いえ、選んでるわけじゃなくて、今のところ最後に公開したのが『ほぞ』なんですが、公開する時に歌詞が載せれることを知って(笑)。最初に『蕾』を公開した時に知っていたら載せてました。
――そういう理由だったんですね。『蕾』1曲だけでもリリックビデオを作ったりしませんか(笑)。
リリックビデオ、ありますね。やりましょうかね。
――ぜひ。
そういえば昔のことで今1個思い出したんですけど、バンドの認知度が上がったきっかけに、cinema staffがライブのSEで僕らの曲を使ってくれてることもあるなって。最初は『萌える傘の下』(『よく晴れた朝には地下を探索しに出かけよう』収録)を使ってくれていて、cinema staffがどんどん人気になっていくのに比例して僕らの認知度もたぶん上がったんだと思います。本当ありがたいことです。恩恵ですね(笑)。
――恩恵というか、Climb The Mindは愛されてますね。
今は『チャンネル3』に入っている『泥棒』が使われてるんですが、あれはcinema staffのSEのために作った曲で。
――そうなんですか!
はい。"新しいSE作ってくださいよ"みたいな会話がたしかその当時あったと思うんですけど。それであの曲を提供して、今も引き続き使ってくれてますね。
――今後もしClimb The Mindを好きなバンドから"曲を作ってください"と依頼されたらどうします?
ああ、作ります。
――いくら出したらとかそういうことじゃなく?(笑)
ええ。お金じゃなく(笑)。そのバンドが有名だったらすぐ作ります。
――あはは!有名だったら。限りなくお金に近い話のような(笑)。
そうですね(笑)。
25年目の初大阪ワンマンは
過去最多曲数を演奏
一生懸命やります
――ものすごくびっくりなんですが、今回の25周年ツアーの大阪公演が初の大阪ワンマンなんですね。25年目にして初ワンマン...大阪に来る機会はなかったですか。
なかったですね。数年前にCARDが誘ってくれたのが初めての大阪ライブだったと思います。まれに京都や神戸に出向くことはありましたけど。
――Climb The Mindはライブの回数自体がとても少ないようですが、結成した頃からそんな感じでした?
はい。月1回ぐらいのペースの時期もあれば、最近は 1ヶ月に1 回もやってないですね。イベントとか誘われて、メンバーみんなからゴーが出たらやる感じでしたね。最初からマイペースで。
――今回の25周年ツアーも当初は名古屋と東京だけの予定だったとか。
はい。6月にuri gagarnとのレコ発で大阪へ来て、FLAKE RECORDSのDAWAさんと話してる時に背中を押されて。DAWAさんも勢いのある人なんで、せっかくだし25周年で初ワンマンをやってみようかなって。
――結成◯周年とかデビュー◯周年って、ご本人たちはあまり気にしないという話をよく聞きますがClimb The Mindもそうですか。
そうですね。最初から"25周年の記念のワンマンライブをやろう!"ということでもなく、SNSを始めて自分たちで発表ができる場ができたことで、だったら自分たちでもライブをやるかとなって。それまでは他のバンドのイベントに誘われてという感じで完全に受け身だったので。
――SNSを始めること自体が相当大きな一歩だったのでは。
ですね。なので、みんなは当たり前にSNSをやっていますけど僕にはまだ目新しいものというか。"いいね"1つですごい嬉しいです(笑)。フォロー通知とか来たらすごい嬉しい。
――以前とあるインタビューで"売れたい"とも言われていましたね。
はい。もうとことん広まってほしいです。
――広まって欲しいけど、自分たちからガツガツやっていくという感じではない?
そのインタビューを受けた頃はそうでしたけど、今は変わりましたね。去年までは完全に受け身の活動で周りの人の恩恵だけで続いてきた感じだったんですが、SNSを始めてみたらやった分だけちゃんと反応があるし、面倒と思っていたこともちゃんとやれば達成感があるので。なので、これからはそんな感じの姿勢で活動していきたいなと思います。...と、25年経ってようやく気づきました(笑)。
――YouTubeの公式チャンネルで過去のライブ動画が公開されていますが、そういったことも全部山内さんが?
ええ。こういうことしようよとか、物販でこんなの作ろうよとか。別にそんな大したことないですけど、いろんな案は僕発信でやってますね。
――25年経ってようやくと言われましたが、バンドはこの先まだまだ続きますよね。
そうですね、この姿勢に切り替わってまだ1年目なんで。1年目のつもりでやっていきます。
――最初にバンドを始めたときからずっとマイペースで、メンバーが変わっても解散や活動休止もなくClimb The Mindは続いてきて、バンドというより音楽自体をやめることがないんですかね山内さんは。
うん、ないでしょうね。結成当初から現在までを折線グラフにしたら、今の25年目まですっごい緩やかに登っていってる感じですね。知名度とか僕らのやる気とか含めて。毎回東京とか久しぶりに遠征のライブだと、そろそろ来てくれる人たちも減ってたりするのかなと思って行くけど、いやまだ大丈夫だって。結果を見てみると、やっぱ緩やかに登っていってる感じがあるんですよね。
――今後、毎月楽曲を配信リリースします!みたいにバンドが激変することはないですかね。
ん〜、そんな気分になったらやります(笑)。
――山内さんはめちゃくちゃ良い声をされていますが、日頃ボイストレーニングなどされてたりするんですか?
いい声ですか?全然なにもしたことないです。喉も弱いですし。
――え、記念すべき結成25年目の初大阪ワンマンがまもなくなんですが、ツアーは大丈夫ですかね。
(笑)大丈夫じゃないですけど最近は毎週練習してるんで、だんだん喉も強くなってきました。毎週毎週、強くなっていってる気がしますし、ちゃんと仕上げていきます。
――最後に大阪初ワンマンを待っているファンの皆さんにメッセージをお願いします。
今回はたぶん過去最多曲数をやりますし、とにかく観に来てほしいですね。一生懸命やるんで。チケットの値段以上のものが観せれたらと思います。
――そういえばアルバム『蕾』が出て4年経ちますが、次に『蕾』ぐらいの曲数が聴ける作品はいつ頃になりそうですか。
僕らのやる気次第ですけど...来年とかやりたいですね。来年ぐらいにアルバムを出して、また東名阪とか行ってみたいですね。
――是非とも。東名阪だけじゃなく北海道、九州あたりも足を伸ばしていただいて。
北海道、九州...そうですね、じゃあ頑張ります。
Text by 梶原有紀子
(2024年11月 7日更新)
Climb The Mind(クライムザマインド)…山内幸次郎(vo&g)、富田昌樹(b)、北野由樹(dr)。1999年結成。名古屋を拠点に活動を開始。stiffslackより『よく晴れた朝は地下を探索しに出かけよう』(2008年)、『ほぞ』(2010年)、『とんちんかん 初期音源集』(2012年)、『チャンネル3』(2017年)などリリース。最新アルバムは『蕾』(2020年)。bloodthirsty butchersのトリビュート盤『Yes, We Love butchers -Tribute to bloodthirsty butchers- Mumps』(2014年)に『襟がゆれてる。』で参加。
supported by FLAKE RECORDS
▼11月23日(土・祝) 18:00
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前売-3500円(整理番号付、ドリンク代別途要)
※未就学児童は入場不可。
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