ホーム > インタビュー&レポート > HOLIDAY! RECORDS10周年記念連載 「そっちはどうだい、うまくやってるかい」第3回 今の時代にCDセレクトショップが果たすべき役割とは―― HOLIDAY! RECORDS・植野秀章× motion records・浦野光広対談
タワーレコードのバイヤーから個人ショップを始めた理由
――お二人が出会ったのはいつごろですか?
浦野:覚えている限りでは2017~18年ごろだったと思います。
植野:出会ったころに『桃源郷倶楽部』(※1)というイベントで配布されたZINEの中で、対談したことは覚えています。
HOLIDAY! RECORDS・植野秀章
――その後、お二人はFM802『MIDNIGHT GARAGE』の「音楽シーン大予想座談会」でDAWAさん(※2)とともに2019年から共演していますね。浦野さんはmotion recordsを始める前は、タワーレコードの梅田大阪マルビル店でインディーズ・バンドの未流通音源を集めた「your choiceコーナー」を展開していました。そもそも同コーナーはどのような経緯で始まったのでしょうか?
浦野:もともと未流通で置きたい作品が多くあった。だけど諸般の事情で、置けない状況が続いていました。ただ2017年ごろにEasycomeと出会い、すごく好きになって。それこそ1stミニアルバム『風の便りをおしえて』はHOLIDAY! RECORDSで買ったんです。それで自分でも、タワーレコードでEasycomeを置きたいし、他のバンドの音源も取り扱いたいと考えて、知っているバンドに声かけてCDの取扱いを行いました。
Easycome 「風の便りをおしえて」
――タワーレコードで、未流通のインディーズバンド専門コーナーを立てるのは結構珍しいことだったのでしょうか?
浦野:そうですね。インディーズ音源自体は個々のタワーレコードでは取扱いを行っていました。しかしコーナーとしての展開は珍しかったと思います。それに、同コーナーはすごく売り上げを出していたのです。正直、これほど売れるとは夢にも思わなかったです。
植野:それ、HOLIDAY! RECORDSの売り上げにも影響しているんじゃないの(笑)。
――ははは(笑)。ただ浦野さんはタワーレコードを退職して、motion recordsを始めました。その理由って何ですか?
浦野:時がたつと、自分の置きたいCDが扱えない状況になって。それに僕もタワーレコードが長かったんで、イベント担当とか違う分野のこともやらないといけなかったんです。それで体力とかも削られて、自分が気になるアーティストに注力ができなかった。それならばいっそ、個人店で自分の好きなことをやりたいと思ったのが理由です。
motion records・浦野光広
――独立しようと思ったときに、HOLIDAY! RECORDSのことが頭の中をよぎったりはしましたか?
浦野:もちろん。CDショップを始める際に秀章さんに居酒屋で報告しました。
植野:「そろそろ始めたいと思っていて」と話をしてくれて。正直、サブスクも普及してきた今このタイミングでCDショップを始めるなんて、やばい奴だなと思いました(笑)。
浦野:「マジですか?」ってめちゃくちゃ驚いていたのを覚えています。
「他にはなかった」彗星のごとく現れたHOLIDAY! RECORDSという存在
――浦野さんはHOLIDAY! RECORDSという存在を、どのように感じていましたか?
浦野:HOLIDAY! RECORDSは彗星のごとく現れた存在でした。タワーレコード時代も含めると、今年で音楽関連の仕事を20年近くやっているのですが、街のCD屋とかはありましたがネットを活動の中心として、これだけ影響力のある人は今までいなかった。
植野:そうですか? 僕、その辺、まったくわからなくて。ただCDレーベルとか流通からくるインフォメーションの文章に「某ディストロ」という言葉が、ある時期から急に増え始めたんですよね。
浦野:そう。今までなら「このデモはタワーレコード渋谷店で何枚売れた」とかって文章が書かれていたのに、2015年くらいから急に「某ディストロ・某ネットショップで何枚売れた」と変わった時期がありました。
植野:僕は特殊なことをやってきたというわけではなくて。それこそHOLIDAY! RECORDSを始めるにあたり、参考にしていたサイトはindiesmusic.com(※3)で。バンドをやっていた時にCDを販売してもらってたし、それがインスピレーションにあった。
浦野:秀章さん、ZOZOの前澤友作さんがやっていたスタートトゥデイって覚えています? 個人的にはあの感じもHOLIDAY! RECORDSにはあると感じていて。
植野:STMonline(※4)ですよね。僕もCDを買ったことがあります。でも確かに、パンクとかハードコアはネット上でショップ運営をやっている人がいたんです。でももっと幅広いジャンルのインディーズバンドの未流通音源だけを集めて、ディストロをしているサイトはHOLIDAY! RECORDS以前はあまり存在しなかったかな......。
――植野さんはmotion recordsをどう見ています?
植野:motion recordsの紹介文に書いてある「感覚のみ」っていうのが印象的で。浦野さんを知っているからこそですが、その人らしさがにじみ出ているという感じです。それに浦野さんはタワーレコード時代にHump Backのシングルをめちゃくちゃ売ったんですよね。
浦野:「帰り道」っていう全国流通される前のシングルはすごく売れましたね。
植野:あとUNFAIR RULEやジャンキー58%、解散はしたけどFiSHBORNとかは取り上げるのが早かった。そういうところを見ると、パンク、メロコアを大事にしているとわかるし、浦野さんらしさを感じます。
大型CDショップ・サブスクリプションにはない僕らの強み
――今二人は個人店を経営していますが、大手のCDショップにはない、自分たちの強みって何ですか?
植野:HOLIDAY! RECORDSを始めた当初は、全国流通していないCDを買えるっていうのが大きな強みでした。ただ未流通のものを取りまとめて流通するバイヤーさんも出てきて、大手のCDショップでも買えるようになったから、今は強みだと感じてはいなくて。そう考えると「販売を決めるまでのスピード」が強みですかね。販売したいと思ったら、バンドに連絡して1週間以内には音源を販売できる。極端な話、ライブを観て「このバンドを扱いたい」と思えば、会場でCDを入荷して販売できる。ただ、これは利点でもありますが、それで売れなかったら在庫を抱えるのでリスクでもあります。
浦野:僕も同じ意見です。タワーレコードで働いていたからわかるのですが、CDを販売するとなると上司などからOKのサインをもらわないといけない。まあ基本、会社ってそのような感じですよね。でも自分で店舗を運営すると、すべて僕の判断でCDの取扱いができる。それが完全な強みです。
植野:あと「HOLIDAY! RECORDS=僕」なので。ライブハウスとかでバンドとコミュニケーションを取った後でネット上で「このバンド、よかった」と僕が発信すると、バンド側も「植野さんが推してくれている」とわかってくれる。そういう意味では信頼関係が築きやすいのかな。
浦野:それもわかります。店主の顔が見えるのは個人店ならではの利点だと思います。
――ではサブスクリプション、音楽配信が主流であるこの時代において、個人店のメリットって何ですか?
浦野:メリットといえるかどうかわからないですし、自分もできていないことですが、人と人をつなげるのは個人店の役割だと考えていて。一人で音楽を聴くのもいいですが、人とのつながりがあってこそ音楽の面白みは増すと思うんです。そういう意味ではただCDショップとして運営するだけでなく、イベントとかも積極的にやらないといけないと感じています。
植野:そういえば1年くらい前に、浦野さんと北加賀屋のcafe&bar O'haraというカフェで、お客さんを含めた皆でオススメのCDやレコードを持ち寄り、お店にあるDJセットで一緒に聴くイベントをやったことがあって。それがCDを買う理由になったらいいなと思ったし、CDというものが人と人をつなげるコミュニケーションの一助になってほしいと考えてやりました。
浦野:あとイベントをやる理由としては、ショップが推しているバンドをお客さんに観てほしいっていう想いもあって。実際にバンドを観て「ライブ、よかった」「このレコード屋さんのイベントで知れてよかった」と思ってくれれば、CDショップに付加価値がつく。また月日が経った時に同じバンドがどのような活動をしてきたかという結果も、イベントという形でわかる。それも面白みなのかなと思いますね。
――植野さんはどうですか?
植野:今、HOLIDAY! RECORDSに求められていることは、インディーズバンドをお客さんに届けることだと感じています。キュレーション力といえばいいのかな。これはお客さん側だけでなく、アーティスト側からしてもそうで。偉そうなのかもしれないのですが、 HOLIDAY! RECORDSでCDを置いてもらうことが一つのブランディングになれば。それはサブスクリプションではできないことだし、そういう存在になるべきなのかなと思います。
次世代の人気者バンドを取り上げるだけがすべてではない
――先ほどキュレーションの話が出ましたが、リスナーがHOLIDAY! RECORDSに求めていることは何だと思いますか?
植野:たぶん、リスナーとしては「次に人気者になるバンド」を探したいと思って、僕のことをフォローしている。ただ、そういうことだけを発信しようとは思っていないんです。だから「このバンドは売れそうかな?」と思う音源でも、推す理由がなかったら売らない。
――その「推す理由」ってどういうものですか?
植野:そもそもHOLIDAY! RECORDSはインディーロック、インディーポップ、オルタナティブが自分の中のキーワードにあって。それはもともとCDショップを始めた時に、パワーポップを主軸にしていたので、メロディがしっかりとした音楽をピックアップしたいというのがあります。ただ、その逆に今まで聴いたことがないような音楽を聴くと、その驚きを周りに伝えたいし、ショップにCDを置きたいというのもあります。あと、自分が今「何をかっこいいと思っているか、何を面白いと思っているか」は常に意識しているし、その考えに合致するバンドと出会えば積極的に扱いたいと思いますね。
浦野:僕の場合は、メロディック・パンクが主に好きなので、楽曲の中に自分の好きなメロディ要素があるかどうかが選ぶポイントです。音楽が鳴った一瞬で「聞きなじみがあるか、どうか?」は重要なポイントだったりします。ただ、自分の好みだけを集めると、どうしても偏りすぎる。だからショップとしての間口を広げる意味で、大衆性のあるバンドを仕入れることもありますね。
――ここで各々が今、気になっているバンドを紹介していただきたいのですが。
浦野:この質問、難しかった......。いろいろ悩みましたが、ちゃんと音源だけじゃなくて、ライブを観たバンドの方がいいと思って、recessというバンドを選びました。このバンドは音源も大好きですし、ライブがマジでかっこよかった。この5年のエモとかポップパンク・リバイバルを通り越して、新しい音楽がまた一つ誕生した感じです。本人たちに話を聞いたら、90年代終盤のミクスチャーロックが好きで、ヘビーロックにも興味があると言っていて。確かに彼らの楽曲を聞くと、キャッチーな部分もあるけど、音がめちゃめちゃ分厚い。まさにそういうところからの影響なのかなと思う。
recess - Turn Grey (Official Music Video)
――植野さんはどうですか?
植野:ここ1カ月くらいで立て続けにdownt、Nikoん、Qoodow、aldo van eyck、Khakiのライブを観て、感動しました。
Khaki - 子宮 (Official Music Video)
――今回の『HOLIDAY! vol.6』にはKhakiも出演しますよね。
植野:彼らをSNSで取り上げた時、かなり反響が大きかったです。それに演奏も確かで観客を引き付けるオーラもあり、なおかつ尖りすらも感じる。さらに今回、会場が味園ユニバースなので、ああいう少し怪しげな空間には Khaki のライブは確実にマッチする。今からどのようなライブをしてくれるのか楽しみです。
(※1) 桃源郷倶楽部
2018年ごろから開催されていたライブイベント。過去にはEasycome、COSMOS(現在はフリージアンとして活動)、スーパーノアなどが出演した。またイベントの発起人の一人であるナカムラカホさんはイベントの企画・製作会社のGREENSに就職。2024年にFM802『MIDNIGHT GARAGE』の「音楽シーン大予想座談会」で植野さん、浦野さんと共演を果たしている。
(※2) DAWA(和田貴博)
大阪、南堀江にて店舗を構えるレコード/CDショップ、FLAKE RECORDSのオーナーであり、自主レーベルFLAKE SOUNDSの主宰も務める。また『TONE FLAKES』と銘打った自主イベントで海外アーティストの招聘ツアーや、来日バンドやインディーズバンドの関西公演の企画などを行う。酒場が好き。
(※3) indiesmusic.com
2000年に開設されたインディーズ総合ポータルサイト。インディーズアーティストのCDやDVD、グッズのオンラインショップや、ミュージックビデオのストリーミング配信、アーティスト情報などを発信してきた。2023年9月末をもってサービスは終了。
(※4) STMonline
ZOZO(ゾゾ)の創業者の前澤友作が行っていたエモ、ハードコア、スクリーモのオンラインCDショップ。今では衣料品通販サイトとして有名なZOZOだが、もともとはスタートトゥデイという輸入CDの販売事業からスタートした。同サイトは2000年に開設はされたが、2006年9月にサービス終了した。
取材・文/マーガレットヤスイ
撮影/山崎雅史
撮影協力/タワーレコード梅田NU茶屋町店
(2024年9月 1日更新)
▼11月2日(土) 16:00
味園 ユニバース
一般 全自由-4500円(整理番号付、ドリンク代別途要)
学割 全自由-3500円(整理番号付、ドリンク代別途要)
[出演]サニーデイ・サービス/TENDOUJI/浪漫革命/ナードマグネット/Sundae May Club/Khaki
※6歳以上有料、5歳以下入場不可。
※学割チケットをご購入の方は、入場時に学生証の提示必須/忘れた場合差額を支払って入場可。
[問]サウンドクリエーター■06-6357-4400