ホーム > インタビュー&レポート > “人生一度きり!”を胸に突き進む 杉本雄治のソロプロジェクト・ONCE が 自ら抱える喪失感にフォーカスしたニューアルバム『Wandering』
コロナ禍以降に掲げた人生のテーマ
『You only live once(人生一度きり)』!
――つい先日、ONCEとしての楽曲リリース1周年とSNSでもポストされていましたが、1年が経って今どんなことを思われているでしょうか。
「ONCEを始めた当初は自分だけで全てのことをやるのが初めてだったので、1人でどこまでやれるのか試行錯誤したり不安になる瞬間もありましたけど、この1年を通していろいろなことが少しずつ形になって、中でも曲が増えていくことがすごく自信になっていきました。この1年はライブやる度にどうだったかな...って反応が気になっていたんです。今は反応どうこうよりも、自分が音楽を楽しめているという感覚がすごくあります。これが時間を積み重ねたことで得られた進化なのかな」
――バンドからソロの変化はとても大きかっただろうと想像できるのですが、ソロになったことで一番チャレンジングだったことというと?
「WEAVERの時は基本的にはドラムの河邉(徹)が歌詞を書いて、僕とベースの奥野(翔太)が曲を書いていたので、 お互い今どんな曲がやりたいのかをイメージしながら作っていました。自分の曲に詞をつけてもらう時も、こうして欲しいというリクエストを投げる感じで。今は全部自分で作るからこそ、曲のイメージをより明確に持って作れるようになってきたなと思います。そうすると前以上に "自分の曲"として自覚を持って歌えるようになったような気がしています」
――先ほど、ONCEを始めた当初は不安になる瞬間もあったとお話がありましたが...。
「もちろんワクワクの方が大きかったけど、楽曲の制作や作詞の苦労もあったりファンの人たちがどう思って新しい音楽を受け取っているのだろうかという不安はありました。何をしたらONCEとしての意味合いを示せるだろうと、それが不安になっていたのかな」
――ちなみにWEAVERの解散から、ONCEとして始動するまではどういう形で進んでいったのでしょう?
「WEAVERの解散を発表したのが21年の終わりで、解散が2023年。解散発表の時点で"解散後どうしよう"とふんわり考えることはあっても、とにかく解散までの1年はWEAVERをやり切りたくて先のことは考えていませんでした。未来に目が向いたのは解散してからですね」
――なるほど。実際はソロプロジェクトという形を取られましたが、ソロを含めて、新バンドを組む、ユニットを組む、作家として進んでいくなど方向性はたくさんあったと思うんです。その中でも、ソロプロジェクトという形を選択された理由を伺えますか。
「うん、本当にいろんな選択肢がありました。僕自身はバンドが解散に至ったのも、コロナが無関係とは思っていなくて。コロナ禍に僕も感染して、後遺症がかなり大変でした。歌うのも辛くて息が続かなくて。このまま自分に負荷をかけて歌い続けるのは、無理かもと思うこともありました。だから作家としての人生を進むという選択肢も、考えていたことではあります。でもファンの方々から本当にたくさんの手紙をいただいて、それを読んでいるうちに僕の歌を必要としてくれる人がこんなにたくさんいるんだと実感していく中で、"まだまだ表現を続けたい"という気持ちがどんどん芽生えてきて。それが自分の歌を作って自分で歌いたいという気持ちに変わっていきました。解散後1ヶ月ぐらいの間のことです。とにかく自分1人でどこまでやれるか挑戦してみようと」
――WEAVER時代にバンドと並行してソロをやってみようと思われたことはなかったですか。
「弾き語りアルバムみたいなものは出しましたけど...ソロと言えるかどうか。あんまりマイナスな捉え方をされたくはないですけど、人とモノを作ることにも楽しさの反面で難しさもあって、そこから一度抜けて1人になった時にどんなものができるだろうということを自分が知りたい気持ちがありました。だから、自然と解散後に何かやるならばソロかなと」
――ソロに対する思いがたくさんある中で、プロジェクト名はどこから?
「ONCEというのは、コロナに罹ってからの僕の人生のテーマなんです。コロナになってから、本当に人生は1回きりなんだなということをすごく感じて。今、自分は生きていてまだ音楽できるのなら、一度の人生の中で自分がやりたいと思うことをやっていかなきゃ後悔するだろうなと。ソロプロジェクトとして動き出すと決まった時に最初に浮かんだワードが『You only live once(人生一度きり)』で、そこからONCE という名前になりました」
――そうなんですね! それほど自分に大きな影響を与えたコロナ禍を経験して、音楽に対する向き合い方にも変化があったのではないですか。
「それはやっぱり、歌詞を書くことですかね。そもそもWEAVERでは歌詞を書いていませんでしたし。人生一度と再認識してコロナ以降の人生を歩む中で、自分のこれまでを振り返ることが多くなりました。8月にリリースするアルバムにも収録している「夢でもし逢えたら」もそうなんですけど、別れがテーマになっていて」
――別れ?
「この数年でいろんな別れがあって、その中でどうしても前に進めない瞬間や夜がたくさんあったんです。ずっと落ち込んでいても誰も何も変わらないと悩んでいた時に、その人との明るい思い出や記憶を思い出せるような曲を作ってみようかなと生まれたのがこの曲でした。自分が今まで繋がってきた人とどういう思いで向き合ってきたのだろうというところに思いを馳せる機会がすごく増えましたね」
――バンド時代は曲作りが専門だった分、自分の内面を掘り下げることもなかったのかなと思います。
「そうですね。この音を聞いたらどんな情景を浮かべるだろうとか、抽象的なものだったのが、具体的に言葉で思い浮かべるようになったのはONCEを始めて大きく変わった点かな。ただ、まだ歌詞を書き始めて浅いのでフィクションっぽく書くのは苦手で。自分が経験したことを振り返って書いているので、これまでの自分の経験は非常に大切ですね」
――そんなふうに歌詞を書くことが大きな変化のひとつだと思うのですが、"全てのことを1人で決める"ということも大きな変化だと思うんです。今、ご自身で全ての判断を行っていくことに自信はありますか?
「答えになるかわかりませんけど...デビュー曲の「Amazing Grace」の時は迷いしかなかったです。これでいいのかなと常に迷いながらというか」
――1曲目ですしね。
「はい。サウンド面でも、WEAVERとは別ものなんだからもうピアノじゃなくていいんじゃないかなとか、それこそやっぱりファンの人たちにとってはピアノをそのままやって欲しいかなとか。でも、視点はそこじゃないということにこの曲を書き上げた時に気づけたというか。結局自分はピアノなのかなと思いながら作って実際にできた曲を聞いたら、あぁそうだよなって、再認識できたんです。これ以降はのびのびと自分が作りたいものを生み出せている感覚があって。自信というのとは少し違うかもしれないですけど、自分が思っているものをそのままアウトプットできる環境にいることができています」
――それこそ「Amazing Grace」の完成は進む方向がこちらで大丈夫という指針になってくれているというか。
「そうですね。ただ僕、何事も始めるまでに時間がかかるタイプなんですよ。考えすぎて手をつけられないというか。曲作りもパソコンに向かうまでにとにかく時間がかかって、頭の中で想像して終わるっていう」
(スタッフが苦笑いで大きく頷く)
「音さえ鳴らせば進んでいくのにねぇ...、(スタッフをチラリと見て)ごめんねぇ(笑)」
――夏休みの宿題はギリでやるタイプですか?
「まさにそういうタイプです!」
――でも実際はちゃんと出すと。時間がないのはわかってるんですよね(笑)?
「ですねぇ...(苦笑)」
ニューアルバム『Wandering』を
紐解くキーワードは「喪失感」
――今日は7月下旬で、シングル「Flyby」を配信リリースされて少し時間経ったというところなのですが、今、どんな感想が手元に届いているでしょうか。
「僕としてはそういうつもりはなかったんですけど、WEAVERから知ってくれている人たちからは"斬新なサウンド!"という声がありました。あとONCEとしてはゆったりとした曲調のものが多かったので、新しいバンドアンサンブルの音を表現できたのかなと思っています」
――この曲の歌詞に、ONCEとして1年やって来られたことへの感謝と次のステップへの決意をすごく感じました。
「うん、まさにそうですね。ここまででもさんざんお話しましたけど過去を振り返りながら曲を作っていて、ONCEを始めて1年ちょっと...まだまだ全然去年と比べてONCEを大きくできていないと思っていて。もっとONCEで見たい風景があるので、そのためにどんどん新しいことをしていきたいという瞬間があるんです。でもそういうタイミングの時って、新しい出会いもあれば別れもあって。自分の中で大切なものの取捨選択をしていかなければいけないと感じていました」
――取捨選択というと?
「大事なものは大事なものとして持っていく、そして意地を張らずに置いていくという選択をすることも大事なんだと」
――なるほど。
「今まで自分が大切にしていたものや人のおかげで、今の自分があるということに気がつけたので、何十年も自分の中で大切にしてきたものは、どれだけ距離が離れても心の中にはずっと近くにいてくれるんだなと。ならばそれを大切にしながら前に進んでいったら、どこかでまた巡り合える瞬間もあるんじゃないかと思ったんです。その気持ちをそのまま曲に落とし込めたので、今の自分を突き動かしている感じになったと思います」
――ふむふむ。8月にもう1曲先行リリースという形で配信シングルを出して、この夏のメインとなるのはその後のアルバムのリリースかなと思います。8月にリリースを発表した『Wandering』の構想はどのように始まったのでしょう。
「アルバムを作ろう! とテーマを決めて制作をスタートさせるというよりは、その瞬間今作りたい曲を1曲ずつ重ねていって、それらをまとめようという構想でした。アルバムタイトルも、この1週間で決まったぐらいで(笑)。『Wandering』にはあてのない旅という意味があるんですが、それもONCEとしての道のりをさまよいながら、振り返ったりちょっと後悔したり、その中で前向きになったり、自分の人生を自由に進めているという気持ちを込めました」
――収録曲の中から4曲を先行で拝聴したのですが、私の印象としてすごく儚さが残る曲が揃っているなと感じました。
「そうですか! それはやっぱり過去への思いが込められているからかもしれません。誰しも過去を振り返ると切ない部分ってありますよね。それはもう必然なんじゃないかな。前作も含めてですけど、まだ歌詞を書くことに自信がなくて。フィクションのストーリーはまだ苦手なので、そうなると自分の人生を掘っていく形になるんです。過去を振り返って、これからどうしていくか。今はこういう作り方しかできないのかなと思っています」
――1曲ずつ重ねて作品作りを進めたということなので、この質問が当てはまるかどうかわからないのですが、このアルバム制作期間中に自分の頭の中でよく浮かんでいたキーワードを挙げることはできますか?
「...それはやっぱり喪失感かな」
――喪失感。
「はい。「夢でもし逢えたら」ができた時にも思っていたんですけど、この2、3年で自分が何かを変えていかなきゃと思う瞬間がたくさんあったんです。でもそういうことを思う時は何か失ったりしている時でもあって、そこから芽生える希望への想いみたいなものがこの作品の中には一貫してあるのかなと思います。何かひとつのことが失われないと、 新しいことに踏み出そうと思わない大人になってしまっているなというか。でもそこでネガティブになるのではなくて、その思いをどうつないでいくのか。その思いを持ってこれから出会う人たちにどう接するのかと。闇からどう希望を描いていくかということは、僕が音楽で伝えたいことの中心にあるものなのかなと思います」
――その喪失感を歌詞で表現することより、サウンドで表現することがめちゃくちゃ難しいのかなと思うのですが、どうですか。
「サウンドでいうと、喪失感を表現しよう! というよりは生で伝える瞬間の状況を浮かべて作った曲が多かったですね。ライブで喪失感たっぷりの歌詞を歌ったとしても、生で披露することでその瞬間は明るい気持ちに変えられるのかなと」
――ライブをやることを前提とした音作りというと、生音が効果的に使われているアルバムになっているという捉え方で正解ですか?
「あー、でもアルバム自体は結構打ち込みで作ってますね(笑)。アルバムでは打ち込みで作って、それがライブで生音になったらどんな音になるだろうとイメージしながら作ったという感じです。ライブになると音源とのコントラストというかギャップを感じてもらえるのかな。今の時代、作る方もこれがライブになった時にどう音が伝わるかっということを今まで以上に精査しながら作らないといけないなと感じているんです。もう音源そのままをライブで表現しても伝わらないんじゃないかというか。音源は音源、ライブはまた別というかそういうイメージを最初からしておくというのが大事という持論を持って制作に取り組んでいます」
――それはライブに期待がかかります! アルバムリリース後、東名阪ツアーが控えていますよね。音源とは聞かせ方に変化を持たせるということ以外、ライブではどんな展開を考えられていますか?
「作品自体、前作と比べるとライブでの熱量がしっかりと上がるようなものを目指したので、やっぱりバンド編成でいこうかなと思っています。もっと"伝わる音楽"を、ライブでお見せしたいですね」
――――リリースからツアーへの流れ、とっても楽しみです。そして今年の夏は舞台の劇伴も担当されました。個人の作品を制作するのとは、全く違う筋肉で作るのでは...? とも想像するのですが。
「劇伴といってもミュージカルは特殊かなぁ。ただ僕にはすごく合っていると思うんです。さっき自分の作品を作るには本当に時間がかかる話をしましたけど、劇伴は歌詞やセリフがあって、そこからどんなメロディーをイメージできるだろうとかこういう音ならこういう状況を思い浮かべてもらえるかなとか、言葉や情景を音にするのは得意みたいです」
――ちなみに今回の制作で面白かったことや難しかったことはありましたか?
「お話の中に天才音楽家が出てくるので、彼が作り出す音楽を作るのも僕なんですよ。その曲を作るのがもう恐ろしくて」
――天才音楽家の曲、期待しちゃいます(笑)。
「直前まで何度も作り直していました(笑)。ただこの作品はオリジナルのミュージカルなので稽古中に尺が変わったり、テンポが変わったり、キーが変わったり日々変更点があって、上演が始まるまでの1カ月近くはほぼ毎日いろいろな修正をしている状態でしたね。でもいろいろと対応していた細かな修正点が、今後のONCEの楽曲制作にも活かせるなと思っています」
――今年の夏はリリース、ツアーなど大忙しかと思いますが、秋以降何かやりたいと思っていることはありますか?
「今年中に、もう1枚分ぐらいの楽曲を(チラリとスタッフを見る)作り...たいですね」
――スタッフさんに向けても制作宣言、ということで! この夏以降のいろいろを楽しみにしております!
「ありがとうございました!」
Text by 桃井麻依子
(2024年8月15日更新)
New Album『Wandering』
8月29日(木)配信開始
《収録曲》
1. Overture~Wandering~
2. Flyby
3. Right Now
4. Nocturne
5. 夢でもし逢えたら
6. いつか
7. この手
ONCE(ワンス)…杉本雄治のソロプロジェクト。1988年兵庫県神戸市出身。2004年から3ピースピアノバンド・WEAVERのピアノボーカルとして活動をスタートさせ、2009年にメジャーデビューを果たす。アニメ『山田くんと7人の魔女』ED曲 「くちづけDiamond」のMVが1500万再生を記録するなど活躍。2023年2月、神戸国際会館にて行われたライブをもってWEAVERを解散。その後新しい音楽や自分らしさを自由に表現し、新しい挑戦をしていく場所としてソロプロジェクト・ONCEを始動。コンスタントに楽曲制作やリリース、ライブを行う傍らでさまざまなアーティストへの楽曲提供や編曲プロデュース、サポート、舞台への出演や劇伴の制作など幅広い活動を行っている。
ONCE オフィシャルサイト
https://ysonce.net/
【愛知公演】
▼8月31日(土) スペードボックス
▼9月1日(日) 17:00
心斎橋JANUS
スタンディング-5500円(ドリンク代別途要)
※未就学児童は入場不可。
※販売期間中はインターネット販売のみ。1人4枚まで。チケットの発券は8/25(日)10:00以降となります。
[問]キョードーインフォメーション■0570-200-888