ホーム > インタビュー&レポート > 柳井"871"貢インタビュー 【第21回】プロダクションってなに? マネージャーの仕事って?②
――前回の終わりには、871さんがマネージャーというものの形式にハマらないようにしているというお話がありました。マネージャーはそういうものだ、という先入観にマネジメントする側が囚われることでできる弊害があるわけですね。
871:これだけ世の中の移り変わりが早いなかで、価値観も変わってくるというのは当たり前のことだと考えています。一昔前までは、日々たくさん依頼がくる仕事をマネージャーがふるいにかけて判断して、最低限必要な情報をバンドに伝達していた。それが効率の面でも運営の面でも良しとされてきたように思います。
でも今は、それではダメだと思うんです。これはある種の例え話として聞いていただきたいんですけど、とあるバンドがあるプロダクションと契約して活動していたけれど、思うような結果を得られずに3年間で契約終了となってしまった。で、独立してやっていこうと決めたバンドが音源をリリースするときに付き合いのあった音楽専門誌の編集部にインタビューのお願いをしに行ったら、広告出稿料の話をされてびっくりしてしまったという(笑)。雑誌(音楽専門誌)のビジネスモデルをそこで初めて知るわけですよね。これは、90年代から00年代にかけて活動してきたバンドにありがちなことだと思うんですけど、僕も彼らと同時代を生きてきた人間、しかもマネジメントの立場からして、そうしたカラクリというかシステムをどうして事実として話してこなかったんだろうっていうことの方が疑問なんですよね。普通に考えて、お金を払ってでもあなたたちの記事をここでこの雑誌に載せることには、こういう意味や狙いがあるんだっていうことを話して理解を得ることの方が、絶対に重要なことだと思うんです。
けれど、なんとなく、お金やビジネスモデルの話はバンドやアーティストにはあまり細かくはしないもの、という暗黙の了解みたいなものがあったんでしょうね。つまりは90年代まではレコード会社を筆頭に音楽業界は定型のビジネスモデルで売上がたてられていたので。逆に今はもう、売上の立て方が様々で新しいビジネスモデルも生まれてきているので、いろんなことがフラットになっていますよね。そこはむしろ良かったんじゃないかなと僕は捉えています。
――マネージャーとして柔軟であり、オープンであるために必要な能力は何だと思いますか?
871:ベースとしての知識量は絶対に必要だと思います。契約に関連することでもメディアのことでも、もちろん音源流通や物販なども含めた音楽ビジネス全般の。そして大事なことのひとつは、それらを理解した上できちんとわかりやすく伝える"説明力"だと僕は思っています。例えば、バンド側からこんな質問があったとします。「どうしてアルバムをCDでリリースするときに初回盤と通常盤の2種類を作らなければいけないんですか? 通常盤だけでいいんですけど」。それに対して、「メジャーレーベルと契約してそこでやっていくっていうことはそういうことなんだよ」っていう説明と、「リスナーが音源を聴く環境を考えたら、今はサブスクが当たり前になってきているから、CDはむしろ映像作品がついた初回盤など、別の付加価値を付けることでそのアイテムの価値を担保できて需要が成立しやすいよね」という説明では、圧倒的に後者の方の解像度が高いですよね。要は、説明が主体的かどうかだと思うんです。前者の場合はメジャーレーベルのせい、みたいなことになってますよね。それだといつまで経ってもバンドが抱えた疑問は燻ったままで、それがいずれ大きな歪みを産むことになりかねない。そうではなく、あくまでバンドにとってどうなのかという視点で物事を考えているんだという共通認識を持つことが重要かなと考えています。簡単な例ではありますけど、こういうことの積み重ねがバンドとマネージャーの信頼関係には重要で、将来的にバンドが目標に近づいていくことの材料になるのだと思います。
――こうやって実際にマネージメントをされている方にお話を伺うと、プロダクション、そしてマネージャーって本当に大事だなって思いますね(笑)。やっぱり時代につれてバンドやアーティストとマネージャーの関係性というものは変化していっているんでしょうか?
871:確実に変化していますね。それで言えば、大きいのはアーティスト側の変化だと思います。昔はそれこそ曲を作ったり、それをライブでやったりということに特化した才能の持ち主がアーティストと呼ばれる人たちだったと思うんですけど――もちろんそれは今でもそうなんですけど――自分の才能をマネジメントできる能力を備えた人たちが圧倒的に今は成功していますよね。今の時代においてはかなり高次元でのバランス感覚に優れている人たちがアーティストだという風に意味合いが変化している気配を感じます。バンクシーなんかを見ていても、そう感じるんですよね。アート自体のあり方も変わってきているというか。言葉は悪いですけど、今やアートは「絵を描くこと」で終わりではなくて。何をどこに描いて、それをどう届けるのか――そこまで考えてトータルのプロデュースをすることがアートになっていますよね。そう考えると、昔は創作に集中するアーティストと、それ以外のことをやるマネージャーというふうに良くも悪くも分業が成り立っていた。でも、今は創作以外何もできない、あるいは創作以外に興味はないというアーティストは減ってきている。そうするとマネージャーの役割も自ずと変化していきますよね。つまり、バランス感覚に優れたアーティストに対してどんな価値観を提供できるのか――それがマネージャーの役割ということになりますよね。......って、自分で言っておきながら怖くなりますけど(笑)。
――はははは。
871:で、やっぱりその変化には、インターネットとスマホが大きく影響していることは間違いありません。
――この連載で継続して掘り下げているテーマではありますが、ネットでつながった向こう側に何があるのか? ということに、休載を1年半挟んでなお色濃くそこへ行ったというのが面白いですね。
871:そうですね。これってきっと音楽業界だけの話ではないですよね。親子関係とか教師と生徒の関係とか、あらゆる人間関係が変化していることを示唆しているのではないかと思います。
――子供や生徒が、昔のイメージみたいに大人よりも"何も知らない"存在ではないですからね、絶対に。
871:自分の担任の先生より教えるのが上手な先生がYouTubeの中にはいっぱいいますからね(笑)。
――マネージャーと同じように先生も生徒に対してどんな価値提供をできるのか試されている(笑)。
871:本当にそうですよ。僕だったら、YouTubeのこの先生とこの先生は本当に教えるのが上手いよ、数学ならこのYouTuberで、英語ならこの人だよってリコメンドしそうな気がしますね(笑)。その方が生徒にとっては価値のある情報かもしれないから。
――さて、今回はアーティストにとっての所属事務所、マネージャーについていろいろとお話を伺ったわけですが、最後に、マネージャーさんとしては、バンドが売れる前と売れてからとでは、どちらが大変なんですか?
871:仕事の内容と大変さの種類が変わるっていう感じですね。ただそれも、バンドなりアーティストなりの目標をどこに置いているか、ということだと思いますね。仮に武道館でワンマンライブを成功させることが目標だったとしても、表現の世界っていうのは天井がないので、次々に新しい目標ができるんですよ。だからもしかしたら、バンドやアーティストとそのチームにとってはそうやって目標をどんどん上書きしていけることが一番の充実とも言えるのかもしれませんね。
――そして、キャリアとノウハウを積んだマネージャーさんがいかに若い世代の表現者とマネージャーを育てるのか、ということも重要ですよね。
871:本当に!ただ、マネージャーや裏方もそれぞれに人なので、これが正解!というのを求めるつもりはなくて。各々が考える自分のイメージに沿った人材になっていけるとよいなと思います。そして新しい人もいつでも待ってます(笑)。
Text by 谷岡正浩
(2024年5月24日更新)
1981年生まれ 大阪・堺市出身。
HIP LAND MUSIC CORPORATIONマネジメントDiv.執行役員及び MASH A&R取締役副社長として、THE ORAL CIGARETTES、KANA-BOON、フレデリック、Saucy Dogなどのマネジメントを主に担当。
これまで数多くのイベント制作にも携わり、コロナ禍中にはリアルタイムでのライブ配信の枠組み「#オンラインライブハウス_仮」の立ち上げ、貴重な演奏と楽曲をアーカイブし未来に贈るチャンネル&レーベル「LIFE OF MUSIC」の取り組みなども行っている。
そんな彼が様々なコンテンツや事象を、彼ならではの視点で語る不定期連載「No Border的思考のススメ~ミュージシャンマネジメント871の場合~」をお届けします。
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