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「今自分がやるべきことは、10本の指で
ピアノをガンって弾いて歌うこと」――
弾き語りアルバム『あなたの生きている世界』が示す
“音楽の使い”・世武裕子の現在地

シンガーソングライター/映画音楽作曲家の世武裕子。このインタビューで初めて知ったというあなたも、彼女の音楽は耳にしたことがあるかもしれない(彼女に初めて触れるとという方は本文に入る前にぜひプロフィールからチェックを)。NHK朝の連続テレビ小説『べっぴんさん』、フジテレビ月9『恋仲』などの人気ドラマをはじめ、映画『空白』『日日是好日』『星の子』『Arc アーク』など話題の映画の劇中音楽を担当。さらにオロナミンC、SK-Ⅱ、ユニクロ ヒートテック、JR東海やdocomoのCM音楽も手がけるなど、私たちの日々のすぐそばに世武裕子の音楽はある。シンガーソングライターとしてもこれまでピアノとストリングスによる繊細な楽曲からプログレ〜オルタナティヴロック的なアプローチの力強い作品まで、音楽の幅の広さと多彩さを6枚のアルバムを通して披露してきたが、今回リリースしたのはシンプルにピアノと歌だけで表現することを選んだコンセプチュアルなアルバムだった。この『あなたの生きている世界1&2』を制作するに至った経緯や、セルフカバー&これまで交流してきたアーティストの作品を題材にした理由について、そしてリリースの日々を通して見えてきた“これからの世武裕子”について話を聞くことができた。ぜひ7月に大阪で開催されるライブに足を向けてもらうきっかけになれば、と思う。

今、ピアノと歌で勝負がしたい


――『あなたの生きている世界1』が昨年配信でリリースされまして、この春同シリーズの続編が『あなたの生きている世界2』という形でリリースになりました。そもそも1を出すことになったきっかけはどういったことだったのでしょうか。

「少し遡ってお話すると、パンデミックの影響でしばらく海外に行けていなかったんですけど少し収まってきた昨年、流石に息苦しくなってきてフランスに行ったんです。学生時代フランスに留学していたんですが、そもそも当時日本に帰ってきたのが、学生ヴィザからアーティスト・ヴィザへの切り替えがすごく難しいと聞いたからでした。一度審査に落ちてしまうと、2回目のトライが難しいとも言われていたんです。だから、日本でアーティストとして活躍してからトライした方がいいよと。当時そこに挑まなかったわだかまりみたいなものがずっとあったんですが、コロナをきっかけに今後どうやって生きていこうかとか将来のことを考えた時に、わだかまっていたことを解消したいと思ってフランスに行ったんです」

――おお!

「向こうで自分の音楽が通用するのかやってみたいと、3ヶ月ほどフランスに滞在してエージェントを探しました」

――すごい行動力ですね。

「若い頃は門前払いだったのが、日本での活動の音源を持って行ったら意外にも何社かいい反応がもらえたんです。君の音楽とキャラクターならこっちでもやっていけるから来なよって」

――素晴らしいですね。

「ならば! とフランスに行く前に、日本にいた自分への置き土産のようなイメージで何か作品を作ろうと思ったんです。どんな作品を作ろうかと思った時に、今までライブでは結構カバーもやってきたけど作品にはしていなかったことに気がつきました。それと、今までやりたいと思っていたけども達成できていなかったこと――それはセールス的にもそうだし、自分の音楽的な挑戦に対してもそうだし、そこを掴めるような作品を形にできたらいいなと思ったのが今回の『あなたが生きている世界』の出発地点ですね。そこから、音源を作るにあたって何の曲を入れようかと模索して作っていく中で、やるべきことや自分の気持ちが常に更新されて今に至る、という感じです」

――将来を見据えて音楽でやりたいことを突き詰めていった結果として、『あなたの生きている世界』が生まれたと。

「そうですね。自分がやりたいことは年々整理されてはきているものの、さらにそのやりたいことは作りながらもどんどん更新されていくような状態でした。そんな日々で、やりたいことが変化していくということそのものが"アーティストの生き方なんだ。仕方ない"と思えるようになったんです」

――仕方ない?

「そこで感じた仕方なさは妥協とか諦めというニュアンスではなく、やりたいことが更新されていくことはものを作って生きていく上でとてもいいんだという意味ですね。やりたいことが変化していくこと自体を楽しむ生き方。よりよいものを作るためには、昨日言ったことが覆される瞬間もあって、何も約束できない。それがアイデアなんだと思う。そういうマインドの中で、『あなたが生きている世界』は今やりたいことを更新しながら突き詰めた体験の記録です」

――そういう気持ちで作品制作に取り組むとあれば、オリジナルアルバムを作るというアイデアもあったのでは? 思うのですが、そうではなく、ピアノと歌でカバー曲を収録したアルバムを作ろうと思った理由をお聞きしたいのですが...。

「日本で自分がやっておけばよかったなって思うことがそれしかなかったからですね」

――カバーをやっておきたい、と。

「うん、そうです。自分が日本語で今、この日本で、新しい曲を書きたかったかというとそういう気持ちはなかったです。」

――それがピアノと歌という、極シンプルな表現方法でというのにも何か理由が?

「この業界で十何年活動してきて、よかったこととよくなかったことがあるんです。よかったことは仕事の効率が上がってきたこと。映画音楽は関わるアーティストもスタッフの人数も本当に膨大で、時間の制限もかなり厳しいから、いろんな制限がある中できっちり録り終えることができて、かつ、やりたいことも反映できる音楽を効率的に作れるようになりました。簡単に言うと円滑に現場を進められる音楽を作るのが上手くなった。そういうことは映画音楽の健全な現場作りをする上ではすごくいいことだけど、一方で作曲家、表現者、音楽家の仕事としてやるべきことはそうじゃないんですよ。やっぱりハッとさせられたり、そんなものを作る人がいるんだ! っていう面白さこそ、ですよね」

――なるほど。

「そう思った時に、なんか私、どんどんピアノが下手になってるなと思ったんですよ」

――下手になってる!?

「技術の進歩と共に編集可能な録音現場が圧倒的に多くなって、一発で弾き切らなくても成立するようになりました。でもそういう演奏は、表現としてはたかが知れているとでもいうか...だから私このままじゃやばいなって。一発で弾き切る録音をしなくてはと思ったので、ピアノで勝負したいと。ただ、今の日本でピアノアルバムを作るのもどうなんだろうという思いもありました」

――今の日本では打ち込み系のダンスミュージックがSNSなどでは注目されていますもんね。

「そう。でも今私がここでやるべきことは自分の指10本でピアノを弾いて歌う、体の鳴らす音を響かせることだっていうことに行き着いたので、ピアノの弾き語りアルバムっていう形になりました」

――まず昨年リリースされた『あなたの生きている世界1』は全5曲で構成されたわけですが、まずこのアルバムに収録した曲の選曲基準から聞かせてください。

sebuhiroko230616-2.jpg《あなたの生きている世界1 収録曲》
01. 若者のすべて(作詞作曲:志村正彦)/フジファブリック
02. 君のほんの少しの愛で(作詞作曲:世武裕子) /世武裕子
03. それ行けカープ〜若き鯉たち〜(作詞:有馬美恵子 作曲:宮崎尚志)/塩見大治郎
04. ギブス(作詞作曲:椎名林檎) /椎名林檎
05. グッドバイ(作詞作曲:山口一郎)/サカナクション


sebuhiroko230616-3.jpg《あなたの生きている世界2 収録曲》
01. みらいのこども(作詞作曲:世武裕子)/世武裕子
02. Deep River(作詞作曲:宇多田ヒカル) /宇多田ヒカル
03. やさしさに包まれたなら(作詞作曲:荒井由実) /荒井由美
04. プラチナ(作詞:岩里祐穂 作曲:菅野よう子)/坂本真綾
05. 人間の森(作詞作曲:森山直太朗・御徒町凧)/森山直太朗
06. テルーの唄(作詞:宮崎吾朗 作曲:谷山浩子)/手嶌葵



「ひとつは、その楽曲の中に自分がすごくいいと思える部分があったこと。これが第一です。まずその楽曲にリスペクトがないとカバーはできないですよね。そして何かしら歌詞に圧倒的に響くものがあった曲を選びました」

――ちなみにご自身の曲(「君のほんの少しの愛で」)も入っていますが、これは?

「自分の曲はそもそも日本語で歌っている曲が少ないのもあるし、今までの自分の声は楽器的な役割で使っていたことの方が多かったんです。でもこのアルバムのテーマであるピアノと歌にふさわしい楽曲が自分の曲の中にあったこと、かつ、リリース当時にもっと届けたかったのに思っていたほど届けられなかった曲をもう一度やってみようと思いました」

――その思ったほど届けられなかった、というのはどういったことでしょうか。セールスはもとより、ライブでのお客さんの反応や、SNSでの反応などいろいろとあると思いますが。

「その全部です。シンプルにいうと、もっと"この曲いいじゃん"って口コミで広がる世界を想像して作っていたという感じでしょうか」

――なるほど。そうしてこの時に世武さんがやりたかったことを突き詰めた、ピアノと歌のアルバムをリリースして得られたことや気づきになったことはありましたか?

「作った時、リリースした時、反応をいただいた時、その全てに影響を受けて自分がどんどん更新されていっている感じがあります。だからこそ作ることにすごい意味がある。売れる売れない、作品の内容どうこうよりも、作品を作ったことで自分が更新されていくことがアーティストという生き方かなと思うし、今回も得るものは大きかったです。ちなみに1の反応がよかったから2を出そうと思ったわけではなくて、もともと2つ作る予定だったんです」

――あ、そうだったんですね。

「だから、最初の段階で全ての収録曲は決まっていました。ただ選曲するにあたってこういう曲があったらウケそうとかバズりそうという戦略的な側面はなかったです。だから気を衒ったことはしていないし、男性の曲・女性の曲のバランスを考えたり、年代とかジャンルのバランスを見たりということは全くしませんでした」

――そのとにかくリスペクトがある曲をピックアップして、カバーするためのアレンジを行うにあたって難しかったことはありましたか?

「アレンジどうこうよりも気をつけたことは、歌詞間違えないこと(笑)」

――大事ですよね!

「作っている人に対する敬意として大事なことだけど、結構、性格的に抜けてるところあってそわそわしました(笑)。それ以外で難しかったこととか気をつけたことって特になかったかなぁ。本当に自分の中にパッと出てきたものを弾いているだけの記録です」

――作品を聞かせていただいて、すごく原曲に寄り添ったアレンジもあれば、聞くと一瞬何の曲のカバーかわからないほど凝ったアレンジをされている曲もあって、その幅の広さに驚きました。

「それはもうその時偶然に出会ったアレンジだからかも。例えば『やさしさに包まれたなら』とかは結構原曲と違うと思うんですけど、あれもある朝起きてピアノの練習をしようと練習室に降りて行ったら、窓の外は夏ですごくいい天気で。外をぼーっと眺めていたら、あのピアノリフにメロディーが乗って身体の中に流れてきたから、あ、これは書き留めておこうって。普段から曲を作ったりアレンジしたりしているけれど、私ってただの使いの者なんじゃないかなと思うんです、もはや。あんまりちゃんと自分で考えている感じがしないというか」

――じゃあ、ピアノの前に座ってどうしよう? って考えたというよりは、もともと知っている曲たちとナチュラルに共存しつつ降りてきたメロディーを素直に出していったというようなイメージですか?

「そうですね。それもあるし、"出会ってる"っていう感じですかね」

――出会ってる?

「ふと音楽が目の前に現れるって意味で、出会ったアレンジというイメージです」

――そういうメロディーに出会うみたいなことって、情報量が常に多くて雑多な東京を離れて、その後移住された山梨や今住まれている広島もそうですけど、少しゆったりとした環境に身を置いたことはいい影響になっていますか?

「どうなんですかね? 私、すごくよく引っ越しをしてるんですよ。自分の中で今動くべき流れというものに従っていくことも創作や表現の一部で、そこに従う以上、音楽に振り回されるしかないんですよ。音楽をやると決めたから、自分がそこに従っていくしかない。だから拠点が変わることで受ける影響はあるけど、いい悪いというものではないかも」

――世武さんはシンガーソングライターとして自身の楽曲を制作されること、映画音楽の場合だと脚本やテーマ、シーンがあって楽曲を制作されることがあると思います。それらと、すでに世の中に放たれている曲をカバーすることに違いはあるんでしょうか。

「私にとって全く違いはないですね。この『あなたの生きている世界』もカバーアルバムであるとは謳っていないんですよね。作った方の曲を形式上お借りしてはいますけど、表現をするというすごくシンプルな感覚の話って感じで」

――そのシンプルに今やるべきことをやったというアルバムに『あなたの生きている世界』というタイトルが付けられたわけですが、この言葉に担わせたかったことはありますか?

「作品を記録するというアーティストとしての生き方と、あなた=リスナーの生きるための足しになれば良いなという想いの両方があって、これらは同じくらい重要ですが全く別の次元に存在している気持ちなんですね。前者はごく個人的なことなので少し置いておくとして、後者はまさにこのタイトルそのものの想い。社会が複雑になって、生活が難しくなっている現代社会で、足並みを揃えることに過度に囚われることも増えてきたように思います。でも本当は、色んな性格や素質を持った人がいて、それぞれに別の人間です。人の数だけ表現の響き方だって違うし、そういう意味で、私の音楽も誰かの助けや心の拠り所になり得るんだと強く信じています。そういう人たちと出会いたい。あなたの生きている世界は本当にいろいろあると思うけども、やっぱり生きていてほしいと思うんです。その"いろいろある"っていう言葉に含まれるとんでもない量の感情や現実的な孤独を否定せずに、それでもなお生きていてほしいと思うことをやめられない。そういう気持ちで歌い、弾いた音源です」

――特にコロナ禍になって以降、本当にみんなそれぞれにいろいろあるよねと思うことも増えました。

「そうですよね。コロナがインフルエンザのような存在になっていくことでまた少し変わっていくんでしょうけど、このハードな社会の中でまだ辛さがマシな人、ちょっと余裕がある人からできることをやっていく。そうやって社会って助け合うものだと思っています。関係性だって日々変化しするし、助けた人が次は助けられたり、そういうことを繰り返してる。私は音楽家だから、音楽で自分ができることを差し出したいし、なるべく自分が得意なことで還元できたら嬉しいですよね」



やるべきなのは、ステージで表現すること


――そんな『あなたの生きている世界』ですが、絶対にお話聞いておきたいことといえばジャケットの写真のことです。これ、1も2もMazda Zoom-Zoom スタジアム広島で 撮影されていますよね? 移住まで果たすほどの広島カープファンである世武さんの愛が感じられるジャケットですが、これはどんな経緯で?

「カープ好きっていうのはもちろんなんですけど、そもそも球場が好きなんです。球場っていろんな人がいるんですよ。日本各地の球場に魅力はあるけど特に広島カープはもともと市民球団だからなのか、球場に行くと広島で生まれ育ったたくさんの家族の憩いの場というか、リビングを覗いている感覚になれるんです」

――リビング!

「本当、リビングが球場の中に移植されているような感じなんですよ。家族みんなで嬉しそうにカープうどんやむさしのお弁当を食べてる姿とか、試合に勝って負けての一喜一憂とか、誰もそこに損得勘定がない場所はすごくいいなって。音楽もそうありたい!自分がいいと思ったらいい、みたいなシンプルさ。ネットが発達してから、好きなものがイケてるのかどうかっていうファッション的な、他者の目線ありきの発信が増えましたよね。球場って、そういうちょっと疲れる感じがなくって、素朴なんですよ。それが私の表現の素朴さにリンクするなと思ったし、なんとかあの球場に漂う空気感と一緒に伝えられたらいいなって思いました。写真は広島を拠点に活動しているカメラマンにお願いしました」

――へー!

「私は彼女の撮ってくれる自分の姿が好きだし、撮影もすごく楽しかったです。撮影の時は、え? これなんの撮影してるん? って映ろうとする人もいて。みんな素朴で、そういうひとつひとつがすごくいいなって。だからあのジャケットを気に入ってもらえたらすごく嬉しいですね」

――バックにブレて写っている人々もカープのユニフォームを着ているし、建築の骨組みみたいなものもすごくスタジアム感があって。細かいディテールに世武さんのカープ愛も見せつけられたといいますか...。

「カメラマンも広島で生まれ育ってマツダのこともよく知っていて、ここのこの光の感じでうしろはこういう感じで見えたらいいんじゃないかとか。細かい話ですけど、伝わらない部分までこだわることが全てだと思っています。ただ、丁寧に作る。結果的にそれが、伝わる部分を支えているからです」

――そしてリリースツアー、大阪公演はJANUSで開催されます。個人的にはTHEライブハウスという認識だったので、ピアノの弾き語り公演は少し意外性を感じました。

「とにかくピアノがある会場を探していて、京都か大阪かで迷いました。関西だと京都でやることが多かったので、今回は大阪でやってみようかとなりました。ピアノが絶対条件だったので、JANUSいいんじゃない?と勧めてもらって」

――ふむふむ。

「とにかくライブがやりたい。音楽って音の波なので、それを実際の肉体で感じてほしいという思いがあるんです。もちろんCDや配信などの音源で聞いてわかることもたくさんあるけれど、私の表現世界というのは、やはりライブだと最近思います。自分がそこで発信しているものを正確に受け取ってもらえる場所になるべくいたい。今後はもっとライブも増やしたいんだとスタッフにも定期的に話しています」

――以前ビルボードライブ大阪での公演を拝見したのですが、本当に世武さんのライブは音源を聞いているのとは別次元のものだということを体感しました。演奏されている姿、見える演奏のテクニックや空気感まで、何もかもに驚かされたといいますか。だからこそ世武さんの音源はライブとセットでおすすめしたいというのが個人的な思いとしてあります。

「ありがとうございます。私は小さい時からステージで演奏し続けてきているので、最終的に自分はココだって思うのがステージの上なんですよね、きっと。コンクールのためにずっと練習してきて、全てはそれありきの自分の人生だった。コンクールに出ている時は、もちろん金賞をとりたいとかもありましたけど、でもテクニカルで点数を稼ぐよりも私は、突き詰めた先に炙り出される人間の本性を表現したかったし、その時に何を弾くことで誰にどんな影響を与えるかっていうことに興味があったと思います。だから私は、結局ステージの上が好きなんですね」

――そういうお話を聞くと、ますますライブが楽しみになります。このツアーが終わればフランスに移る準備を始められるんですか?

「映画音楽をやるにはフランスに行きたい、でもソロ活動をするなら日本がいい。ならば二拠点だなという思いでほとんど着地しかけてました。コロナを挟んで航空券や家賃、フランスでの生活費は高騰しているし、二拠点生活をどう成り立たせようと考えているうちに、衝撃的な出来事がありました」

――と、言いますと?

「People In The Boxの新譜のCamera Obscuraのリリースと、森山直太朗のライブでの歌唱です。ピープルの波多野君も直太朗も交流のある友達ですが、彼らが本気で自分の力を発揮している姿、そこに行き着くまでの時間と労力。想像するだけで興奮します!
波多野くんにラブレター並みの熱量で新譜のことを伝えたら、『得意なことをやっただけなんだ』という趣旨の返事が来ました。それを聞いた時に、私って本当に得意なこと"だけ"をやったことある?って。ある程度器用に書いて弾けるし、劇伴作家だと何でも作れることが正義になりがちな中で、私、いろいろできちゃうのでやってきたけども、本当に自分の得意なことを蔑ろにしていた気がします。この弾き語りのアルバムを作って、ちょっとだけ片鱗に触れてたんだと思う。そのタイミングで、ピープルの音源や直太朗のステージと出会えたこと、本当に幸せだと思っています。尊敬している大好きな友達の音楽に触れて、まず飛び上がるほど嬉しくなり、とても誇りに思い、悔しい!という気持ちもちゃんと持てて、そして自分が恥ずかしいという気持ちになりました。すごいチャンスをくれる友達ですよね。今、子どもの頃のようにめちゃくちゃピアノの練習をして楽しい。ちゃんと大事なことにフォーカスすると、不思議と音楽と関係ない部分も潤滑して、余分なものが少し削がれた気持ち良さがあります。長くなりましたけど、だから今はフランスなのか、日本なのかという迷いがなくなりました。自分が行くべきところは私ではなく、私の音楽が選ぶのだから、私はただ、音楽をやれば良いということです」

――考えがクリアになったんですね。

「映画音楽も、オファーを頂けているうちは変わらず全力でやりたいと思っています。けれども、私が最もやらなきゃいけないのは、作曲と演奏を含めた表現の追求です。それをやる、それだけを決めました。だから私は、それに従って生きていく。その他のことは、何も誰とも約束はできないし、私にもどうなるかわからないです」

――決まっていることの芯がすごく強い感じがします。

「そうですね。そこに辿り着けてすごくよかったなと思います。原点に似ているけど、ちょっと違う原点です。周りのみんなのおかげです」

――本当に7月のJANUS、楽しみにしています。今日はありがとうございました。

「ありがとうございました!」

取材・文/桃井麻依子




(2023年6月19日更新)


Check

Release

Album『あなたの生きている世界1&2』
発売中 2800円(税込)
ERCP-001
Eternal Records

《あなたの生きている世界1収録曲》
01 . 若者のすべて(作詞作曲:志村正彦)/フジファブリック
02. 君のほんの少しの愛で(作詞作曲:世武裕子) /世武裕子
03. それ行けカープ~若き鯉たち~(作詞:有馬美恵子 作曲:宮崎尚志)/塩見大治郎
04. ギブス(作詞作曲:椎名林檎) /椎名林檎
05. グッドバイ(作詞作曲:山口一郎)/サカナクション

《あなたの生きている世界2収録曲》
01. みらいのこども(作詞作曲:世武裕子)/世武裕子
02. Deep River(作詞作曲:宇多田ヒカル) /宇多田ヒカル
03. やさしさに包まれたなら(作詞作曲:荒井由実) /荒井由美
04. プラチナ(作詞:岩里祐穂 作曲:菅野よう子)/坂本真綾
05. 人間の森(作詞作曲:森山直太朗・御徒町凧)/森山直太朗
06. テルーの唄(作詞:宮崎吾朗 作曲:谷山浩子)/手嶌葵

Profile

せぶひろこ…1983年東京都葛飾区生まれ、広島在住の音楽家。フランスのエコールノルマル音楽院・映画音楽学科を首席で卒業、在仏中にはActe 1やCours Florentといった俳優学校で映画演技も学んだほか、映画音楽作曲家ガブリエル・ヤレドに師事し、パリや東京にて短編映画制作に携わる。2011年、吉田光希氏が監督を務めた『家族X』にて映像音楽作曲家としてデビュー。以降、作曲家として映画やテレビドラマ、数多くの CM 音楽を手掛ける。これまでにソロアルバムとして『アデュー世界戦争』『WONDERLAND』『L/GB』『Raw Scaramanga』などを発表している。ピアノ演奏・キーボーディストとして森山直太朗、Mr.Children のレコーディングやライブツアー、ASIAN KUNG-FU GENERATION・後藤正文との「エンパシー From THE FIRST TAKE」などにも参加。

世武裕子 オフィシャルサイト
https://sebuhiroko.com


Live

『あなたの生きている世界』リリースツアー

Pick up!!

【大阪公演】

チケット発売中 Pコード:240-039
▼7月11日(火) 19:00
心斎橋JANUS
自由席-5500円(ドリンク代別途要)
※未就学児童は入場不可。
※販売期間中はインターネット販売のみ。
[問]キョードーインフォメーション■0570-200-888

【東京公演】
チケット発売中 Pコード:239-700
▼7月20日(木) 19:00
めぐろパーシモンホール 小ホール
全席指定-6600円
※未就学児童は入場不可。公演内容に関する詳細はhttps://info.diskgarage.com/まで。
※チケットは、インターネットでのみ販売。店頭での受付はなし。1人4枚まで。発券は7/13(木)10:00以降となります。
[問]ディスクガレージ■050-5533-0888

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