5年7ヶ月ぶりのアルバム『The Gaze』が提示する、数々のまなざし Predawnインタビュー
シンガーソングライター・清水美和子のソロプロジェクトであるPredawnが、4月13日に3rdフルアルバム『The Gaze』をリリースした。前作のEP『Calyx』から約3年半、全国流通のアルバムとしては実に約5年7ヶ月ぶりの作品となる。「Gaze」とは「まなざし」という意味。さまざまな「視点」を織り込んで歌詞を紡ぐことで、生命や現象、真理を解きあかそうとする、Predawnが長らくライフワークとして行ってきたともいえる行為が、1枚の作品に昇華された。聴く側も思わず思考の海に誘われる詩的な歌詞と、透明感のある歌声、奥行きを感じさせるサウンドが合わさった世界観に没入できる、クオリティの高い作品となっている。5月から始まるアルバムリリースツアーは、弾き語りとバンドセット(東名阪のみ)の編成で行われる。今回ぴあ関西版WEBでは、約4年ぶりのインタビューを敢行。近況や今作についての話を聞いた。なお、清水は出産予定のため、7月23日(土)東京・キネマ倶楽部で行われるリリースツアーファイナルを以って、ライブ活動をしばらく休止することになった。この先作られるPredawnの音楽は、母となる彼女のまなざしが加わることになるのだろう。その時も楽しみに待ちたいと思う。
アルバムやライブを待ってくれている方がちゃんといることがわかり、嬉しかった
――前回のインタビューから約4年ぶりということで、お久しぶりです。パンデミックで社会的に大きく環境が変化しましたが、清水さんの環境も変化されたとのことで。2019年に福岡に移住されたそうですね。
「はい、家庭の事情なんですけど、ちょっと移住してみるのもいいかなと思って」
――福岡は住みやすいといいますよね。周りにも好きな人が多いです。
「ミュージシャンは特に、福岡はノリがいいなと感じている人が多いんじゃないかな。あとご飯が美味しいとか(笑)。コロナであまり飲みには行けてないですけど、ほどほどの田舎で、ほどほどの都会で、街がキュッとなっていて、それなりに過ごしやすく暮らしています」
――清水さんはコロナ禍、どんなふうに過ごされていましたか?
「もともと出不精ですし、福岡に友達がたくさんいるわけでもないので、いつも通りです(笑)。家でのんびり音源を作ったり、本を読んだりしていました。あ、あと車の免許を取りました」
――そうなんですね! 教習所に通って?
「通って(笑)。まだ買い物ぐらいしか行ってないですけど(笑)」
――前から免許を取りたいと考えていたんですか?
「いつか取れたらいいなとは思っていました。やっぱり車でしか行けない場所もありますし、ツアーとかでも運転を代わったことは……まだないですけど(笑)。代われるかなというのはあります(笑)」
――コロナでライブが全くできない時期もあったと思いますが、Predawnはちょこちょことライブをされているイメージでした。
「自分から企画とかはできなかったんですけど、誘っていただいたものにはちょいちょい出ていました。やっぱり人に会えるのは嬉しいなと思って」
――ライブがなくなったことで、ライブへの意識の変化などはありました?
「私は1人でいるのがすごく好きなんですけど、その反動で、たまにライブでたくさんの人に会うと、やっぱりパワーをもらうんです。それでまた1人になる、そのバランスが自分にとっては結構心地良いんだな、と改めて気づきました。まあこれは前から思っていたので、特にコロナで変わったわけではないですけれど」
――なるほど。あとコロナ禍で始められた活動の1つとして、2020年4月から月に2回(新月と満月の日)、YouTubeチャンネルで『定点P』をスタートされました。始めたキッカケというのは?
「ライブがなかなかできなくなって、そろそろライブをしないと、なまってしまうなと。リハビリじゃないですけど、私はすごく緊張しいなので、次にライブに出た時に本当にガチガチになってしまうんじゃないか、という心配もあったし、家にいてリラックスしている方が、上手くいくかもしれないなと。だから、リラックスしてライブをしたりお喋りするのはどうだろう、と思って始めました(笑)」
――約2年『定点P』を続けてこられて、いかがですか。
「やることがあるのが、すごく良いことだなと思いますし、アルバムやライブを待ってくれている方がちゃんといるのも嬉しいことですし、それが分かっただけでも良かったなと思います」
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聴く人や世界に対して、ずっとまなざしを送り続ける作品になってくれる
――『The Gaze』は、2016年9月リリースの2nd アルバム『Absence』以来、5年7ヵ月ぶりのフルアルバムです。完成してみて今のお気持ちは?
「アルバムに本当に取り組んでいたのは2〜3年だったと思うんですけど、作った曲の中には5年前の曲もあります。時間をかけてきただけあって、すごく満足のいく、心のこもったアルバムになったなと思っています」
――今作は全曲英語詞ですね。『Absence』の後、2018年11月にリリースされたEP『Calyx』は全曲日本語詞でした。
「『Calyx』を出す時に、“『Calyx』は日本語でまとめて、その後に英語オンリーのアルバムを作ろう”という計画はちょっとあったんです。だからこれまで色々書いてきた曲プラス何曲かを収録しようというところで、それでも3年ぐらいかかってるんですけど。多分すごく仕事が遅いんだと思います(笑)」
――“Gaze”は“まなざし”という意味があります。資料によると今作は、様々な視点で紡がれる歌詞や行為を通して、“生命や現象、あるいは真理を解き明かそうとするようなPredawnのライフワークの(今のところの)集大成”とありました。ここ、詳しくお聞きしたいです。
「“Gaze”は、哲学的とか社会学的な用語でもあるんですけど、というよりは、今回アルバムができた時に、結構自分の中で詩を頑張って書いたなという印象があって。色んな視点や着眼点に注目して書いた歌詞。そういう意味のまなざしがまずあって、あとは、1つの現象や風景、問題、何でもいいんですけど、それらをじっと見続けることが自分自身すごく好きだし、これからも大事に活動していきたいと思って。その2つの意味合いが大きいです」
――これまでは比較的一人称のまなざしを歌詞に乗せておられましたが、作品として“視点”にフォーカスし、ライフワークとして定義づけたのが今作でしょうか。
「そうですね。よりそこが自分の中でクリアになったのかもしれないです」
――歌詞を書いている時にそう感じられたんですか?
「どういう時だったか忘れちゃったんですけど、色んな本を読んだり、思いを巡らせたりしている時に。以前から時々“詩って何だろう、どうしていけばいいだろう”みたいなことを考えていて、その枠は大きく変わらないんですけど、“こういうのいいな”とか、“こういうことを自分はやっていったらいいのかな”と思考が細かく変化していく時に、ふと思いました」
――同じ言葉を繰り返したり韻を踏んだり、詩的な歌詞の書き方は意識された部分ですか?
「こういうのは多分前からやっていて。今回特に意識して韻を踏もうとしたわけではないですね」
――タイトルをつけられたのは最後ですか?
「そうです。音源ができて“何にしようかな~”とは考えてたんですけど、あまり思いつかなくて。“なんか良いのができたぞ”と思ったので、『Predawn』というアルバムでも良かったんですけど(笑)」
――それくらい集大成の作品なんですね。
「10数年活動していて、ここでセルフタイトルも面白いかなと(笑)。作品自体、聴く人や世界に対して、ずっとまなざしを送り続ける作品になってくれるんじゃないかなということで『The Gaze』にしました」
1曲1曲にしっかり注ぎこんで、すごく出し切ったアルバム
――今作を聴いていると、自分自身でもまなざしを享受するというか、問いを投げかけてくれる感覚がありました。特に『Canopus』(M-6)は、“I’m daring to get lost just to kill some time I’m just killing some time(私はわざと迷いこむ 時間を潰すために 私は時間を潰しているだけなの)”の歌詞が印象的で。こんな選択肢が存在するんだ、という新たな視点の発見と、“自分の人生はどうだろう?”という問いが生まれて。また、“南に北極星”という表現など気になる部分が多く、考える行為が楽しいと感じたんですよね。
「全体的に、色んなふうにとってもらえたらすごく嬉しいです。視点というテーマをがっちり決めていたわけじゃないですけど、コロナ禍で“色んな人がいるなー”と感じることもたくさんあって、多少意識をしていました」
――今作にも色んな人が登場します。
「『Canopus』は、全然違うところに向かっていくパーソナリティというか、そういう人のことを書いた曲です。ポラリス(=北極星)の位置は今のところ真北からほとんどズレていないんですけど、南にあるカノーパス(=南極星)は、真南よりちょっとズレてるらしいんですね」
――なるほど、星を人になぞらえたんですね。
「そうです。ズレているけど、それでも突き進んでいく力は、もちろんそういう人の利点だと思うし、自分はどちらかというと冷めてる人間なので。結局自分は時間潰しをしてるように見えるだろうなあとか、時間潰してるだけなんだな、と思ったり」
――人生の時間を?
「そうですね」
――他人からの視点も含まれていると。自分以外の誰かや俯瞰、高次元の視点から物事の根本や本質を捉えている歌詞だと感じます。
「自分の曲で言うと、自分のことや置かれてる状況を客観視してしまうんです。そういうことが『Something Here Isn't Right』(M-3)に書いてあります。“My mind is creeping up the walls Looking down at how miserable I am(私の意識は壁を這い上がって自分がどんなに惨めかを見下ろしている)”の部分とか、壁を登る虫みたいに見下ろしている、見下ろされている感じとか。あと結構前から思っていたのは、監視カメラ。監視カメラを見ると、何となくその視点に自分の意識が切り替わって、“私変じゃないかな”と思ってしまう時があるんですよね。でも、それはそれで面白いというか、ふと冷静になれる瞬間でもあって。どっちもいいんじゃないかなと思ってます(笑)」
――清水さんの普段の視点の持っていき方も反映されているんですね。
「結局自分が書いているのでそうなってしまいます。曲のテーマ的なところに関わると、自分の思考のクセが出ますね」
――制作していて印象に残った楽曲はありますか?
「詩で言うと、最後の『The Bell』(M-12)や『Fictions』(M-10)、『Monument』(M-9)ですかね。何か思い出深いというか(笑)」
――どんなふうに思い出深いですか?
「“詩って何だろう”というのを考えながら書きました。『The Bell』はメロディーに引きずられて、暗い世界観を描けたらいいなと思って書いた曲です。『Fictions』は、自分の中にいる“語りたがたり”の部分が出た曲。自分はそんなにSNSもしないし、あまり語りたがりではない気がするんですけど、でもどこかには語りたがりの自分がいたりして、そういうのを引き出して書いた記憶があります。ちょっと男性的かもしれない。“僕”と歌詞にありますしね」
――『The Bell』は、“手に負えないと思ったのでRayonsさんにアレンジをお願いした”とおっしゃっていたのを拝見したのですが、どういうところが手に負えないと思われたんですか?
「描いている世界のスケールもそうですし、それに合わせて単純に音像も、壮大までいかないけどスケールを大きくしたいと思った時に、やっぱり自分ではちょっと無理だなというのがあって。Rayonsさんは映画の劇伴を手がけておられるんです。劇伴って、映像だけの世界から物語を広げたり、さらに世界観を作ってくれる印象があるので。あと『The Bell』を“良い曲だね”と言ってくれたので、お願いしました」
――実際に完成してみていかがですか?
「ストリングスとかが入ってきた時に、バッと華やかになるのは本当に嬉しかったです」
――『New Life』(M-1)の歌詞の一部が『Star Child』(M-11)に出てきて、繋がりを感じますが、この2曲の意図は?
「すごく繋がってるわけじゃないんですけど、ちょっと双子みたいに思っている曲です。どちらも映画やゲーム、何かのキャラクターについて書いた曲というのは共通しています。でも『New Life』は、モブというかエキストラというか、ホラー映画の序盤で死んじゃったり、すれ違うだけの人とか、そういうキャラクター。実際にはそんなキャラに“New Life”はないわけですけど、次の映画やゲーム、どこかの何かで挽回できるといいよね、という曲です(笑)。自分の中ではそういう視点で歌詞を書きました。『Star Child』は、おそらく主役級の何かになっている感じ」
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――『New Life』のモブキャラが『Star Child』で生まれ変わった?
「そういうふうにも聴けると思います。歌詞がリンクしているのは、“最初にこのアルバムのどっかで聴いたような気がする”みたいなフレーズをもう一度アルバム内で出すというのを、いつかやってみたかったので。伏線回収じゃないですけど(笑)。できて良かったです」
――レコーディングはいかがでしたか。
「今回はリモートでやろうと決めたので、逆に自由になる場面もありました。スタジオだと時間が限られてるけど、リモートは自分自身も何回もチャレンジできるし、色んなオーディオで聴いたりできますし。リモートだからこそやりやすかった部分もありますね」
――今のPredawnにとって、どんな位置づけの作品になりましたか。
「本当に作って良かったと思える作品ができた、という充足感があります。1曲1曲に結構しっかり注いだなという思い入れがあるので、本当に色んな方に、色んなふうに楽しんでもらえたら嬉しいです」
――次の作品の構想は生まれていますか?
「あるにはあるんですけど、とりあえず一旦制作が終わったので(笑)。すごく出し切った感がある。また色々インプットして、次にどういう作品を作ろうとか、どういう生き方をするかを考えていきたいですね」
――まなざしも人生とともにきっと変わっていくでしょうし、今後も楽しみですね。そしてリリースツアーがあります! 5月13日(土)兵庫・旧グッケンハイム邸と、6月10日(金)京都・磔磔が弾き語り、7月17日(日)大阪・Shangri-laがバンドセットです。
「本当に久々のツアーになるので、気合を入れて楽しくやりたいなと思います。ずっとリモートでやり取りしていて、神谷(洵平)くんとガリ氏(ガリバー鈴木)のリズム隊に全然会えていないので、久々に会えるのが楽しみです」
――音源の世界観を生で浴びられるのは楽しみですね。
「まだやったことない曲もあるし」
――再現が難しい曲はどれですか?
「何だろう(笑)。今のところ『Floating Sun』(M-5)とか『Monument』が難しいなあと思っています」
――『Floating Sun』は先日の『定点P』で弾き語りをされていましたね。
「あ。やったんですけど、ベースありきで考えてしまった曲なので、オンコードが難しいなと思って」
――『Something Here Isn't Right』など、コーラスが美しい楽曲もあります。
「コーラスは、バンドセットの時に彼らに余裕があればやってくれるかもしれない(笑)。忙しそうだから無理かもしれないですけど(笑)」
Text by ERI KUBOTA
(2022年5月 9日更新)
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