10周年記念アルバムの制作で真っ先に浮かんだ 「何度でもまっさらになれる」という強いキーワード シンガーソングライター・山崎あおいインタビュー
「日常の中で思っていることをギターに乗せて歌うという原点に戻ってもいいかなと思えたんです」と笑ったのが印象的なインタビューだった。シンガーソングライター・山崎あおい、彼女は2022年に節目となる活動10周年イヤーへと突入した。この約10年の間に上京から華々しいメジャーデビュー、制作環境の変化や作家活動の開始、体の不調、コロナに突入してしまった世界に至るまで――――あらゆる経験と、それらの経験で感じたことを歌にして解き放ってきた。そんな中で昨年末にリリースされたのが「原点回帰」をテーマに制作されたニューアルバム『√S(ルーツ)』について話を聞く機会を得た。この作品に辿り着くまで10年の歩みを振り返りつつ、原点に戻ろうと思えた理由や政策の裏話、そしてこれからの10年についての展望など、山崎あおいの今までとこれからを知ったうえで『√S』に触れてみてほしい。
感じたことを歌っていけばいいとラクになれた
――2022年10周年イヤーに突入しましたが、今これまでを振り返ってみてどうですか?
頑張ったなと思います。あっという間でもあったし、10年の間にデビューはもちろん大学入学や卒業もあったので、意外と頑張ってきたなぁって感じがしますね。
――大学に入ってから、デビューでしたよね。
そうです。1年生の夏でした。最初のメジャーデビューの時は周りにもスタッフが多くて、なんだかよくわかっていなかったですね。今の方が時間的な余裕はできたけど、やっていることはグッと増えているかな。楽曲提供も始めたことでミュージシャンはあの人とやりたいとか、レコーディングスタジオはここがいいとか、ジャケットやMVはこうしたいとかまでを自分で判断できるようになったので、やれることが単純に増えました。
――元々全て自分で手がけたい気持ちがあったんですか?
2017年に事務所を離れてひとりで活動をするようになって、自分でやるしかなかったのが本当のところです。最初は本当に手探りでしたね。
――それから5年ほどが経って、自分でやっていることの中でも得意・不得意は見えてきました?
相変わらず事務処理関連は苦手です。でもやりたいけど得意じゃないから人に任せようと外にふることもできるようになりました。アウトソーシングすることも意外と難しいですけど…。
――自分が一番把握できているから、アウトソーシングするのも難しいですよね。その迷いつつできることを増やしながら進んできた中で、ターニングポイントになったなという出来事はありましたか。
それこそ事務所を離れる直前に、喉を壊したことがあるんです。話すこともままならなくて、ライブも半年ぐらい休止しました。そのタイミングで自分の活動や将来も見つめ直して、何もできないなら!とDTMを使ってアレンジの勉強をしたり、歌詞を提供するとしたらどういう作り方があるんだろうと模索し始めたんです。結果的にその半年間があったからこそ、今こうやって作詞家・作曲家としてお仕事もしつつシンガーソングライターとしての活動も、「背水の陣」的ではなく前向きに頑張れていたりするなと。その半年間はすごく大切だったと思います。
――今サクッと「半年間声が出なくて休んでいた」と口にされていますが、半年間ってめちゃくちゃ長いし、めちゃくちゃ苦しかっただろうなと思うんですけど…。
私はあんまり「しんどい!」って抱えるタイプでもなくて、何かおかしいな?と思ったらちゃんと休む方なんですが、辛かったは辛かったですね。当時は救いを求めてよく神社に行っていました。
――神頼み!
ホント、神様に頼るしかない!って。目に付く神社にはすぐ入って「なんとかしてください!」って拝んでいました。苦しかったのは半年でも本当に回復したなと思えたのは最近で、それまではずっとごまかしながらでした。休んでいた頃は大学4年生だったので就活にも取り組んでみたりして。でもやっぱり音楽がやりたいっていう気持ちを再確認する時間にもなりました。
――そういう苦しい時を挟んだことで、歌うことや曲をつくることに対して考えに変化が生まれたりは…。
それまではずっと「自分を削って曲を書く」っていう感じだったんです。持っているものを放出していく、自分が普段の生活で感じていることを削って削って曲にして、最後なくなったらおしまいみたいな。
――なんだかえんぴつみたいですね。
そう、まさに自分がえんぴつみたいな感覚です。でもそれでは苦しいだけだし、続かないとわかった。曲をつくることをライフワークとして続けていくにはどうしたらいいかを考えるようになったタイミングでシンガーソングライターとしての活動だけではなく楽曲提供も始めて、作家の部分ではどんどん新しい音楽に挑戦しようとかあれしたいこれしたいがどんどん膨らんでいった感覚もあります。自分で歌う曲に関しても、もう青春の切り売りみたいなことをしなくてもいい年齢になれたので、その時々に感じたことを歌っていけばいいんだなって思えてラクになりました。初めてギターを持った頃、ただ楽しい嬉しいっていう地点に戻れたなって思います。
――なるほど、きっと解き放たれたんでしょうね。
ホント、そうだと思います。健全に音楽を楽しめるようになりました。
何度でもまっさらになれる、山崎あおいです!
――今回の『√S』の1作前のアルバム『marble』はコロナの本当に入り口で発売になりました。この作品をリリースしてコロナが始まって、次のビジョンは見えていましたか?
発売翌日に初めての緊急事態宣言が出て、ライブもキャンペーンもアルバムにまつわる何もかもが中止になってしまったので、自分の中ですごく悔しいなっていう思いが残りました。気持ちが上向いて次のアルバムを作るなら、絶対に妥協なしで自信を持って届けられるものを作って、この2年間を取り戻したいっていう思いがあって。とにかく「これはいい!」っていう作品ができれば、たとえライブができなくてもMVを工夫するとか何かアイデアを持って乗り越えていけると思いました。だから自分のテンションを下げない・モチベーションが尽きない音源をつくりたいなと思いました。
――『marble』から今回の『√S』まで、ショートスパンでリリースされたなという印象もありますね。
ファンの方たちを待たせていましたし、当初はミニアルバムにしようかなとも思っていたんです。でもせっかく出すならフルアルバムを出そうよっていう案が出てきた頃、外出自粛していたから時間もあるし、その時できることとして配信ライブを始めて配信しながら曲をつくっていたんです。それをやってみて手応えを感じたので、これならいいアルバムがつくれるなと確信できました。
――今回の『√S』に掲げられたテーマが「原点回帰」であるとお伺いしたのですが、このテーマに辿り着いたのはどんな経緯だったんでしょう。
10周年を前にしていろいろやってきたなということを振り返ったのはもちろんなんですが…私シンガーソングライターのYUIさんが大好きで音楽を始めたんですね。彼女が昨年YUI時代の曲をflower flowerとしてカバーしたアルバムをリリースして、YUIさんも一周したんだなということをすごく感じました。
――一周というと…?
過去の曲もひっくるめて今活動を続けていくターンに入ったのかなと。あと、高校時代に聞いていたテイラー・スウィフトがフォークに戻ったアルバムを出したり。それで私も、音楽を始めた頃のギターを持ってつくっていたスタイルにそろそろ戻っていいのかなと思って。それでテーマが「原点回帰」になったっていう感じですね。それこそ私がデビューした頃は、YUIさんやmiwaさんをはじめ弾き語りのシンガーソングライターがたくさんいたんですが、私がデビューしたあたりからアイドルグループが台頭して、今またシンガーソングライターの時代になっているなと思うんです。あいみょんさん、優里さん、瑛人さんとか、シンプルな音楽が戻ってきた感覚があって、私もそういう曲をやる自分を肯定できるターンにきたのかなと。
――確かにそのターンは来ている感じはしますよね。その原点回帰の「原点」が示すのは、ギターでシンプルに歌うことですか?
そうですね。その時々の日常の中で思っていることをギターに乗せて歌うこと、そこにバンドメンバーが集まってきてサウンドを支えてくれるのが私にとっての「原点」ですね。
――そうやってテーマを決めて、曲づくりを始めるうえで頭に浮かんできたことは何かありましたか。
1曲目に「まっさら」という曲があるんですけど、その歌詞の「何度でもまっさらになれる」っていう言葉が浮かびましたね。それがキーワードとなって、曲がどんどんできていった感じでした。
――アルバムを通して聴かせていただいても、そのフレーズがシンガーソングライター・山崎あおいが10年やってきたからこその宣誓みたいに聞こえました。
そうですね、自分でもそんな感じです。アイドルのキャッチフレーズ的というか「何度でもまっさらになれる、山崎あおいです!」みたいな(笑)。
――ご自身でもその言葉がアルバムの軸にあるというイメージですか?
『√S』に関してはそうですね。
――そこからどう派生していったんでしょうか。
それぞれの曲ごとに別々のテーマを歌っていますが、全体に共通するのは「自分に制限をかけないでつくる形に戻った」っていうことですかね。最近は作詞家として楽曲提供をさせていただく中で、サビはキャッチーな方がいいよねとか、これは女の子が歌ったらトゲがキツすぎるからやめておこうとかあったんですけど、せっかく自分が歌うし原点回帰を謳うなら、計算で書かず思ったこと・歌っていて気持ちのいいことを書いてみようと思いました。
――作家としてつくるものとはかなり毛色が違う?
…と、自分では思っていますね。
――どうですか? リミッターを外してみて。
リミッターを外しても悩む時は悩むんだなと思いました(笑)。
――中でも悩んだ曲はありましたか?
全部悩んだけど…例えば「まっさら」の、“やわく溶け出していく想いが”っていうところも、サビの頭がや行ってどうなんだろうって悩んだり。
――例えばそのや行始まりのサビ頭は、作家活動をする中では使いませんか。
いや、使います(笑)! どうしても出てくるんですよ。でも言葉のスピード感が足りないかなとか引っかかったりしつつ、リミッターを外したんだから「悩んじゃダメだ、このまま行こう!」って。
――逆にこの曲ができて核になったと思う曲はありますか?
「まっさら」と、「影を踏む」ですかね。「影を踏む」はシリアスなテーマを歌っているんですが(暮らしの中で心を健やかに保てずにいる人、自死を選んだ彼女の友人や同じ悩みを抱える人に向けた祈りと願いが歌われている)、その曲を全10曲の中心の5曲目に置いた時に、活動10年の重みを感じました。私がデビュー時の「ギタ女」イメージのままだったら、書けなかったし出すこともまわりに止められていたようなテーマの曲だと思うんです。でもそれを出せたのは、自分の中で10年積み重ねたからこそだと思えました。
――それは大人になった、という意味ですか。
はい、人間として少し大人になったかなと。自分の歌詞の言葉選びでも、時を積み重ねた変化は感じることができています。
――なるほど。ちなみにテーマの「原点回帰」をサウンド面にどう反映させようと取り組まれたんでしょうか。
極力難しく聞こえることをしないようにしていました。一貫してポップなメロディーを意識しているんですけど、そこは原点からずっと変わらず貫いているところで。とはいえ、少しは成長したところも見せたいなと思って意識したのは、Aメロ Bメロ サビ、Aメロ Bメロ サビ、大サビ、終わりみたいな安直なパターンにはしないということ。メロディー展開の多いアルバムを目指しました。
――それは10年重ねた今だからこそ?
そうですね。作家活動を通して曲づくり自体を楽しめるようになってきているので、これを入れてみたらどうだろう? こことここをつなげるにはどういう転調をしたらいいだろうとか楽しみながらつくっていきました。なんか今、早くツアーがしたいんです。このアルバムの曲を、ファンの皆さんがどういう表情で聴いてくれるのかも早く見てみたいし、それを見ることで自分の中でのその曲の立ち位置も決まってくると思うんですよね。この後1年ぐらい経てば、書いてよかったなと思える曲が浮かび上がってくるかなと思います。
――そのファンの反応が気になる曲って挙げられますか。
全部と言えば全部気になるんですけど、「まっさら」「I’m yours」「サボタージュ」はシングル先行で出ているので反応はいただいていますけど…「影を踏む」をどう捉えられたのかは本当に気になりますね。感想を言いづらい曲でもあると思うと、なおさら気になります。
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――私個人的には10曲目の「一緒にいるから好き、たぶん」がみなさんどういう反応をされるか気になります。性愛体験談投稿サービスとして人気の『純猥談』とのコラボレーションであるというところも含めて。
そうですね、ちょっとアダルトな曲ですし…ファンのおじさまたちの反応は確かに気になりますね。10年経ったらいろんなことを知ったんだよっていう感じでもありますよね(笑)。
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――ある意味この『√S』は自分自身の成長の証でもあると思いますが、どうですか?
いや、あんまり成長した感じはないですけど、どうでしょう? 適度にいい感じに薄汚れてきた(笑)? 強くたくましくなったなと思います。言葉選びからアルバムにまつわるいろんなこと…ジャケットやMVに至るまで、あまり媚びずにちゃんと表現したい世界観を、その表現したい世界観のまま出すことができるようになったのは大人になったのかなと思いますね。
――表現したいと思ったものを、ちゃんとその思いを崩さずに形のあるものへ作り込むことができたと。
はい、そう思います。
――形あるものというとタイトルやジャケットなどのアートワークなどは、どんな思いで?
原点回帰がテーマなので、原点回帰・ルーツ・故郷みたいなタイトルにしたかったんですけど、それをちょっとデザイン的にひねった感じにしたいなと思っていたんです。√にSをつけて「ルーツ」って読むんですけど、アートワークに関してもイメージの転換を図りたいというか。28歳ですし、顔をバーンと出して「聴いてね♡」って訴えるより、デザインでちゃんとアーティスト性をつくっていきたくて。それはすごく考えました。草原でニッコリはしない、ワンピースは着ないって伝えて(笑)。デビューした時は10代の女の子だったしそういう感じだったんですけど、そこから脱却したいっていう強い意思はありました。
――そこも10年の変化ですね。
はい。あと、アートワークに関してはプレイリストに入った時に浮かない感じがいいなとも思っていました。おしゃれなバンドと同じプレイリストに並んでも、馴染むというか。そこを目指しました。
10年後も音楽を続けていられたら万々歳
――『√S』を世に放って少し時間が経ちましたけど、心境はどうですか?
おかげさまで届けたい人に届いた感触もあるし、「今回のアルバムが一番好き」って言ってくれる長年のファンの方もいて。そう思ってもらえるアルバムをつくりたいと思っていたので、素直によかったなって思います。
――反響を受けて、完全燃焼できた感じはありますか?
これで完全燃焼したと思っていたんですけど、いいアルバムができたなぁって制作スタッフ3人と小さく打ち上げをしたんです。そしたらあそこをああしたらよかったとか思いの外いろいろ出てきて…。アルバムできてよかったね会ではなくて反省会になった帰り道に、「もう1枚つくりたい」って思いました。今年10周年のアルバムをもう1枚ぐらい出せたらいいですよね。
――もう1枚つくるとしたらどんな作品にしましょう?
フルは難しいからミニアルバムぐらいで、まさにデビューアルバムからつながっている曲から始めるみたいな仕掛けをしたり、最終的に聴き終わる頃には今後が楽しみだなと思ってもらえるような、原点回帰の一歩先にある新しいことに挑戦できるEPをつくりたいです。
――そのEPも楽しみにしたいですね。では最後に10年やってきたからこその、次の10年の展望をお聞きしたいと思います。
10年後、38歳か…その年齢が自分のものになるのが想像できなくて怖いですけど、本音を言えば音楽を続けていられたら万々歳だと思っていて。かっこよく言えば、よくわからないカルチャーお姉さんになっていたいですね。
――カルチャーお姉さん?
「よく知らないけど、ヒット曲の作曲家クレジットに山崎あおいって見るよね」って言われるみたいな。どんな人かよく知られていないけど、コアなファンが一定人数いて、2年に1回ぐらいアルバムを出しているみたいな。派手にレギュラー番組持っているとかじゃないけど、信頼できる歌のお姉さん?
――カルチャーお姉さん(笑)。どちらにせよ、歌い続けてはいきたいと。
そうですね。あとスタジオを持ちたいとずっと思っています。陽の光の当たる、作曲もレコーディングもできるようなスタジオを持って自分の活動もマイペースに続けていきたいです。あと、私自身も思うように活動できない時期があったから辛い時期にスタジオがあればって思っていたんです。だから私と似た状況になった人にも「無料でいいからいい曲書きなよ」って言ってあげられる、たくましいカルチャーお姉さんになりたいですね。
取材・文/桃井麻依子
(2022年2月18日更新)
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