箏の歴史に足跡を残す革新が未来へと続く伝統になる LEOインタビュー
クラシックエンターテインメント界で今注目の若手アーティストがラインナップするコンサートシリーズ「ファイブ・スターズシリーズ in ザ・フェニックスホール」が、2022年1月から3月にかけて5回にわたり開催される。そこで今回は同シリーズのトップバッターを務める現在23歳の筝曲家・LEOにインタビュー。19歳でデビューを果たしたそのプロフィールや、彼をとりこにした箏という楽器と古典音楽の魅力について話を聞いた。
――まずはプロフィールについてお聞きします。LEOさんが箏と出会ったのは9歳の時とお聞きしましたが、当時はどんな少年でしたか?
「もともと僕はシャイな性格で、加えて父がアメリカ人なんですが、幼い頃に両親が離婚していて、ハーフでありながら英語を家でしゃべる機会がなくて。シャイ+英語がうまく話せないということで、学校では自分の思いをすべて伝えられないようなもどかしさがありました」
――そんな頃、通っていたインターナショナルスクールの授業で箏を弾くことになったんですね。
「箏が初めて弾いた楽器だったんです。楽しく弾いていて、学校の催し物では一人で演奏する機会も与えていただいて。そうやって演奏をするうちに言葉じゃない方法でコミュニケーションを取るというか……当時のつたない演奏では感情も大してのせられていないとは思うんですけど、それでも自分の出す音に対して聴く人が静かに耳を傾けてくれるという空間が僕はすごく好きで、演奏するということが肌に合っているなと思ったのが音楽を始めたきっかけです。そのあとは友達とバンドを組んでmaroon5やブルーノ・マーズといった、その頃好きだった音楽もやって、楽器もギター、ベース、ドラム、鍵盤とひと通り弾いたんですけど、最終的に箏という楽器に一番魅力を感じた理由は、ハーフである自分のアイデンティティについて幼いながらも考えるなか、自分の日本的な部分に箏という楽器がはまって心地がよかったということが一つ。あと先ほど話したように、お客様が自分の音を聴いてつながってくれるという感覚ですね。例えばバンドだったら大きな音で盛り上がったり、リアクションも手拍子とかですぐに返ってきたり、そういうつながり方ももちろんいいんですけど、僕はそこじゃなくて。箏ってバイオリンやピアノに比べて音量が小さいですし余韻も短い。そんな楽器の音色に耳を傾け、お客様の方からどんどん音の世界に入っていただいて、自分からも箏で語りかけ、その音のある空間でつながる。意識がつながる……より内なるものが響き合うという感覚かな。言語化しづらいですけど、その箏の内省的な音楽性がより僕に合っていたんです」
――ご自身の性格と箏の音楽性が重なったんですね。
「日本人の性格としても、例えば日本の古典芸術……俳句とかも、すべてを語らないじゃないですか。余白を残して受け取り方はさまざま。その日本人らしさが箏にもあるんですけど、それがいいんじゃないかなと。音の鳴っていない空間が、音自体と同じ重み、同じ比重があるんですよね。無音が音と同じくらい大事という考え方。それは西洋音楽の考え方とはちょっと違うかなと感じていて。古典の箏の奏法では音がない状態や、音がない状態で生まれる偶然的な雑音があるのに対し、西洋音楽……バイオリンもピアノも、ノイズ的な奏法というのは現代までなかなか出てこなかったんです。バッハやモーツアルト、ベートーベンの時代には存在しないんです。でも箏では古典からノイズ的奏法が使われている。音に対する考え方やとらえ方は、日本人と西洋人では全然違うと思います」
――興味深いです。
「ジョン・ケージ(20世紀のアメリカを代表する作曲家)の音のない『4分33秒』という曲もそう(無音が音と同じくらい大事という考え方)ですよね。雑音やそういうものを音楽に取り入れる偶然性や即興性。そういうものを大事にして音楽のとらえ方を変えたのがジョン・ケージだと思うんですけど、その考えに近いものが日本の古典音楽にはあったんじゃないかなって思います」
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――ちなみに、日本の古典音楽はなぜそういう性質に?
「箏も尺八も西洋音楽が日本に伝来してくるまでは、西洋とはまったく違う音楽の発展の仕方だったんです。例えば尺八だと虚無僧(尺八を吹きながら諸国をめぐり托鉢する僧)というのがあって、あれはシャーマン的な意味も強くて自分が自然とつながって瞑想する用途で音楽をとらえているんですね。幼かった僕もそういった精神性を感じ取りましたし、そこに深みを感じたんでしょうし、今も箏を演奏するうえで大事にしていて伝えたい部分です」
――なるほど。では再びプロフィールの話へ。LEOさんはいつ頃から箏のプロ奏者を志していたんですか? デビューは19歳と早いです。
「中学生ぐらいの時にはプロに……と思ったんですが、親に反対されまして。ま、それはそうですよね。音楽で食べていくのが厳しいことは容易に想像できますし。それでまずは東京藝術大学に行くことを許可していただいてって感じですね。ただ実際には入学前にデビューが決まったので、入学しないという道もあったんですが、僕は最初にアメリカ人の先生に箏を教えていただいていて、古典じゃない新しい音楽を弾くことには長けていたんですけど古典をそこまで勉強していなくて。なので一度大学に入って基礎を学んだうえで邦楽の中の人からも認めてもらえるような演奏家として活躍したいなと思って進学を決めました」
――大学在学中に経験した下積みは大変だったとお聞きしました。
「礼儀作法も知らないところから学ばないといけなかったですし、演奏法や演奏中の姿勢……そういったものも全部直したので、縛りつけられたような、自由を失ったような感覚で最初は大変でしたね」
――しかし、そこで学んだ人との接し方や居住まいは、演奏に反映されたとか。これはどういうことでしょうか?
「礼儀作法などを通して師匠や作曲者を敬う気持ちがより深まったんじゃないかなと思います。そのおかげで、曲が何を伝えたいのか?を考え、曲に敬意を持って練習に取り組むことができるようになったと思います。また人との接し方を学んで、相手とつながろうとする気持ちを持つことによって、自分も人間的に成長できたり、アンサンブルやデュオなどでほかの奏者が今何を思っているのか?とか、今こういう音楽をやりたいんだ!とか、そういうことを察知できる能力が高まったり。やっぱり信頼関係は人間性があってのことだと思うので、まだ全然だと思うんですが、でも(反映されたのは)そういう部分じゃないですかね」
――そんな大学時代やメジャーデビューを経て、現在は古典だけではなくクラシックとの融合や新曲披露など革新的な活動を展開されていますね。
「ずっと箏という楽器を広めたいなと思っているんですが、そのためには何が必要か?といったら、やっぱり箏を聴いたことのない人の耳に届けることですし、今まであった曲、今まで誰かがやっていたことをしていては、大きな変化は期待できない……ということで、これまであまり挑戦されなかったバッハをはじめとした西洋の作曲家による、箏のために書かれてない楽曲で、クラシックファンの人に聴いていただくきっかけを作ったり、今度の『ファイブ・スターズシリーズ in ザ・フェニックスホール』でも演奏を予定している、藤倉大さんや冷水乃栄流さんに委嘱して書いていただいた曲で、自分のレパートリーを広げたりして、箏の可能性を拡大する新しい活動に力を入れています。そして、そもそも邦楽ファンは人口が少ないので、レッスン(箏の先生)をしながらだったら別ですけど、箏の演奏家だけで食べていける人はほんのひと握りどころか、片手で数えるほどしかいないんです。そういう面でも何か新しいことをする必要がありますよね」
――今話に出ましたが、来年1月16日(日)に「ファイブ・スターズシリーズ in ザ・フェニックスホール」に出演。古典から新作まで、さまざまな時代の曲を披露される予定ですね。
「時代もそうですし、いろいろな国で生まれた曲を……。さらに巨匠である吉松(隆)先生のほか、藤倉大さんや僕と同い年の冷水乃栄流さんと、作曲家もさまざまです。またひと口にクラシックの曲といっても、グルーヴィーなもの、ピアノの美しいハーモニーのようなもの、古典の脈絡のものなど幅広い曲を取り入れ、しかも普通はこれらを前半は日本、後半は西洋とか、時代順に並べてとか、そういう風にやると思うんですけど、今回はちょっとごちゃ混ぜになるようにプログラムを組んでいます。それから使う楽器もスタンダートな13弦から、低音の17弦、さらに音域を広げた25弦というものも……」
――25弦! 大きい。
「そうなんですよ。(手が)届かないので斜めにして弾くんです(笑)。なので、箏といっても、楽器によって音色も違いますし幅があります。そんななかで僕が一貫して伝えたいメッセージは、日本にしかない音楽表現。クラシックには出てこない表現方法ですよね。そういうものを大事にしてそれぞれのシーンに沿いながら、いろんなストーリーが見える公演になるんじゃないかなと思います」
――ゲストには尺八の黒田鈴尊さんが登場します。
「よく共演しています。息ぴったりかもしれないですね。2人の公演だと即興みたいなこともやりつつ僕がクラシックの曲をアレンジしてみたりと、なかなか新しい音楽をやってるんですよ」
――2人の共演も見どころですね。ちなみに「ファイブ・スターズシリーズ in ザ・フェニックスホール」は来年1月16日(日)に行われるLEOさんの公演を皮切りに、1月30日(日)に細川千尋さん&ロー磨秀さん、2月5日(土)に長富彩さん、2月6日(日)に山中惇史さんと高橋優介さんのデュオ、アン・セット・シス(以上3公演はピアノ)、3月21日(月・祝)に猪居亜美さん(ギター)の公演が開催されます。
「ピアノの方は一緒にやったことがある方が多いですね。猪居さんにもお会いしたことがあります。こう見てみると、みんな音楽家としてのジャンルは違うんですけど、でもみんなオープン。新しいことに臆さないですし、生み出していくタイプ。守りじゃなくて攻めのタイプの演奏家じゃないかな。それが共通していると思います。5公演を通して攻め続ける感じですね(笑)」
――楽しみです(笑)。では最後にLEOさんの今後の目標を教えてください。
「これはすぐにというより、死ぬまでに残したいものですけど、伝統はすべて革新だという師匠の言葉がありまして。それはどういう意味かというと、バッハも八橋検校(近代筝曲の開祖と言われる江戸時代の音楽家)も、当時は誰もやっていなかった新しいことをしているんですね。八橋検校は日本独特の音階を作った人なんですが、音階を作るというのは普通、何だこれは?ってなるようなことで、それだけ新しいことをやっても今では一番古い古典として残っている。そういう古典はいろんな演奏家や作曲家の力によって今日まで続いているんですよね。なので、僕の演奏家としての活動も古典として財産として残るような芸術に……(したい)。たぶん僕が死ぬ頃には、演奏は音源や映像ですばらしい状態で残るようになっていると思うので、そういったものとしてもずっと残っていくような演奏をしたいですね。また、自分が委嘱した曲や自分で書いた曲も、僕が死んだあとも古典として語り継がれるように残していきたいです。長い間、先人たちが積み上げてきた箏の歴史の上に自分の活動も積み重ねられるように古典を作っていきたいなと思っております」
Text by 服田昌子
(2021年12月 8日更新)
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