「曲作りがとにかく好き。1枚の中でどれだけいろんな バリエーションの曲を聴いてもらえるか意識しています」 平日の1日をテーマに綴られる、それぞれの視点 メジャー1stフルアルバム『On weekdays』the engyインタビュー
山路洸至(Vo.&Gt.&Prog.)、濱田周作(Ba.)、境井祐人(Dr.)、藤田恭輔(E.Gt.&Cho.&Key.)からなる、京都発の4人組ロックバンド・the engyが、メジャーデビュー後初のフルアルバム『On weekdays』を7月7日にリリースした。ソウル、ヒップホップ、ダンスミュージック、エレクトロニックなどあらゆるジャンルを横断した、緻密に構築されたロックサウンドと、スモーキーかつブルージーな歌声が魅力の彼ら。2017年5月に1st EP『the engy』をリリース以降、ミュージックラバーたちからじわじわと人気を獲得。2019年10月にはメジャーデビューを果たした。コロナ禍の2020年もタイアップ曲を続々と配信リリース。『Driver』はドラマ『LINEの答えあわせ~男と女の勘違い~』の主題歌に、『Hold us together』は三菱地所の企業広告「ラグビー日本代表」ONE TEAM篇 CMソングに起用された。満を持してリリースした1stフルアルバム『On weekdays』は、配信シングルを含む全15曲という大作。2人の登場人物の視点で時系列に楽曲と物語が綴られている。耳をすませて聴くのも良し、ただ身体を揺らして歌に酔いしれるのも良し。音楽の奥深さ、楽しみ方を教えてくれる大ボリュームの1枚だ。また、歌詞カードには、山路が書き下ろした詩が掲載されていて、よりthe engyの世界観を感じることができるので、ぜひサブスクではなくCDを手に取ってほしい。今作は一体どのように作られたのか。ボーカルの山路に話を聞いた。
メジャーデビューで、ミュージシャンとしての意識が生まれた
――2019年のメジャーデビューから2年経ちましたが、ご自分の中で変化したり気づいたことはありました?
「“ミュージシャンだ”ということを、より意識して行動するようになりましたね。塾でバイトもしてるので、自分がプロミュージシャンだということを忘れちゃうと、忘れたまま生活できちゃうんですよね。なので、“プロです”ってちゃんと言えるように意識して生活しています」
――たとえば、どういうことですか?
「塾の生徒にはミュージシャンだとバレてるので、“歌ってください”と言われたら、“ごめん、ちょっとプロやから”って断ったり」
――事務所通してくれと(笑)。
「そうです(笑)。あと、制作の時や妥協しそうな時、機材を買うか買わへんかどうするって時に、“ここはプロとして引いたらアカンやろ”とか、“しんどいからやりませんでしたという言い訳はプロではないな”と、意識するようになりましたね」
――なるほど、プロミュージシャンとしての選択をするようになった。2020年はパンデミックに入った年でした。the engyにとってはどんな1年でしたか?
「自粛でライブが飛んだ中でも、ありがたいことにCMタイアップ曲のお仕事をさせていただいていたんですけど、やっぱり本チャンの活動ができていないもどかしさはありました」
――やはりライブ活動は重要度が高い?
「そうですね。ライブは自分たちの音楽を喜んでくれる人と1番身近に触れ合える場所なので。インスタライブもやらせてもらってたんですけど、リアルのライブがないと活動してる実感が湧いてこなかったですね」
――タイアップ曲の『Driver』(M-6)と『Hold us together』の制作はどんな経験でしたか?
「僕は曲作りがとにかく好きなんですね。タイアップはお題をいただくので、作る予定じゃなかった曲を作れるわけで。そこに自分が今やりたいことや、興味のあることをいかに取り入れるか、どうやったら上手くいくかを考えながら作るのが楽しかったです」
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――コロナ禍で制作していたんですか?
「『Driver』を作り始めたのは、2019年9月でした。その時はコロナではなかったので、メンバーと一緒にスタジオで録れたんですけど、『Hold us together』は完全に自粛期間だったので、 僕が全部弾くしかなくて」
――スタジオに入れないから。
「スタジオに入っていいのかわからない時期だったんです。会うのがダメで、何がOKで何がダメなのかもわからなくて。録音設備が僕の家にしかなくてリモートは無理だったので、僕が録音したものをメンバーに聴いてもらって、出た意見を元に作りました」
――YouTubeチャンネルで作ってらっしゃったのは、自分たちのスタジオですか?
「そうです。ようやく集まれるようになったので、もともと僕のおばあちゃんが住んでた家に機材を詰め込みました」
――コロナ禍、メンバーの皆さんはどんな感じで過ごしてらっしゃったんですか?
「どうなんですかね、やきもきしてたんじゃないですかね~」
――あんまりそういう話はしなかった?
「なかったですね。たまに会うとアホみたいな話をしてましたね(笑)」
生活音をサンプリングして、ビートを作り上げる
――1stフルアルバム『On weekdays』発売おめでとうございます。全15曲、曲数が多いですよね。
「ボリュームありますよね。そもそも僕ら、曲数が多いんですよ。EPでも4~5曲、ミニアルバムでも7~8曲入っているので、フルアルバムやったら15曲はいかなアカンやろと。だから12曲+インタールード3曲は目標にしようと決めたんです」
――曲作りが好きだからできる曲数ですよね。
「全部アルバムのために作った曲で、作りながらどんどん入れ替わっていったので、たくさん曲を書きました」
――YouTubeチャンネルで、今作は“2人の登場人物の視点で語られ、時系列で進む構成だ”と話しておられたのを聞いて、ストンと腑に落ちました。その構成は最初から決めておられたんですか?
「構成は徐々に出来てきました。今作のコンセプトが“1日の時間の流れ”で、それ自体は、アルバムの中で1番最初に完成した『Driver』を作り始めた時にはすでに考えていました。そのあと、“この曲は何時ぐらいかな?”と、1曲ずつに時間を割り当てて書いていきました」
――登場人物が2人になったのはどのタイミングですか?
「『Sleeping on the bedroom floor』(M-9)を書いた時です。『Driver』の主観の人は、“今日こそ相手にちゃんと気持ちを伝えてほしい”と思ってる。同時に “どうせ無理なんやろうな”と諦めてしまっている。結局無理で喧嘩して、相手が出ていってしまう。『Sleeping on the bedroom floor』は『Driver』の続きで生まれた曲なんですよ。そこで、これは登場人物が2人要るなと。つまり、1人が『Driver』と『Sleeping on the bedroom floor』の主人公、もう1人が『Words on the paper』(M-10)の主人公です」
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――曲を聴くに、1曲目と2曲目、4曲目と5曲目というように、インタールードを挟んだ次の2曲が対になっているんでしょうか。
「そうです。その2曲ずつぐらいで大体セットになっています」
――時系列でストーリーを追うと、朝を迎え、『Never know』(M-4)、『Funny ghost』(M-5)で2人がすれ違う。『Driver』や『Thinking about you』はお互い愛情があるフェーズで、『Interlude2』が起床転結の“転”となり、不穏な雰囲気の『Sleeping on the bedroom floor』と 『Words on the paper』を経て、最後はハッピーエンド、であってますかね(笑)。
「あってます、あってます。まさにその感じ」
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――よかった(笑)。インタールードが良い味を出していますが、発想はどこから?
「インタールードは自分の中でストーリーが完全に出来上がってから作ったものです。『Interlude1』は2人で一緒にいるところ。平日がテーマで、1人が仕事に行っちゃうんですね。慌ただしくご飯の準備をするシーンなので、僕の妻に料理をしてもらって。良い音で録りたかったので、木のまな板やヘラといった、良い音が出そうな調理道具を買いに行きました。お皿がガチャガチャいう音や、鍋をカーンと鳴らす音も入れています。『Interlude1』は、最後はフワーッと終わっていくんですよね。僕の中では眠くなって昼寝に向かうイメージです」
――今作は随所に生活音が入っていますよね。冒頭にはガスの点火音も。
「あれはね、ずっとやってみたかったんです」
――ちゃんとビートに聴こえますね。
「たとえば(手元のペンを持って)このペンを触ると、“カタカタッ”て鳴るじゃないですか。でも機材で休符を入れて音を区切ってみると、“カタ、カタッ”ってビートになっていく。それがおもしろくて」
――へー! それは曲作りを始めた時から使っていたテクニックなんですか?
「いや、当時はそんな知識なかったですね。1st EP『Hold us together』に『Fade』という曲があるんですけど、一昨年WWWでやったワンマンライブ(2019年11月25日 ONEMAN LIVE『Talking about a Talk』)の音声だけを使って作ったんですよ」
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――新しい試みですね。
「その時にサンプリングを勉強しだして。フレーズだけじゃなく、咳払いや笑い声も組み合わせるとビートになるんだというノウハウがあったので、今作はそれを使ってます」
――すごい。
「『Interlude2』だと、ハイハットの代わりにお米を洗う水を使っていて。“ご飯の用意をしてせっかく待ってたのに、何なんその態度”、みたいに喧嘩に発展していくところなので、料理の音が入る方が世界観としてはいいのかなと」
――細かく計算されてるんですね。
「自粛期間が長かったので、そんなことを考えるしかなくて(笑)。めちゃくちゃ楽しかったです」
――『Thinking about you』(M-7)のイントロは水じゃない何かが焼けるような音がして。
「妻の炒め物ですかね。あと娘の鼻息と手洗いの音が重なっています。最初は水と炒め物の音が流れてて、曲に入るとビートに変わって、曲が終わったらなくなる。気づかないように小技を入れてますね」
――そういうアイデアはどこからくるものですか?
「ちょっと前からDJやプロデューサーがガンガン前に出てくる動きがあったと思うんです。たとえばDJのゼッドが新曲を出したら、みんなボーカルじゃなくゼッドに注目するみたいな。その中で楽器以外の音や話し声がサンプリングされているのを聴いて、自分でも出来ないかなと思っていました」
――やってみていかがでしたか?
「楽しかったし、上手くいった部分と、もっといけたなって部分、いろいろですね。でもここからどんどんやっていけそうだなという感じはしましたね」
ストーリーとサウンドをマッチさせる制作方法
――今作で少し色が違うと感じたのが『Crack』(M-11)です。
「酔っ払いすぎて支離滅裂になりながら当たり散らしてる曲ですね。この曲はもともとベースのフレーズだけ先にあったんです。で、アルバムの展開を考えていく中で、荒くてドープな曲もやりたいなってことで、どこに入れたらいいかなと話し合いました」
――歌詞も結構刺激的ですよね。全体のストーリーに曲をはめていったんですか?
「コンセプトが固まりだしてからは、“この曲はここにしか入らんな”みたいな感じの感覚があって。“『Crack』はだいぶ怒ってる。怒ってるってことはどこに入る?ここに入るってことはどんな音や?”みたいに、行きつ戻りつしながら作りました。生まれた曲から次のストーリーを作るケースももちろんありました」
――制作の中で印象に残っている曲はありますか?
「エンジニアさんに怒られるかもしれないんですけど、『朝になれば』(M-15)は、駐車場に停めた車の中で、1人で携帯のマイクを使って録ったんですよ」
――へえ!
「ちょうど娘が生まれる前で、忙しすぎてどうしても歌う時間が取れなくて。結構思い入れがありますね」
――しかも全部日本語詞で、ラップですね。
「もともと2~3年前ぐらいに原型があって、今回のアルバムにぴったりやねということで入れてみたんです。意外と車の中も良かったなと思ったのが、携帯のマイクは声を届けることを集中してやるマイクなので、すごく近くで声が聴こえるんです。距離が近く感じられるので、曲のイメージにもマッチしたかなと。あと実は最後に車の鍵を抜く音を録ったんですけど、アルバムでは家の鍵を開ける感じで使っていて。その場でアドリブでアイデアが出てきて、ちょっと面白かったです」
――一発録りですか?
「いや、1時間で何回か録りました。ただ、携帯だと部分の録り直しがめっちゃ難しいんですよ。そういう意味では神経を使いました」
――『Lay me down』(M-14)も壮大な楽曲です。
「これは酔っ払いがやっと帰ってきた歌です。お酒を飲まれる方はわかっていただけると思うんですけど、家に帰るだけなのに、すごい試練を与えられてる気分になる時があるんですよね(笑)」
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――(笑)。
「始発に乗って目覚めたら見たことない駅にいて、また乗ったら反対側の見たことない駅にいて、ベロベロになって家に帰るみたいな。最初はダダダダッという音から始まるんですけど、徐々にゆっくりになって、そこからスケールが広がっていく。走って帰ってたけど、ヘロヘロでたどり着けずにゆっくりになる描写をイメージしています」
――実体験も入ってるんですか?
「あまり実体験の曲はないんですけど、これに関してはありましたね」
――いつも曲や歌詞を書く時は、どこから着想を得ますか?
「音が先なので、適当に歌いながらメロにハマりそうな言葉を探していくんです。結構どの曲もフロウがきいてると思うんですけど、それはフロウ優先で、どういう物語になってるか観察しながら作っているから。自分では言葉を拾ってるだけなんですけど、ストーリーになっているので、言葉って面白いですよね」
――一部、曲の中で日本語詞と英語詞が交ざる曲もありますが、意図があるんですか?
「それこそメジャーになってからの意識なのかもしれないですけど、せっかく多くの人に聴いてもらっているので、何の歌を歌ってるかわかってもらいたいなと。僕は洋楽が好きでずっと聴いてたんですけど、英語が喋れるわけじゃないんです」
――え! そうなんですか!?
「英語は音楽をやるために勉強しただけなので。日常会話はある程度わかるんですけど、ラップは何を言ってるかわからないんです。逆に全部言ってることがわかってたら、ファンになってたかな?みたいなアーティストも結構いて」
――ちょっとわかるかも。
「でもタイトルの意味ぐらいはわかるじゃないですか。そこから想像して楽しめた部分もあるなと。僕は日本人で日本語しか喋れないけど、洋楽や英語の曲を聴く楽しみもある。だから説明しすぎないことをテーマにしつつ、一部だけ日本語にしたりしています」
――『Sleeping on the bedroom floor』は、冒頭の日本語詞で物語性が生まれるし、曲の存在感もすごく感じました。
「音ではめていくからですね。言葉遊びの中でストーリーが出来てきた感覚です」
――普段、本を読んだりされます?
「本はちっちゃい時に読み過ぎたんですよ。小学生の時、1日1冊ぐらい読んでて、図書館の好きなジャンルの本は全部読んじゃった。だからしばらく本から離れてしまって、中高大はほとんど読んでなかったんです。それでも文字は気になって。僕、中原中也がすごく好きなんです。知ってる言葉と知ってる言葉なのに、使い方ひとつで情景が全然違うように見える。その見せ方が大好きで、今作にも活きてる感じがしますね」
――歌詞カードの詩も、山路さんが書かれたんですか?
「書いては直ししながら(笑)。もともと日本語の詩や物語を書いてたんですよ。それがやっと最近歌の中にも入れられるようになってきました」
――今作は曲の幅もすごく広いですね。バラードあり、ダンスミュージックあり、弾き語りから始まる曲もあり。
「どうしても1枚のアルバムに同じ方法で作った曲をいっぱい入れる気になれなくて。1枚の中でどれだけいろんなバリエーションを聴いてもらえるかは、意識してますね」
――今作が完成した時の気持ちは?
「1年半かかったので、“終わったー”というのと、“もっとやりたいな”が同時にきました。今回は、僕の頭の中で鳴ってる音を素直に出して、世界観を表現することに振り切った制作で、それに関してはイメージ通りに仕上がりました」
――次に作りたいものはありますか?
「次は別のところから刺激をもらって作りたいです」
――他のアーティストさんをゲストに呼んでみたり?
「そうですね。あとは今まで観ていなかったジャンルの映画を観たり、これまでの意識外の部分から刺激をもらって作ってみたいです」
――映画の世界観や音楽、登場人物に刺激を受けて?
「楽曲は実体験じゃないと言いましたけど、映画を観るたび、自分の中と照らし合わせていると思うんですよね。いろんな刺激を自分に照らしたら、何が出てくるかなって」
――今作、改めてどんな1枚になったと思いますか?
「サウンド面に関しては、今まで手探りでやっていたものが、やっとここから積み上げていけるスタート地点に立った感じがします。そんな1枚をフルアルバムで作れたことが嬉しいですね。CDを作らせてもらえるのが本当にありがたい時代なので、機会を与えてもらって、名刺代わりの1枚が出来てすごく嬉しいです。曲を掘り下げたい人はどんどん掘り下げて、ただ音楽を楽しみたい人は、好きな曲を好きなだけ聴いていただきたいです」
Text by ERI KUBOTA
(2021年8月17日更新)
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