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柳井"871"貢インタビュー
【第9回】メジャーデビューって本当にすごいの?③

柳井“871”貢(やないみつぎ)。株式会社ヒップランドミュージックコーポレーションの執行役員及びMASH A&Rの副社長として、「THE ORAL CIGARETTES」など全6組のマネジメントを担当する傍ら、近年は独自に「#871ンスタライブ」「#871さんに質問」など、SNS/noteを中心に主に音楽業界を志望する若者に向けて継続的に発信を続けている。

そんな彼が、自身の仕事やひいては生きる上でのキーワードに掲げる”No Border”とは?境界にこだわらず働き、壁を作らず人と関わり、越境して生きていく、そんな871流「NoBorder的思考」を紐解いていく。

――そもそも事務所は何をメリットと考えてメジャーレーベルとの契約をするんですか?
 
871:CDを作って売ったり、音楽を配信したりということは、今やプロダクションでもできるんです。何だったら、アーティスト主導でもできてしまう。その状態を仮に「インディーズ」と呼ぶとしましょう。プロダクションやアーティストができることをさらにメジャーレーベルとパートナーシップを組んでビジネス展開していく、それを「メジャーデビュー」と捉えると、そこで発生するメリットはシンプルに活動規模の拡大ですね。宣伝する人を増やす、宣伝する分野や方法を広げる、あるいは音源制作のノウハウがそれほどないプロダクションであれば、制作が得意なメジャーレーベルと組んで良いものを作るという拡大の仕方もありますよね。レーベルもそれぞれ特性がありますから、ただ大きい会社というだけではなく、そうした特性を見極めた上で、自社(プロダクション)のメリットが最大化されるのはどこと組んだ場合か?ということを考えなければいけない。
 
――またまた素人目線の質問になるんですけど、よく音楽サイトやエンタメサイトで、「レーベル移籍」というニュースが話題になることがあると思うんですけど、ぶっちゃけそれってそんなにニュースバリューあるのかな?って思ってしまうんですよね。リスナーやファンからすれば、そのアーティストなりバンドなりが作ってきた音楽、これから作られる音楽がどこのレーベルから出てようがそこはそんなに気にしないというか。ちゃんと届けてくれさえすればいいというか。レーベル移籍ってそんなにすごいことなんですか?
 
871:ああ~、なるほど。たしかにリスナーやファンの方からすれば好きなアーティストの作品がどこから出てようが、あんまり気にすることではないですよね。例えばソニーのものしか買わない!なんて人はまずいないでしょうから(笑)。まあ、アーティストやプロダクション、レコード会社からすれば当然ながら大きな出来事ではあるので、そこと世間との体感差のギャップは間違いなくありますね。そこも承知の上で、どうして移籍の話題がニュースとしてメディアから発信されるかというと、つい最近まであったシキタリみたいなものが今も残っている結果、ということだと思います。2000年くらいまで、プロダクションやレーベルは宣伝をするためにはメディアを介して情報を流通させるしか方法はありませんでした。インターネットやSNSが今日ほど発達していなかったので。だからメディアが喜んで取り上げそうな、いわゆる「ネタ」を提供して、テレビやラジオ、雑誌の枠を取る必要があったんですよね。で、アーティストサイドからすると、移籍一発目のシングルというのは失敗したくないじゃないですか(笑)。だから移籍という一般的には話題性の高い言葉とセットでリリース情報を提供することでニュースとして取り上げてもらっていた。それがいつしか当たり前の方法論となっていくうちに、今や情報発信は誰でもできる時代になりましたが、そのシキタリがレコード会社とメディアの間においてかろうじて残っている、というのが真相だと思いますね。
 
――なるほど。
 
871:メディアとの関係性というのは、今よりもかつてはもっと特殊で限られたルートが必要でしたから、だからそことの強力なパイプを持っているメジャーレーベルとの契約は必須であった、ということも言えるでしょうね。そうした仕組みにあって「メジャーデビュー」というのは、やはりすごいことだった。ようやく世の中に出て行ける、というくらいのインパクトがあった。ところが――繰り返しになりますが――今や誰でも発信ができますし、話題になればむしろメディアの方からこちらのドアをノックしてくれることも起こりやすくなった。音楽ビジネスとメディアの関係性の変遷というところから眺めてみれば、「メジャーデビュー」の持つ意味というのは理解しやすいかもしれませんね。それで言うと、今実際の現場で起きていることのひとつに、こんなことがあるんですよ。アーティスト個人のSNSアカウントが仕事の窓口になる場合があって、そこから入ってきた仕事をこちら(マネジメント)で預かって判断していくということがあります。これなんかはまさにメディアとの関係に一昔前の常識を当てはめていては通用しなくなっている例ですよね。……いや~、それにしても――。
 
――どうしました?
 
871:これほど直球の質問がくるとは。ちょっとあたふたしました(笑)。
 
――あ、そうですよね(笑)。なかなか答えづらい部分もありますよね。
 
871:でも、おかげさまでというか、普段自分も当たり前だと思っていたことを改めて考えるいい機会になりますね。例えばスマホってなんでこの形なんだっけ?ってもはや考えないと思うんですけど、きっと考えてみる価値はあるだろうし、そこから新しい発想やヒントが生まれてくるかもしれないし。まず「当たり前」を疑ってみること。そうするとその物事の背景を調べますから。そこで得られる知見というのは必ずありますよね。で、疑ってみた結果、歴史的にトライアンドエラーを繰り返して今の形になっているということを知れば、より愛着がわくかもしれないし。あるいは、さらなる疑問に繋がっていくかもしれない。
 
――それこそが「No Border的思考のススメ」ということですね。では、今回はありがとうございました。
 
871:ありがとうございました!

Text by 谷岡正浩



(2021年8月13日更新)


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Profile

871 - 柳井貢(やないみつぎ)

1981年生まれ 大阪・堺市出身。
HIP LAND MUSIC CORPORATIONの執行役員及びMASH A&Rの副社長として、bonobos(蔡忠浩ソロ含む)、DENIMS、THE ORAL CIGARETTES、LAMP IN TERREN、Saucy Dog、ユレニワなどのマネジメントを主に担当。

これまで「Love sofa」、「下北沢 SOUND CRUISING」など数多くのイベント制作に携わる傍、音楽を起点に市民の移住定住促進を図るプロジェクト「MUSICIAN IN RESIDENCE 豊岡」への参加や、リアルタイムでのライブ配信の枠組み「#オンラインライブハウス_仮」の立ち上げに加え、貴重な演奏と楽曲をアーカイブし未来に贈るチャンネル&レーベル「LIFE OF MUSIC」としての取り組みなども行っている。

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~ミュージシャンマネジメント871の場合~」