1曲目の『ねずみ浄土』からその未体験の衝撃と感動に言葉を失うGRAPEVINEの最新アルバム『新しい果実』は、デビューから24年もの歳月を音楽に捧げながらもいまだに更新され続ける底なしのクリエイティブに、ロックバンドの理想形であり続ける揺るぎなきスタンスに、絶えることなき音楽的探究心と時代を投影した示唆に富んだメッセージに、このバンドの代わりなどどこにもいないと改めて思い知る孤高の1枚だ。現代社会で常態化する歪みや違和感が、ニューノーマルというお手軽なホットワードで丸め込まれそうな昨今。コロナ禍であぶり出された現実から目をそらさず、旧約聖書や文学作品からの巧みな引用=生きるヒントのような至言とユーモアを、ため息が出るほど美しいメロディと変幻自在のオルタナティブサウンドに乗せ、シーンにおもねることなく活動し続けるGRAPEVINEの田中和将(vo&g)と亀井亨(ds)が、リリースツアーの渦中に円熟という名の進化をやめない現在を語るインタビュー。人生に答えではなく問いかけをくれる音楽を。毎回恐るべきクオリティの作品を世に問い続ける妥協なきバンドが、またもとんでもないアルバムを生み出した――!
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田中 「この曲は自分らとしても手応えを感じているし、そう言っていただけるのは非常にうれしいですね。僕はブラックミュージックが好きでよく聴いてて、そういう音楽から触発されてデモを作るわけですけど、この曲の料理法に関してはバンドでやれるかどうかもそもそも分からなかった。“今までにやってない感じの曲を持っていったら面白くなるかな?”という気持ちで常に作っていますが、それが結果的に新境地になるのか、割といつもみたいな感じになるのかは(笑)、やってみないと分からないんですよね」
亀井 「デモの時点でオシャレでカッコよかったんですけど、リハに入ってロックバンドとして演奏したらこうなった、みたいな感じでした。オシャレになり切らなかったけど、それがこのバンドの、この曲の良さじゃないかな」
――バンドフォーマットで演奏して、この形に着地したことに驚きと喜びを感じました。
田中 「そこが結果、僕らの手応えにもなるんですよね。基本的にバンドの考え方自体がオルタナティブやと思うんですよ。だから、参考にしたものに寄せていこうというよりは、そこから離れようみたいな考え方で、わちゃわちゃやる(笑)。この曲はそれがうまくいった例ですね」
――しかもこれって、若いバンドじゃ出せないグルーヴというか、こんなに待てないと思うんですよね。
田中 「この隙間はドキドキしますもんね」
――この曲は言わばスローセックスですよ (笑) 。若かったらもうイッちゃいますね、 ここまで待てない 。
田中 「うまいこと言いましたねそれ(笑)。なるほど、確かに」
――この後ノリのテンポ感はすごいなと思ったし、この曲のドラムの音色はどうやって作ってるんですか?
亀井 「これはリムショットなんですけど、スネアのリム(=ふち)をクラップっぽいイメージで叩いてますね。ドラムテックの方に入ってもらってちょっと今風にというか、ヒップホップ/ブラックミュージックっぽい感じのチューニングはしてもらいましたけど、特に何か(エフェクト)を施したわけではないんですよね」
田中 「結構生々しいもんね、これ」
――今って大人のカッコ悪いところばかり目につく世の中ですけど、この曲はバインが音楽で大人ってカッコいいんだぞと証明してくれた感じすらしましたよ。正直、アルバムは良いに決まってると確信してたんですけど、同時に、驚きよりは“さすがだな〜”みたいに納得する感じかなと思ってたのが、ちゃんと衝撃を受けたのがうれしい誤算で。
田中 「それはうれしいですね。特別斬新なものを目指してはいないですけど、何かしらの新鮮さと言いますか…そうじゃないと結局、自分たちが飽きてしまうんで。アレンジであったり音色であったり、ホンマにちょっとしたことで良いんで、できるだけ挑戦し続けたいなとは思ってますね」
――バイン結成時のメンバー募集には、“ちょっと黒い音を入れつつオリジナルロックをやりたい”みたいなことが書かれてたらしいですけど、“まさにそれやん!”と思いましたもん。
田中 「当時の言い出しっぺで脱退してしまった西原(誠・b)がいわゆるソウルとかにハマってたんですけど、実際にオリジナル曲を作り始めてみると、全然黒くならないわけですよ(笑)。僕なんかもブラックミュージックが昔から大好きで、最新の曲もずっと聴いてるわけですけど、いかんせん作る曲も別に黒くないし、歌い回しが黒いわけでもないんで、逆にそれが勘違いとしてうまく作用すればいいなって。いわゆる和製ソウルみたいなことじゃなくて、もっと別のものに。そういう意味でも、オルタナティブミュージックになれば良いなと思ってます」
――まさにですね。ブラックミュージックのテイストはあっても全然乗っ取られてない。
田中 「そこはさすがに20年以上やってるバンドなんかなっていう感じはしますよね」
――今作における歌へのアプローチも素晴らしいですが、この近年で考え方は変わったりしました?
田中 「曲によりけりですけど、徐々に変わってきていますね。ボーカリストとしての自覚は長年かけて出てきてはいるんですけど、一方でトライアルな感じもありますね。新しい曲を作って歌を歌うのは、既存曲であったり他人の曲を歌うのとはやっぱり全然違うんで。まずどんなふうに歌って良いのかが分かってないですからね。レコーディングでもそれを探すために3~4テイク使いますから」
やっぱりライブって一本一本非常に価値のあるものなんだなって
――コロナ禍のレコーディングでしたけど今回もいつも通りのやり方で、リモートではなくスタジオに入って。
亀井 「そうですね。大半のデモは去年の頭には集まってたんで」
田中 「ただ、歌詞はみんなで演奏しながらイメージしていくので、当然コロナ禍を通過してるんですけど。本当はもうちょっと早くレコーディングを始める予定が、ああいう状況下で半年ぐらい後ろに倒れたんですよ。制作期間もやり方もいつも通りなんですけど、今回は早い段階からセルフプロデュースでやろうという話をしていて、“より集中したいつも通り”という感じになりました」
亀井 「今回は前の年からもう半年ぐらいバンドで演奏してない時期があって、やっとスタジオに入れてみんなで演奏したときは、バンドって楽しいなと改めて思いましたね。そのままプリプロとかレコーディング作業に入っていけたんで、それは(コロナ禍で)唯一良かったことかなと」
田中 「あとはライブもね、去年の11月にホールツアーで3本、この間の4月にも東京・日比谷野外大音楽堂でギリギリやれたんですけど、やっぱりライブって一本一本非常に価値のあるものなんだなって。今までも別にないがしろにしてたわけではないんですけど、それをより強く感じましたね」
――見に行く立場としても、“今度生で見られるのはいつだろう?”みたいに、次のライブが約束されてない生活は今まではあまりなかったですからね。
田中 「“巣ごもり需要”なんて今の世の中では言われてて、サブスクなんかもどんどん発達して、家で映画も見放題なわけじゃないですか。そういうものは大いに利用すれば良いと思うんですけど、その一方で、“生の良さ”みたいなものをちょっとでも感じてもらえたらなとは思いました」
――例えば、『阿』(M-6)なんかは歌が始まるまでに1分以上かかるので、離脱を恐れるサブスクだとアウトな曲じゃないですか? でも、スタジオセッションだからこそ、このエグいグルーヴが生まれたと思うし、若いアーティストにはそういうサブスク戦略まで考えて曲を書く人もいますけど、それとは別次元の話だなと。
田中 「その辺はやっぱり古いタイプのロックバンドなんだなって思います」
亀井 「実際、“最近の曲はイントロがないらしいで”みたいな話にもなったんですよ。ま、『ねずみ浄土』とかはホンマに歌から始まりますけど(笑)」
田中 「別に狙ったわけじゃないですよ?(笑) 曲によってそうなっただけの話で、こっちはそんなの知ったこっちゃないので。イントロが欲しい曲は欲しいし、なくていいやつはなくていいし、あくまでアレンジ上の話なんで」
亀井 「だからそういう曲もあり、6分以上ある曲もあり。要はそんなに考えてないっていう(笑)」
――『ねずみ浄土』はいきなり始まるからこそパンチがあるし、『阿』はイントロのベースリフが延々と続くからこそアガるし、それぞれにちゃんと理由があって。今作では田中さん作曲の割合がいつもより多いのは自ずと?
田中 「一昨年(=’19年)は10月ぐらいに年内最後のライブが終わったんで、仕事納めがちょっと早かったんですよ。年末年始のイベントにも出る予定がなかったし、その期間にそれぞれデモを作りためておこうね、みたいな感じだったわけです。なので、しっかり家で作ってたんですよね。そこから集まれない期間がどんどん延びていったので、その間にもちょいちょい書き足したりしてましたけど」
――今回はそれがうまく作用したというか、亀井さんが書く曲はやっぱり、“これぞバイン!”という美学にも似たグッドメロディが聴いてて安心するし、そうあって欲しいところで。
亀井 「あぁ〜はいはい、分かります」
――その一方、田中さんの曲はちょっとそこから逸脱するというか、前作『ALL THE LIGHT』(’19)のプロデューサーのホッピー神山さんが、 “もっと一曲一曲の個性が立っても大丈夫じゃない?”と示唆してくれたことが、今回の『新しい果実』では見事に昇華されてますね。
田中 「ちゃんと先生の教えを血肉化できたのかもしれないです(笑)。あと、今回はセルフプロデュース+いつもやってもらってるエンジニアの宮島(哲博)さんも含めて、“GRAPEVINEチーム再び!”みたいな感じが濃密にあったので、録り音なんかもみんなでいろいろと考えて、特にドラムの音はどれも非常にカッコよく録れたんじゃないかな。やっぱりリズムが良いとアガるというか、曲が転がりますよね」
亀井 「宮島さんにはプリプロの段階から参加してもらったので曲に対しての理解度が高いというか、その曲がどういう曲なのかを一緒に考えながら作業が進んだんで、ちゃんと良い音で録ってもらえたのはありますね。あとはさっき話に出たように、ドラムテックの方に何曲か入ってもらったのも大きかったと思います」
――20年以上バンドをやってきて、まだ変われるし、まだ進むんですね。
田中 「でもやっぱりね、やってる側としては“まだまだやな俺ら”って思うことが常にあって。もっともっと良くできるところがいっぱいあるなって常々感じてますね」
――だからバンドが続くんでしょうね。むしろ、今作でまた始まった感じすらしましたよ、次のフェイズが。
田中 「おぉ〜そう言われると、この次のアルバムがまたプレッシャーになるな(笑)」
亀井 「ホンマやな(笑)」
田中 「これぐらいのキャリアになってくると、自分の手の内が見えてくるようなところがどうしてもあるので、何かしら新しい第三者目線というか、風通しを良くしてくれる存在がいた方が盛り上がると思うし、次はまた誰かプロデューサーを付けたいですけどね」
――今のバインと誰がやったら面白いでしょうね?
田中 「ね。例えば、世代がもうちょっと下の人とやるとか、あるいは海外の大御所に頼むとか。何が許されて何が許されないのかは分からないですけどね、経済面も含めて(笑)。でも、そういうことをそろそろやってみても良いんじゃないかなという気はしてますね」
お客さんもいて、僕らもいて、いわゆる空間の雰囲気…
そのセットでやっぱり感動しましたね
――アルバムを締めくくる『最期にして至上の時』(M-10)には田中さんの死生観が出ていますが、こんな人生の終わり方ができたら最高だな、とも思いました。歳を重ねると、生き方と同時に死に方も問われるようになりますよね。
田中 「うん、そうですね。僕らはアラフィフなんで自分の死を思い描くにはまだちょっと早い歳ではあるんですけど、身近な人もそうですし、小っちゃい頃から見てきたロックスターもどんどん亡くなっていくじゃないですか。だから最近はそういうこともよく考えますね」
――アルバムを作り終えた後に達成感みたいなものはあったんですか?。
田中 「ライブをやり続けてるうちに、“おぉ〜!”と思うことはありますね。ツアーを回ってるときにどんどん解釈が変わっていって、“なるほど、このアルバムはこういう感じやったんやな”って」
亀井 「たまに、昔の曲とかを久々にやって分かることもありますし。やっぱり曲が育っていくのがツアーなので」
田中 「それが一つのモチベーションでもありますしね。あと、レコードにパッケージされてるのはもちろんその時点での完成形かもしれないですけど、やり足りてるかと言うとそうでもないと思うんですよ。なので、ああすれば良かった、こうすれば良かったということに、ライブで気付いたりもするんで」
――バインでもやっぱりそうなんですね。4月に行われた日比谷野外大音楽堂のライブは配信もされてましたけど、自分たちで見たりもするんですか?
田中 「音のチェックだったりは必ずするんですけど、娘が見てるのをちょこちょこ眺める感じですかね(笑)」
亀井 「僕は見ました。生で見るライブはやっぱり良いなと思うんですけど、配信では生では多分聴けないであろう音のバランスとかも分かるので。それがシビアな面もありますけど、やってることがよく分かるのは良いですよね」
田中 「他の場所に住んでてライブに行けなかった方にとっても素晴らしい試みですし、機会があればどんどんやりたいなと思いますね。ただ、去年やった3本に関しては、どちらかと言えば“生存確認”じゃないですけど、“久しぶりやな!”という感じで、あれはあれで配信なしでやれたのも雰囲気としては良かったと思ってますけどね」
――単純な話、久々にライブをやったときって、やっぱりグッときたんですか?
田中 「そうですね。お客さんもいて、僕らもいて、いわゆる空間の雰囲気と言いますか…そのセットでやっぱり感動しましたね。“あぁ、これこれ!”っていうのはありました」
亀井 「お客さんに会えるのはうれしいんですけど、マスクをして、座って、声も出されへんし拍手だけっていうのが…ね? ちょっと気の毒やなとも思って」
――お客さん側から見る風景は今までとほぼ一緒ですけど、ステージから見る景色は全然変わりますもんね。
亀井 「そうなんですよ。でも元々、僕らのライブを見に来るお客さんって、“ガーッ!”と盛り上がるというよりは、じっと聴いてくれる感じの人が多かったんで」
田中 「こっちも別にあおったりしないタイプなんでね。でもやっぱりね、自由に見てくれるのが一番良いですね」
亀井 「ね。一緒になって楽しめたら」
田中 「ただね、こんなバンドでも一応、何か喋ったらいつもはちょっとぐらいリアクションがあったり、笑ってくれたりするわけです。でも、今はそれが一切ないんで、別に無理に笑いを取りにいってるわけじゃないのに、“スベってるってこういう感じなんかな…?”ってなるのが(笑)」
――お客さんもMCにリアクションできないですからね(笑)。
ツアーをやるためには何か新しい曲を作りたいし
そのルーティンのためにバンドをやってる
――もちろん、コロナだけが理由ではないと思いますけど、この1年で活動を止めてしまったバンドもやっぱりいる中で、バインは新譜を出して、しかもそれが今でも意欲的で刺激的な内容で。
田中 「僕らは非常に自由にやらせてもらってるし、周りからのプレッシャーもあんまり感じてないですから、ある意味、ここまで来れたのは恵まれてるし、ズルいのかもしれない(笑)。でも、それは自ら選んだ道とも言えるし」
――もし自分が現役で音楽をやってたら、今回のアルバムを聴いたらちょっと悔しいと思います。
田中 「今回は、普段そんなに連絡を取ってるわけでもない後輩ミュージシャンからも、やたらLINEが来ましたね。 “『ねずみ浄土』すごいっすね!”って(笑)」
――それには何て答えるんですか?
田中 「“ありがとう”っていうスタンプを送る(笑)」
――アハハハハ!(笑) アルバムタイトルはいつも歌詞から取って最後に付けるということでしたけど、それこそ『ねずみ浄土』の一節である“新たなフルーツ”をもじった『新たな果実』は、久々の日本語のタイトルで。
田中 「別に図ったわけではないんですが、今回は結果的に歌詞が和のテイストで、聴こえ方もちょっとエキゾチックな曲が多いなと思って、日本語のタイトルの方が良いんじゃないかと」
――全編に田中さんの思想が散りばめられていて、それが僕らに想像する余白を与えてくれてる上に、ため息が出るほどシビれる音に乗っている。ライブで見るのが非常に楽しみですね。現在開催中のリリースツアーに関しては、久々にそこそこ本数のあるツアーで。
亀井 「そうですね、去年は本当に年間3本しかやってないですから(笑)」
田中 「今回のツアーも本来ならもうちょっと本数も多くて、地方のライブハウスにも行く予定やったんですけど、やっぱりなかなか世の中が良くなってこないので、結果こうなりました」
――今のご時世的には打ち上げもないですから、“表出ろ!”を聞くこともないですね(笑)。
(一同爆笑)
田中 「でもね、ツアー中に演奏がどんどん変化していくのは、呑みの場で出たひと言がきっかけになったりもするんで、それがないのは寂しいもんですよ。これはこれで良いふうに転がせるやり方を見つけていきたいですけどね」
――ただ、とあるボーカリストは、“ツアーって打ち上げがなかったらこんなに歌うの楽なんだ!”って言ってて(笑)。だから今回のツアーでは、絶対に良い歌が聴けますね。
田中 「そうですね。でもイヤやなぁ、ハードルが上がるの(笑)」
――リリースツアーの大阪公演は7月2日(金)Zepp Namba(OSAKA)です。最後にツアーに向けて、それぞれに言葉をもらって終わりたいなと思います!
田中 「アルバムツアーでは毎度全曲やるんですが、今回はどう再現して良いか分からない曲が多いので、その辺は模索しながら楽しんでいきたいと思います。お客さんもそれを楽しみにしてほしいなと思いますね」
亀井 「しっかり準備して、ツアーでさらに曲が化けて、より良いライブになるようにしたいですね」
田中 「ツアーが好きで、ツアーをやるためには何か新しい曲を作りたいし、みたいな、そのルーティンのためにバンドをやってるところもありますからね」
――その最高のルーティンは、僕らの一つの希望ですよ。
田中 「いやぁ〜そう言っていただけるならもう頑張るしかないですね、僕らも」