柳井“871”貢インタビュー
【第4回】改めて考えさせられるチケットビジネス-前編-
柳井“871”貢(やないみつぎ)。株式会社ヒップランドミュージックコーポレーション/MASH A&Rの執行役員として、「THE ORAL CIGARETTES」など全6組のマネジメントを担当する傍ら、近年は独自に「#871ンスタライブ」「#871さんに質問」など、SNS/noteを中心に主に音楽業界を志望する若者に向けて継続的に発信を続けている。
そんな彼が、自身の仕事やひいては生きる上でのキーワードに掲げる”No Border”とは?境界にこだわらず働き、壁を作らず人と関わり、越境して生きていく、そんな871流「No Border的思考」を紐解いていく。
第4回と第5回は前後編という形で、エンタテインメントをチケットビジネスの観点から考える。
――今回のテーマは、ズバリ「チケット」です。コロナ禍で浮き彫りになった部分、あやふやになった部分など様々にあるかもしれませんが、エンタテインメント――特に音楽業界について、チケットというものを通して見てみようという回になります。よろしくお願いします。
柳井“871”貢(以下:871):よろしくお願いします。
――現状のチケットビジネスについてはどのようにご覧になっていますか?
871:その前にまず、我々が“チケット”と言う場合のチケットって、基本的には権利のことなんですよね。要するに前売り予約販売が原則となっているもの。ただしそれはエンタメに限らず、例えば新幹線や航空機のチケットをウェブやアプリなどを通して買う場合なんかも先にお金を払って乗る権利を購入していると言えます。でも食品の前売り予約購入ってなかったりするじゃないですか。
――コンサートや新幹線の座席にしろ、ライブハウスの整理番号にしろ、限られた数のものを公平に売るシステムとして前売り予約販売は有効ですよね。
871:その、公平かどうか、というポイントを意識することによって、チケットビジネスをもう少し解像度高く理解できるかもしれませんね。そうすることでビジネスがやりやすくなる側面というのは大いにあるかも。例えば、音楽チケットの転売問題というのがありますよね。
――いわゆる「チケットキャンプ問題」の時には大きくクローズアップされました。(※チケットキャンプは2018年にサービス終了)
871:チケットキャンプ問題の時に主催者側が訴えていたのは、転売ヤーのような人たちがチケットを買い占めて高額転売し、不当に需要と供給のバランスを煽って、挙句本当に観に行きたい人たちがチケットを買えないということ。そして、転売で利益を得るということ自体が、主催者やアーティストとはまったく関係のないところで行われている不当なものだということ。つまり、誰にとっても公平ではないわけです。
――そうですね。
871:一方で、純粋な二次流通というのは果たして是か否かということはきちんと考えていかなければいけないテーマだと思っています。ある人が、純粋に行きたいと思って人気公演のチケットを8000円で買ったとします。だけど自分の予定が合わなくなってどうしてもその公演に行けなくなった。さて――。それを二次流通させる時に、買った値段のまま8000円で売るのか、いやいや、このチケットを取るのにそれなりの労力がかかっているんだから、少し上乗せして1万円で売ってもいいんじゃないの?を良しとするか。僕は個人的に、適正な二次流通という選択もあるのではないかなぁと思っています。二次流通っていうと、とかく買い占めによる意図的な転売ということとごっちゃになって理解されているような気がしていて、ユーザーの公平性という観点に立てば、純粋な二次流通の可能性はゼロではないだろうと。
――二次流通への取り組みは、例えば球団ごととか特定のファンクラブ内で、といった一定のコミュニティの中でそれぞれのサービスが試されているというのが実情ですね。
871:そうですね。それがより開かれた場所で行われるようになるにはもう少し時間がかかるかもしれません。一方で、チケットを売るタイミングが早すぎるというのも事実としてあるので、ユーザー側からすれば、とりあえず先の予定はわからないけど権利だけは押さえた、というのが実情ですよね。で、公演日が近づいて、やっぱりその日にどうしても外せない出張が入ったりするわけじゃないですか。だいたいアリーナ規模のツアーの場合だと、半年前に前売りを開始しますからね。
――そのタイミングは、言ってしまえば柳井さんのようなアーティストと一緒に仕事をしている人たちが決めているんじゃないんですか?(笑)。
871:そうなんですよ(笑)。いつの間にか早く販売しなきゃっていう流れになっているっていうのが正直なところなんですよね。要するに、とにかくユーザーの可処分時間をいかに早く押さえられるかということが一番大きな要因だと思うんですけど……。それにしてもどうしてこうなっていったんだろう。
――例えば、予算的なことだったりするんですか?
871:いや、それは要因の成分としてはかなり少ないですね。なぜなら、チケットを発売した時点でライブの規模や予算は当然決まっていますから。
――ああ、なるほど。
871:音楽もののツアーの場合だとある程度、全公演ソールドアウトか8割くらいは埋まる想定で予算を組んでいるので。
チケットぴあ担当:やっぱり今はコンサートの種類にしても、他のエンタテインメントや遊興施設にしても、ユーザーにとっての選択肢がたくさんあるじゃないですか。だからチケットを早く売らないと、ユーザーの予定を押さえられないっていう理由が一番大きいんじゃないかと思います。特に演劇ジャンルの発表は音楽ジャンルに比べてもかなり早い時期にされることが多いですね。音楽もので言えば、ツアーの規模が大きくなっているのと、どうしても公演日が週末に偏る傾向があるので、ユーザー可処分時間の奪い合い競争に拍車がかかっているというのが実情ではないでしょうか。
871:あとは、フェスが一般化したことによる影響というのもあるでしょうね。かなり早いタイミングで発表をして、そこからどんどん情報出しをしていって、それがプロモーションとなっていくというスタイル自体が、他のツアーにも適用されるようになっていった。さらに物理的な問題として、フェスの間を縫うようにツアーを組まなければいけないので、必然的に発表時期も早くなっていくということもありますよね。
――例えば、8月にフェスへの出演が決まっているバンドが、翌月の9月からツアーに出ますと。8月のフェスのチケットは大体4月とか5月から発売が始まるわけですけど、9月からのツアーはいつ頃発表~発売の想定になるんですか? もちろん諸事情によって異なるでしょうけど、大体のパターンで言うと。
871:早ければ、前年の12月には発表してそのままファンクラブ先行という流れですよね。
――え! はや(笑)。要するにフェスの発売よりも先にっていうことですか?
871:そうですね。5月になっても発表できていなかったら、かなり焦りますね(笑)。
-後編へ続く-
Text by 谷岡正浩
(2021年6月 4日更新)
Check