高品質の配信ライブへの挑戦。ライブハウスのリアルと想い paranoid void 生配信ライブレポート&インタビュー
6月13日、大阪を拠点に活動するインストゥルメンタルバンド・paranoid voidが、心斎橋サンホールで配信生ライブ『padanoid void Broadcasting vol.2』を行った。新型コロナウイルス感染拡大のため、ありとあらゆるイベントやライブが中止になり、ライブハウスも営業自粛を余儀なくされた。日々の生活だけでなく、私たちの人生に彩りを与えてくれる芸術文化にもその影響は及び、未知のウイルスはこれまでの“当たり前”を変えてしまった。約2ヶ月にわたる緊急事態宣言が解除され、6月1日から営業が再開したものの、感染拡大予防ガイドラインに沿った営業ゆえ、やはり以前のような形に戻るにはまだ時間がかかりそうだ。しかし、この状況下でライブの在り方が変化し、アーティストもライブハウスもなんとか音楽を届けようと前向きに試行錯誤している。そのために、新たな挑戦にもトライしている。paranoid voidは5月31日にも同会場で配信生ライブを行っており、今回で2回目の開催となる。さらに、アメリカで端を発し、世界中に広がっている人種差別抗議運動に賛同して、いち早くドネーションTシャツの販売を開始した(
6月21日 23:59まで販売中! )。“やれることをやっていく”。コロナ禍でそれぞれの胸に、静かだが熱い炎が灯っている。音楽業界の人々は何を感じ、どのように動いているのか。配信ライブの裏側をレポートするとともに、アーティストやライブハウスの取り組み・挑戦・そして想いについて触れていきたい。なお、『padanoid void Broadcasting vol.2』のチケットは6月20日まで購入可能、ライブは6月21日 23:59まで視聴することができる。ぜひチェックしてほしい。
VIDEO
『padanoid void Broadcasting vol.2』生配信ライブレポート
大阪・心斎橋アメリカ村の真ん中に位置するサンホール。全国的に梅雨入りが宣言された6月13日。小雨がパラつく中、アメリカ村を歩く。緊急事態宣言が解除されて約3週間。大阪は徐々に日常の空気に戻りつつあるが、この日は雨だからか、アメ村の人はまばらだった。
会場には「ソーシャルディスタンス」を呼びかける案内があちこちに貼られ、各所に消毒液が設置されている。換気のため、フロアのドアは開け放たれた状態。ステージ前には配信チーム、フロア後方に映像チームがスタンバイし、ライブのスタートを待つ。ステージ前や楽器の近くに設置された何台ものカメラ、視聴者から書き込まれたコメントを表示するためのモニター、PC、ビジョン、伸びるケーブル。所狭しと並ぶ機材は、まるでコックピットのようで、少し圧倒された。
paranoid voidは2013年にMEGURI(Gt.)とMIPOW(Dr.)を中心に結成され、その後知人の紹介でYU-KI(Ba.)がジョイン。現在はインストバンドとして、国内をはじめ、マレーシアやカナダなど、海外にも活動の幅を広げている。浮遊感のあるギターサウンドと、絶え間なく表情を変えるリズムフレーズが特徴だ。今年1月〜2月には全21公演のアメリカツアーを終えたばかり。メンバーは「3月7日以来のライブなので嬉しいです」と笑顔を見せた。
定刻の13時。まずはメンバー3人がそろって挨拶。配信中の画面に目をやると、挨拶に合わせて英語の字幕が表示されていた。全世界にいる彼女たちのファンにとっては嬉しい配慮だ。「#pvbのハッシュタグをつけるとコメントが反映されるので、ぜひ感想や質問をTwitterでつぶやいてください」とアナウンス。画面が切り替わり、短いムービーが流れ(アメリカツアーの映像だろうか)、メンバーはその間にスタンバイ。いよいよ本番だ。
フロアが暗くなり、MIPOWのドラムが響く。YU-KIのベース、MEGURIのギターが徐々に加わり、音に厚みが出る。1曲目は1st フルアルバム『Literary Math』から『ゲシュタルトの箱庭』。ステージの幅いっぱいに設置された大型LEDモニターにはカラフルな幾何学模様がくるくると回る様子が映し出される。すごい迫力だ。呼応するようにMEGURI のギターがノイジーなうねりをみせ、そこから発せられるビリビリとした振動に思わず鳥肌が立った。久々の感覚を受けて、“そうだ、音を生で感じるというのはこういうことだ”、とハッとさせられた。
鋭いドラムのビートから『カルマの犬』へ。MEGURIのささやくようなボーカル、YU-KIのコーラスが楽曲に広がりを持たせる。奥行きのあるVJも相まって、会場中に広がるサウンドスケープに連れていかれそうな感覚になった。
配信画面では、何台ものカメラを駆使して、それぞれの演奏中の指の動き(普段なかなか見ることの出来ないドラムを叩く手元も!)、メンバーの表情、ステージ全体の引きの画をリアルタイムで操作し、次々に映し出す。その滑らかさに思わず舌を巻いた。まるで完成された映像作品を見ているようだ。
MCでは視聴者からのコメントを読み上げる。“ライブアレンジがいい”“カッコいい”など、フェイストゥーフェイスではないが、貴重なやりとりを束の間楽しむ。そして事前にインスタストーリーで募ったリクエストから、人気の高かった楽曲を披露。
演奏されたのは“金曜日、土曜日、日曜日……”というMEGURIのつぶやきにも似た歌唱から始まる『正しさの行方』。都会の空撮、高層ビルの間や高速道路を走るスピード感のある映像と楽曲がマッチして、アトラクションのように感じられる。ギターのワンコードのループから、そのまま次の曲へ。ベースの低音が加わり、無機質なループが徐々に温度のある音に変化していく。4曲目は『世界のすべては』。ギターフレーズがメロディックで、心にスッと染み渡る。水の底をキラキラと揺れる映像と照明演出に見とれてしまった。“この感動は果たして配信で伝わるのだろうか?”と一瞬疑問が頭をかすめた。しかしこの考えは配信画面を見て、すぐ打ち消された。秀逸なカメラワークが、目の前で起きている最高の空間をしっかりと切り取り発信している。
ここで2度目のMC。Tシャツを手に取り、人種差別の抗議運動に賛同してドネーションTシャツの販売を行っていることをアナウンス。収益は制作費を除いて全額が寄付される。海外ツアーを経て彼女たちが現地で感じたこと。差別や偏見なく、音楽でコミュニケーションをとり、歓迎し、受け入れてくれたこと。だから恩返しをしたい。その熱い思いを感じられるTwitterの投稿に心を動かされた人も多いはずだ。
「あと3曲やって終わります」とMEGURIが挨拶し、ムーディーでどこか切なさを孕んだ『redo』から『Blind Blue』へ。楽しそうに笑顔を浮かべるメンバー。同じフレーズがループする心地良さに酔いしれていたら、“そうはさせるか!”といわんばかりに激しくなるビート。変拍子はparanoid voidの楽曲の特徴だが、シンプルにめちゃくちゃカッコいい。
ラストは『ukiyo』。赤い照明に照らされるメンバーの横顔が美しい。ギターとベースで会話するかのように音の応酬が行われる。彼女たちの音楽のコンセプトは“全員主旋律”。3人で主旋律を交代しているそうだ。初めて彼女たちのライブを見たが、とても中毒性のあるバンドだ。クライマックスにかけてMEGURIの歪んだギターが高まり、ステージの熱が上がっていく。最後はその熱を引いて、静かにライブを終えた。
やはり生で体感するライブの素晴らしさに勝るものはない。改めてその感覚を実感することができた。それは言わずもがなだが、サンホールの配信映像のクオリティの高さも素晴らしかった。大型LEDモニターに映し出される高解像度で大迫力の映像。様々な角度から空間を切り取るカメラワーク。固定カメラで眺める“配信ライブ”とは明らかに一線を画し、新たな価値を生み出していると感じた。アーティストやライブハウスのスタッフはどう感じているのだろう。まずはライブを終えたばかりのメンバーに話を聞いてみた。
アメリカツアーで人の温かさに触れ
人種差別抗議運動のドネーションTシャツを販売
――コロナ禍でのバンドの活動についてどうお考えですか?
MEGURI 「コロナの影響ってかなり尾を引くと思うんですよ。音楽活動だけじゃなく、生活含め、今まで通りになるのはかなり先になるかなと思ってて。だから現場のライブとは別軸で、ライブコンテンツとしても映像コンテンツとしても楽しんでもらえるような生配信ライブとの2軸でやっていきたいなという感じには今なってて。バンドのやり方は今までとは変えていかないとなと思ってますね」
YU-KI 「コロナのキッカケがあって、3人でいろいろ話すようになりました。アメリカツアーからちょうど戻ってきたところで、世界に対して意識が向いてる時に急に断絶されたから、数ヶ月の話じゃなくて今後のスタンスをどういうふうに持っていったらスムーズにできるかなって、結構話し合いましたね」
MEGURI 「台湾とイギリスのツアーも決まっていて、今年は海外を視野に入れてやっていこうという時だったので、方向転換というよりも、世界に発信していきたいけど、実際に行けない分発信の仕方をどうしていくかをすごく考えましたね」
――アメリカツアーは、世界に目を向ける意味で大きかったですか?
MEGURI 「めちゃめちゃ大きかったですね」
YU-KI 「今までのツアーは長くても10日ぐらいで、連れていってもらうことが多かったけど、今回は機材も自分たちで運んで、いろんな人の家にステイして。現地のお客さんとの距離が今までと全然違ったんですね」
――ドネーションTシャツの寄付も、アメリカツアーの経験が影響していますか?
MEGURI 「かなり影響してます。私たち外国人だし、アメリカで嫌な目にあうかなと思ってたんですよ。でもそういうの一切無く、皆すごく歓迎してくれて、それが当たりまえの雰囲気だったんです。日本にいたら人種で人を見ることがないし、人種差別自体を自分事としてあまり意識してなかったんですけど、アメリカツアーを経験して、やっぱりしてもらった分こっちも返さなきゃ、みたいな気持ちもすごいあるし。日本にいて問題解決に荷担するのは難しいけど、現実的な行動としては、署名もあると思うんですけど、やっぱりお金や寄付が1番良いかなというのが動機ですね」
――ニュースが出て、すぐ行動に移ったんですか?
YU-KI 「すぐでした。SNSに黒一色の#BlackOutTuesdayが流れた日の夜に3人で会議して、翌日に告知しました」
――Twitterで発信してみて、反応はどうでした?
MEGURI 「Tシャツは結構売れてるので、それは賛同表明として受け取っている感じですね」
――今後はさっき言われたように、ライブと配信の2軸で活動していかれると?
MEGURI 「多分それが現実的でベストかなと思います。あとは今までみたいにライブが出来なくなった分、制作の方にも重心を置きつつ、たとえばカバーとか、ちょっと違うことをできるかなと」
YU-KI 「配信コンテンツもライブとして認められる、受け手側のカルチャーもゆっくりできていくんじゃないかなと思って。そうなったら配信の土壌ができて、妥協じゃなく、しっかり場を作れていくんじゃないかなと思っています」
――今年4月に出る予定だったアルバムは、延期になったんですね。
MEGURI 「年内に出せたら良いなと思っています。過去のアルバムの中で群を抜いてコンセプチュアルで、妥協せずに作り切った感があったんですけど、今回は後ろ倒しになったこともあって、1回作ったものを客観的な耳で聴いて、もう1度練り直す時間があったんですよ。だから完成度としてはめちゃめちゃ高いものができました」
YU-KI 「早く聴いてほしいですね」
MIPOW 「自信作ですからね」
ファンの人たちがライブに代わって楽しめる形にするまでが課題
業界随一の配信設備でアーティストの表現をサポート
続いて、サンホールの現状と取り組みについてスタッフに話を聞いた。6月1日から段階的な営業自粛の解除が行われ、現在サンホールは「ライブハウスならではの音響照明の演出に加え、業界でも随一の配信設備にて積極的に配信に取り組んでいます。また、業種別営業ガイドラインに従い、少人数制の有観客ライブも配信と同時に開催しています」という所信表明を出している。配信・映像業者の協力のもと、最先端の機材を導入し、他のライブハウスとは一線を画した映像配信に力を入れ始めたところだ。
――現在は有観客ライブもスタートしたんですね。
「サンホールは50席分のお客さんを入れる体制にしています。ガイドラインにのっとって、椅子の間は間隔をあけて。有料で配信チケットを販売するシステムも構築できたので、とりあえず1回やってみたんですけど、今は模索しながら実験的にやってる感じですね」
――キャパ50人ですか……(サンホールの平常時のキャパは400人)。
「前売り券は販売せず、予約対応だったんですけど、受付開始して3分で予約が全部埋まったみたいなんですよ。でも、配信の方はそこまでの手応えはなくて。“生で見たい、ライブハウスに行きたい”っていう感覚と、配信の差はやっぱりデカいんだなと思いました」
――配信自体はいつからされているんですか?
「今回みたいなチケット販売での生配信は3回。配信自体は別のプラットフォームを使って、無料で4月から20本以上はやってます。4月の頃はSUNHALL WEST(以前のサブステージ)で配信していたんですけど、5月からLEDの映像設備を導入しました」
――今日現場を拝見しましたが、LEDの映像演出は本当に綺麗ですね。カメラワークも滑らかで、本当にハイクオリティでした。
「4カメを使って撮影していて、完成したDVDを見てるくらいのクオリティのカメラワークがあるんです。普通は映像演出といったら、スクリーンを出してプロジェクターで映すくらいだと思うんですけど、LEDモニターがあることで、普通のライブハウス規模ではない映像演出が出来る」
――視聴者からの反応や手応えはありますか?
「配信自体は反応もすごく良いです。ただ収益化が大事なところなんですけど、そこの手応えでいうと、なかなか厳しいところではあります。このクオリティの配信を見た人と見てない人の価値観も違うと思うんで、ちゃんとお金を払うぐらいのクオリティが整ってるんだということを広めたいですね」
――大阪府の文化芸術活動支援事業補助金(緊急事態宣言で休業していた施設が無観客ライブ配信を行う際、府が上限70万円まで援助してくれる制度)は、実際のところどうなんですか?
「今回のコロナ禍の状況において、我々に出来ることが何れにせよ配信ライブくらいしか選択肢がなかった中で、その費用を補助してくれるシステムとしては有り難かったです。賛否両論あるんでしょうが、大阪府&吉村知事は様々な業種の人々に目を向けて、対策を打ち出してくれてる事に頭が下がる想いです」
――配信ライブをどう捉えてらっしゃいますか?
「どうしても生のライブに代わるものではないので、活動できないこの状況でちょっとしたお客さんとの接点を作る点では、今はいいのかなと思うんですけど、これから大きくポジティブな展開が得られるかと言われると、まだちょっとハードルがあるかなと思います。ファンの人たちがライブに代わって楽しめる形にするまでが課題だし、皆同じように試し試しやってみてる状況だと思います」
――久しぶりに生でライブを見て、目の前で鳴る音や感動の大きさを改めて感じたのですが、映像でこの感動はどのくらい伝わるのかなということも同時に感じました。
「多分演者さんも同じ感じだと思うんですね。配信って、ちゃんと伝わらないって敬遠してるところもあると思うんですけど、実際こんな感じでやってるんだって見てもらえたら何かしらの手応えを掴めるかなと。アーティスト側もどういう表現をしていこうかと色々考えてはると思うんですけど、僕らも対応できる環境はありますんで」
text by ERI KUBOTA
photo by 渡邊一生(SLOT PHOTOGRAPHIC)
(2020年6月18日更新)
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