彼らのピアノで音楽は進化を遂げる――
超絶技巧&高速連弾も話題の中村匡宏、大井健によるピアノデュオ
鍵盤男子インタビュー
それぞれにソロでも活躍するクラシック界の精鋭、中村匡宏と大井健によるピアノデュオ、鍵盤男子。昨年11月に発売されたメジャーデビューアルバム『The future of piano』には、ラヴェルの『ボレロ』をはじめとするクラシック曲やオリジナル曲とともに、オアシスの『ドント・ルック・バック・イン・アンガー』やレディオヘッドの『クリープ』などのカバーも収録。そのアルバムを携えた全国ツアーは見事に全公演ソールドアウト。1台のピアノで2人が演奏する姿はYouTubeの公式チャンネルでも観ることが出来て、立ち上がったり、演奏しながら2人の位置が入れ替わったりと、従来のクラシックやピアノデュオのイメージを鮮やかに塗り替えるアクロバティックでユニークな演奏スタイルに心が躍る。現在彼らは全国ツアー『コンサートツアー 2018 ピアニズム』の真っ最中。11月1日(木)サンケイホールブリーゼでの大阪公演を前に、コンサートの見どころなどを聞いた。この夏初めて出演したフェスで大歓声を浴びた時の感動や、思い描く未来像など、彼らの演奏同様に気さくで親しみやすいトークを繰り広げてくれた。
オーケストラも1台のピアノで表現することが出来る
――鍵盤男子の結成は2011年。それぞれの活動もありながらデュオとしてうまくやっていく秘訣は何かありますか?
大井「僕はピアニストで彼(中村)は作曲家で、専門が違うんですね。見方も違うし感じ方も違うので、同じところを見過ぎていなかったりして、いい意味でバランスが取れていますね」
中村「もちろん音楽に対して“ここはこうじゃないかな”みたいに意見し合うこともありますが、そういう場合は志の高い方に合わせるという暗黙の了解があって。だから、相手が言ったことに対して“それは違う!”みたいにはならないですね」
大井「意見がわかれたら、どちらが僕たちの目指す方向性に合っているか、どちらをお客さんがより面白いと感じるか。そっちを選びますね」
――鍵盤男子としての活動を始める際に、“こういうことをやりたい”という目標はありましたか?
大井「“鍵盤男子”というジャンルを作りたいという思いがありました。自分たちの音楽を一言で言うとクラシックというジャンルになってしまうんですが、それでは一面しか見られないというか。クラシック音楽も中身をよく見てみればたくさんのやり方やいろんな表現の仕方があるんですけど、一般的には“クラシック”の一言でくくられてしまう。だったら鍵盤男子というジャンルが作れたらいいなと。たとえば、アルバム『The future of piano』でも演奏しているラヴェルの『ボレロ』はオーケストラ演奏が有名ですけど、たくさんの楽器の集まりであるオーケストラを1台のピアノで表現することもできるんですね」
中村「これまでにはなかったものに挑戦しているから、2人でいろいろ探しながら新しいものを作っていこうという感じですね。あとは、10年近く一緒にやってきた中でそれぞれがどういうものを作りたいと思っているのか、どうやったら面白くなっていくかとか、具体的な言葉にはできないけど何かしら2人ともそれぞれの中に持っている。そこに向かって進んでいる感じですね」
――“○○男子”という呼称は最近でこそよく目にしますが、結成当時は斬新だったでしょうね。
中村「最初はどういう名前にしようか悩みましたよね」
大井「そう。でも僕たちはとにかく音楽を聴いてほしかったから、よりわかりやすい名前がいいねって。けどそれから“ナントカ男子”という呼び方がどんどん流行っていってドキドキしました(笑)」
中村「僕らはもちろん色物ではないので、2人が信じている良い音楽を届けたいと思っているし、『The future of piano』のタイトルにもあるように、これからピアノでどんな楽しいことができるか、どういう音楽を作っていったら面白いかなっていつも考えているんですね。具体的に言うと、歌詞がない世界なのでインストゥルメンタルの面白さや強みをどこまで出していけるかなというところを考えていきたいし挑戦したいんですね」
――その『The future of piano』には、おなじみのクラシック曲もあればオアシスやレディオヘッド、コールドプレイのカバーも聴けました。それとともにオリジナル曲『言わなきゃよかった、なんてちっとも思ってないくせに・・・』は、最初に聴いた時に今にも歌が始まりそうな気配があってボーカル曲なのかと思いました。
中村「まんまとハマって下さりありがとうございます(笑)。オアシスとかレディオヘッドのUKロックの美しい旋律には、僕たちも憧れがあるんですね。『言わなきゃよかった、なんてちっとも思ってないくせに・・・』は、歌らしい音楽を鍵盤楽器の2人で表現したいと思って作った楽曲です。ラノベみたいなタイトルですけど(笑)、曲の雰囲気や世界観を歌詞がなくても伝えられるようにというイメージで付けました。だから本当は歌いたいというか、歌っていいなら歌わせていただきますぐらいの気持ちで(笑)」
大井「コンサートでは、僕たちが歌うところもあるんですよ。お客さんと一緒に歌ったりもするし」
――そうなんですか!
大井「はい。なのでライブって本当に可能性があって。僕たちが伴奏して皆さんが歌う場面もありますし、僕らのピアノで一緒に踊ってもらったりもして」
クラシックと、ロックやポップス
それぞれの良いところを取り入れたい
――自分が最初にクラシックと出会ったのは小学校の音楽の授業で、普段聴いているロックやポップスとは違って、姿勢を正して聴く音楽というイメージでした。2人はクラシックも、オアシスもレディオヘッドも同じように接してこられた?
大井「一緒ですね。クラシックって、曲を知っていたり歴史背景とかを知ってようやく面白いと思えるジャンルだったりするので、パッと聴いてすぐに面白いと思える音楽かというとちょっと難しいですよね。ポップスとかロックってパッと聴いただけですぐ馴染めたり、曲や歌詞に共感できたり、リアクションが早いですよね。僕たちはクラシックのアーティストですけど、そういうロックやポップスのわかりやすさとか気持ちよさを取り入れたいなと思っているんですね」
中村「ヨーロッパに行くと“クラシック音楽”という言葉自体がそもそもなくて、向こうでは“エルンスト(=真面目な)ムジーク”という言い方をするんですね。真面目な音楽なのか娯楽なのかで分けて語られたりする。僕たちがよく言っているのは、フォーマルの衣装を着てその日1日を楽しむか、カジュアルな服を着て楽しむかの違いなんじゃないかなって。フォーマルって別にとっつきにくいものではないですよね。クラシックにはフォーマルな形式があって、ちょっと堅いんだけど美しいしゴージャスな気持ちになれる。そういうところの良さは残したままいろんなものに挑戦していけたらと思うし、僕らがオアシスを演奏するときはカジュアルな聴きやすさももちろんある上で、それだけじゃないカッチリした美しさみたいなものも合わせて表現できて、それを共有できればいいなという思いもありますね」
大井「料理と一緒で、それまでとは違う調理法で素材の良さがぐっと引き立つことってありますよね。アレンジってそれと一緒なのかなと思います。もともとクラシックを知っている人なら、“なるほど。こういうアレンジもあるよね”って楽しめるでしょうし、ピーマンが嫌いな子供がいつもと違う方法で料理したら食べられるようになること、ありますよね?人によってはそれがクラシックなのかもしれないし」
――なるほど。
大井「そういう意味では、難しさとかからはちょっと離れて、音楽が直接スッと入ってくるような楽しみ方が出来るものを作れたらと思いますね。とか言いながら、僕たち普段は難解なクラシックをガンガン聴いたり弾いたりしているんですけど(笑)」
中村「僕たちはもう、ドがつくほどのクラシックオタクなんで(笑)」
――子供の頃からそうなんですか?
大井「お互いにそうですね。他の音楽は聴かなかったぐらい」
中村「子供の頃は、周りの子たちがよく知らないクラシックというものを自分が楽しんでいることにちょっとした優越感もあったのかもしれない。だってね、中学生がお年玉を貯めて4万とか5万円もする楽譜を船便で取り寄せるなんてこと、普通しないじゃないですか?」
――しないでしょうね。しかも船便ですか!
中村「ハイ、Amazonとかじゃなく(笑)。そういうのも好きでしたね」
大井「語学でも、何歳ぐらいまでに触れているとネイティブに近いしゃべり方ができる臨界点があるといわれていますよね。僕らは、そういう時期にクラシックに触れる機会があったんでしょうね。だからクラシック音楽が好きで、好きなものだからどんどん突き詰めて、職業にしてしまった(笑)」
――UKロックをカバーされているように、クラシック以外にも広くいろんな音楽を聴かれていますよね。逆に“これは受け付けない”というものはありますか?
大井「周りの人がいろんな音楽に触れている間、クラシックだけしか聴いていなかった自分にコンプレックスもあるんですよ。ただ、音楽の良さにはいろんな“良さ”があって、ジャンルに関係なく“こういう表現の仕方があったのか”という発見や、“こういう楽しみ方があったんだ”と気づかされることが本当に多くて」
中村「日々、ありますね」
大井「9月に出演させてもらった『中津川SOLOR BUDOKAN 2018』では僕らの前にDJの方たちのステージがあって、それがすごく面白くて」
中村「“これだ!”って思いました。“僕らも今からDJやろうか!”ってなりましたよね(笑)。その日のステージは男性のお客さんが多かったんですが、頭をガンガンに振ってたりお酒を飲んで踊ったり、叫んだり、すごく盛り上がったんですね。僕らみたいにクラシックから派生して出てきたアーティストがロック中心のフェスに出て、お客さんがワーッてなるのって、ちょっと前代未聞ですよね」
大井「やる前は“……え?ピアノ?”みたいな空気になるのかなと思って、すごく怖かったです(笑)。でもフタを開けてみたら、受け入れてもらった感じとジャンルを超えて1つになれた感じで楽しかったですね。オアシスを弾いたら皆さんが歌ってくれたんですよ。それはすごく感動しました。そういう瞬間を待ち望んでいたというか」
――素敵な光景ですね。野外で聴く鍵盤男子も楽しそうです。
中村「今は自分たちがやりたいことをピアノを使ってやっているけど、将来的に自分たちのがやりたいことにピアノが邪魔になる時もやってくるのかもしれない。それぐらいダイレクトに音楽をお客さんとか自分たちの中に入れ込んでいきたいなという思いはありますね。来年はステージにDJがいるかもしれないし、僕らも片手でピアノを弾いて、もう片方の手でレコードを回したりしてるかも(笑)」
大井「鍵盤男子という名前なんで、とりあえずあらゆる鍵盤を使おうと。コンピュータのキーボードを使うこともアリかなって(笑)」
――それも楽しみにしています(笑)。現在行われている『コンサートツアー2018ピアニズム』の大阪公演は11月1日(木)サンケイホールブリーゼ。こちらはどんなステージになるでしょう?
中村「前回のツアーは半年以上かけて回ったんですが、そのツアーの最初と最後では全然違うものになっていたんですね。曲も変わってきたし、たとえばお客さんたちも最初は少しだけ体を動かしたり、手を叩いたり、タオルをちょっと回したりする感じだったのが、最後のほうではタオルを振り回して一緒に歌ったり、一緒に体操したり手遊びしたりして。その集大成が7月に東京でやったファイナルコンサートでそれは映像にもなっているんですけど、それを主軸にしつつ半分を新しい内容に入れ替えてスタートしたのが今回のツアーです。前回同様に、毎回形を変えて成長させていきたいですし、11月の大阪公演もみんなで盛り上がれるんじゃないかな」
大井「前回の大阪でのコンサートは、8割ぐらいの人が初めて聴きに来てくださった方たちで。中には“YouTubeを見て聴きに来たよ”という方もいて。嬉しかったですね」
中村「前回の大阪公演はライブハウスだったんですが、僕たちはいつもコンサートホールを拠点にしていてライブハウスで演奏すること自体、1つの冒険の始まりでもあったんですね。中には、小さな子供を連れて行きたいけどライブハウスでは前が見えにくいとか、いろんな声もいただいて今回はホールでやらせていただくんですが、前回よりもブラッシュアップしたコンサートになっています。そういえば前回のツアーで大阪だったと記憶しているんですけど、僕がMCでしどろもどろになっちゃったときにお客さんから“がんばれ!”と声がかかって。初めての経験でした(笑)」
大井「嬉しいよね、そういうコール&レスポンスみたいなのって。ぴあではたくさんのコンサートを扱われていますが、あらゆるコンサートの中で鍵盤男子はもしかしたらいちばん音数が多いかもしれない。なので、音のシャワーを浴びに来てください!それと、日頃運動不足の方にはぜひ僕らのライブに来ていただきたいです(笑)。一緒に盛り上がりましょう!」
text by 梶原有紀子
(2018年10月31日更新)
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