大阪発のフィッシュライフが、1月10日に初のフルアルバム『未来世紀エキスポ』をリリースした。結成から間もなくして、若手バンドの登竜門「閃光ライオット2013」でグランプリを獲得するなど、順風満帆な活動を続けてきていたように思えたフッシュライフ。しかし、前作『Exhibition』のリリース後、スランプに陥ってしまい、今作のリリースまで約2年もかかった。苦悩と葛藤を重ね、ようやく生み出すことができたという今作について、メンバー全員にインタビュー。とにかく楽しみながら、伸び伸びと制作することができたバンドの状況の良さが、作詞を手掛けるハヤシング(g&vo)の無邪気なまでにまっすぐな言葉からも伝わってくる内容に。映画をモチーフに楽曲を制作するアプローチなど、これまでとはひと味違う本作のリリースを経て、「今、本当に楽しいから、次も楽しみ」と語る、“今”の心境を聞いた。
自分が情熱を傾けられるような曲を作ろうと思った
テラオカ(ds) 「前回のリリースから悩み続けた1年だったので、今までより気持ちがこもった1枚になったのかなと思います」
ミヤチ(b) 「これまでは正直、そこまで悩まずに進んでこられたんですよね。ちょうどいいタイミングにいい話をもらえたり、比較的スムーズに活動を続けてこられて、すごく大きな壁にぶちあたることはなかったんです。だけど、前作『Exhibition』のリリース後は、よりバンドとして切り詰めて考えないといけないなと思って。周りからどんな風に観られているかとか、メンバー間で詰めていかないと前に進めないなと思うようになって。
――それは何かきっかけがあって、気持ちの変化が?
ハヤシング(g&vo) 「単純に曲が出来なくなったんですよね」
テラオカ 「ハードルを自分たちで設定していて、曲ができてこなかったわけじゃないんですけど、この曲ではダメだなって思うのが続いて」
ハヤシング 「この曲じゃあ、前を越えれないぞと。それの連続で」
――1曲目の『アドバレゼレバリ』は、“調子が良かった出だしの頃には/想像もできなかった…”という歌詞が入る楽曲で、まさにそのスランプ期の葛藤が歌われているのかなと。のろしを上げるような勢いある楽曲でした。
ハヤシング 「これに関しては、遊んでてできただけなんですけどね(笑)。タイトルも、本当に意味が無くて。短い曲を作って、レッド・ホット・チリ・ペッパーズとかレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンとかなら、こんな感じで叫ぶだろって、適当に叫んだだけの思いつきの遊びなんですよね」
――勝手に、バンド的に再スタートを切るような曲なのかと思っていましたが、深読みでしたか?(笑)
ハヤシング 「ありがたいんですけど、これは本当にただの遊びです(笑)」
――そうでしたか(笑)。全体的に、色々な楽曲がジェットコースターのように畳み掛けられていきますが、制作はどこから?
ハヤシング 「曲ができるターンが何度かあって、最初の頃にできた曲は『漂流者たち』と『フェアリーテイルイントロダクション』なんですね。そこから、このアルバムの決め手になったのは、『煙草とブランコ』ですね。それまでは、リード曲がないなと。その時に、この曲を僕が作って、このバラードがあればいけると。そこからは、次に振り切っていこうと思い『未来世紀天王寺Ⅱ』ができた感じですね」
ミヤチ 「全部、リードトラックのつもりで作ってはいるんですけど、今までは激しい曲が好きで『漂流者たち』が最初にあったので、これをリード曲で進めていたんです。だけど、『煙草とブランコ』ができて、バラードなんですけどメッセージ性も強いすごくいい曲だったので、今回はバラードをリード曲にしてみようと。とはいえ、バラードばかりするバンドではないので、この曲をリード曲にしながら、今までになかった僕たちの曲を作って行こうと」
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共感して感動して“いい曲だな”って思ってもらいたい
――アルバムタイトルにもなっている“未来世紀”というのは?
ハヤシング 「単純に気に入っていたからですね。2016年にスランプになった時に、何が一番ダメだったかを考えた時に、“自分が良い曲を作らないといけない”と漠然と思っていただけだったからなのかなって。ずっとそんなことで悩んでいたんですけど、情熱を元に作ってみようと思った時に、『漂流者たち』ができて、自分が“こういうのがやっぱり好きなんだ!”と思える音楽を先ずは叶えて、そこからいい曲にしていけばいいんじゃないかなと思えるようになりました。雲を掴むような“いい曲”という漠然としたものを作るんじゃなくて、自分が情熱を傾けられるような曲を作ろうと思ってからは、どんどん曲ができて。その時期に、元々好きだったSF映画によりハマって。SFといっても、香港のネオンの感じや九龍城のような情緒が好きで、その世界観をこの言葉に」
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――映画でいうと『ブレードランナー』のような。
ハヤシング 「まさにそうですね! そういう世界観の曲を作りたいなと。他にも映画がずっと好きで、クエンティン・タランティーノとか、デヴィッド・フィンチャーとかも好きで。特にタランティーノがそうなんですけど、ナンセンスで無意味な場面がずっと続くのに、最後にはいい映画だったなって。『パルプ・フィクション』みたいに、中身が無いけどスタイリッシュな作品に、憧れがすごくあるんですよね。好きなSF情緒やタランティーノの映画のような空気を詰め込んだのが、『未来世紀天王寺Ⅱ』なんです。だからこの曲やアルバムのタイトルも特に意味は無くて、好きなワードだっていうだけで。何より音楽って結局、中身が必要なものではないと思っていて、聴いた人が中身を埋めていくものだと思っていて。だから、曲の中で個人的なことばかり詰め込むんじゃなくて、人が共感できたり思い入れを寄せれるような空洞があるべきだと思っていて、みんなにとっての“未来世紀”を見つけてほしいな、という想いもありますね」
――個人的なことはあまり書かない?
ハヤシング 「そこがロマンだなと。やっぱり“いい曲”の定義って、なんなのか分からないけど、説教がましくなると中身が詰まっているけど何回も聴きたくならなかったり。そういう曲は嫌なんですよね。“いい曲を作ろう!”と思っていた時は、“俺が!俺が!”って主張ばかりだったと思うんですけど、そこを抜けた後に、いい曲というよりは“曲の世界に入っておいでよ! 分からなくてもいいんだよ!”みたいな。そういう曲を作りたくなった」
――冒頭から、“「大仏さまがパスタを巻いた」/それしか言わない友達”という意味の分からないフレーズから始まる不思議さというか。まさに、タランティーノ映画の冒頭にあるくだらない会話劇みたいな。だけど、聴き進めていくとどんどん深みに入って、まさに映画みたいにハマってしまう曲で。それは天王寺という実際にある“街”についての想い入れとか、個人的な感情も描かれてるからなのかなと思いました。
ハヤシング 「いやいや、まるまるフィクションですよ! だけど映画にもあるじゃないですか、全くストーリーに関係ないけど、主人公の行動に共感する瞬間って。『トゥルーマン・ショー』って映画で、主人公の男が生活している環境が架空の世界で。その虚構の生活が実はテレビ配信されていたという話なんですけど、そこで色々と男が行動していくことに共感することがあって。主人公の置かれた環境や状況には、虚構だから共感を覚えないんですけど、最後まで行動を起こしていったり、そこに至るまでの感情の動きには共感できたりするんですよね。『未来世紀天王寺』なんて世界も無いんだけれど、歌詞には“僕らは”となっていて、逃げようとしている、その瞬間の行動には共感してもらえる部分もあるはずで。そういう要素がある曲を書きたかった。めちゃくちゃな曲だけど、共感して感動して“いい曲だな”って思ってもらいたいから、そういう曲にはなったと思います」
――置いてけぼりにするのではなく、入り込んでもらえるように。しかもこの曲のMVは、同じ関西の若手バンド・愛はズボーンのカネシロ(g&vo)さんが手掛けていると。彼は、愛はズ以外のMVもたくさん手掛けていて、何よりタランティーノの大ファンですもんね(笑)。
ハヤシング 「そうなんですよ! MVを作ることが決まった時に、よくある演奏シーンや女の子が映ってるようなMVじゃ収まりがつかない曲だなと思っていたので、趣味嗜好が通じる人にお願いしたいと思っていたので、親交のあったカネシロさんなら分かってもらえると思いお願いしました。実際、撮影でも話が合うから大盛り上がりでしたよ!(笑)」
感情移入できるという意味で、曲はドラマであるべきやなと思っている
――しかし、こういう“SF情緒”って映画とかの視覚なら具現化しやすいと思うんですけど、これを音に落とし込むという作業は大変だったのではないかなと思うのですが。
テラオカ 「『未来世紀天王寺Ⅱ』については、ハヤシングがコンセプトも語らずギターリフだけ先に持ってきてくれたんですけど、それでスタジオで合わせようかとなって。そこからどんどん曲ができていったんですけど、その段階では歌詞は知らなかったので、シンプルにカッコいい曲だなと。そこから、なんとなく歌詞が入ったデモをもらったんですけど、“この街はそろそろやばいぜ~”ってサビしかほとんど入っていなくて、あとは適当に歌ってるんですよ」
ミヤチ 「それ聴いて、この曲はヤバい曲なんだなって(笑)。他の曲はあんまり、曲を作っていく過程をあんまり話さないんですけど、この曲だけ異様に嬉しそうに話してくれたんですよね。『ここで主人公がさ!』とか言ってきて、映画っぽい曲になるんやなぁと(笑)」
テラオカ 「確かに、熱の入り方が凄かった(笑)」
――フィクションだから楽しく取り組めたというのもあるのでしょうか?
ハヤシング 「そういうわけではないんですけどね。ただ、フィクションとして自分の思っていることを言わせるという試みが凄く楽しかったんですよね。『未来世紀天王寺Ⅱ』は、歌詞の中でエモーショナルな部分があったりして、それはフィクションではあるけど嘘じゃない部分もあって。その塩梅が楽しくて、映画を作っているような気持ちで歌詞を書きましたね。あるじゃないですか、映画でも『ここが監督の言いたかったことなんだろうな!』とか。それがこの曲のどの部分なのかってのは、まぁいいとして、そういう曲作りをできることが本当に楽しくて喋っちゃったんだと思います」
――今までと違うアプローチだからこそ、また違う形で情熱を傾けられたと(笑)。ミヤチさんは『渋谷レプリカント』も思い入れが強いとか。
ミヤチ 「この曲も流れがよくて、何よりベースがカッコいい!だからこそ、一番練習しましたね。他には僕も、『煙草とブランコ』は歌詞のストーリーが、凄く好きですね。この曲に出てくる人の心情には凄く共感できるし、最後に“君が好きじゃなかったよ”と自分の中で折り合いをつけて前へ進む感じにグッときて…」
テラオカ 「“あの日に戻ったとしても/きっと同じことを繰り返すんだろうな”という部分が、僕はすごく共感して…。きっと自分の根本は変わらないなとは思うので。それで最後に、“君が好きじゃなかったよ”でしょ。そんな分かりやすい嘘、あります!?みたいな(笑)。その男の見栄を張っている感じに胸を打たれましたね」
――それぞれ、お気に入りのフレーズがあるんですね!
ミヤチ 「他の曲で歌詞に関して言うと、『ラストオーダー』は実体験かフィクションなのか分からないんだけど、すごくハヤシングくんの不器用な感じが出てて好きなんですよね。カッコよくはないけど、可愛らしい感じがめちゃくちゃ出てる」
ハヤシング 「あぁ、たしかに全てフィクションではないかな…。“大人なふりして/手を振ってしまったな”というのがあって。今聴きかえしても、そういうのを大人だと思っているのが自分ぽいなと思ったりしましたね。そもそも、感情移入できるという意味で、曲はドラマであるべきやなと思っていて」
――「ドラマであるべき」というと。
ハヤシング 「『未来世紀天王寺Ⅱ』は分かりやすいSFと九龍城のような情緒感ですけど、『煙草とブランコ』や『むしかご』も映画的だと思っていて。個人的には、“岩井俊二タッチ”の曲だと思ってるんですよね。どの曲も同じようにドラマであるべきだという同じ想いで作っていて、ただそれぞれ道具が違うって、何を用いてその世界を描くかということなんですよね。そういう意味では、『ラストオーダー』は、“僕”という道具を用いてドラマを描いた感じがありますね」
――まさに、岩井俊二監督の『スワロウテイル』や『リリイシュシュのすべて』のような映画のふり幅、ですね。
ハヤシング 「そうなんです!」
――その中で、『ラストオーダー』は自分自身をモチーフに描いたからこそ、フィクションの中にハヤシングさんらしさが濃く出ていると。
ハヤシング 「そういうことだと思います。そう考えると、『チヨコレイト』だけはどうして出来たのか自分でも謎なんですよね。他の曲は、こういう感じでいこうというイメージがあったんですけど、この曲だけはアニメのジャケットみたいなのがバン!と頭の中に浮かんできて、その瞬間すぐに一気に書けたんですよね。降りてきたというか。きっとアニメに合うと思うので、誰かこれを舞台にアニメにしてほしいですね。作れる人、誰か気づいてくれないかな(笑)」
テラオカ 「昔のアニメみたいな情景が浮かぶもんね」
ハヤシング 「フィクションの話で行くと、この曲が一番実体験には近いんです」
――だからこそ、ふとした瞬間に思い浮かんだんですかね。『チヨコレイト』で“チョキ”ってフレーズが出てきた時に、なんて無邪気なんだと思って。他の曲もそうですけど、言葉自体の重みはそこまでないのに、こういう子供言葉のようなシンプルな歌詞がより深みを出しているなと感じて。
ハヤシング 「わぁ、ありがとうございます…。そこは、めちゃくちゃ意識しているところなんですよね。難しい言葉を使うのが嫌なんですよね。難しい言葉を書くことは凄く簡単なんですけど、分かりやすい言葉で、誰も書いたことないような歌詞を書きたいんですよね。言われてみれば、“チョキ”なんて歌詞でふつう誰も書かないですよね」
――そういうフレーズを使って、ここまでドラマチックになるのは素敵ですよね。また、『かたち』もハヤシングさんのパーソナルな部分が出ているような気がしました。
ハヤシング 「これは逆なんですよね。先輩が結婚式の2次会で歌っていたんですけど、それを見ていたら、こういう時に歌える曲があったらいいなと感じて。だから、この曲だけ人に聴いてもらうための曲だからちょっと浮いているかもしれないですね。“結婚っていいよな”みたいな、本当に思っていることを書いてはいるんですけど、他とはちょっと違うアプローチですね」
――この曲は、“僕らはきっと上手くいく”と言い切っているところが他にはない強さがあるなと。
ハヤシング 「いつもなら、絶対に言い切らないんですけどね。“上手くいかないこともないでしょう”とか、そんな風に書くんですけど、この曲はそういう構えなしで作りたい気分だったんですよね」_ds11_bexhibition
――テラオカさんの特に思い入れのある曲を、あえてあげるとすれば?
テラオカ 「『フェアリーテイルイントロダクション』ですかね。一番練習したので…。ハヤシングがフレーズを送ってきてくれたんですけど、聴いたことないフレーズだったので、それをコピーするのが大変でした」
ハヤシング 「パソコンの打ち込みで作っているんですけど、ハイハットのオープンの列とクローズの列があるんですけど、俺が思っていたフレーズで作って聴いてみたら、ハイハットのオープンとクローズがテレコになっていて。だから、頭の中ではハイハットが開いているはずの場所で、閉まってるので気持ち悪くて…。だけど、偶然の産物として意外といいなと思えたのでそのまま(笑)」
テラオカ 「それがおもしろくて! 大変でしたけどね(笑)。初めて聴いたぐらいのフレーズやったので、感動しましたね。まっすぐ作ろうと思ってできるものではないので」
――お話を伺ってみて、全体的にみなさん自由にふっきれた感じで作れたのかなと。
ミヤチ 「“こういうのしないといけない”という型を取り払って、やりたいことをやることに重点を置いたら、前よりもカッコいいものが沢山生まれたなと思います」
ハヤシング 「そういうことなんでしょうね。自分たちがやりたいことをできたあとに、それをどうすると考えたらいいと思えるようになりましたね」
――個人的には、最後の曲が『フェアリーテイルイントロダクション』ということで、“イントロダクション”で終わるところに次への期待感を抱いてるんですが…!
ハヤシング 「そうなんですよ(笑)。正直、すげぇイイ感じで色々いい話もできていて。今、本当に楽しいから、次も楽しみなんですよね」
ミヤチ 「この前、お世話になっているライブハウスの店長さんに、『求められているものが大きすぎて、良いライブをしていてもそこに達していないことが昔はあった。でも今は、その差が埋まってきていて、求められていることに近くなっているのが嬉しい』と言われて。僕ら自身も、ライブをしていてすごくイイ感じで、やりたかったことをできているなと感じていて。やりたいことをやったアルバムをリリースできて、やりたいように自信をもってライブができています。なので、“見てくれ!”という気持ちがとにかく今はあるのでライブに来てほしいですね」
ハヤシング 「ほんと、やっと色々と追いついてきた感じなので。気持ち的にも演奏も、いい感じの今をライブでも観てほしいです」
Text by 大西健斗