「そんな感じで5年過ごしてたらすごく充実してたかもしれないですけど、周りから期待された中でデビューして、タイアップもたくさんいただいた中で、若干自分が置いてきぼりな感じもありつつ、結果も悪くはないけどよくもない(笑)。プレッシャーも大きい分…当時は自分の中身が伴ってるのかな?みたいなことも考えたりしたんで」
「かと言ってイエスマンになってたわけではないんですけど、逆にそこで正面切ってぶつかってしまったが故に、関係が成り立たなくなってしまったり…自分が貫けるようになったから=準備万端っていうわけではなかったですね。だから後悔ももちろんありますし、これから変えていけばいいことの方が多いんでしょうけど、今の状態でデビューしたら違っただろうなぁとは思いますけどね(笑)」
「アハハ!(笑) だから、人とのコミュニケーションの取り方とかもそうですし、本音は変わらないでしょうけどもうちょっと客観的に、転がすつもりぐらいの気持ちでよかったのかな、みたいな」
「確かに…音源でもそう思いますし、ライブなんてもっとですし。あと、昔は人が喜ぶことをやった方がいいのかな?と思ってたんですけど、結果、自分が楽しい方が人も楽しい、みたいな感覚にはなってきましたね。ちょうどさっき、去年出したアルバムをずっと聴いてたんですけど…1年半前にものすごく自信を持って出したものが、たった1年半で遠い過去みたいになった気持ちでいるのは、単純に成長できたからだとは思いましたね、うん」
――とは言え『存在照明』(M-1)自体も、実はそのアルバムのリリース時期ぐらいには作り始めていた曲だったと。
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「そうなんですよ。ちょうどアルバムのキャンペーン中に、あるタイアップのお話をいただいてて、締切まで1週間ぐらいしかなかったんでワンコーラスぐらいだけ一旦作ったんです。結果、その話はなくなってしまったんですけど、当時から評判もよかったですし、この曲ができたときに、“これで決まらなかったらもう縁ないわ!”っていうぐらいの気持ちでいたので(笑)。多分、アルバムができて発売がもうすぐっていう、“よっしゃできた!”みたいな頃だったから、作った時期がよかったなって思いますね。ここまで“オラァ〜!!”っていう感じの曲は、本当“たまに”なので(笑)。過去の自分というか、すごく視野が開いてるときの自分に引っ張ってもらった感じがあるんですよね。あのとき作ってなかったら、全然違うものになってたと思いますね」
――でも、このタイミングで出そうとなったのは、やっぱりそれだけこの曲に対する期待が。
「ぶっちゃけストックはいくらでもあるんですけど、これだよなぁみたいな空気は最初からありましたね。僕の中に何とも言えない基準があるんですけど、フラットな気持ちのときって割とどんな音楽もサラッと聴き流せるんです。でも、そのフラットな状態からスイッチを入れてくれる、そこが自分の中の基準点みたいなところなんですけど」
――ある意味、客観的じゃいられなくしてくれるかどうか。
「そうなんですよ。このワンコーラスのデモがiPodに入っててたまに聴いてたんですけど、車を運転してるときにふと聴こえたとき、スイッチが入る曲だったんですよね。Aメロに“「そんなもんか?」と問いかけてくる”っていう歌詞がありますけど、去年の春ぐらいにこれを作ったあのときの俺に負けてるというか…。だから2番の最初も、“過去の自分にすら 劣ってく”みたいなところから書き始めたんです。でも、過去の自分が勝ってるみたいな感覚って、逆に自分に自信を付けられる1つのきっかけにもなる思うんですよね。今の自分はできていないけど過去の自分はできていた、みたいなところもあるんで。ちょっと視点を変えただけでそれが自信になるというか」
――ある意味、近藤晃央の真骨頂で。視線をちょっとスライドするだけでガラッと景色が変わる。斜に構えてるんじゃないんだけど、逆転の逆転、みたいな。
「俗に言う“複雑”ってやつですね!(笑) 何か…絶望的になることも日常茶飯事なんですけど、全部が全部不幸かと考えたときに実際はそうじゃないし、そうじゃないことに気付くためにも、一旦絶望を受け入れるところからスタートしないと、幸せも見付けられないから。見えないフリをして大丈夫って言われても、あまり説得力がないなって」
――そんな『存在照明』はすごく鼓舞される曲だし、YouTubeのインタビュー でも言ってい たけど、“努力はなくならない”っていうのはすごくいい言葉だなと思いました。
「ありがとうございます。経験から得た自信って時に見失ったりもするけど、なくすものではないというか。だからそれをこの曲では“灯り”に例えたんですよね。見失いはするけどなくしはしないということは、持ってるか持ってないかじゃなくて、気付いてるか気付いてないかっていう話になってくるんで」
――だからこそ、“存在証明”ではなく“存在照明”で。次の5年に向かって、改めて自分の尻を叩くような感じも。
「何か本当に…自分の現在地を認めながら、でもそれが現在地ではあっても限界値ではないというところで。別に恵まれてないわけでもないですし、不幸な状況でも今はないと思ってるんですけど、自分が設定したハードルを超えられてないのも事実だし。それが=才能とか運とかいうことで片付けられるなら、そもそも音楽なんてやってないと思うんですよ。運とかタイミングとか、自分でコントロールできないものを待っててもしょうがないから、自分が自分に勝たなきゃいけない。まだ勝者とは言えないけど、まだ挑戦者であるからこそ続けてるんで。向上心がなくなったら、本当に別の仕事を探した方がいいなと思いますよね」
――あと、『存在照明』のようなマッシブなサウンドは、フェスを軸としたバンド界隈がまだまだ幅を利かせてる時代にも完全に戦える音楽で。その辺の意図はあった?
「ありましたね。僕は元々ロック畑の人間だったんで、Hi-STANDARDから始まって、15から20歳までずっとライブハウスでバイトもしてたんですけど、デカい音の中にいるのが一番安心するんですよ。その後、本当はバンドがやりたかったんですけど、一緒にやりたいヤツもいなかったし、それに会えるのを待っててもしょうがないし、当時ハナレグミさんとかのライブを観て弾き語りのよさは感じてたんで、恐る恐るやり始めたのがきっかけだったんで。選択肢がなかった部分もあるんですよね」
――でも、シンガーソングライターってよくそういうこと言うよね~(笑)。
「それが人間的な問題なのかは、分からないですけどね(笑)。そういう意味では、自作自演者であること以外は何でもありっていう椎名林檎さんのスタンスは結構ヒントになってて。ただ、結局は1人だから、弾き語りのライブに呼んでもらうこともたくさんあったんですけど、逆に自分が何者なのか分からなくなったりもしてたんですよ。曲がよければ弾き語りでも伝わるんですけど、自分の中では言ってもなぁ〜みたいなところもあったんで(笑)」
――今回はそういうバンドマン的な側面が色濃く出て。とは言え、サウンドの話ばかりにならないのは、やっぱり強いメッセージがあるからだと思いましたし。近藤晃央の次の5年を照らしてくれる曲になりましたよね。
2択だったんですよ。セックスレスの曲を書くか、セフレの曲を書くか(笑)
――かと思えばね、その後にはホンマに公然猥褻みたいな曲が(笑)。
(一同爆笑)
――取材のために近藤くんのこの1年を知ろうと思ってブログをさかのぼったら、愛犬プチの話 にたどり着いて。自分の大切な存在がいなくなってしまった、本当に泣ける話で…なのにこれ、同じヤツが書いた曲なんやって(笑)。
「アハハハハ!(笑)」
――いやぁ〜でも『ベッドインフレームアウト』(M-2)は、すごくエロいけど、すごく新しい。キワキワのところでちゃんと芸術性を保ちながら、かつポップソングであるのが素晴らしいなと。
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「ありがとうございます。僕が聴いてきた昭和歌謡の曲って割と“これが許されるの?”みたいな艶かしいフレーズがたくさんあって。しかもそれが意外と大ヒット曲だったりして」
――知らない間に耳になじんでたけど、よくよく歌詞を見てみると結構…みたいなね。
「そうなんですよ! でも、女性視点だからこそ逆にためらいなく書けたのはありますね。あと、今言ってくれたように芸術性の話になるのは、逆にこの歌を女性が歌ってないからだとも思うんです。女性が歌ったらただの重い歌ですから(笑)。そういう性別の違いを有効活用しながら、だからこそ書けたというか。元々女性視点で危ういことを歌うのが好きだったんですよね。女と女の妬みの曲だったり、ストレスの曲だったり、いろいろ作ってきたんですけど、30代に入ったときにうちの女性スタッフのチーフからも、“大人のちょっとエロい曲が欲しい”と提案があって。僕が描きたかったのは結局、心理的な部分でしかないんですけど、そのときなぜか最も書きたいと思ったのが、単刀直入に言うとセフレの歌なんですよね(笑)」
――“大人のちょっとエロい曲が欲しい”=セフレって、何でそう思ったのかな?(笑)
「アハハハハ!(笑) 幸せな曲を書くつもりはあまりなかったんで、2択だったんですよ。セックスレスの曲を書くか、セフレの曲を書くか(笑)。セックスレスの方はちょっとニュアンスがぼんやりしてるから、まだ書くにはちょっと時間が掛かる気がしたんで」
――この曲は言葉の選び方もそうですけど、作家的能力の高さがすごい。あと、ヒップホップとかも別名でできそうだなと思うぐらい面白いなぁ。
「言葉の言い回しが早い、韻を踏むのもそうですし、意味はつながってるけど距離感が近くない言葉を並べてみたり…Aメロで情景を描いてサビで核心を突く感じが好きで、ラップとかではよくある手法なんですけど、それを歌でやるのがすごく面白くて。あと、きっかけとしてはAqua Timezのmayuko(key)ちゃんを紹介してもらったのもあります。僕は男性のミュージシャンと一緒にやることが圧倒的に多いので、こういう色気のある楽曲を女性が演奏することで、今までにない化学反応が生まれるんじゃないかと。mayukoちゃんとは今回が初対面で、そこからライブを観にきてくれたりご飯を食べたりコミュニケーションを取った上で、一旦僕がピアノと歌だけのデータを送って。そうしたら、“もう最初に聴いたときから救われない気持ちになった”って返ってきて(笑)。チェロは石貝梨華さんに弾いてもらったんですけど、細かいタッチの加減も男性とは違いますし、強弱の“弱”がめっちゃ聴こえるんですよ。何なんですかね? 女性だとここまで明確に違うのかって、新鮮なぐらい強烈に感じましたね」
――この“あなたが果てたそのアフターが あたしの価値を今試してんだ”っていう言い回しは上手いなぁ。ホント昼ドラとかにもハマりそう。すごいわもう。モザイクだわこれ(笑)。
「曲にモザイク(笑)。最近、意外とこの曲の入口が広いことに気付いて。こんなに偏ってるのに(笑)」
“やり残した”というよりは、“やりたいこと”ばっかりなんで
――『ひとつになれないことを僕らはいずれ知ってゆくよ』(M-3)はもうちょっとネイキッドでピュアな曲ですけど、この曲は表題曲にしてもいいぐらいの気持ちだったと。
「すごくしっくりきてますね。今、世の中に受け入れられる音楽って決してキャッチーなものだけでもなかったり、アーティストというよりも曲単位で評価される時代だなと思っていて。だからこそ、いろんなことができるのもあるんですけど、僕は歌い上げる曲よりも、歌い上げる“部分もある”曲の方が、メリハリが効いている曲が好きだったりするので。この曲を最初に作ったときはサビだけメロディがあって、あとは打ち込みで演奏を先に全部入れた状態から考えていったんですね」
――ビートを先に作って後からフロウというか言葉を乗せるような…それもヒップホップ的な感じもしますね。
「あぁ〜そうかもしれないですね。昔はやっぱり弾き語りが前提だったので詞先になったり、メロディ重視みたいなことを強く考えていたんですけど、今はトータルで見てる感じですね。だから作風というか作り方としては、あんまりシンガーソングライターっぽくないかもしれないです」
――この曲も、1つなれなかったことよりも、1つになりたいと思わせてくれた尊さに目線が落とされているのは、近藤晃央ならではだなと。
「発想の転換じゃないですけど、そもそも近付こうと思わないと擦れ違いもしないと思いますし。結局、分かり合えなかったという結論に至ってる人は、ある程度は分かり合えた人だと思うんで」
――本当に思考のカラクリみたいな…普段は真面目に考えて落ちることもあるということなのに、曲を書くその発想はある意味スーパーポジティブなんで不思議ですね。
「普段からそういう考えに至ってたら、多分音楽にはならないんで(苦笑)。結局、あーぁ、気付けなかったな、みたいなことを…私生活が上手くいかないから曲になると思うんで(笑)」
――音楽にしようとする作業の中で気付かされ、それを音楽にすることで聴いてくれた人にもそれを伝えられる。
「何だか不幸請負人みたいな(笑)。まさしくそうですね。僕が先に傷付いておくと(笑)」
――通常盤には『めぐり』(M-4)も入っていて、原点的な曲をこのタイミングで入れておこうと思ったのは?
「僕はむしろ、ソングライティングの技術が上がってるので過去の曲よりは今の曲というスタンスなんですけど、今回は5周年と掲げてたので、その対比になる始まりに近い曲を入れてもいいんじゃないかっていう話をスタッフからもらって。いざレコーディングしてみたら言っても今の自分なので、そこまで古いものには聴こえなかったんで」
――やっぱり1つの節目が来て次に向かうタイミングだからこそマッチしたというか。周年ってアーティストが祝われる理由ができるというか、同時に周りも祝う理由をもらう。今って基本5年もメジャーにいられないと思うんで。
「そうですよね。お客さんはもう大前提ですけど、メディアの方とか近くにいるスタッフ、今でも応援してくれてる人たちに“俺のどこがいいんだろう?”と聞いたとき、“曲がいい”と言ってくれることが救いだなぁと思っていて。男性ソロ不遇の時代なのは確かにあるんですけど、“いいヤツがいるのに何でもっと出てこないんだよ”と思われてるからこそ、そう言われると思うんですよね。バンドがブームになったのはフェスがあったからだし、そういうきっかけみたいなものがいつ来るか、何をもっていい曲なのかは今でも分からないですけど、クオリティを下げないでいることは、自分にできる唯一のことで。自分の指標を作り続けることが大事なんじゃないかって」
――これからの5年でまた変わるだろうし、楽しみですね。
「デビューした頃って、何か理由があったわけじゃないですけど、5年後をイメージしてたんですよ。例えば、5年で日本武道館に立つとか、CDのセールスもそうだし、自分が思い描いた自分には全然なれてない5年間だった。でも、言い換えるとたった5年でここまで成長するとも思わなかった。バカみたいなんですけど、もうデビューした時点である程度完成されてるつもりだったんですよ(笑)。本当に成長期ってどこでやってくるか分からないし、多分まだまだ成長できる。だからこそ、成長って自分にしか分からないことだったりもするので、今度は目に見える結果で自分の想像を超えたいなって。今やってる音楽性が狭いとは思わないんで、いつかベストアルバムを出せるときが来たら、それが一家に1枚あるような人物になりたいですね。あとはやっぱり、今までと違うこともいろいろ試したいなって。いきなりヒップホップをやるかは分からないですけどね(笑)」
――そう考えたら、やっぱり今後もまだまだ希望がありますね。
「そうですね。“やり残した”というよりは、“やりたいこと”ばっかりなんで」
Text by 奥“ボウイ”昌史