「社会に対して自分の思うことを、音楽でやる」 美しく、神秘的で、ダークで、ポップ 混迷する社会にsébuhirokoが提示する、直感が誘う音楽 『WONDERLAND』インタビュー&動画コメント
光も闇も、本当も偽りも、その間にあるグレーな有り様も、あらゆる側面・状況を内包した音楽。パリ・エコールノルマル音楽院を首席で卒業後、くるりの主宰するレーベルNOISE McCARTNEY RECORDSから発表されたアルバム『おうちはどこ?』(‘08)でデビューした世武裕子は、作曲家としても映画のサントラやCM音楽を多数手掛けるなど(この9月まで放映されたTVドラマ『恋仲』のサントラも担当)、引く手数多の才能だ。この度、シンガーソングライターとしての名義をsébuhirokoと改め、ミニアルバム『WONDERLAND』をリリース。ハマ・オカモト(OKAMOTO'S)や福岡晃子(チャットモンチー)、江島啓一(サカナクション)、あらきゆうこ、小倉直也(Qomolagma Tomato)らが参加した1枚は、冒頭に書いたような、豊潤で多様な音楽に満ちている。
表現者としてステージに立つときは“歌を歌いたい”
――作曲家としてはこれまでの“世武裕子”名義として活動を続ける一方で、シンガーソングライターとしての名義を“sébuhiroko”としました。その想いから聞かせてください。
「『おうちはどこ?』を出してから5年という節目が去年にあって、5年間の中でいろいろ得たものも多かったんですけど、6年目に入ったときに、じゃあ自分はいったい何をしたいのか? ってもう一度考えてみたんです。インストをやったり歌をやったり、どれも好きだから全部嘘じゃないんですけど、何をしたいのかよく分からなくなってたので。劇伴はおかげさまで少しずつやらせてもらうようになりましたけど、劇伴をやってるときの感じと自分がステージで表現したい感じは、違うんじゃないかって。それが混ざっちゃうと、どっちにも説得力がなくなっちゃう。あと、表現者としてステージに立つときは“歌を歌いたい”って思ったことが大きい。それで、別名義にしようか考えたりもしたんですけど、人間としての自分を表現したりもするので、自分の名前の方がいいよなって。じゃあ名前はそのままで表記を変えよう、ということになりました」
――歌を歌いたい、と思うに至ったきっかけは?
「サウンドトラックやCM音楽と、制作仕事をいろいろやらせてもらったのが大きいかもしれない。今までって、“曲を書きたい!”とか“今、何か曲が浮かんできた!”みたいな感じで曲を書いてたんですけど、制作の仕事が多くなると、ずーっと日常的に曲を書いてるから、自分の“これをやりたい!”っていう在り方も変わってきて。制作ではインストの曲を書く機会が多くなったので、自分の作品ではそうじゃないことをやりたいなって」
――全体の印象として、生演奏と電子音楽が溶け合っている様が見事だな、と感じました。その両者を同列に捉えているというか。ロバート・グラスパーに代表されるジャズとエレクトロニック・ミュージックの交差だったりも連想出来たのですが、そういう部分は意識しましたか?
「うーん。好きな音楽は聴くんですけど、新しい音楽を掘り下げていきたいタイプじゃないんですよね。日々過ごしてる中で、社会のうねりというものはもちろん何となく感じて生きてるんですけど、今、何が流行っているのかは、あまり分かってなくて。この7曲って、結構前からやりたかったことなんですけど、今よりもパソコンをあまりよく分かってなかったから出来なかった。今までは出来ることの中でベストを尽くそうとしていたけど、今はやりたいことに自分から寄っていくようにしたというか。だから、技術的に苦手なパソコン周りのことだとかも周りの人に協力してもらいながら。今回は共同プロデューサとして浦本さん(=浦本雅史。サカナクションをはじめ、多くのミュージシャンを手掛けるレコーディング・エンジニア)に参加してもらったことも大きかったですね」
言いたいことはあるんだけど、ツイッターで140文字でうまく書けなくて
炎上するくらいだったら(笑)、音楽で表現します
――『YOU』(M-2)や『Lost Highway』(M-5)のビートは四つ打ちになっています。
「『YOU』に関しては、ドラムが打ち込みと生を行き来する、というのが最初のアイデアで。サビは生で、サビ以外は打ち込み。その打ち込みも、あらき(ゆうこ)さんの叩いたドラムを素材に作ったものです。曲のところどころで“YOU”って言ってるんですけど、“それはあなたに話している”、“あなたのことを言っている”、“あなたの意見を聞いている”ということを伝えたくて。何に対しても人ごと、みたいな今の社会の流れが気になっていて。日々のことに追われてると(自分のこととして考える)余裕がなかったりもするんですけど、“私はあなたに歌ってます”っていうことを言いたかった。あなたが生きてるし、あなたが今ここにいるし」
――歌詞については、自身のことというよりもっと物語世界なのかなと思っていました。
VIDEO
「『LiLi』(‘10)のときは、完全に物語でした。ほとんど自分の思ってないことというか、脚本みたいな感じで考えてたんですけど、今回はそうでもない。特に『YOU』と『君のほんの少しの愛で』(M-3)は、かなり具体的に言いたいことがあった曲です。言いたいことはあるんだけど、ツイッターで140文字でうまく書けなくて炎上するくらいだったら(笑)、音楽で表現しますって。ミュージシャンなら音楽で言おうよ、っていう想いもあったので。あと、『Stainless Steel Madness』(M-1)のサビも言いたかったことですね」
――“How you feel is GOOD”(あなたがイケてると思うやり方で)、“How you feel is RIGHT”(あなたが正しいと思うやり方で)と歌っていますよね。これ、いいなあ、と思っていました。
「ホント、それしかないなって。何が正解だとか、いろいろあり過ぎて訳が分かんなくなっちゃうじゃないですか。自分がいいと思ったことに責任を持つしかないなって。すごくポジティブな意味で“仕方ない”。自分もいろんなことに悩んで今があるし、これからも悩むと思いますけど、自分が思ったことを少しでも伝えられたらいいなって」
赦されないって分かってるんだけど、分かってるから懺悔室に行くというか
すごく辛いけど、もしかしたら美しいのかもしれない
――そうなると、“言いたいことが込められている”という意味で冒頭の3曲がつながってきますね。
「そうですね。そこからちょっと物語っぽくもなってくるというか。『美しいあなた』と『Lost Highway』は、完全に自分が主人公じゃない。『美しいあなた』は、架空の映画を歌うイメージですね。『Lost Highway』は、今回のジャケットを見ても分かると思うんですけど、(デヴィッド・リンチ監督作品の)『ロスト・ハイウェイ』(‘97)のイメージで作りました。と言っても『ロスト・ハイウェイ』の物語を歌詞にしたわけじゃなく、映画のイメージだけを残して、そこに自分の物語を乗っけていくというか」
――『Lost Highway』の、セリフのように歌う部分だとかは、舞台を観ている/聴いているようだなと感じました。言葉の持つリズムで遊ぶ感じというか。この曲は環ROYとの共作になります。
「最初は、その(セリフのような)部分を環くんにラップしてもらおうと思ってたんです。3拍子にラップが入ってくる、っていうのをやりたかった。でも“3拍子でラップってどういうこと?”ってなっちゃって(笑)。それなら自分で歌いなよ、みたいな。(該当箇所の歌詞は)彼がノートと鉛筆を持って、“何か言いなよ”ってところから、“その次はどうしたいの?”、“それ、意味分かんなくない?”みたいな感じで一緒に作っていきました」
――場面場面が切り替わっていきますよね。
「デヴィッド・リンチの急にガラッと変わる感じを音楽でやってみたくて」
――そして、その次のリラックスした『Forgive』(M-6)にもつながってる感覚があります。
「でも、リラックスしてるようでいて、これが一番ヘヴィ。“私は赦されるのか?”っていう、教会の懺悔みたいなものでもある。自分が分からないこととか、自分がやってきたこととかに対して、“赦してくれますか?”って言ってみたくて。赦されないんだけど。何というか、終わったことを赦して欲しくても、実際には赦されない。赦されないって分かってるんだけど、分かってるから懺悔室に行くというか。そういう感じのことを歌いたいなと。それはすごく辛いけど、もしかしたら美しいのかもしれないなっていうのは、この歳になって思うことで。昔は、映画で観るのはいいけど、実際に自分に起こったら絶対そんなの耐えられない、みたいに思ってたんですけど」
“ダンスミュージック”がやりたい
ダンスって社会そのものでもあるような気もするし
身体性と精神性と音楽、いろんな要素が入り乱れている
――最後の『Wonderland』(M-7)は、生演奏とエレクトロニック・ミュージックがシームレスに連なっています。
「この曲が一番、素の自分に近い。1人っきりのときの自分。だから今まで作ってきた全ての曲のなかで一番心地いい。だから最後に持ってきたし、タイトルにもなってるんですけど。いい意味でも悪い意味でも、今の世の中ってワンダーランドだよねって。これもニュースとかを見てて作ったんですけど。そういうことが増えたのかもしれないですね。社会に対して自分の思うことを、音楽でやる」
――これまではどうだったんですか?
「今までは、もっと切り離してた部分があって、言いたいことは言葉で言ってた。でも、結局はミュージシャンだし、せっかく音楽やってるしなって」
――この曲は唐突に終わる感もありますよね。だから、無音になったときの余韻が強い。
「音楽的にとか、アルバムの終わりとして狙ったというより、私がそういう人間なんです。みんなでワーッて打ち上げで楽しんでるときに、“じゃっ、お疲れ様でした”みたいな感じでスーッと帰っていく(笑)。それって、どうでもよくなったとかじゃなくて、自分の中でそれとこれは別、みたいな私の基本人格で。みんなで話すことも大好きだし、1人でいることも大好き。でも、各々で行きましょうよっていうのがあって。だから終わり方も自ずとそうなった。漂いたい、でもすごく強く残る、というか。そういう存在でありたい」
――曲順については、どういったことを考えましたか?
「感覚ですね。自分の唯一優れているのは感覚だと思っているので。自分の感覚に従おう、って。音楽だけじゃなくて、全部直感ですね。そこ以外は全く自分のことを信用出来ない」
――日本語、フランス語、英語と混在した歌詞ですが、使い分けはどうしてるんですか?
「メロディと歌詞は一体化して自然に出てきてるから、あまり狙ったものではないですね。言語が混ざってるのも自分ぽいというか。“自分が作ってるもの”を受け入れたアルバムになってます」
――最近は、チャットモンチー乙女団としてツアーに帯同していますが、自身へのフィードバックはあります?
「一番大きかったのは、歌詞が覚えられるようになった。今までは、譜面で育ってきてるから見て弾くのが当たり前だった。でもそれって、見てる譜面が一番になっちゃうんですよね。バンドの人って譜面が読めなかったりもするから、そもそもそういう思考回路じゃない。チャットのときも、最初はカンペとか作ってたんですけど、せっかくバンドに参加するし、見ないでやってみようかなってふと思って。えっちゃん(=vo&g・橋本絵莉子)が横で歌ってるのを見てると、構成とかがすんなり覚えられたんです。そこから自分のソロに戻ったら、スッと覚えられるようになった。それまでは、演奏は覚えられるんですけど、音符じゃない言葉が覚えられなかった。地味なことですけど、私の中では相当大きかったですね。譜面を見なくて歌えるから、より違うものを探せるようになった」
――世武さんとしては、自身の音楽でどういった状態を作り出したいですか?
「言葉にすると語弊があるかもしれないんですけど、“ダンスミュージック”がやりたい。今回の作品は、私のやりたいダンスミュージックに近いですね。いわゆるハウスとかテクノっていうジャンルではなくて、“新しい”とか“新鮮”とか、そういうニュアンス。打ち込みでも打ち込みじゃなくても、それは混ざってていいんですけど。例えば、『Lost Highway』はテクノとプログレを混ぜたくて始めた曲だったりもするし。“ダンス”って社会そのものでもあるような気もするし、身体性と精神性と音楽、いろんな要素が入り乱れている」
――コンテンポラリーダンスとも近い“ダンス”ですか?
「そうですね。ピナ・バウシュ(ドイツのコンテンポラリー・ダンスの振付家。演劇とダンスを融合させ、世界の舞台芸術に影響を与えた)とテクノが交じった、みたいな。それが一番分かりやすいかもしれない。どっちにも寄らないけど、どっちもある。何で分けなきゃいけないの? っていうのはすごいあるから」
――そして、11月20日(金)にはワンマンライブ『The Soft Hell Club special 燃える西のワンダーランド篇』がdigmeout ART&DINERであります。
「ライブって、曲の流れをすっごい気にします。みんなが退屈じゃないように、なるべく最後まで楽しんでもらえるように。ちょっと気を許すと、“聴いて欲しい”が前に出てしまって自分のためのライブみたいになっちゃうから。自分としてはこの曲もこの曲も聴いて欲しいみたいな気持ちがあっても、お客さんからしたら“ちょっと長いわ”とか“その流れ重いわ”とか、いろいろあるじゃないですか。そういうことはしたくないから。“楽しい”のがやっぱりいいじゃないですか。“楽しい”も、わーっていう楽しさというよりは、“戦い”みたいな感じが好きなんです。“みんなで楽しい”、にはあまり興味がないから。“私とあなた”が幾つもある、にしか興味がない」
――“私とあなた”が幾つもあるというのは、最初に話していた『YOU』の歌詞にもつながることですね。
「安心したくないんです。みんなにも安心して欲しくない。知ってる曲を知ってる感じで演奏する楽しさもあるし、わざとそういうことをやるのもいいんだけど、とにかくハッとする驚きが欲しい。それがさっきの“戦い”でもある。そう聴いて欲しい、とかじゃなくて、そう聴いちゃう音楽をやらないとダメだから。相手にこうして欲しい、ってこっちのただのエゴなんで。なるべく音楽だけで、そこに持っていきたい。音楽の中でいかに主張出来るかが、存在意義だと思ってるので」
Text by 中谷琢弥
(2015年11月18日更新)
Check