一緒にいるけれどすれ違っている、近くて遠くて、 でもすぐ傍にいる2人。微妙にして絶妙な距離感で情景を描く かみぬまゆうたろうの静かなる驚異 『となりのへやではきみがないている』インタビュー&動画コメント
昨年、1stアルバム『かみぬまゆうたろう』をリリース。それに伴うツアーをはじめ、『下北沢SOUND CRUISING』『やついフェスティバル』といったイベントにも出演するなど、注目を集めるシンガーソングライター、かみぬまゆうたろう。この度リリースとなった2ndアルバム『となりのへやではきみがないている』では、含みを持たせつつも真っすぐに歌う弾き語りに加えて、野村卓史(グッドラックへイワ)、服部将典(NRQ)、沖田優輔(はいからさん)、佐藤良成(ハンバート ハンバート ※1曲のみ参加)を迎えたバンド編成も披露。全曲アナログレコーディングで制作され、懐かしさや生々しさも感じさせながらも野暮ったくない、“東京のいま”の空気をまとった1枚になっている。アルバムタイトルも示すように、一緒にいるけれどすれ違っている、近くて遠くて、でもすぐ傍にはいる2人、という微妙にして絶妙な距離感が全編に通底していて切なく、でも心地よさすらあって。歌詞の元になった実話も交えながら、必要以上に飾ることなく話してくれた。
アナログレコーディングは音質や空気感が明らかに違う
――全曲オープンリールでのアナログ録音で制作されたアルバムです。その魅力はどういったものでしたか?
「1stアルバムのときは、ただがむしゃらに出来ることをやる感じだったんですけど、元々アナログレコーディングに興味があったので、今回はそれに挑戦してみようと。やってみて感じたのは、音質や空気感が明らかに違うなって。(デジタル録音と違って)基本的に編集は出来ないので一発録りになる。だからすごくライブ感のあるものになったんじゃないかなと思います。やっぱり緊張感ありましたね、実力が試されるというか」
――愛用のギターは1923 年製のMartin O-18というヴィンテージギターですが、やはりアナログ感にはこだわりはありますか?
「うーん、いろんなギターが好きなんですけど、弾いた感じでしっくりきたのがそうだっただけ、なんですよね」
――今作は7曲中3曲がバンド編成となっています。ギターボーカルのかみぬまさんに加えて、ピアノ・オルガンに野村卓史(グッドラックへイワ)、コントラバスに服部将典(NRQ)、ドラムに沖田優輔(はいからさん)というメンバー構成で。加えて、『ちいさな背中』(M-2)には佐藤良成(ハンバート ハンバート)がバイオリンで参加しています。
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「ドラムの沖田さんは1stでも叩いてもらってるんですけど、他の人は初めてで。皆さん場数も多いので、すごいやりやすかったですね。『ちいさな背中』は録り方が変わっていて、先にギターボーカル、ピアノ、ウッドベースで一斉に録ってから、そこにドラムを乗せる作り方をしたんです。エンジニアの近藤(祥昭)さんの発案だったんですけど、“100年に一度の発想です!”って言ってました(笑)。と言うのも、近藤さんにこの曲のデモを聴いてもらったとき、“ピアノボーカルの曲だから、歌にピアノが寄っている方がいいよね”って言われて。ドラムがあるとどうしてもドラムに寄っちゃうだろうからって。バイオリンはその後に入れてもらいましたね」
曲調的にはさらっと聴けるけど、クセのある言葉を選んでいる
――歌詞について感じたのが、心情というよりは情景を歌っているというか。“こうしたい、こうなりたい”といった希望じゃなく、淡々と日常や恋を見つめているなと。曲調は明るいけれど、切なさや物悲しさのある歌詞で。
「歌詞に入り込みやすいようにストーリーっぽくしたい、というのはありますね。曲調的にはさらっと聴けるけど、クセのある言葉を選んでいるというか。引っかかる言葉をすごい大事にしています。やっぱり歌詞って、頭に残ったりするものだから」
――最後の最後にちょっとしたひねりがあることで、それまでの印象がガラッと変わる仕掛けもあったり。『ちいさな背中』の最後の、“背中むけて眠ってる きみは昔の恋人”という部分って、どういう状況なんですか?
「これはほぼ実話なんですけど(笑)。東日本大震災のときに、その女の子が原発の15km圏内に住んでいたので、もう住めなくなったんです。引っ越しをしなくちゃいけないってことで、家族や親族も含めて、車何台かをガソリンがなくなるまで走らせて。ガソリンも簡単には手に入らない頃だったんで、ある分だけ南下してきて、茨城県の辺りで家を借りたんです。3LDKに8人くらいで住むことになって、そのときは僕とその彼女は付き合ってなかったけど、何回かくっついたり離れたりしていた頃で。僕は実家住まいだったんですけど、うちの親も彼女のことは知っていたので、“大丈夫なの? うちでよかったら来たら?”っていう話になって。付き合ってないのに一時期、一緒に住んでたんです(笑)。そのときの歌です」
――そうなると、この曲の歌詞全体が違った角度から見えてきますね。他の曲も実体験が多いんですか?
「今回入ってるのは、割とそうですね。『うるさい彼女』(M-7)も、僕が“寝言うるさいよ”って言われてたときがあって、“そんなこと言うけど、そっちもうるさいよ”っていう歌です(笑)」
――歌詞やメロディは、どういったときに浮かんでくることが多いですか?
「歌詞とメロディが同時に浮かんできて、そのフレーズから広げていくことが多いですね。曲から作ることもあるけど、固くなっちゃって全然出来ない。ぼーっと歩いてるときによく浮かんできます。前は録音してたんですけど、録音しても聴かないんですよね(笑)。でも、パッと頭に浮かんだものって、ずっと残ってたりするもので」
――忘れるくらいだったら、いいものじゃない、と。
「そうなんですよ。忘れちゃうくらいならいいか、って」
歌詞を楽屋に忘れちゃって、ないなと思って探してるときに
たまたま『真夏の夜の事』が出てきたんで、やってみたら好評だった
――今回はカバーも2曲あります。まずは『Moon River』(M-5)ですが、映画『ティファニーで朝食を』(‘61)への思い入れがあっての選曲だったりするんですか?
「特別強い思い入れというのはないのですが、去年の10月に仙台と新潟で奇妙礼太郎さんとbonobosの蔡(忠浩)さんと弾き語りライブで 共演したんですけど、そのときにセッションでやった曲だったんです。そこからライブで結構やるようになって」
――じゃあカバーのもう1曲、初恋の嵐の『真夏の夜の事』(M-6)に関しては?
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「元々初恋の嵐は好きで聴いていたんですが、あまりライブでやったことはなかったんです。1stアルバムのリリースツアーの東京ワンマンで 偶然やったも ので。本来は(ASKAの)『はじまりはいつも雨』をカバーする予定だったんですが、歌詞を印刷してたんですけど楽屋に忘れちゃって。ないなと 思って探してる ときにたまたま『真夏の夜の事』が出てきたんで、やってみたら好評だった。それからやるようになりましたね」
――音楽における原体験というか、今の活動の元になっているものって何ですか?
「“弾き語り”っていうものを全然知らなかったんですよ。元々、高校のときに同級生とバンドをしてたんですけど、メンバー2人が大学に行くために浪人したんですね。僕は大学に行かなかったんで1年目は待ってたんですけど、2年続いちゃって(笑)。これは無理だと思って、1人でやろうとそこからアコースティックギターを買って始めたんですけど、そもそもどういうことをすればいいのかも分からなくて。そのときにいろいろと聴いた中で、有山じゅんじさんの『Thinkin' Of You』(‘04)っていうアルバムがすごいなと。古いマーチンのギターで全曲弾き語りをしていて、いわゆる指弾きの、ラグタイム・ギターだったんですけど。その教則本を買って練習したりもしました。独学なので雑なんですけど」
心からめちゃめちゃいいなって思う人と人気はイコールではないんですよ
何なんでしょうね
――ライブハウスのスタッフもやっているとのことですが、その 経験が自身の音楽に反映していたり、という実感はありますか?
「いろんなバンドを見てると、いろんな曲が浮かびますね。そのとき見てる曲とは全然違ってるんですけど、純粋に浮かんでくる。だから刺激を受けてるんだなって。でも、心からめちゃめちゃいいなって思う人と人気はイコールではないんですよ、何故か。何なんでしょうね」
――最近、すごくよかったのは?
「島崎智子さん。圧倒的でしたね。代官山の晴れたら空に豆まいてで見たんですけど、生声と生ピアノだけ。泣きましたもんね。何というか、王道の弾き語りの感じじゃなくて、めちゃめちゃ歪なんですよ」
――ライブハウスのスタッフ、ミュージシャンとしても活動して。音楽漬けの毎日ですよね。音楽以外だと、何をしていることが多いですか?
「酒ですかね(笑)。酒と音楽って近いですよね。以前、ライブ前に飲み過ぎて同じ曲を2回やっちゃったりしたんで、一度(ライブの前に飲むのは)辞めたんですよ。辞めたら辞めたで、辞めてる自分も何なんだってなったんで、また最近は飲んだりもするんですけど(笑)。あまり考えないように、自然体でいるようにしています」
――3月には東名阪のリリースツアーがあります。初日の3月7日(土)は大阪のdigmeout ART & DINERにて。レコーディングメンバーと同じバンド編成(佐藤良成を除く)で、ゲストには蔡忠浩(bonobos)を迎えて行われます。
「バンド編成でやるのはかなりレアなので、ぜひ見て欲しいですね。普段弾き語りをしている人のバンド編成って特別感があるじゃないですか。それがうまく出せればいいなと思っています」
Text by 中谷琢弥
(2015年3月 6日更新)
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