諦めることで、人は前に進める――
揺れ動く想いと、答えが出ないという答え
中村 中の4年ぶりとなるシングル『幾歳月』を
アコースティックツアー道中に問うインタビュー&動画コメント
人にはどんなに頑張っても変えられないものがある。人はそれをどこかで認め、受け入れ、時に諦めながら生きている。移籍第一弾のニューシングルとしてリリースされた『幾歳月』は、自らの宿命と正面から向き合って生きてきた中村 中が、今一度、自身の創作欲求の根源に立ち戻って書き綴ったナンバーだ。同作には、そんな心に沁みる表題曲をはじめ、妖しく神秘的な歌声と幽玄なアコースティックギターが合わさるキング・クリムゾンのカバー『I Talk To The Wind』、一転して力強いボーカルとロックなバンドサウンドを打ち鳴らす『スズムシ』の3曲を収録。この夏は、この新曲を携えて恒例のアコースティックツアー『阿漕な旅 2014 ~幾歳月~』を開催し、9月には待望のニューアルバム『世界のみかた』を届けてくれる。そのアルバムのための曲作りの中で生まれたという今回のシングル。そこに至るまでの自問自答について、赤裸々に語ってくれた。
書けないと、書きたくなくなる
書かないと、もっと書けなくなる
――『幾歳月』はシングルCDとしては4年ぶりですね。どのような過程を経て書かれた曲なのでしょうか?
「今年でデビュー8年目になるんですが、これまではずっと逆境に立ち向かうというか…失敗してしまった人とか、上手く生きていけない人のことを歌ってきたように思います。その歌詞をよく読むと、“負けたくない!”という想いをずっと歌ってきているし、そう強く思っていれば大丈夫だと思っていたのに、最近はそれだけじゃダメかもしれないと思うんです。以前に比べると、曲作りもどんどん難しくなってきました。書けないと、書きたくなくなるというか。でも、書かないと、もっと書けなくなる。そういう悪循環の中にいたんです。“素直に曲にすればいいんだよ”ってずっとアドバイスももらっていたんですが、私の“素直”がどこにあったのかも分からなくなっていて…それを探すのに長く時間がかかりましたね。“なぜ書けないのか”よりも、“なぜ書きたいのか”というところまで戻りました」
――曲作りの根源的なところまで?
「そうです。その理由として、学生時代の私は結構引っ込み思案で友達も少なかったし、男の性として生まれた自分を認められなかったんです。それをどうにか見ないようにしたくて、それを歌にしていたんですね。そして、デビューする前に、女の性で生きていくことに決めたんです。多少イヤなことは言われるだろうし、ヘンな目で見られたりすることもあるだろうというのも想定の上でした。それでも人に認められたい、人とつながりたいと思った。だから、“素直になれない”ことが、私の一番の“素直”なんだなって(笑)。もうそんなことを考える時期は終わったと思っていたんですよ。なのに、またそういうところに戻ったのはなぜなのか? 10年1サイクルと考えると、私は今年で29なんですけど、30歳も手前となると、同世代の仲間たちもやたらと転職する人が多かったり、結婚する人がいたりして。私もみんなと同じところがあるのかなと思ったりします…。まぁ、みんな悩みはありますよね? で、そんなことも考えてはいたんですが、なんと答えは出ませんでした(笑)。それでも、私なりに出した答えのようなものを『幾歳月』(M-1)では歌ったんですが…どんなに悩んでも、もう直せないものってあるんですよね」
――そうですね、ありますよね。
「性格もそうだし、考え方もそう。私の場合は、もし最初から女の性に生まれていたらどうだったろう?っていまだに思うんですけど、もうそれは仕方ないというか。じゃあそれ(性同一性障害という自分自身)をどうやって受け入れるのか、認めるのか。言い方を変えれば、諦めるのか。先輩方の話しを聞いていても、“みんなが通る通過儀礼みたいなものなんじゃないの?”って。ならば、今答えが出ないという自分も、まさに自分自身なのだと認めざるを得なかったんです。『幾歳月』はそういうことを思いながら書いた曲で、“素直”とはどこにあるのかを振り返り、根源に戻れるようになった。またこの先で迷ったら、そこを考えればいいのかなって。実は曲が書けないなっていう気持ちは、まだ抜け出せてないんですけど(苦笑)」
――『幾歳月』が出来たことで、また創作モードに切り替わったわけではないんですか?
「なかなか実感が湧かないんですけど…。例えば今回だったら、1つの考えにこだわり過ぎないってことなのかもしれないですね。モノの見方を変えるというか。“なぜ書けないのか”を考えるよりも、“なんで書きたかったのか?”って発想をチェンジ出来たときに、ちょっと出口は見えたので、そこかなとは思っているんですけど。今度のアルバムも、諦めざるをえないものや、手放してしまうしかないものがあるとして、それを“どう捉えるかはあなた次第”ということをテーマに作っていて。幾つも“諦める”というテーマの曲があって、その中でシングルにするならと、この『幾歳月』を選んだんです」
『幾歳月』は、咲くことのない花を大切にするみたいな歌
諦め方を歌っている歌があってもいいのかなと
――“諦める”って、マイナスなことに捉えられがちですけど、そうすることが必要なときも確かにありますよね。
「周りで音楽を辞めちゃう人もいるんですけど、辞めた直後はむしろ勢いがあったりして。傍から見たら寂しく感じたとしても、それも1つの選択というか…。目指すことを諦めようが続けようが、そこに善し悪しはないんだなと」
――世の中的にも『幾歳月』のように、諦めることを歌った曲が少ないように思います。“諦めるな”とか“負けるな”とか、そういうことばかり押し付けられる曲の方が多い気がして。でも、生きていると、それだけでは対処できないときもありますもんね。
「ええ。そのことで言うと、私自身も応援してくれる曲が欲しいときもありますけど、圧倒的にそうじゃないものの方が好きで聴いていましたね」
――例えば、それはどういうような?
「研ナオコさんが大好きでした。例えば『かもめはかもめ』(‘78)という曲は、冒頭から“あきらめました”と歌い始めて。でも“そんな人生が自分にはお似合いなんだ”って慰めてくれるような歌ですね。要するに『幾歳月』は、咲くことのない花を大切にするみたいな歌なんです。それでもどうにか咲かせようという歌は(世の中に)たくさんあるのだし、諦め方を歌っている歌があってもいいのかなと」
――中村さんは歌を作る際に、その歌を届けたい対象を具体的に思い浮かべながら書いていますか?
「やっぱり、人の顔が浮かぶときの方がいいと思っています。それは音楽を聴いてもらう層とか、マーケットの話ではなくて。例えば、友達の顔とか、“生きている実感が湧かない”というような手紙をくれる人のこととか、その人に効く薬はないかなとか。そういうイメージがなるべく浮かぶ方がいいし、年齢とか性別まで鮮明な方がいいとは思っています。でも、この曲は自分と会話をしていて、見えたのは自分なんです。この曲に出会えたのがとても幸せだと思っています」
“声色を変える”ってデビューの頃からよく言われるんですけど
自分では全く意識していなくて
そういう曲だったから、そうなってしまっただけ
――カップリング曲についてもお聞きします。今回、キング・クリムゾンの『I Talk To The Wind(邦題:風に語りて)』(‘69)(M-2)がカバー曲として収録されていますね。
「デビューするまでは邦楽中心に聴いていたんですが、デビューしてから洋楽もいろいろ聴くようなって、その中でも一番感動したのが、キング・クリムゾンでした。最初に聴いたのがアルバム『レッド』(‘74)に入っている『スターレス』という曲だったんですよ。その構成の美しさにハマりましたね。シングルは当初2曲入りにしようと思っていたんですが、久しぶりというのもあるし、せっかくならもうちょっと遊びたいと思ったし、挑戦するなら一番好きな音楽がいいなと。それでこの曲にしたんですけど、歌詞も含めて今回のテーマを象徴するいい曲だと思ったんです。邦題は“風に語りて”というタイトルなんですが、風はただそこに吹いているだけのもので、会話にはならない。こっちの感じ方次第で心地いいときもあれば、邪魔なときもある。諦めるという行為に善し悪しはないという話を先ほどしましたけど、それに通じるなと思って、今回カバーすることにしました」
――この曲のボーカルはちょっと神秘的にも聴こえますね。もう1曲の『スズムシ』(M-3)では、ガラリと声色が変わって力強いですね。
「そう、“声色を変える”ってデビューの頃からよく言われるんですけど、自分では全く意識していなくて。そういう曲だったから、そうなってしまっただけで。“去る者は追わない”ということを歌っているんですけど、そう決めるときって、グッと力強くブレーキをかけないと追ってしまいそうなのでこういうキーで歌って、パワーのある曲になったんだと思います」
――この3曲を聴くとやはり次のアルバムが気になります。9月リリースということで、どんな内容になりそうです?
「“諦めざるをえないものをどうするか”というアルバムのテーマがまずあって、そこで出来た曲の中から今回のシングルを出したので、アルバムにもきちんとつながっています」
――そのアルバムのリリース前に、『アコースティックツアー 阿漕な旅 2014 ~幾歳月~』がありますね。
「今はバンドのライブより、全国を廻るのはこっちがメインになってますね。その年によって違いますが、今年はギタリストと2人でのライブになります。やっぱりツアー前にシングルが出たのは私も嬉しいし、来てくれる人も盛り上がるんですよ。自分の原点を見つめ直しながら出来た曲なので、デビューからのこの8年間、私を成長させてくれた曲、特に私を支えてくれた曲を選曲しようと思っています。あとは、この街だからこの曲を歌おうという感じで場所によって歌う曲を変えたり、そのツアーに行くまでにあった出来事や思ったことから選曲をしてもいいんじゃないかなって。ぜひ、遊びにいらしてください!」
Text by エイミー野中
(2014年7月30日更新)
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