10年以上の時を経て、導き出した答え――
門田匡陽のソロプロジェクトPoet-type.M
1stアルバム『White White White』
制作&音楽への想いを語るインタビュー到着!
3ピースロックバンドBURGER NUDS、ツインドラムの4ピースロックバンドGood Dog Happy Men、そしてソロアルバムのリリースを経て活動を再開。門田匡陽が、ソロ名義をPoet-type.M(ポエト タイプ ドット エム)に変更し、1stアルバム『White White White』をリリースした。実に2年4ヵ月という時間を経ての活動再開、10年以上の音楽活動、そしてミュージシャンであるということ――。さまざまな葛藤を乗り越え導きだした彼のビジョンと新作に込めた想いを語ってもらった。
──これまで、BURGER NUDS、Good Dog Happy Men、そしてソロでのリリースもされてますが、今回、名義を変えて新たに出発されることになったキッカケを教えて頂けますか?
「 Good Dog Happy Menが活動を休止してから、門田匡陽(もんでんまさあき)名義でそのままソロで活動し始めたんですが、BURGER NUDSやGood Dog Happy Menもそうなんだけど、僕は中学や高校の時の友達としかバンドを組んだことがないんですよ。「あの人いいミュージシャンだから一緒にバンドをやろうぜ」という風に誘ったりしてバンドを組んだことはなくって、音楽以外のすごく深い繋がりがあるからこそ、はじめてバンドをやれるんですよね。みんなそれぞれ、学生の頃の思い出とかいっぱいあるじゃないですか。例えば・・・好きな子の名前を暴露しあったりとか、隠れてタバコをすったりとか(笑)。僕にとってバンドはね、友情物語だと思っているから、逆に言えばそういうような心の繋がりがないと一緒にバンドはできないと思っていて。だからGood Dog Happy Menが活動休止になったのはすごく寂しかったんですよね・・・。それまで、僕はずーっとそういう生活を10年以上やってきたから。門田匡陽っていう名前は、僕にとって一番の最小単位なんですよ。だから、その門田匡陽名義で音楽をやる以上は、孤独とかさみしさとかそういったものを表現する名義だなって思ったんです。だからソロのアルバム『Nobody Knows My Name』は、“誰も知らない私の名前”というタイトルで、孤独やさみしさに向き合ったアルバムで。それから2年4ヶ月たった今、もう一回それを今やりたいかっていったら、もうそういうことを歌っててもしょうがないかって気持ちがあったんです。それはやっぱり震災以降、音楽をとりまく環境が変わったし、ミュージシャンもいろんな人が意識をかえて音楽と向き合ったと思うんですよね。聴いている人もそうだと思うんだけれども。ただ僕はそこに関してはちょっと居づらいなと思ってて」
──居づらい?
「音楽は自由なものだと思ってるし、音楽は本来なんにも背負わないからこそ魅力があると思ってるから」
──作品に意味をもたせないほうがってこと?
「う~ん。作品というよりかは音楽をやるミュージシャンとして存在する行為にですかね。例えば・・・ジョン・レノンがベトナム戦争に反対して、『イマジン』や『パワー・トゥ・ザ・ピープル』を作ったりしたけれど、現実としてそれで世界は変わらない。でも一人ひとりの心の中に深く訴えかける何かがあるから、別に世界や環境がどうこうじゃないと思うんですよね。僕は日本の音楽がだんだんだんだん変わっていくような状況にいて辛かった。別に音楽は原発を止めないといけないわけではないし、ね。それで、そんな状況でまだ寂しさとか孤独を歌っててもしょうがないなって思ってPoet-type.Mをはじめました」
──なるほど。今回の名義「Poet-type.M」の由来を教えてください。
「Poet-type.M(ポエトタイプドットエム)のPoet(ポエト)は詩人という意味で、type.M(タイプドットエム)というのは品番ですね。門田の”M“をとって、M型の吟遊詩人。ようは、門田匡陽というゼンマイ仕掛けの吟遊詩人という存在にしたかったんですよね。先ほどお話したように、門田匡陽という名前でやる音楽は、自分の中で“寂しさや孤独”というイメージがついてしまっている。僕はこれからもっとファジーな美しいものを歌っていきたいと思っているから、ファンタジーが感じられる名前にしたかったんです。で、Poet-type.Mという名前を思いつきました」
今僕らが触れることができる美しさを音符に翻訳している
──2年半ぶりのリリースとなる新作『White White White』ですが、今回の作品にはGood Dog Happy Menのメンバーも参加されてますね。
「今も繋がりはあります。でも音楽だけの繋がりではなくて、(伊藤)大地、(内田)武瑠、ニラ (韮沢雄希)というGood Dog Happy Menのメンバー3人が、もしもトラブルや困ったりしていて、その時僕に何か出来ることがあるなら、おそらく全てを投げ打ってでも彼らのために力になれると思うほどの繋がり。たぶんそれは他の3人も一緒で、もしも僕が本当に困っていたら、絶対に自分を犠牲にしてでも力になってくれるんだろうなって思う。この関係性って昔からずっと変わらないんですよね。たぶん死ぬまでずっと変わらないんだろうなって思うんですよ」
──今回の作品ですが、Good Dog Happy Menの時の独創的でファンタジックな世界観を感じられた楽曲とは違って、感情がよりストレートに伝わってくるような楽曲だなと思いました。
「はっきりとね、Good Dog Happy Menの時とは違う意識はあるんですよ。Good Dog Happy Menは幼馴染4人が繰り広げるひとつの空想物語というか、空想の街の音楽を奏でてた。物語の中の世界を音楽にしていた・・・みたいな感覚をみんな持っていたと思うんですよね。リアリティよりも物語性というかファンタジーを、僕らは音楽で表現していくって考えてたんですよ。でもPoet-type.Mは現実の景色の中にいるんですよね、こういう作風に至ったのはさっき話した経緯もあって、いわゆる今僕らがおかれている状況というものに対して、もっとダイレクトに美しさを定義したいという気持ちがあって。僕が思う音楽が持っている力とは、例えば仕事の帰りにたまたま歩いている道筋で見つけられるふとした美しさなんです。それが川沿いなのかもしれないし、星空なのかもしれないし。風の匂いをかいで懐かしい気持ちになったりとか、冬の朝起きて、すごく寒い日にふと空をみたらすごく空が綺麗だったとかね。それに歌詞にもあるんだけど「愛する誰かの写真を見せるような仕草で」とかっていう好きな人の仕草でもいいし、なんでもいいんだけれど、Good Dog Happy Menと明らかに違うのは、自分たちで世界を作ってその世界の箱庭を歌っているのではなく、今僕らが触れることができる美しさと言うのを音符に翻訳しているというか。それはすごくPoet-type.Mの中では大事なことで、それが全てとも言えます」
──自分も感じたことのある感覚だから、よりストレートに伝わってくるものがあるんですね。
「うん。そうですね。だから聴いてくれた人もおそらく知っている感覚だと思うんですよ。例えば僕が大好きな他の人の音楽を聴いてよく思うのが、自分が忘れていたことさえも忘れていた感覚をさりげなく届けてくれたなって・・・。そういう風なことができる音楽でありたいなって思っているんですよね。聴いてくれた人がたぶん知っている感覚を音楽に翻訳してるんです」
自分の心や身体に負担がかかる経験を経て、持つべきビジョンが見えた
──純粋に綺麗だなと思える楽曲もあったり、ほんわか温かい気持ちになれたりする楽曲もあったり。でも統一して身近にある感覚を伝えている楽曲だからこそ統一感もあるんですね。制作に関して苦労もあったんじゃないですか?
「今回、苦労したっていうよりここに至るまでの過程が苦労したかなって気はしますよね・・・」
──それは作品をつくるまでがってこと?
「うん。『Nobody Knows My Name』という2年4ヶ月前に作ったソロアルバムから・・・、そう、2年4ヶ月も時間が経ってるわけで、しかも名義を変えるっていう大技をしている。その2年4ヶ月は今思い返すと時間的にはあっという間だと思ったんだけれども、すごく悩んではいましたよね」
──今後の方針とかで?
「楽曲は作り続けていたんですよ。ただその楽曲は、今わざわざ形にして表現するべき感情なのかなっていう部分に葛藤があったというか。でもそれは完全にぬけようと思ってぬけられる部分ではなくて。かと言って、“こういう曲を作れば意味があるのかな”って思って作れるタイプでもないですし、今の自分の気持ちが寂しいとか悲しいだとそういう曲しか作れないんですよね。それがPoet-type.Mの『帰る場所のない美しさの翻訳』というビジョンになるまで2年4ヶ月かかったっていう・・・。だからいっぱい楽曲は作ってたんだけど、ほぼ使えなかったです。さっき言ったような今の音楽をとりまく状況や閉鎖感というか音楽に無理におしつける責任感みたいな部分も感じてすごく嫌だなという思いもあったし」
──そう感じられてたのに、今こうして音楽を続けられてる・・・。転機があったのでは?
「去年の夏頃、レコーディングをしてるんですが、結局オジャンになっちゃったんです。というのは、Good Dog Happy MenとかBURGER NUDSの時にレコーディングしていた曲をもう1回自分でセルフで録り直すっていうコンセプトだったんですね。それをやっている最中に、こんなことしてちゃ駄目だなってはっきり分かったんですよ。というのも僕は今のライブでもBURGER NUDSやGood Dog Happy Menの曲をやっています。でも、ライブはその時の刹那の表現で今の自分がそのまま出せるから、ただ良い曲をやっていればそれは成立するんですよ。そして、来てくれる人にも喜ばれることなんだったらやらない意味もないし。ただ、すでに一生残る形として出している曲を、その時その時のベストをつくして・・・みんなで全力を出し合って作った宝物の結晶をわざわざ一回土に埋めて発掘するような、そういう息がつまる作業になってしまったんですよ。その時にこれは音楽じゃないなって思った。そういったすごく大きな失敗をしてしまって、体調も崩したりとかして。そこでですかね、そんな状況にいたのに新しい音楽が作りたくて作りたくてしょうがなかったんです。何かすごくいいことがあってこういうビジョンが見えたわけではなくて、ものすごく自分の心に負担がかかる作業で身体にも負担がかかって体調を崩して。で、やっと初めて自分がやるべき音楽、自分が持つべきビジョンっていうのが見えたんじゃないのかなと」
“長い序章の終わり”に守るべき名前をみつけた
──紆余曲折がありビジョンが見えて完成された作品ですが、今の率直な感想は?
「一言でいったらすごく気にいっています。僕は完成した自分の音楽にそんなに執着がないので、自分で自分の音楽を聴くというのはあんまりなくて、ライブでやる曲はライブの前に聴くぐらいだったんですよ。それよりも今聴かないといけない音楽がいっぱいあるからそれを聴くだけでも手一杯なので。でも、『White White White』は一日3回以上聴いてますね。リスナーとしてのエゴを尊重して作ったアルバムだと思ってます」
──わかります! 聴けば聴くほどいろんな表情が見えるようなアルバムですよね。でもこれまでは制作後にはあまり聴かれなかったんですね。
「というのは、それこそこれまでの楽曲はミュージシャンとしてのエゴを尊重していましたから。聴きたい音ではなくて、弾きたい音、録りたい音だったんですよ。こんな録り方してる人いないだろうとか、こんな音出してる人いないだろうとか。それは得てしてその時はすごくイイものができたと思うんだけど、いざ、自分が聴き手にまわるとびっくりするほど聴きづらいぞとか(笑)。そういうエゴイズムみたいなものが、僕以外のメンバーもすごく強かったんですよね。だから制作から離れるとあんまり聴かないこともありましたね。全部が全部そうではないんですけどね」
──なるほど。今回の楽曲にはそれぞれ副題がついてますよね。それによって一連のストーリー性も感じられますが?
「そうです。一番そういった意味で、8曲目の『長い序章の終わり』という曲は『Law Name(ロウ ネイム)』という副題がついていますが、『ロウ ネイム』というのはBURGER NUDSの1stアルバムのタイトルでもあるんですよ。そのときは“Law”の“A”が“O”だったんです。つまり低い名前・・・階級やテンションとかなんでもいいんだけど、とにかく自分の名前は価値のない低いものだというアルバムだったんですね。でも、あれから13年ぐらい経ちましたが、13年ぐらい経ってやっと僕は長い序章の終わりに守るべき名前をみつけたって思ったんですよ。で、“A”になるとそれが、低いではなくて規律とかいわゆる法律や守るべきものになるんです。だから僕はPoet-type.Mという名前を長い序章の終わりに…13年という時間を経て名前をみつけられたんだなと思いそういう副題を付けました。だから長い序章の終わりというだけでは、曲の説明ができてなくて。それで、BURGER NUDSの時にはじめたスタートの名前をちょっと借りてね、そこまでが曲名ですね」
──ちなみに、「White White White」の副題「清く、正しく、美しく」とは?
「清く、正しく、美しく、僕はミュージシャンとして生きていきたいという気持ちの表明ですね。それを訳したのが『White White White』です」
──同作を携えての関西のライブもありますね。先ほどお話では昔の楽曲をされることもあるとのことですが、心境の変化がありこれまでの楽曲もちょっと違うように聴こえそうですね。
「先日、プラネタリウムでライブをしたんですよ。そのときにBURGER NUDSの楽曲をやりましたが、全然ノスタルジーがないんですよね。他のメンバーが入ることによって、完全に新しい音楽として有機的に変化してくれるというか。ただね、その時、BURGER NUDSの『タネリ』という寂しがりやの男の子の歌を歌ったんですが、この楽曲を愛してくれた人たちの中には、おそらく10年前に聴いたタネリが同じまま居るんだなっていうのが自分の中で分かったんですよね。だから去年、それをアップデートしなくてよかったなと思いました。まだこの子はこの子のままなんだなって、今、変に大人にしてしまわないで良かったなと。ほらよくあるじゃないですか、自分でリレコーディングして昔のヒット曲を何年か経ってレコーディングし直したりとかって。ああいうのはね、絶対やっちゃだめですね(笑)」
きっとイイことがおこるアルバム
──今までのファンにとってもいろんな意味で楽しめそうなライブにもなりそうですね。さらに今作は先ほど話された「自分でも感じたことのある感覚」がきっと音楽にも感じられるアルバムだから、少しですが、距離が近づけたような気にもなれる。
「うん。それは明らかにそうだと思います。Good Dog Happy Menのような僕ら4人が演じている箱庭に招待しているわけではなく、みんながいる世界の中で見つけた美しさを翻訳しているから。今、リスナーとして客観的に聴いて素直に「きれいな音楽だな」って思えるんですよ。だから演者としてではなく、リスナー仲間としてもちょっと聴いてもらいたいんですよね。友達に自分の好きな音楽を紹介したりしたくなるじゃないですか。絶対これは、あいつが聴いたら喜ぶよって、そういう感じなんですよね。『White White White』を聴いたらきっとイイことがおこるんじゃないかなって思います」
──素敵なことですね。では、最後に読者に向けてのメッセージをお願いします。
「僕にとっての音楽とは、自分が忘れてしまったことさえも分からなかった、気づかなかった美しさというのを喚起させてくれる素敵なプレゼントなんです。僕のこの新しい『White White White』を聴いてくれた人にとってそういう音楽になってくれたらいいなと思うし、もしもそうなってくれたら僕はそれだけで一生音楽をつづけていけると思うんですね。だから、ぜひ聴いてください」
──ありがとうございました! ではライブの意気込みを動画コメントでお願いします!
「ありがとうございました!!」
Poet-type.Mからの動画コメントはコチラ↓
(2013年11月22日更新)
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