時代とメッセージを手に、秦 基博がたどり着いた
新たなポップ・スタンダード『Signed POP』!
稀代のシンガーソングライターの2012-2013を紐解く
撮り下ろしインタビュー&動画コメント
昨年は2月に自身初のEP盤『エンドロールEP』を、5月には菅野よう子×アニメ『坂道のアポロン』とのタッグによる、“秦 基博 meets 坂道のアポロン”名義のシングル『アルタイル』を、そして6月にはデビュー5周年のアニバーサリーイヤー(’11)に挑んだ初の大阪城ホール単独公演、弾き語りで挑んだ日本武道館公演を映像化した2作品を同時リリース。そして、10月には1年4ヵ月ぶりとなるシングル『Dear Mr.Tomorrow』を発表と、精力的なリリースを続けたシンガーソングライター、秦 基博。だがその水面下では、同時にニューアルバムの制作に没頭していた1年だったと言う。傑作3rdアルバム『Documentary』から2年3ヵ月、デビュー5周年という転機を挟んで、1月30日(水)に遂にリリースされる4thアルバム『Signed POP』。その決して長くはない道のりの中で、彼はどう変わり、何を見たのか。秦 基博の2012-2013を紐解くインタビュー。遂に、山は動いた――。
秦くんからの貴重な動画コメントはコチラ!
フィクションにしてもノンフィクションにしても嘘がない歌
それを表現するしかないのかなって
――5周年のアニバーサリーイヤーも終わり、昨年は初のEP『エンドロールEP』、菅野よう子さんとのプロジェクト“秦 基博 meets 坂道のアポロン”によるコラボシングル『アルタイル』など、腰を据えて制作も出来ている1年だったと思うんですけど。
「去年1年はホントに制作が基本になっていて。春先からひたすらニューアルバムも作っていたので、その合間にときどき地上に出てくるぐらいで(笑)。そのアルバムの中の1曲として、『Dear Mr. tomrrow』があって。言葉が一番メッセージとして刺さるというか、リスナーに届くんじゃないかと思われる曲をシングルにしようと。いろんな題材、テーマを、今を通してどう表現するか。出てくるものが変わったっていうことは、その瞬間瞬間の自分が変わっているということでもあると思うんですよね」
――ただ、“今を歌う”みたいな感覚は常にあったということですよね。
「前作『Documentary』('10)以降は特に強く…そのときの自分を、歌うしかないのかなと。背伸びしてもしょうがないし、かと言って、デビューした頃のような歌を歌うことも出来ない。その年相応の、そのときの自分に嘘のない世界…フィクションにしてもノンフィクションにしても嘘がない歌。それを表現するしかないのかなって。この曲の題材、テーマはここにある。じゃあどういう言葉がふさわしいか、あとはリスナーが聴いたらどう思うのかも自分で照らし合わせながら、曲を書いていったような感覚でしたね」
――その過程は苦しいものではなかったんですか?
「苦しさもありましたね…。アルバムで言うと2ndの『ALRIGHT』('08)を作っている辺りは、自分らしさとは何なのか、ポップっていうことは何なのか。その辺の主観と客観のバランスに、結構悩んでました。でもそこを通り抜けて、自分の中で“あ、これでいいのかな”と思える曲が出来つつあって、『Documentary』があったんで。その頃にはもう迷いはなくなっていましたね」
誰に笑われても、たわごとでも、希望を歌うっていうことが
自分なりの決着の仕方だと思った
――ニューアルバムへの導きとしても、昨年リリースされたシングル『Dear Mr.Tomorrow』は1つの鍵を握っていると思うんですけど、この曲のテーマにはどうやって行き着いたんですか?
「アコギを弾いて歌いながら作っている中で、歌詞の1行目の“冷淡な街の情景 深くなるその陰影”というフレーズが最初に浮かんできて。Aメロのポエトリー・リーディングのように韻を踏んでいく部分は、イメージとしてまずあったんです。あとは、サビで何を言うべきかテーマをしっかり絞っていって、そこに至るまでの言葉を構成し直して」
――なるほど。でも、“冷淡な街の情景 深くなるその陰影”って、歌っててふっと出てくるフレーズではあまりないような気もするんですけど。
「その辺に関しては全然記憶がない(笑)。自然とそう歌ってましたね。いわゆる社会性というものをテーマにする楽曲って今までになかったんです。そういうことをメッセージとして発信していくことには責任もあるし、中途半端には出来ないなと常に思っていて。でも、この楽曲ならきちんと責任をとれる形で、ちゃんと今の自分の表現として言えるような気がして。そこですごく大切だったのは、希望を歌うことの裏側にあること…ただ楽観的に希望を願うだけでは、あまりに浅はかで、ある種幼稚なことだと僕自身も感じてはいるんです。でも、今の時代の閉塞感みたいなものを打破するには、やっぱり未来に対して何かしらの希望を抱いてないと始まらないな、とも思ってるんですよね。そこで誰に笑われても、たわごとでも、希望を歌うっていうことが、自分なりの決着の仕方だと思ったんです」
――今の言葉を聴いても、明確な指針というか“俺はこうするんだ”という強い光がしっかりとありますよね。それが最近の秦くんの楽曲にもすごく表れている気がします。
「もうある種開き直りじゃないですけど(笑)、“秦 基博はこれでしかない”という意味もあるんです。そこに対して何も背伸びすることもないし、卑下することもなく、“これが秦 基博なんです”と提示することでいいのかなと。そこにエンタテインメント性とかドラマチックさは必要だとは思うんですけど、自分の表現というものを聴いてもらうことの方が、今は大切だったりしますね」
自分が描いた音楽をちゃんと決着させるためには、メッセージが要る
――最近の秦くんの楽曲群から僕が感じるのが“時代”と“言葉”の2つなんです。秦くんがデビューしてから活動を重ねていく中で、どんどんどんどん言葉の重要性、その存在がデカくなっている気がします。声とメロディというところはもちろん今もあって、そこから次の段階というか。それこそその言葉が、時代にもつながる。
「日本語で歌っている以上、何を言葉としてメロディに乗せるのかは、相当な重みとしてあると思うんですよね。メロディで描いていた世界を、最終的にきちんとイメージ通り決着出来るかは、言葉にかかっているので。メロディって出来た瞬間はすごく自由なんですよ、言葉がないから。言葉が乗ることでつまらなくなることもあるし、それはメロディへの責任でもあるんですけど。自分が描いた音楽をちゃんと決着させるためには、メッセージが要る…言葉はホントに重要だなと感じてます」
――もちろんメロディに乗っているからこそ届くのもあるんだろうけど、やっぱり人の人生を変えるのって、“この歌詞の一行に救われた”とかいうことの方が多いのかなと。年をとればとるほど、今の時代になら余計にね。今の閉塞感ってスゴいですよね。こんな時代のムード、今まで生きてきてあったっけなって思うような。
「そうなんですよ。もっとシンプルに明日を捉えられていいはずなのに、何かゴチャゴチャしていて…特にここ数年は誰もがきっとそう感じてると思うんですよ。でも、毎日の生活の中でそのことばかり考えられなかったりするし、そうじゃなきゃ生きていけなかったりもする。目の前のことに必死になっていつの間にか忘れていたことに、もう1度きちんと目を向けるように言葉を探していきましたね。あとはそれをどう提示するか…そこに歌を歌う人としての責任があるような気がして。“そんなことお前に言われても…”って僕自身思うこともあるし(笑)。どうやったら届けられるのか、曲を書く上での目線みたいなものは特に気にしましたね」
――シンガーソングライターって、それこそシーンの真ん中を歩いていくときには絶対に時代を背負うというか…日本の音楽シーンで秦くんが活動してきて、いよいよそういうところに足を踏み入れる時が来たというか。
「その辺はやっぱり自分に対しての自信も必要になってくるところで、自分の音楽に対して責任を負えるのか自問自答しながら…自分のメッセージに対して無責任にはなかなか投げられないと思ってきたんですけど、デビューから7年という時間を経て、今なら歌えるのかなって」
――今度は10周年に向けて、ホントに今までとは全然違う歳月になりそうですね。
「これから先、それこそ社会性たっぷりの楽曲ばっかりになるかというとそんなこともないと思うし、今をどう歌うのかって、いろんな景色があると思うんですよ。その中に社会的なこともあれば、ちっぽけなこともあるだろうし、恋愛のこともあるだろうし。ただ、それをどう切り取っていくかだと思うんですよね」
歌に一番近いリズム感を持った人間が弾く方が
曲としての密度が高まるんじゃないかって
――先述した『Dear Mr.Tomorrow』では、初めて全部の演奏を自分で行ったのも話題になりましたよね。
「これは自分で出来るなっていうのと、自分でやった方がこの曲には合ってるなと。弾き語りに近いというか、必要最小限の音が、言葉が、その分際立つのもあったし、歌に一番近いリズム感を持った人間が弾く方が、曲としての密度が高まるんじゃないかって。バンドサウンドがもたらす化学変化ももちろんあるんですけど、この曲に関してはミニマムな方が合ってるなって」
――単純な話、いろんな楽器が弾けるんですか?
「弾けないです(笑)」
――ハハハハ!(笑)
「ギターは何とか弾けますけど、例えばなんて全く。この曲ではいろんな大きさのバスドラを持ってきてもらって、それをキックペダルで踏むんじゃなくて手で叩いて録ったり(笑)。使われなかったんですけど、ざらざらした壁をピックでシュッて引っ掻いた音を取り込んでみたり(笑)。ホントにその場でいろいろ試して」
――それはそれで手間がかかってますね(笑)。
「でも、スゴく楽しかったですよ。ブラシもどの素材がいいのかなとか、スティックも数種類用意してもらって、その中で一番いいなと思える音色をループさせてリズムトラックを作って。ギターもアコギだけじゃなく12弦のエレキとかを試したり」
――秦くんはレコーディングが好きなタイプ?
「好きです! おもしろかったです、やっぱり。アルバムでも『Dear Mr.Tomorrow』のように普段とは全然違う録り方をした曲もあれば、素晴らしいミュージシャンの方たちとのセッションもありで、曲ごとにどれも本当に充実してたんで」
――自分でもある程度思い描いた音を具現化出来る制作環境にもなって。
「アルバムを作るためにも、それは整えましたね。デモテープをきちんと作ることによって見えてくるものもあるし、逆に分からない部分もあるというか。“ここはちょっと見えないから、後でやってみようかな”とかが判断出来る。どう言葉を入れて、どう音を作っていくか…最終的な決着の仕方みたいなところは、『Signed POP』を作る過程で研ぎ澄まされていったと思います」
ニューアルバム『Signed POP』は
もう1度1stアルバムを作るみたいな気持ちで臨みましたね
――個人的には前作『Documentary』が、大衆性とアーティスト性のバランス感覚的に、相当重要な存在のアルバムだと思ってて。大衆に寄り過ぎても違うし、かと言ってアーティスティック過ぎても、それこそ時代の話で言うとみんなの人生を変え得るものではなくなる可能性がある。その両方をここまでの高いバランスで両立し、具現化出来る人が果たしているのかって。当時聴いたときに、すごく嬉しかった記憶があります。
「うわ~それは嬉しいですね」
――次にどうやってあのアルバム以上のものを作るのかなっていうのが、楽しみでもあり怖くもあり。
「1stの『コントラスト』('07)、2ndの『ALRIGHT』、3rdの『Documentary』、感覚としてはその3枚のアルバムで1セットだったりしていて。ニューアルバム『Signed POP』は、もう1度1stアルバムを作るみたいな気持ちで臨みましたね。デモをアレンジまで自宅で1人根詰めて作るやり方も今までとは違いますし、言葉をどう描いていくかにおいても新しい視点が出来てきてると思う。秦 基博の新たな1stみたいな作品になるといいな、とは思ってますね」
――1月16日にはシングル『初恋/グッバイ・アイザック』が、そしてそのニューアルバム『Signed POP』は、1月30日(水)にいよいよリリースされます。今年1年の秦くんの展望的なものはありますか?
「去年はホントに次のアルバムをどう作るかのための1年だった気もするし、今年は新しいアルバム、その先にある全国ツアーが、上半期にかけてのメインになってくのかなと。いいライブをするためにはいいアルバムを作らなきゃいけないし、いいアルバムのためにはいい楽曲が必要で。さっきも言ったように、もう1度1stアルバムをというか、代表作になるような作品を作るのが1つの目標ではあったので。今年はひたすら走り続ける心づもりでいますよ」
――なるほど! それでは、またツアーでお会いしましょう。本日はありがとうございました!
「ありがとうございました!」
Text by 奥“ボウイ”昌史
Photo by 宮家秀明(フレイム36)
(2013年1月18日更新)
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