極度の体調不良、震災、家族の死、妊娠と出産、ツアー中止etc...
激動の時間を越えた1年半ぶりのアルバム『勘違い』の世界とは?
東阪ツアーを前に安藤裕子の現在を問うインタビュー
確かなソングライティング能力と独自の語感で紡がれる詞の世界観、儚さと意志の強さを併せ持つ歌声で、シーンで確固たる存在感を放つシンガーソングライター、安藤裕子。アーティストとして充実期を迎えたと思われた前作『JAPANESE POP』(‘10)以降、極度の体調不良、震災、家族の死、妊娠と出産、ツアーの中止etcと、彼女に突き付けられた生と死、そしてアーティスト生命の危機…。激動の時間を越え、3月28日に遂にリリースされた1年半ぶりのオリジナルアルバム『勘違い』に伴う東阪ツアー、4月30日(月・休)東京国際フォーラム ホールA、5月5日(土・祝)オリックス劇場(旧大阪厚生年金会館)を前に、より自由で、より儚くも美しい、終わりとはじまりの混在する強靭なポップソングの数々を聴かせるに至った今作への道のりをインタビュー。彼女は今、何を思うのか――?
――オリジナルアルバムとしては前作『JAPANESE POP』から約1年半の歳月が経っていますが、今作の制作にあたるビジョンやテーマはあったんですか?
「私はいつもアルバムを作るにあたって、テーマやビジョンは持たないのです。アルバムというのは、受け取る側には小さなCDや、たった十数曲の音楽なんだけれども、それでも曲を生み出し、形にして録音、整音と、完成させるまでには多大な時間を要するんですね。だから1曲1曲がその時期、時代の日記になっているのです。だいたい10曲完成させるのに1年くらいはかかるから、アルバムは私のその1年の日記というところですね」
――今作には『勘違い』という強烈なタイトルが付いていますが、このタイトルはどこから生まれたんですか? この曲を1曲目に持ってきたのにも、このアルバムに対する明確な想いや意図が感じられます。
「この曲が出来たとき、絶対に1曲目だと思った。曲が始まったと同時にぞわっとする。そのぞわぞわは、続きを楽しみにしてくれるはずだと感じたので。『勘違い』から『エルロイ』(M-2)までは“塊”みたいな感じですね。アルバムのタイトルも『勘違い』が出来るまでは『永すぎた日向で』(M-7)という曲名にするつもりだった。私はきっとどこかで『永すぎた日向で』を歌って、“自分を終えたい”とも考えていたと思う。だけれど、『勘違い』を作り終えて音楽というものが再び楽しいものになってくれたから、アルバムのタイトルをこの曲にしたのです。『勘違い』という言葉は一見投げやりなようだけれど、私にとってはとても優しい言葉」
――このアルバムの制作前には、出産も含めて人生に関わる大きな出来事が多かったとのことですが、自分の人生を振り返ってどういう時間だったのか? そしてアーティストとしてはどういった転機だったと思いますか?
「人が生きる上で、道につまづくことや、疲弊を覚える瞬間というのは、必ずしも理由があるものではないと思います。私に於いても、2010年というのはきっと人生の穴っぽこだったのかな? 体調を大きく壊したし、それにより歌えない自分というものも深く考えた。私は音楽活動を止めたいと思ったことはありません。ただ、足がうまく進まなくなっていたんだと思います。それでもゆっくりと生まれる曲を紡いだし、日々を重ねてこのアルバムは出来たんです。その時間の中で、つらいことも嬉しいことも沢山あった。このアルバムはそういう時間全てを刻んだアルバムですね」
――今作でレコーディングで印象的だったエピソードはありますか?
「『すずむし』(M-4)は、実は1回アルバムから外したんです。私はいつも歌詞を紙に書いたり、保存したりしないんです。曲は歌として出てくるし、感覚のみで捉えてる。ベニー(・シングス)がアレンジしてくれた音は最高にかわいくて、楽しみに歌入れの日を迎えたんだけど、譜面台に乗った歌詞を改めて読んだら“なんじゃこりゃ!?”って恥ずかしくなっちゃって。いい歳こいて“鈴虫 カマキリ 虫の抜け殻”って!! と自分に突っ込みを入れてしまう状態で(笑)。歌入れを終えたものの、恥ずかしくて耐えられないからアルバムから外したんです。けれどベニーがミックスを終えて送ってきてくれた音には、“かわいい”がいっぱいで。恥ずかしかったポイントが何だか不思議と解消されていて、それどころかアルバムにとって非常に必要な曲に生まれ変わってくれていた。だからディレクターにしれっと“すずむしやっぱり入れたわぁ”と伝え、多少ぶーぶー言われながら復活させました(笑)。ベニーはこのアルバムのキーになっていると思う。彼が手掛けた2曲が良質な日本のポップスというものを体現してくれているから」
――今作には『輝かしき日々』(M-3)『地平線まで』(M-8)『飛翔』(M-9)とタイアップ曲も何曲か含まれていますが、オーダーを受けて楽曲を書くことで普段の作曲と異なる点や面白さは何かありますか?
「人の依頼で曲を書くのは大好きです。楽しいし。自分から生まれるだけの曲は心の逃げ場がない。どこからどこまで行っても自分ばかりで、たまに苦しくもなる。だから人と混ざるのはとても大事」
――知り合いのアーティストで、出産を経たことで鋭かった高音域の角が取れて、おだやかで優しく、スーッと耳に入ってくる歌声になって、ボーカリストとしてより魅力的になったと感じる女性がいます。出産を経たことで、歌い手としての変化や進化を感じることはありました?
「まだまだ分からないかな? もちろんお腹が大きくなっていたときの歌は“低音の鳴りが違うね!”なんて話したりしたけれど、産後はまだまだ体力も回復していないし、これから体感してみたいです」
――今作が完成したとき、どう思いました? 自分にとってどんな作品になったと思います?
「完成したときは不安も大きかった。今まで私の音楽を聴いてくれた人々が受け入れてくれるかな?って。自分にとっても、まだまだどんな作品か分からないアルバムで、きっとライブで初めて答えを知るから、今はまだ何も答えられないんです」
――今作に伴う東阪のツアーも控えています。ライブに向けて何か思うことはありますか?
「このアルバムの答えは4月30日(月・休)の東京国際フォーラムと5月5日(土・祝)のオリックス劇場(旧大阪厚生年金会館)でしか分からないし、今後もこのアルバムのためのライブは行なわれないわけだから、私に於いても非常に数少ないチャンスだと思っています。ぜひ一緒にこのアルバムの答えを会場で見つけて欲しいと思います」
――それでは最後に、今改めて音楽を続けていく理由とは何なんでしょう?
「分かんないな…楽しいからやるのは確かだと思う。でも趣味だったらやらないと思う。私は作るということが生業であると信じているというか、感じているので」
Text by 奥“ボウイ”昌史
(2012年4月27日更新)
Check