ホーム > インタビュー&レポート > 大阪フィルハーモニー交響楽団、2026年度のシリーズ企画は 待望のラフマニノフ・チクルス~永遠の浪漫~ その魅力を音楽監督、尾高忠明が語る。
■ラフマニノフ・チクルスが始まりました。尾高さんと大フィルが8年目を迎えたこの時期に、ラフマニノフを取り上げる意味や、尾高さんにとってラフマニノフがどういう作曲家なのか、というようなところからお話しをうかがいたいと思います。
実はラフマニノフというのは、僕は若い頃はとても苦手な作曲家で、特に交響曲は一度もやりたいと思ったことがありませんでした。というのはN響の研究員だった頃に苦い思い出があったんです。その頃はまだ僕は桐朋の学生だったんですが、ある日、森正(もり・ただし/指揮者、フルート奏者 /1921-87 )先生に呼ばれて行くと、先生が「尾高君、今日の午後、ラフマニノフの2番を分奏しましょう」っておっしゃったんです。「えっ」て僕。だってほとんど勉強していませんでしたから。それでためらうと「いや、やりなさい。あなたは研究員です」とおっしゃられて、それで、その日、先生が弦楽器、僕が管楽器を分奏したんです。みんながニタニタと「おお尾高、全然勉強してないぞ 大変だろう」っていう感じで付き合ってくれて、まあ、みんな仲間ですから、それで嫌なことを言われたわけでもないんですが、その時の自分がうまくできてないなという気持ちがトラウマになって、この曲は絶対振りたくないと思いました、それでラフマニノフは僕の中からは外れたんです。
その後、僕はBBCの仕事を始めて英国のいろんな土地で演奏をしました。ある時、ウェールズのスウォンジーという街で公演することになったんですが、その時のプログラムがラフマニノフの2番だったんですね。それで僕が振らないって言ったらプロデューサーが「なぜ?」っていうわけ。「あんまり、いい思い出がない」って答えたところ、プロデューサーは「じゃあ、いい思い出を作れよ」って言ってきた。それですぐにスコアがライブラリから届いたんですが、そのスコアというのが英国の名指揮者ブライデン・トムソンさんのものでした。
そこには書き込みがいっぱいあって、そこにはなるほど、こういうことなのか、っていうようなことがいっぱい書かれている。これはやってみても面白いかなと思って、実はそのスウォンジーでの演奏会では、僕はほとんどトムソンさんの、ここで速くしろ、遅くしろみたいな指示に則ってやっただけなんです。でもお客さまがすごく喜んでくださって、とても素晴らしい反応をいただくことができました。それがきっかけで、僕はBBCのオーケストラと、ラフマニノフの全曲を録音したんです。そのあとはもう、ほんとにたくさん、いろんなオーケストラと演奏しました。ラフマニノフというのは僕にとってそういう思い出のある作曲家なんです。
■今回のチクルスでは、ラフマニノフの3つの交響曲と交響的舞曲(シンフォニックダンス)が主に取り上げられています。それぞれの作品の特徴やラフマニノフならではの聴きどころのようなものについて教えてください。
ラフマニノフの交響曲は、それぞれの書かれた時期がかなり離れていて、それだけに彼が置かれていた環境の影響を強く受けている気がします。つまり1曲1曲を聴いていくことで彼の人生が見えてくるようなところがあります。昨日演奏した1番というのは、ラフマニノフが23歳の時の作品で、まさにロシアそのものです。土着的というか、すごく民族的な要素の強い作品ですね。これを作曲している時にラフマニノフは、まさか不評に終わるなんて思っていなかったと思います。ところがこの1番というのは、皆さんもよくご存知の通り、初演の時に指揮者のグラズノフが無茶苦茶な演奏をしたので、大失敗してしまいます。彼はひどいノイローゼになってしまって、全く作曲ができなくなる。その時に精神科のお医者さまが、すごく良くしてくださって、そのおかげで彼は回復して2番目のピアノ協奏曲で圧倒的な成功を納めて、立ち直るんですね。
そして2番目の交響曲を書く。この作品はロシアから少し外に出てドレスデンにいた頃に書いたものですが、彼はドレスデンの街を気に入っていて1番の交響曲の粗野な感じや爆発性みたいなものから離れた、洗練された美しい作品になっています。それからロシア革命があって、彼は亡命しますね。当時ストラヴィンスキーもプロコフィエフもみんなアメリカに逃げた。ラフマニノフは作品も素晴らしいですが、何よりピアニストとして評価が高かった人ですから、ニューヨークをはじめとしてアメリカの各地でピアニストとしての活動が多くなる。収入もすごくあって、最後はビバリーヒルズに家を持ったりして大変なお金持ちになっています。でもその頃、彼が心を痛めていたのが、第二次世界大戦が始まってロシアが大変だということでした。祖国を思う心が、遠く離れたアメリカに来てすごく強くなって、それが3番の交響曲に現れています。同時にそこにはある種の音楽的な余裕というか、遊び心みたいなものが出て来ていて、最後のシンフォニックダンスになると彼の晩年の円熟のようなものも感じることができます。
4曲とも出来上がった大もとの部分が違いますね。曲想も全く違います。そこを味わっていただきたいと思います。昨日聴いていただいた1番が、ああいった作品だったので、2番3番も同じ感じだろうと思うと、ラフマニノフの場合はまったく違う。そこを楽しんでいただきたいですね。

■これまで演奏を重ねて来て、尾高さんと大フィルは今、まさに今、油の乗り切ったような感があります。昨日の1番など、指揮もオーケストラも素晴らしい燃焼度でした。ラフマニノフ・チクルスのこれからが楽しみです。
お客さんも素晴らしかったですね。ラフマニノフはとにかく、ピアニストとしての評価が高くて、作品もピアノコンチェルトが特に有名です。交響曲の紹介は日本では少し遅れたところもありました。それを熱心にやっておられたのが、先ほどお話ししたN響の森正先生や外山雄三先生でした。ただ今でも2番は有名ですが1番の演奏は少ない。だから実は1番から始めて、お客さん、来てくれるかななんて少し、思っていたんです。ところがあれだけ盛り上った。すごく「大阪、いいじゃないか」って感じがしましたね。
昨日、演奏が終わって楽屋へ戻ったら、数人の楽団員が面白いことを言いました。「え、まだ9時前だ」って。要するにまだこのくらいの時間しか経っていないのかってことです。1番というのはそのくらい音がびっしりと書かれている。音の多さとか演奏するときの疲労度は相当なもので、もう1時間半くらい弾きっぱなしだったんじゃないかって感じるほどなんです。僕もかなりくたびれたけど、すごく幸せでしたって言ってくれる楽団員もいてうれしかったです。昨日の1番で僕が感じたのは、大フィルっていうオーケストラには、ものすごい歌心やひたむきさみたいなものがあって、それがちゃんと彼らにしか出せない音になって出てくるところなんですね。昨日は僕の家内(尾高遵子/ピアニスト)も一緒に聴いていてくれて、彼女は僕のラフマニノフの1番をいろんなところで聴いていますけど、大フィルがとても良いって言ってくれました。それですごく、ほっとしたんです。あと3回、がんばりたいと思います。
(取材、構成:逢坂聖也/音楽ライター)
(2026年8月 7日更新)
ザ・シンフォニーホール
A席=6,000円 B席=4,500円
C席=3,500円
【指揮】尾高忠明
【管弦楽】大阪フィルハーモニー交響楽団
【問い合わせ】
■大阪フィル・チケットセンター
06-6656-4890