ホーム > インタビュー&レポート > N響の顔として長年活躍した “MARO”の愛称で親しまれるスーパーアーティスト 篠崎史紀インタビュー
――ウィンナー・ワルツの名曲が並ぶプログラムです。選曲の意図を教えてください。
ワルツというと、どうしても元日のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートのイメージだけが先行しがちですよね。でも実は、ワルツは少人数編成から始まった音楽なのです。ヴァイオリン2本とヴィオラ、コントラバスによるビーダーマイヤー期の室内編成が原型でした。今回は、ヨーゼフ・ランナーから始まるウィンナー・ワルツの流れを、歴史も含めて感じてもらいたいと思いました。
――ヨーゼフ・シュトラウスやレハールらの作品も含まれていますね。
ヨーゼフで、シュトラウス家の奥行きを知ってもらいたいですし、スッペは同時代のウィーンを語る上で欠かせない作曲家です。レハールはハンガリー人ですが、ウィーンの空気を強くまとった人ですね。「メリー・ウィドウ」のワルツは、私にとってはテーマソングのような存在でもあります。日本ではほとんど演奏されない曲も紹介したいと思いました。
――MAROさんにとって「ニューイヤーコンサート」とはどのようなものなのでしょうか。
ニューイヤーという名が付きながら、ソリストが次々登場したり、交響曲を演奏したりするものは、僕の中では単な"イベントコンサート"という印象なのです。ウィーンのニューイヤーは、シュトラウス家に関係する作曲家、オーストリアに縁のある人、記念年の人物が選曲の軸になります。ヨハン・シュトラウスは弾きながら振っていましたし、それを再現したのがボスコフスキーです。そうした"生粋のニューイヤー"を感じてもらえる形を考えました。
――ヴァイオリン、指揮、トークを一人で担われます。どんな雰囲気の演奏会を思い描いていますか。
「会議は踊る、されど進まず」という言葉がありますよね。それだけワルツが人々を魅了したということだと思うのです。弾きながら振る、振りながら弾く。その身体感覚こそがウィーンらしさ。トークはおまけです(笑)。ワルツを通して、その時代の空気を感じてもらえたらと思っています。
――ウィーンで学ばれた経験は、今回の演奏会にも生きていますか。
最初にワルツを弾いたとき、「踊れるか」と聞かれて、「踊れない」と言ったらダンス教室に連れて行かれました(笑)。オーストリアでは学校で何年もワルツを習い、21歳の成人式が社交界デビューになる。文化を尊重する姿勢が、とても素敵だと思いました。演奏する側も、踊りを知ることで音楽の捉え方が変わるのです。
――日本センチュリー交響楽団との共演についてはいかがでしょうか。
一度、ご一緒したことがあります。オーケストラの皆さんは、音楽を作る喜びを共有する仲間です。指揮をする、ソロを弾くという立場の違いよりも、共に音楽を作る仲間であることが大切だと思っています。
――ワルツの魅力はどこにあると感じていますか。
ワルツは、華やかで優雅でありながら、必ず影があります。人間の感情の揺れを、とても分かりやすい形で表現できる、稀な音楽だと思います。哲学的なベートーヴェンや思考の強いショスタコーヴィチとは違って、今の感情を素直に表した音楽。それがワルツの強さで、だからこそ世界中で愛されたのだと思います。
――MAROさんにとって、音楽とはどんな存在でしょうか。
僕にとって音楽は、上手いとか下手とか、評価のためにあるものではありません。音楽は、人と人をつなぐための、世界共通のコミュニケーションだと思っています。言葉や国、宗教を越えて、同じ時間を共有できる。オーケストラも指揮者もソリストも、本来は巨大な室内楽の仲間で、みんなで音楽を作る時間そのものが一番大事なのです。
――1月31日という日程については、どのように考えていますか。
ニューイヤーは1月1日だけではありません。新しい自分が覚醒する瞬間がニューイヤーなのです。ウィーンで本格的にワルツが演奏されるのは、舞踏会の季節である1月中旬から2月。そういう意味でも、この時期にやるニューイヤーには意味があると思っています。
――聴衆へのメッセージをお願いします。
音楽は、人と人をつなぐためのものだと思っています。新しい年に、新しい出会いや夢が生まれるきっかけになれば嬉しい。ワルツの楽しさ、その奥にある感情を、ぜひ会場で感じてください。
ウィンナー・ワルツを「様式」ではなく「人間の感情そのもの」として捉える篠崎史紀。華やかな祝祭の背後にある歴史と思想を抱えながら、弾き、振り、語る。音楽を通じて人と人が出会う場としての「ニューイヤー」を提示する一日となりそうだ。
取材・文:最上 聡
(2026年1月14日更新)