ホーム > インタビュー&レポート > フランツ・リストの全体像に迫るシリーズ 「リスト~時代を拓くピアノ」。第1回登場のピアニスト、 ケマル・ゲキチが、その多彩な魅力を語る。
フランツ・リストの生誕200年を迎える今年。9月30日から、大阪いずみホールでは、7人のピアニストによるリサイタル・シリーズ「生誕200年 リスト~時代を拓くピアノ」 vol.1~7を開催する。19世紀、ロマン派の時代を生き、ピアノ演奏の歴史に革命をもたらしたリスト。その多彩な音楽は現代においてさえ、まだまだ全貌が明らかにされているとは言えない。「リスト~時代を拓くピアノ」は個性的なピアニストたちによる選曲と演奏によって、その全体像に迫ろうとする試みだ。
第1回に登場するのはケマル・ゲキチ。カリスマ的な魅力を持ったリスト弾き、として知られる彼が、開催に先立って行なわれた記者会見に姿を見せ、シリーズ全体の聴きどころや、リストの音楽の魅力について語った。
――国籍も年齢もさまざまなピアニストたちが次々に登場します。それぞれの選曲も興味深いところですが、トップを飾るゲキチさんは、すべてリストの作品、という構成になっていますね?
連続演奏会の冒頭で、リスト演奏の一端を担うことができ、とてもうれしく思っています。私に続いて古い友人でもあるボリス・ベレゾフスキーやジャン=マルク・ルイサダ、そして新しい友人である菊池洋子さんたちの演奏が行なわれます。リストを中心としたシリーズではあるのですが、私以外のピアニストのプログラムは必ずしもリストばかりではない、というところに注目してください。例えば菊池さんはシューマンを弾きますし、ルイサダはベートーヴェンやシューベルト、もちろんショパンも、弾きます。その中でリストの多様性が浮かび上がる構成になるのだと思います。
――あなたはすでにフランツ・リストのスペシャリストして知られているわけですが、ピアニストとして、リストの全体像をどのように捉えているのでしょう?
今日の目で眺めると、彼の実績は音楽家というよりもスポーツ選手の記録のようなもののようにも思えます。非常に専門的で、彼以前には考えられなかったことを実現したのです。新しいピアノのソノリティ(響き)を創造し、新しいピアノのテクニックを生み出しています。新しいコンサートの形式―個人のリサイタル-もリストから始まりました。それらは非常に大きな革新であり、リストの大きな精神性、大きな人格を感じさせるものです。
――リストの74年の生涯は非常に豊かな感情生活に彩られています。文学や哲学に傾倒し、多くの女性を愛し、また敬虔なカソリックの信仰に帰依しています。多くの音楽的な革新を行なうだけの内面の動機が、生涯を通じてあった、ということでしょうか。
リストは自分ひとりの満足のためにピアノを弾いたのではありません。天才の義務を果たすために多くのベネフィット(慈善演奏)を行ないました。また、作品は管弦楽、宗教曲に及びますが、ピアノ曲は生涯に渡って書き続けられました。リストはピアノですべてのことを表現することができたのです。だから彼は日記を書くように-まるで音楽で日記を書くように-人生を生きたのだと考えています。
――その音楽と人生の中に、際立ってゲキチさんを魅了する何か、もあったのですか?
一目ぼれをした、ということですね(笑)。リストの世界と自分の気持が100パーセント呼応した、ということです。彼の世界はとてもスピリチュアル(精神的)な力を感じさせてくれます。それは人生の喜び、暗いこと、明るいこと-それらをすべて受容していこうとする姿勢に表れていて、私はリストのそうした生き方に魅力を覚えますし、それは-何と言えばよいのでしょう-あまりにも豊潤です(笑)。私にはリストは子供のような人物に思えているのです。自分の周りのものを興味深そうに見てそれを取り込んでいた子供のような人物に。バッハやベートーヴェン、モーツァルトならば、私にとって母、という感じがするのですが。
実はリストが生まれた場所と私の生まれた場所は数百キロしか離れておらず、「ラ・カンパネラ」や「ハンガリー狂詩曲第2番」「エステ荘の噴水」などは私にとってとても近しい曲でした。リストへの共感はそうした体験にもあるのかも知れません。
――日本では、一般的にリストは偉大な作曲家のひとり、と受け止められていますが、作品は意外に知られていません。ピアノ曲に限ってみても、ピアノソナタや小品の一部が繰り返し演奏されている印象があります。
リストは新し過ぎたのです。リストへの無理解は彼の生前から始まっていました。彼は当時の権力層と合い入れませんでしたし、コンセルヴァトワール(音楽院)とも仲が悪かった。音楽は娯楽に過ぎないと思われ、プログラムはベートーヴェンのソナタばかり、という時代があったのです。ヨーロッパでも、近年になって1950年代頃から、アルフレッド・ブレンデルらがリストを取り上げ始め、今、ようやく若い世代のピアニストたちが弾ける状況になってきています。
――今回の「リスト~時代を拓くピアノ」は彼の多彩な世界に触れることのできる貴重な機会になりそうですね。
今回私は今まであまり弾かれる機会のなかった曲を演奏します。実はほかのピアニストのプログラムをすべて確認した後で、自分の曲を選ばせてもらいました。1600曲以上あるのですよ。リストの作品は!
記者会見に先立って、ゲキチは、東日本大震災に触れ、今回の来日が以前とは異なった状況でなされたことを残念に思う、と語った。1980年代の後半からたびたび来日し、親日家として知られる彼らしい表情だった。話がリストに及んでからは実にパワフル。聞き手の表情や自らの言葉を楽しむように、ユーモアを交えながら、長いセンテンスを一気にしゃべり切る。その語彙の豊富さ、明快さは、あのカリスマと呼ばれる鮮やかなピアノの本質は、この感情の豊かさにあるのだな、と思わせるにふさわしいものだった。 (2011年6月16日 記者会見の内容を再構成しました)
■ケマル・ゲキチ
1962年クロアチア生まれ。ユーゴスラヴィアのノヴィサッド音楽院で学び、卒業後、母校でピアノ教師を務める。81年リスト国際ピアノコンクール第2位。85年のショパン国際ピアノコンクールでは、優勝候補とみなされながらも審査員の意見が分かれ、本選に残れなかったが、聴衆や批評家の支持は圧倒的で、一大センセーションを巻き起こした。この時の演奏に対し、ハノーヴァーのショパン・ソサエティは最優秀ソナタ特別賞を授与。またその録音は、その年ドイツで6万枚、日本でも8万枚を売上げ、音楽界の注目を集めた。90年代にはリストの第一人者としての評価を決定した「超絶技巧練習曲全集」など、録音を中心に活動。その後、ヨーロッパ、アメリカなどで再び活発な演奏活動を開始するが、99年のユーゴ紛争により、拠点をアメリカに移した。現在フロリダ在住。フロリダ国際大学教授も務める。
〈生誕200年 リスト~時代を拓くピアノ vol.1〉
【ピアノ】ケマル・ゲキチ
【プログラム】
リスト:大演奏会用独奏曲
死者の追憶~詩的で宗教的な調べ より
ハンガリー風英雄行進曲
ギャロップ イ短調
システィーナ礼拝堂に
~アリグリのミゼレーレとモーツァルトのアヴェ・ヴェルム・コルプスによる
聖なる踊りとフィナーレの二重唱~ヴェルディのオペラ〈アイーダ〉より
パチーニのオペラ〈ニオベ)の動機による大幻想曲
チェルケス人の行進曲~グリンカのオペラ〈ルスランとリュミドラ〉より
【お問い合わせ】
いずみホールチケットセンター ■06-6944-1188
(2011年8月17日更新)
●10月6日(木)19:00
【プログラム】
リスト:超絶技巧練習曲(全曲)
メトネル:ピアノ・ソナタ第7番ホ短調
「夜の風」
●10月14日(金)19:00
【プログラム】
シューマン:アラベスク ハ長調
交響的練習曲(1837年版/遺作つき)
リスト:ウィーンの夜会
~シューベルトのワルツ・カプリス 第6番
パガニーニ大練習曲 第3番 嬰ト短調
「ラ・カンパネラ」
エステ荘の噴水
~巡礼の年 第3年より
愛の夢 第3番
ドン・ジョバンニの回想
●11月2日(水)19:00
いずみホール
【プログラム】
ショパン:バラード第1番 ト短調
12の練習曲
シューマン / リスト編:献呈
ショパン / リスト編:乙女の願い
~6つのポーランド歌曲より
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調
●11月20日(日)14:00
いずみホール
【プログラム】
ベートーヴェン:11のパガテルより
第1番、第2番、第3番、第4番
リスト:4つの小品 /
悲しみのゴンドラ 第二稿 / 暗い雲
ドビュッシー:前奏曲集 第1巻より「帆」
「雪の上の足跡」「沈める寺」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第12番
変イ長調より第3楽章「葬送行進曲」
ショパン:
ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ長調より
第3楽章「葬送行進曲」
ワーグナー /
リスト編:聖杯への厳かなる行進
~「パルシファル」より
リスト:葬送
~詩的で宗教的な調べ より
●12月2日(金)19:00
いずみホール
【プログラム】
ベートーヴェン:6つのパガテル
シューベルト:即興曲集より 第1番 ヘ短調
ピアノ・ソナタ 第15番 《レリーク》
ショパン:ノクターン 第13番 ハ短調
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調
●12月16日(金)19:00
いずみホール
【プログラム】
リスト:2つの伝説
「小鳥に説教する
アッシジの聖フランチェスコ」
「波の上を渡る
パオラの聖フランチェスコ」
バラード 第2番 ホ長調
バッハのカンタータ
「泣き、嘆き、憂い、おののき」の
主題による変奏曲
ハンガリー狂詩曲 第2番 嬰ハ短調