ホーム > インタビュー&レポート > SUPER EIGHTの安田章大とのんがW主演を務めた 映画『平行と垂直』小林聖太郎監督インタビュー
──山野海さんが書かれた脚本を前提にオファーを受けたとお聞きましたが、山野さんの脚本を読まれた時は、どのように感じられましたか。
小さくても温かい作品になるだろうと思いながらも、果たしてそれを自分がやっていいんだろうか、自分にこの作品を監督する資格があるんだろうかと考えました。僕は、希が抱えているいろんな思いを身近に感じたり、自分自身の物語だと感じるまでの距離感ではなかったので。そういう距離感の人間が、こういう繊細な物語をやっていいのかと躊躇する一方で、いい作品になるだろうという予感もあって、両方の思いを抱えていました。
──それでも引き受けよう、監督しようと思われたのはどういう思いに至ったからだったのでしょうか。
いい予感の方を信じて、一緒に脚本をブラッシュアップしていけるなら引き受けようと思いました。皆さんと話す中でだんだん気持ちが固まっていったという方が近いかもしれません。
──なるほど。安田さんがプロデューサーの佐藤さんに企画を持ち込まれたとお聞きしましたが、監督自身は安田さんの思いをどのように受け止められたのでしょうか。
ハリウッドでは俳優さんがプロデュースすることはよくありますが、日本ではまだあまりないパターンですよね。それでも、安田さんが企画を持ち込まれたことに違和感はありませんでした。安田さんのことは『ばしゃ馬さんとビッグマウス』を観て存じていましたが、アングラ好きだということを知っていたぐらいで、後はまっすぐな方だと思っていました。結果的に、その印象はそんなに間違っていなかったと思います。

──脚本作りの段階から安田さんとご一緒された上で、改めて撮影で大貴を演じている安田さんを見られて、どのように感じられましたか。
大貴として、撮影現場に居ることに対して違和感はなかったですが、今回のように、企画から長く付き合うというのは、僕も初めての経験なので、ちょっと不思議な感覚でした。僕が安田さんに対して感じていることをうまく表現できる言葉にまだ出会えていないんです。俳優と監督というだけではないですし、企画者と監督でもないですし、両方足しただけでもない。友達という表現も違うし、不思議な、独特の関係です。
──安田さんとのんさんが兄と妹を演じるというのは、意外に感じる一方で、実際に見てみると違和感がなくて驚きました。
そうですよね。空気感が似ていますよね。表面的にはハイテンションではないけど、底に持つ深いものを感じる、フラットな感じがふたりに共通しているように思いました。
──そういうことを感じられたから、希役はのんさんだったのでしょうか。
はっきり見えていたわけではありませんが、そうなったらいいなという希望も込めて、のんさんにお願いしました。のんさんの出身地は兵庫県ですが、あまり関西のイメージがなかったと思うので、関西色の強いのんさんを見てみたいというのもありました。それに加えて、ご自身の年齢に近い、等身大の女性を演じているのをあまり見た記憶がなかったので見てみたいと思ったのが、のんさんのキャスティングの始まりでした。
──本作は自閉スペクトラム症の方が主人公の作品ですが、監督自身が一番気をつけられたのは、どういうところだったのでしょうか。
脚本作りの時に気にしていたのは、スーパーマンとして描かないということでした。ASD(自閉スペクトラム症)のある方の役というのは、映画やドラマでは、実は特殊な能力を持っていた、というように描かれることが多かったと思うんです。
──数学の能力が秀でていたり。
あり得ないレベルの映像記憶の能力を持ち合わせていたり、隠れた能力を発揮して活躍したり。もちろんそういう方もいると思いますが、でも、現実的にそういう方は少ないということがひとつ。もうひとつは、ドラマとしてそれを利用するのは、あまりいいことではないんじゃないかと思っていたので、大貴という人物がどういう人なのか描く上で、そういうことには気をつけないといけないと思っていました。
──なるほど。
ホン作りの後半に監修の方に脚本を読んでいただいて、いろいろな指摘をしていただきました。基本的には当事者の方を傷つけることや、実際にはあり得ないことをやりたくなかったので、様々なことをお聞きしました。ただ、これは大前提としてドラマであるということもあり、映画の中では最低限、大貴という人間の思いのようなものが見えないといけないので、いてもおかしくはないんじゃないか、ぐらいまではもっていきたいと思いました。全部を「正しい設定」に合わせることに捉われて、、教育ビデオのようになってしまうと本末転倒ですから。
──そうですね。
この物語は希が見た大貴なので、希にとっては彼の行動がそう見えたということでギリギリ納得していただけるように、現場も含めて着地点を探していきました。
──監督ご自身は、この作品に関わったことで新たな発見はあったのでしょうか。
自閉スペクトラム症についての知識は多少持っていたつもりでしたが、本当に幅広いんだと感じました。人によって困りごとの種類も違うので、この映画が自閉スペクトラム症の全てだと思われても困る部分もあります。でも、代表的なものとして描かざるを得ないんですよね。もっと、いろいろな作品が作られていれば、いろいろな方を描くことができると思いますが、この映画もあくまで一例なので、描き方に注意は必要だと思いました。
──そうですね。大貴のような人ばかりではないですもんね。
そうですね。それこそ、大貴ほどは言葉でのコミュニケーションに苦労しない方もいらっしゃいますが、それはそれで、困っていること自体を分かってもらえない、という苦労を感じていたり、本当に人それぞれなので。
──人それぞれであることを痛感されたんですね。
個人的には、すごく勉強になりました。いろんな方にお話を聞くのが面白かったですね。例えば、グループホームを運営している方や、ASDに限らず、知的障がいをお持ちの方の作品をアートとして、ちゃんとお金にしようとされている方に、どんな困り事があるのか具体例をお聞きすると、多くの方が思い出し笑いをしながら話されるんです。愛らしく感じているからこそ思わず笑ってしまう、というような。そういう場面が何度もあったので、劇中の警察署のシーンに反映しました。
──あのシーンは、周囲の方の大貴への愛情が感じられてすごくいいなと思いました。
体験談をお話される時に、必ず笑いがついてくることが面白いなと思いました。グループホームを運営されている方は、元々バンドマンで、見た目もちょっとパンクな方なんですが、その方が「面白がっていいんだと思ってやってるんです」とおっしゃっていたので、一緒に面白がれるような関係性になれたら素敵だなと感じました。
──大貴と希の母親が作った歌がすごく印象に残っています。軽やかな歌のテンポの影響もあって、重くならない物語に仕上がっているように感じました。
重くて真面目な話や美しい話にはしたくないと思っていたので、そう言っていただけて嬉しいです。あの曲は、映画のために作った方がいいと思ったので、音楽の富貴さんに作っていただきました。何曲か作ってもらって、安田くんと相談しながら、今の形になりました。大貴はその歌を含めても10個ぐらいしか台詞がないので、印象に残ればいいなと思っています。
──本作は、いい映画だと感じる一方で、自分の中にある偽善的な部分をグサグサ刺してくるような台詞もありました。無意識に言ってしまいがちなので、もしかすると相手を傷つけていたのかもしれないと思わされる言葉もいくつかありましたが、脚本作りの上でどのように言葉を選ばれたのでしょうか。
そうですよね。僕自身の自戒を込めた言葉もあります。というのも、完全にわかったとは、ずっと言えないと思うんです。ノーマライゼーションや多様性など、言葉が先行しているように思うところもあります。これも難しいところで、この作品には自分の中の偽善性を問いかける部分もありますが、かと言って、偽善性を全て否定するあまりに、露悪を超えて悪になってしまっているような今の世の中の流れも感じています。善であろうとする芽までも摘もうとしているんじゃないかと思うこともあって。
──「誤解される方にも責任はある」という台詞が劇中にありましたが、SNSなどでよく言われている言葉を敢えて使っているところが、この映画のすごいところだと思いました。
希自身、あの言葉が公式文書に残ると思って発してはいませんし、それが希の本当の思いなのかと言われると違和感がありますよね。
──もちろん、希の本意ではないと思います。
あの時のあの感情だからこそ、言ってしまったことで、多分、次の日はなんであんなこと言ったんやろ...と思っていると思うんです。でも、そういうことってあると思うんですよ。
──そこに嘘がないというか、リアルだと思いました。
誰しもが、言葉にならない思いを無理矢理言葉にするので、思っていることよりもちょっと遠いところに寄りかかってしまった言葉を発してしまって、この言葉ではなくて、本当はここに真意があったのに...ということってあると思うんです。でも、本当に大事なのは、言葉を発する前の言葉にならない思いなので、そこを見つめられることができたらいいと思うんですが、難しいですよね、それを言葉にしようとすると。きっと、こうして話している中にもいっぱい嘘があると思うんですけど、言葉でしかコミュニケーションは取れませんから。
──久保田磨希さん演じる、希の元にカウンセリングに訪れる女性との会話にあった「言葉にすればするほど思いから離れていく」という言葉が、この映画はもちろん今の社会を鑑みても的を突いているように感じました。
こうして取材を受ける中で、「この映画で伝えたかったものはなんですか」という質問がすごく苦手で(苦笑)。それが言えるようになったら映画を作っていないので。それと同じで、いろいろ考えて見つけ出した言葉を出してみたけど、やっぱり違うな、これでもないこれでもない、これを表す言葉がないという繰り返しのような気もしています。
──そういう意味では、本作を観て改めて、言葉で伝わりにくいものを表現できるのが映画なんだと感じました。監督は本作の役割についてどのように考えてらっしゃるのでしょうか。
今の時代、軍のプロパガンダを作れというような、あからさまなことはないですが、強かったり、威勢が良かったり、景気の良かったりする人に取り込まれてしまうと、テレビでも映画でも人に何かを広げる拡声器になってしまうので、そこは気をつけないといけないと思っています。メディアの責任は、どこかで意識しておかないと怖いですよね。そういう意味では、思いを伝える方法は言葉だけではないということも伝わればいいなと思いました。
──なるほど。
もうひとつは、最近は経済効率だけを求めすぎているような気がしています。経済だけが社会を支えているわけじゃないと思うんですが、日本の社会人という言葉は「会社人」に限定されている気がしていて、本当は、社会という言葉はもう少し広い意味なのに、スーツを着ている人だけが社会人だと思われているように感じています。僕は会社人ではないので、そうではないところにも人々の意識がいけばいいなと思っています。
取材・文/華崎陽子
(2026年8月25日更新)
▼8月28日(金)より、T・ジョイ梅田ほか全国にて公開
出演:安田章大 のん
伊島空 高山トモヒロ 谷村美月 福田転球 芦川誠 早織 久保田磨希
河野咲良 髙田幸季 武藤凪 林英世/神野三鈴 菅原大吉
監督:小林聖太郎
原案・脚本:山野海
主題歌:浮 with 安田章大「話そう」
【公式サイト】
https://www.toei-video.co.jp/heikoutosuichoku/
【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/461348/index.html
こばやし・しょうたろう●1971年3月3日生まれ、大阪府出身。1995年から助監督として幅広く活躍。中江裕司、行定勲、井筒和幸、森﨑東、根岸吉太郎など、多くの監督のもとで経験を積み、2006年、『かぞくのひけつ』で劇場公開作デビューを果たし、第47回日本映画監督協会新人賞、新藤兼人賞を受賞。『毎日かあさん』(11)では第14回上海国際映画祭アジア新人賞部門で作品賞受賞。その他の主な監督作品に『マエストロ!』(15)、『破門 ふたりのヤクビョーガミ』(17)、『初恋 ~お父さん、チビがいなくなりました』(19)などがある。