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柴咲コウ×オダギリジョー×満島ひかり競演で、
亡き兄に思いを馳せる家族の4日間を描く
映画『兄を持ち運べるサイズに』中野量太監督インタビュー

エッセイスト村井理子の実体験をまとめたノンフィクションエッセイ『兄の終い』を、『湯を沸かすほどの熱い愛』の中野量太監督が映画化した人間ドラマ『兄を持ち運べるサイズに』が、TOHOシネマズ梅田ほか全国にて上映中。

絶縁状態にあった兄の突然の訃報を受け、兄の人生の後始末をすることになった妹と、兄の元妻と子ども達の姿をハートフルに描く。

柴咲コウが作家の理子を、オダギリジョーが家族を振り回す原因となる兄を、満島ひかりが兄の元妻・加奈子を演じる話題作だ。そんな本作の公開に先立ち、中野量太監督が作品について語った。

──原作を読んだ時は、どのような印象を受けられたのでしょうか。

僕のテイストにも合っていて面白かったんですが、映画としては地味だと感じました。だから、プロデューサーには「僕は好きだし、やりたいと思うけど、このままやったら成立しない」と言って、どうやったらエンタメになるか考えたんです。そこで兄の出し方を思いついて、これは映画っぽいな、と。

──原作者の村井さんからお兄さんのことをお聞きして、兄のエピソードを増やしていかれたのでしょうか。

実話なので、まずは本人の話を聞きたいと思って、村井さんが住んでいる滋賀まで会いに行って、話を聞いていたら、もっと面白いエピソードが出てきたので、それも含めて、これは面白くなりそうだと思いました。兄の出し方も、映画っぽいマジックを使えば、派手さはなくても、たくさんの人に届く映画になるんじゃないかと思ったのが正直なところです。

──なるほど。兄の出し方を思いついて、勝算がでてきたんですね。

そこから、これはいけるんじゃないかというムードになってきました。それから、タイトルですね。原作のままでは映画としては硬すぎるから、どうしても変えなきゃいけないと。村井さんの文章の中の言葉なんですが、「兄を持ち運べるサイズに」というのは面白い言葉だなと思って、プロデューサーも「いいね」と言ってくれたので、またエンジンがかかりだしました。面白い映画になりそうな雰囲気が、ちょっとずつ生まれていきました。

──タイトルと言うと、監督の作品は最後まで観て回収されるというか、腑に落ちるものが多いですよね。

そういう伏線回収系のタイトルが好きなんです。

──本作で言うと、冒頭、男の子が本を見つけて、「呪縛ではなく支えである」という一文が映されますが、それも最後に腑に落ちて、グッとくるものがありました。

あれは、原作にはないんです。「村井さんにとって家族とは何ですか?」と村井さんに尋ねても村井さんは答えられなくて。取材の中で、村井さんの心の芯の部分を支えるものが家族だと僕は感じたので、あれは一種、僕から村井さんへのプレゼントなんです。家族に答えはないけど、それぞれの家族に芯となるようなものがあると感じるんです。僕が村井家を見てあの言葉が出てきたので、村井さんにこの言葉をあげられればと思いました。

──なるほど、そういう思いが込められていたんですね。監督の作品を観ていると、家族にすごく思い入れがあるように感じます。家族を描くことには楽しさもありつつ、難しさもあるように感じますが、それでも家族を描く理由は何なのでしょうか。

家族ってなんだろう?と僕自身がずっと思っていて。表現者になって、一体何をやりたいんだろう、何を描きたいんだろうと考えた時に、やっぱり家族だな、と。僕が一番わからなくて、一番表現したいものは家族だと思ったんです。家族を描いていくと、さっきも言ったように答えはないけど、それぞれの家族の何かがあると気づいて、これが毎回新鮮なんです。「いつも家族ですね」とよく言われますが、全然そんなことはなくて。毎回、新しい感覚で、毎回違う家族を描いてます。

──毎回、新鮮に感じてらっしゃるからこそ、家族を描き続けられるんですね。先ほど、兄の描き方を思いついたことで勝算が生まれたという話を聞いて、やはり兄を演じたのがオダギリさんだったことが大きかったように感じます。『湯を沸かすほどの熱い愛』でオダギリさんが演じてた夫もダメダメでしたが、今回もダメダメで(笑)。オダギリさんのキャスティングはすぐに思いつかれたのでしょうか。

彼にしかできないと思いました。でも、オダギリさんってダメ男は散々やり尽くしてるじゃないですか(笑)。

──そうですね(笑)。

今回は、ダメ男の部分もあるけど、最後の、それぞれにとっての兄が出てくるシーンの表情はなかなかできないと思うんです。ダメ男ができる人はいっぱいいるけど、ダメ男を通り越して人間の温かみみたいなものを出せる人は、なかなかいないと思って。オダギリさんが演じた兄からは、ダメ男プラス人間臭さというか温もりを感じました。もしかしたら、10年前のオダギリさんだったらできなかったかもしれないと思います。ani_mochi_sub.jpg

──『湯を沸かすほどの熱い愛』の頃のオダギリさんはダメ男役がぴったりでしたから。

最後のあの表情はできなかったんじゃないかと思います。でも彼も50歳になって、できるんじゃないかと思ってお願いしたら見事でした。あの表情はなかなかできないですよ。三者三様の兄をちゃんと受け止めて、表情を作ってるので。

──あのシーンは、監督から具体的にオダギリさんに何かお話されたのでしょうか。

そんなに具体的に何かを話したということはなかったと思います。僕は緻密に脚本を書くタイプなので...。

──では、脚本に書いてあることを、オダギリさんがそれ以上に読み取ってやってくださったものが、あのシーンに現れているんですね。

本当にいい俳優は、全部汲み取って演技をしてくれるんです。僕がこの脚本で何を求めてるのか、それがちゃんと伝わるように書いてるつもりですが、それをちゃんと汲み取って、最初の芝居から、そんなに遠くない演技をするのが、本当にいい役者だと僕は思ってます。脚本を読む力があるというか。そういう部分でもあの3人はすごいと思います。

──柴咲コウさん、オダギリジョーさん、満島ひかりさんの3人が同じシーンに映ることはありませんでしたが、仮に理子と加奈子のふたりのシーンだったとしても、どこかに兄が見えるように感じました。3人は日本映画界を代表する俳優だと思いますが、この3人が決まった時に勝利を確信されたのではないでしょうか。

そうですね。でも、主人公の理子は、今までの柴咲さんが演じてきた役の中で見たことのないタイプだったので、できるとは思ってましたが、やるまでは原作者の村井さんの雰囲気まで近寄っていけるかどうか、心のどこかに不安がありました。だからこそ、加奈子と兄はドンピシャの人でやりたかったんです。

──柴咲さんは、冒頭は母親でしたが、ひとりで宮城に行って、そこからどんどん妹に見えるように変化していきました。

そこは最初から話し合っていて、ちゃんと妹になるようにやりましょうと計画を立ててました。ani_mochi_sub2.jpg

──そうだったんですね。宮城に行ってからは、母の要素をほとんど感じませんでした。その柴咲さん演じる理子の夫が、「結婚15年目でも知らないことってあるんだな」と言ったのが印象に残りました。それが、兄にも多面性があったこと、兄について知らないことがたくさんあったことに繋がるように感じました。

実は、それが僕の今回の裏テーマでした。最近の風潮として、例えば、不倫したら悪い、と見たこともない人、会ったこともない人が叩いてますよね。人間なんて、そんな簡単な生き物じゃないですよ。自分が何者かということだって分からないと僕は思っているので、そういう風潮に対するアンチテーゼをやりたいと思ったんです。

一方通行で見た部分だけがその人の全てではないですし、この人はこうだと決めつけることなんてできない。それを、登場人物それぞれにとっての兄を映すことで表現しましたが、それでも足りないぐらいです。それなのに、会ったこともない人をこういう人だと決めつけてしまう、この世の中へのアンチテーゼなんです。

──また、理子の心の声であるモノローグを、敢えて字で表現されていたのが印象的でした。柴咲さんの声でナレーションを入れることもできたと思いますが、あの字が潤滑油というか、切り替えになっていたように感じました。敢えて、声ではなく字にされた理由は何だったのでしょうか。

作家さんの話で、この物語は作家さんの頭の中で書いてるものだから、字で表現しようと思いました。彼女が、今書いている感じにしたいと思ったのと、僕らは海外の映画を英語字幕で観てるので、映画の中で字を読むということはできると思いましたし、逆に、読むことで映画の中に引きこまれるんじゃないかと。

──なるほど。

なかなか、映画の中であそこまでの長文を読ませることはないですが、今回は敢えて挑戦しています。長文をちゃんと読んでもらって、映画の中に引き込むことができるのか。その代わり、ちょっと面白い出し方をしました。ani_mochi_sub3.jpg

──兄の元妻の加奈子を演じた満島さんが煙草を吸うシーンがありましたが、煙草を吸うだけで、こんなにも感情を表現できるんだと驚きました。最近、煙草が映画で使われることがそんなにないからこそ、余計に新鮮でした。煙草の描写は監督が考えられたのでしょうか。

煙草を使って、全く同じショットを撮ってるんです。最初は、理子から、良一の下着のサイズが小さかったことを聞かされて、車から外に出て煙草を吸ってるところを車の中から引きで撮っていて。もう1回、同じショットで撮ってるんですが、全く違う味がするんですよ。

──全く違う味がしていたと思います。

そういうことを、引きの画だけで表現できる俳優さんは、なかなかいないと思います。

──しかも、顔ではなく背中からのショットだったと思います。満島さんだからこそ、表現できたシーンだと思います。

あそこは、明確に対になってますからねと言って、やってもらいました。

──兄と良一の生活は、ひとつ間違えると社会問題として描かれそうな要素もありましたが、本作ではシリアスになりすぎず、ユーモアで包み込んで描いていたのが印象的でした。

実話なので、こうやって生きてる人間がいることを知ってほしいとは思いました。一生懸命生きてるけど、上手に生きられない人の元で暮らす子どももいるんだと。そこに愛がなかったら地獄だけど、良一のところに愛はあったので。お金はないけど、愛があったことはちゃんと描きたかったんです。だから、ネグレクトにはしないでおこうと思いました。もちろん、あの部屋の様子だから、そう見えかけるんですが、完全なネグレクトとしては描かないでおこうというのは最初に決めていました。

──それで言うと、最後の満島さんのあの台詞はすごくパンチ力がありました(笑)。

だからって、人は死んだら聖人になるかと言うと、ならないんだぞ、というのはやっておかないといけないと思ったからです。あそこも原作にはないんですが、あのままだと死んだらいい人になってしまうというか、美化されてしまうので、そういう描き方にはしたくなかったので。

──どうしても美化してしまいがちですもんね。

「中野監督の映画にはあまり悪い人が出てきませんね」とよく言われるんですが、それは全くの間違いで。悪い人はめっちゃ出てるんですが、その人がなんで悪い人なのかというところまで僕は描くので。この映画の兄も、『湯を沸かすほどの熱い愛』の旦那だって不倫してるんだから悪い人じゃないですか。

──そうですね。

そこだけではなく、裏側もちゃんと描くから悪く見えないだけで。悪い人はいっぱい出てるんです(笑)。

──それも、見方によって人の見え方が違うということですもんね。

そうだとしても、兄が死んで、いい人だったねという流れにするつもりはなかったです。やっぱり、真正面から見たら悪い人なんですよ。

──そうですよ。お母さんのお葬式の時の振る舞いは本当にひどいと思いました。

あれは、ほぼ実話ですから。さらに言うと、実はテレビもなくなってたらしいです(笑)。

──本当ですか!?

悪い人です(笑)。悪いというか、まっすぐなんだと思います。素直な人ほど怖い人はいないですから。お兄ちゃんは、本当にモテたそうなんです。女の人に優しかったから。仲間も多いから、すぐ人に奢っちゃう豪快な人だったみたいです。

──その豪快な兄を演じたオダギリさんは、監督の作品に出られるのは約10年ぶりでした。次は...

やるなら、もうちょっと早くやりたいです(笑)。

──『湯を沸かすほどの熱い愛』の時よりも、包容力が増していたと思います。だからこそ、最後のシーンが心を揺さぶるものになったと思いますし、ユーモアの中にある、人としての魅力を感じました。

どっしりしていて、人間らしい味が出てましたよね。10年前だと、かっこよさが邪魔してましたよね。

──今もかっこいいんですが(笑)。

今もかっこいいんですが、上手に枯れてきてますよね(笑)。

取材・文/華崎陽子




(2025年12月 8日更新)


Check
中野量太監督

Movie Data


(C) 2025 「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会

『兄を持ち運べるサイズに』

▼TOHOシネマズ梅田ほか全国にて上映中
出演:柴咲コウ
オダギリジョー 満島ひかり
青山姫乃 味元耀大
斉藤陽一郎 岩瀬亮 浦井のりひろ(男性ブランコ) 足立智充 村川絵梨
不破万作 吹越満
脚本・監督:中野量太
音楽:世武裕子
原作:村井理子「兄の終い」(CEメディアハウス刊)

【公式サイト】
https://www.culture-pub.jp/ani-movie/

【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/411072/index.html


Profile

中野量太

なかの・りょうた●1973年7月27日生まれ、京都育ち。大学卒業後、日本映画学校(現:日本映画大学)に入学し、卒業制作『バンザイ人生まっ赤っ赤。』(00)が、日本映画学校今村昌平賞、TAMA NEW WAVEグランプリなどを受賞。卒業後、映画の助監督やテレビのディレクターを経て、6年ぶりに撮った自主短編映画『ロケットパンチを君に!』(06)が、ひろしま映像展グランプリ、福井映画祭グランプリ、水戸短編映像祭準グランプリなどを含む7つの賞に輝く。2008年、文化庁若手映画作家育成プロジェクト(ndjc)に選出され、35ミリフィルムで制作した短編映画『琥珀色のキラキラ』が高い評価を得る。2012年、自主長編映画『チチを撮りに』を制作、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にて日本人初の監督賞を受賞し、ベルリン国際映画祭を皮切りに各国の映画祭に招待され、国内外で14の賞に輝く。2016年、商業デビュー作となった『湯を沸かすほどの熱い愛』が、第40回日本アカデミー賞優秀作品賞、優秀監督賞、優秀脚本賞をはじめ、数々の映画賞に輝く。その他の監督作に『長いお別れ』(19)、『浅田家!』(20)がある。