ホーム > インタビュー&レポート > 瀬戸内海に浮かぶ島で幼なじみの3人の思いが交錯する様を 三浦貴大、武田航平、咲妃みゆの共演で描く 映画『やがて海になる』沖正人監督インタビュー
──撮影は、監督の故郷の江田島市と呉市で行われたそうですが、故郷で映画を撮ろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
8年前に母親が亡くなったんです。父親はもっと前に亡くなっていたので、母親が亡くなった時点で実家がなくなりまして。盆、正月には帰る、当たり前だと思っていた場所がなくなって、故郷に帰るのはお墓参りだけだと思った時に、すごく遠くに感じて辛くなってしまって。僕は、こういう仕事をしてますが、地元で映画を撮ろうなんて思ったことがないどころか、ちょっとカッコ悪いぐらいまで思ってたんです。僕は映画を通じてしか帰るべき場所を見つける術はないんだと思って、脚本を書いたのが8年前でした。
──では、武田航平さんが演じていた和也が、監督の分身ということでしょうか。
見た目は僕と全く違うんですけど、それはキャスティングの流れで(苦笑)。自分の思い出が濃く出てるのは、やはり和也ですが、修司と和也、両方に僕の要素はあると思ってます。
──修司を演じた三浦貴大さんが、本当に素晴らしかったです。特に、序盤はうだつの上がらない修司にイライラしてしまうぐらいでした。修司役を三浦さんにというのは、どのように決まったのでしょうか。
キャスティングは、制作会社と相談しながらやっていました。脚本を書きながら、いろんな人をイメージする中で、三浦貴大くんだったらいいなと思ってたら、三浦くんが興味を持ってくれたので、「ぜひ三浦さんにお願いします」と言いました。
──下手すると、すごくわざとらしい振る舞いになってしまいそうなシーンでも、三浦さんの無邪気な笑顔と振る舞いによって、リアリティのあるシーンになっていました。
修司が三浦くんじゃなかったらどうなってたんだろう?と思って、ぞっとしたことはありました。この映画は紙一重で、三浦くんじゃなかったら成立してないシーンはいっぱいあると思いますし、あざとい映画になっていた気がします。

──わかります。和也役を演じた武田さんは三浦さんよりも年下だと思っていたら、同級生だと知って驚きました。
そうなんですよね。田舎でずっと暮らしている人と東京で暮らしている人の違いが、ふたりに見えるような気がして、ちょうどいいなと(笑)。三浦くんは年相応というか、37、8歳と言われたらそういう風に見える一方で、武田さんは30歳ぐらいだと言われても、そう見えるじゃないですか。でも、実際は37歳の中身を持ってるので、言葉にはちゃんとその年ならではの重みもあって、撮影中はふたりが同級生だということをリアルに感じました。
──幸恵役の咲妃さんも素晴らしかったですが、どのように決まったのでしょうか。
制作プロダクションの齋藤さんが「すごい人がいる」と大絶賛していたんですが、正直に言うと僕は宝塚にはあまり詳しくないので、存じ上げなかったんです。齋藤さんが、「彼女は将来、日本の芸能界を背負えるぐらいの逸材だ」と称賛していたので、そこからいろいろ見させていただいて、齋藤さんのおっしゃる通りだと思って、お願いしました。

──凛としながらも、たまに見せる不安そうな表情も印象的でした。
映画の中の幸恵は強いですよね。僕の勝手なイメージですが、宝塚でトップまでいく人は、根っこの部分に強いものがあるんだろうな、と。幸恵に通じるものがあるんじゃないかと思ってお願いしました。
──修司と和也、幸恵を演じる、三浦さん、武田さん、咲妃さんの3人のバランスはいかがでしたか。
3人がすごく仲が良くて、カメラが回ってない時も本当の幼馴染のように馴染んでいました。幼馴染みというのは、共有してきた時間の積み重ねがあるわけじゃないですか。カメラが回ってない時でも、ずっとそんな空気でいてくれたのは嬉しかったですね。地方での撮影だったので、撮影がない時も同じ場所にいるから、撮影で初めましてではなかったのも良かったと思います。
──確かに、地方での撮影はそういう利点もありますよね。
今回は撮影が終わっても、バスが夕方まで出ないから彼らが控え室で待たされることもあって。気が付いたら、そういう時間にすごく仲良くなってて。航平くんと貴大くんなんか、2日目からお互い下の名前で呼んでましたし、プライベートでも飲みに行ってみたいなので、仲良くなって良かったなと思いました。
──渡辺哲さん演じるカメラマンさんも大事な役だったと思いますが、監督の実体験が混ざっているのでしょうか。
実体験ではないんですが、これまで何本か映画を撮っていて、割とベテランのカメラマンの方をお願いすることが多かったんです。僕は映画の中で、カメラを特に重要視してるので、ベテランの方々から学びたいという思いもあって。僕自身がああいう方が好きなんですよね。ああいう怒られ方をしたことはないんですが、僕はプロデューサーをすることもあって、その場合は遠目で現場を見ることになるので、そういう風に怒られてる場面を見た時にいいなと思ったんです。昔は、ああいう方がいたなと思い返して哲さんがぴったりだと思いました。
──渡辺哲さんは監督の作品によく出てらっしゃいますよね。
ほとんどの作品に出てもらってます。家も近いので、よく一緒に飲んだり、一緒にいることは多いですね。
──監督が書いていた脚本を、途中から鈴木さんに託したとお聞きしましたが、それによって変わったところはあったのでしょうか。
この映画は準備がすごく長かった分、早い段階で県や市、いろんな企業への表敬訪問で、たくさんの方に会いに行ってたんです。地元に対する思いが強い方が多いので、いろんな意見があって。こういう映画にしてほしいとか、こういうことは描かないでほしいと言われることもあって、だんだんそれが重荷になってしまって、ある日、僕の筆が止まったんです。皆の意見を吸い上げることなんてとてもできないし、徐々に縛りができて身動きが取れなくなっていたのを、普段からよく一緒にいる、後輩の鈴木太一が横で見てまして。太一くんは東京の人間なのでノープレッシャーだから、一度好きに遊んでみてくれ、と。
──そうだったんですね。
そうしたら、太一くんが遊んでくれて、それで物語が面白く動き出したという流れです。だから、物語の大きな流れは変わってないんです。一緒に中身をちょっといじったような感じです。彼が潤滑油になってくれたというか、新しいターボエンジンを積んだような感覚でした。
──高校時代の幼馴染が3人いる設定や大きな流れが変わったわけではなく、中身が少し変わったんですね。高校生時代の3人の描写は、すごくノスタルジックでしたが、現在の3人にノスタルジックさを背負わせず、ロマンティックに行き過ぎないところがいいなと思いました。
僕みたいに故郷から離れた人間からすると、あの3人のやり取りがすごくリアルだと思っていて。この前も、30年ぶりぐらいに同級生と会ったんですが、「おー、久しぶり」って、まるで先週も会ってたかのようなリアクションで会話が始まるんです。根っこの部分に昔の繋がりがありつつ、照れくささもあって。この年になると、家庭のことや病気など、いろんな悩みがあって、きっと会わなければよかったと思う人もいると思うんです。誰でも、昔を美化してしまうところはあると思いますが、30歳、40歳になると、現実もちゃんと見せた方が面白いんじゃないかと思いました。

──海がこの映画のもうひとつの主役だったと思います。海に対する捉え方は3人それぞれでしたが、それが故郷に対する捉え方に繋がっているように感じました。海の描写についてはどのように考えてらっしゃったのでしょうか。
和也は母親の遺言もあったので、海に母を見ていたと思います。僕もそうでしたが、島にいる時は目の前に海があることが当たり前なので、普段島にいる修司は、そこまで海を特別視してないんですよね。幸恵は島から出ていて、自分は島で生きていくという選択肢を持ってない。海に一番興味を持ってないし、日常でもない。3人の感じている、海の意味合いはそれぞれ異なってますね。
──監督が東京に住んでらっしゃるからこそ、視点の違いを反映させることができたのでしょうか。
脚本を書く時間がたくさんあったので、実は、3人それぞれを主演にして脚本を書いたんです。その人になったつもりで、この人だったら海をどう感じるんだろう?と考えながら書いてました。
──なるほど。だから、3人それぞれに背景を感じることができたんですね。
ちょっと奥行きが欲しいと思ったんです。例えば、居酒屋のシーンがあるとして、修司が主役だったら、そこに和也が現れて終わるんですが、なぜ和也がそこに来たのかは、和也を主役で書くと、そこに来る経緯も描けるんですよね。
──確かにそうですね。
役者さんに言うほどではないんですが、自分の中ではちゃんと裏設定も持っておきたいなと思っていて。3人がこの時間に何をしてるんだろうというのは考えていました。
──本作のことを調べていると、監督が様々なところを表敬訪問されている記事を拝見しました。
実は、表敬訪問は3、4年前なんです。まだワンカットも撮ってない頃から表敬訪問に行ったり、テレビ局が追いかけてきてくれて。ゾッとしますよね。映画を撮ってもないのに母校を訪ねたんです。いずれはやるんだろうなという思いで特集してくれたんだと思います。映画を撮れてなかったら大事でした(笑)。
──大事ですね(笑)。3、4年前ということはコロナの影響もあったのでしょうか。
そうですね。コロナで行けなかったのもあったんです。この映画は地方で撮影するので、地方でやる大変さと、資金集めの大変さ、コロナでなかなか行き来できない大変さがあって、8年間ずっと脚本を書いてたわけではなく、2、3年、別の映画に向かってた時期もあったというのが正直なところです。
──そうだったんですね。
ただ、地元に帰ると市長や県知事と繋がりがある、地元の名士のような方が応援してくれていて、そういう方が「会わしてやる」って言い出すんです。「会っといた方が勢いつくから」って。勢いだけついてもお金はないのに(笑)。そうやって周りがどんどんお膳立ててくれてました。
──それだけ地元の方はこの映画を作ることが嬉しかったんですね。
すごく喜んでくれてました。撮影の準備で江田島に2週間ぐらいいて、2週間東京に帰るんですが、また2週間で戻ってくるのに、送別会をしていただいてたんです。どういう顔して次会うんだろうと思いながら送別会をしてもらってました(笑)。
──では、監督が達成感に浸る瞬間はまだ訪れてないんですね。
全くないですね。とにかく元気ですね、広島の方は。ずっとお祭りみたいになってるので。エンドロールが2分長くなったというぐらい、200数十社に協賛入っていただいたので。その会社にやっと完成しましたという挨拶回りをずっとやっていると、待ってましたとばかりにお酒が出てきて。それが延々続いてて、まるで夢の中にいるようですね。
──それだけ地元の方々が喜んでくださるのは嬉しいですね。
そうですね。幸いにも映画の中身も気に入ってくださってて。やはり、広島というとヤクザ映画だったり、戦争映画だったりと、割と偏ったものが多い中で、呉や江田島という普段描かれないようなところをリアルに描いたので、特に、呉と江田島の方は熱量高く応援してくれてますね。
──そこまで地元の方々が喜んでくださると思ってらっしゃいましたか?
派手な映画ではないので、派手な映画を好きな方からすると物足りないんじゃないかという不安はありました。江田島には映画館がないですし、普段そんなに映画に触れてない年配の方が見た時に、ちゃんと伝わればいいなとは思ってました。結果的には、全く杞憂に終わったというか、反応はすごく良かったです。
取材・文/華崎陽子
(2025年11月10日更新)
▼11月14日(金)より、テアトル梅田、アップリンク京都にて公開
出演:三浦貴大 武田航平 咲妃みゆ
山口智恵 緒形敦 柳憂怜 ドロンズ石本 武田幸三 高山璃子 市村優汰 後藤陽向 川口真奈
占部房子 白川和子 大谷亮介 渡辺哲
脚本・監督:沖正人
脚本:鈴木太一
【公式サイト】
https://www.yagateumininaru.jp/
【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/409396/index.html
おき・まさと●1975年生まれ。広島県江田島市出身。大阪のミヤコ蝶々一座にて約 3 年間、芝居と作品作りの基礎を学ぶ。2016年、映像ディレクター海老澤憲一と共同監督ユニット〈コーエンジ・ブラザーズ〉を結成。初監督作『BOURBON TALK』が国内外の映画祭で高い評価を受け、オムニバス映画『愛と、酒場と、音楽と』の一編として劇場公開された。2018年、長編映画『お口の濃い人』が函館港イルミナシオン映画祭でグランプリを受賞。コーエンジ・ブラザーズ活動休止以降は沖正人として、2020年に制作費ゼロ、撮影1日で完成させた短編『ある役者達の風景』が、その後長編化され2022年より全国劇場公開された。2023年には、自ら企画したオムニバス映画『THEATERS』が全国のミニシアターで公開された。