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『そこのみにて光輝く』『きみはいい子』の呉美保監督と
脚本の高田亮が3度目のタッグを組んだ
映画『ふつうの子ども』呉美保監督インタビュー

『そこのみにて光輝く』『きみはいい子』の呉美保監督と脚本の高田亮がタッグを組んだ『ふつうの子ども』が、テアトル梅田ほか全国にて上映中。

ごく普通の10歳の小学4年生の男の子が、同じクラスの気になる女の子や問題児とともに“環境活動”を始める様を生き生きと描く。

呉美保監督の前作『ぼくが生きてる、ふたつの世界』にも出演した嶋田鉄太が主人公の唯士を演じ、映画初出演の瑠璃と味元耀大が唯士とともに“環境活動”を始める心愛と陽斗を演じるほか、蒼井優、風間俊介、瀧内公美らが出演している。そんな本作の公開に合わせ、呉美保監督のインタビューを掲載。

──主人公の唯士を演じた嶋田鉄太くんがめちゃくちゃ可愛くて。本作を拝見してから『ぼくが生きてる、ふたつの世界』を観直しましたが、小学校時代の主人公の友人役だったんですね。この役か、と。

すごく印象に残りますよね。主人公のお母さんをじっと見つめる表情が。

──あの台詞も、よくよく考えたら、もっと嫌な感じに言えると思うんです。でも、彼は純粋に興味を持って「お前のかあちゃん、話し方おかしくない?」って聞いてるんですよね。

オーディションに来た子どもたちのほとんどは、あえて傷付ける感じで演じたんです。でも、嶋田鉄太は違いました。すごく不思議そうに「話し方おかしくない?」って。目の前のことに対する子どもの素朴な疑問として。

──鉄太くんと出会った『ぼくが生きてる、ふたつの世界』のオーディションの時には、『ふつうの子ども』の製作に入っていたんでしょうか。

ちょうどオーディションの時に『ふつうの子ども』の本作りをしてました。翌年に撮るつもりだったので、頭の片隅に置いておいたんです。この子、面白いなって。クラスメイトも含めて丁寧に探したかったので、撮影の半年ぐらい前に『ふつうの子ども』のオーディションを行ったんですが、そこに鉄太も来てもらいました。

──なるほど。

もちろん、彼がいいのはわかってました。ずっと目で追っちゃうんですよね。ただ、彼をも超える子がいるかもしれないという期待を込めて、改めてオーディションにしました。プロデューサーや脚本家の高田さんにも見てもらい意見を聞きながら。子役は、事務所から演技レッスンを受けているので、オーディション時には一言一句セリフ通りに演じるのですが、鉄太はぜんぜんセリフ通りに芝居をしないんです。

──そうなんですね。

セリフ通りではないんですが、逆に子どものリアリティに落とし込まれているんです。自分の中で言葉の意味を無意識にちゃんと咀嚼できている。動きも一味違うんですよね。

──目の動きや表情が全然違うように感じました。

『ふつうの子ども』というタイトルで、有名な大人キャストが主人公ではない分、「なんだろう?この子」と目で追ってしまうような子が主人公でないと、この映画の勝算はないと思いました。独自の存在感がありつつ、ありのままの子どもである、というのが私の中でマストだったので、それには嶋田鉄太がぴったりでした。

──そもそもは、子どもを主人公にした映画を作りたいというのが始まりだったのでしょうか。

そうですね。ふたりの息子を育てながら、生身の子どもと日々接する中で、自分がこれまで見てきた、主人公が子どもの映画を思い返すと、大人のフィルターで作られたものが多いなと。ありのままの子どもが描かれてる映画って、実はそんなにないんじゃないかと思ったんです。そう考えていた時に、菅野和佳奈プロデューサーから「子どもをテーマにした映画を作りませんか」と高田亮さんが書かれたプロットを渡されたんです。

──そうだったんですね。

その内容が、グレタ・トゥーンベリさん(スウェーデンの環境活動家)の演説に影響を受けた日本の女の子が、環境問題を大人に強く訴え、その姿に恋をした男の子が一緒に環境活動を始める、というものでした。子どもの社会問題に対する突飛なアクションを、恋心も絡めながら描く。面白いと思いました。瑞々しく描けたらとっても素敵な映画になるだろうなと思いました。

──子どもたちが同時に様々なことを話し出す教室の風景がすごくリアルだと感じました。撮影は大変だったと思いますが...。

大変でした。助監督さんが喉を痛め、声が出なくなっちゃって。

──そうですよね。唯士と心愛の声が突出してるわけではなく、ざわざわしてる中でふたりが話してるのが当たり前のように描かれていたのが印象的でした。

子どもたちみんなが絡み合ってるのが自然な姿なので、陽斗がイタズラをする時も、最初は唯士にしかけ、次に別の子のところに行き、応戦する子がいたり、と画面の真ん中だけの芝居で完成させないんですよね。追いかけっこになった時も、ぼくが!わたしが!とみんなが先生に告げ口をしにいく。

──それも、小学校の教室あるあるですよね。

今までの映画であまり見たことがないと思うので、そのために、ワークショップと称したオーディションを重ねながら人間関係を作り、役回りを配分していきました。実は、藤井メイを演じた長峰くみは、鉄太の2学年下なんです。

──だから、少し幼く見えたんですね。

あえて、年下の子を選んだんです。クラスにいるじゃないですか。すごく不思議なことを言っても、皆そういう子だと認識して接している。さらに、この映画の本筋には深く関わってこないけど、唯士を見つめ続ける絶対的存在として、必要でした。

──駄菓子屋のシーンも、すごくほっこりしました。

でも現場では、あのふたり、実は喧嘩していたんです。

──鉄太くんも喧嘩することあるんですね(笑)。

鉄太が珍しく怒ったんですよ、くみちゃんに。「キャベツ太郎舐めて渡しただろう」って。

──(笑)。

「1個あげる」っていうシーンの時に、「ありがとう」って言って食べたけど、怒りだして「舐めただろ」って。舐めた、舐めないの言い合いになったら、くみちゃんが鉄太の足に自分の足を乗せて、「やめろー」って、収集つかなくなって。私が「いい加減にしなさい!お母さんの言うこと聞きなさい!」って言い間違えてしまって。

──(笑)。

先生のことをお母さんって言ってしまう逆バージョンをやってしまったのが恥ずかしくて(笑)。でも、この場がこれで終わるならもういいやと次に進みました(笑)。ふたりが目の前のことしか見えてない状況での撮影でしたが、喧嘩なんて微塵も感じさせない演技をしたことで、なんとか撮り終えました。

──そんな風には微塵も感じなかったです。子どもたちが「私の毎日」という作文を読むシーンは、『きみはいい子』の抱きしめてもらう宿題のシーンを思い出しました。ある意味、子どもたちの自己紹介のようにも感じました。

クラスの雰囲気がわかりますよね。本当は高田さんが書いてくれた作文が台本にあったんです。でも撮影の少し前に『きみはいい子』のことを思い出して、実際にやってもらった方が、私たちの斜め上をいく作文を書いてくれるんじゃないかと。見事に豊かな作文を書いてきてくれて。撮影したシーンを編集しながら、これは『きみはいい子』のアンサー映画だとしみじみ思いました。

──本当に子どもたちに書いてもらったんですね。

はい。『きみはいい子』はクライマックスで、『ふつうの子ども』はオープニングなので、バトンを引き継いだような感覚です。とはいえ『きみはいい子』は、社会問題も絡めた大人と子どもの群像劇でしたが、今作は感動させたり、ノスタルジックに描くことはしないという、高田さんとの共通認識でした。もちろん、後半で子どもたちが感情を吐露するシーンはあります。ただ、むやみにエモーショナルにはしない。

──なるほど。

『きみはいい子』は虐待やネグレクトなど、シビアな社会問題に正面から向き合いましたが、あれから10年を経て『ふつうの子ども』では、一見なんでもない子どもと大人の日常における「現実」を描きました。今たちまち育児中の感覚を大いに活かせたような気がします。

──わかります(笑)。現実は待ってくれないですから。

日々、子どもたちと過ごしながら、理想と現実を繰り返しているので。例えば子どもが食事を運んでくれて「ありがとう」とお礼を言った次の瞬間、よそ見をして派手に牛乳をこぼされたり、褒めた直後に怒りが込み上げる、みたいなことばかりです。

──子どもの描き方については、ステレオタイプではなく、自然体に近いものにしたいという思いがあったということでしょうか。

ありました。高田さんも息子さんがいるから、プロットの段階でも実感を込めて子どもがやりそうなことがたくさん書かれていて。さらに、そこに私の実感も込めてブラッシュアップしていきました。また、子どもの細かな機微だけでなく、親の姿もちゃんと描きたいと思いました。子どもが完璧じゃないのは当たり前ですが、親も誰ひとり完璧じゃないということを、私自身が常に感情を振り乱されながら実感しているので(笑)。

──わかります(笑)。

この映画に登場する未熟な子どもや大人を観ることで、ちょっと気持ちが楽になってもらえたらと思いました。加えて、せっかく高田さんとご一緒するのだから、社会性を根底に感じられる映画にできれば、これまでありそうでなかったものにできるんじゃないかとも思いました。

──脚本の高田さんとは3度目のタッグですが、高田さんの脚本のどの部分が監督に刺さるんでしょうか。

高田さんが書かれる脚本は、一筋縄ではいかないような感覚があって油断できないんです。それが楽しみで。それこそ、今回は『ふつうの子ども』というタイトルですが、なんでもない台詞がウィットに富んでいたり、変化球があったりして。改めて面白い人だなぁと思いつつ、とはいえ演出するにあたっては、しっかり咀嚼しないと理解できないこともあり、高田さんを質問攻めにしながら、感覚をつかんでいきました。

高田さんは私からの細かな質問を全て受けて立ってくださる忍耐強さをお持ちです(笑)。とはいえお互い頑固者同士なので、とことん突き詰めたものが生まれるんだろうなと思います。奇遇なのが、この企画を始めた時は、高田さんのお子さんが10歳で、公開時に私の子どもが10歳なんです。改めて縁があるなと思っています。

──唯士と心愛と陽斗の3人のバランスは、脚本はもちろん演出の段階でも、色々気をつけた部分があったのではないでしょうか。

この3人って、バランスだけで言うとベタじゃないですか。主人公が女の子に恋をしたら、やんちゃなキャラクターのライバルが現れて、どうやら女の子はそのライバルを好きっぽいみたいな。その絶対的なトライアングルに既視感がありながら、共感性もあるだろうから、程よいベタさは必要だと思いました。その芝居のさじ加減は演じる本人を含めていろいろ探りました。

──心愛と陽斗の距離感も大事なポイントだったと思います。

実際、子どもって好きな子とも普通にしゃべるんですよね。だから、心愛が若干、陽斗のことをいいなと思ってても、そんなに意識することなくしゃべる。心愛に対する唯士もそうで。"好き"っていうのが、恋愛なのか、友達なのか、憧れなのか、その狭間にいて、何の好きなのかわからないっていうのが、子どもの"好き"だから、そういう感情の出し方は細かく見ながら撮影しました。

──活動が激しくなっていって、心愛がどんどん生き生きしていくのが印象的でした。

狂気ですよね(笑)。唯士だけがちょっと躊躇していて、心愛と陽斗が楽しそうにしてる段階が途中にあった上で、さらに3人の関係性も変わっていくんですよね。どの段階で陽斗や心愛の本質を見せるかは、本を作りながら、すごく考えました。既視感から始まる映画が、だんだんそうじゃなくなっていくということをやりたかったので。

──最後の3家族が学校に集まったシーンは、社会の縮図のように感じました。あるあるが詰まってますよね。

瀧内(公美)さんの役を他人事にしないことが大切でした。身につまされてほしいんです。子どもの未来は親の環境によって作られるので、そのことを強烈に感じてほしいという思いも込めつつ、誰もが楽になれたらいいなと願って、あのラストにしました。

──だから、あのラストだったんですね。

心愛は、唯士というただの友達、よくわからないけど自分にくっついてくる子に、図らずも救ってもらえた。そのことは、おそらく彼女の人生において一生忘れられない記憶になるだろうなと。唯士は唯士で、世界なんか救えなかったけど、自分の目の前にいる、自分が好きだと思った子のことを、もしかしたら守れたかもしれない。それは子どもだけじゃなく、もしかしたら大人が忘れてしまっているかもしれない、とても純粋な人間関係だと思うんです。みんながそんな風に生きていければ世界は平和になるぞと、願いを込めて描きました。

──子どもが主人公で、『ふつうの子ども』というタイトルの映画ですが、タイトルに込めた思いをお聞かせいただけますでしょうか。

私自身が、ふつうってなんだろうと常々思っていて。例えば、子どもと買い物をしていると「これはふつうじゃないから嫌だ」と言うので、「ふつうって何?」って聞くことが多々あって。私たちは、ふつうという言葉に浸されてるというか。その基準は自分にしかわからないし、おそらくそれは、親から与えられた価値観の中にあるんですよね。

──そうですね。

試写でこの映画を観てくれた子どもが、「全然ふつうの子が出てこなかったです」みたいな感想を書いてくれたんですが、その子にとってのふつうには当てはまらなかったんだと。でも、大人になって社会に出ると、ふつうという価値観が、ことごとく揺らぐじゃないですか。この映画を観ることで、自分の中のふつうという価値観に触れてもらえたらと、『ふつうの子ども』というタイトルにしました。




(2025年9月11日更新)


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呉美保監督

Movie Data



(C) 2025「ふつうの子ども」製作委員会

『ふつうの子ども』

▼テアトル梅田ほか全国にて上映中
出演:嶋田鉄太 瑠璃 味元耀大
瀧内公美 少路勇介 大熊大貴 長峰くみ 林田茶愛美
風間俊介  蒼井優
脚本:高田亮
監督:呉美保

【公式サイト】
https://kodomo-film.com/

【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/406781/index.html


Profile

呉美保

お・みぽ●1977 年生まれ、三重県出身。スクリプターとして映画界入りし、初長編脚本『酒井家のしあわせ』で、サンダンス・NHK 国際映像作家賞を受賞、2006年に同作で映画監督デビュー。『オカンの嫁入り』(10) で新藤兼人賞金賞を受賞。『そこのみにて光輝く』(14) でモントリオール世界映画祭ワールドコンペティション部門最優秀監督賞を受賞、併せて米国アカデミー賞国際長編映画賞日本代表に選出。『きみはいい子』(15)はモスクワ国際映画祭にて最優秀アジア映画賞を受賞。2児の出産を経て 8 年ぶりに映画復帰、脚本も手掛けた短編 『私の一週間(「私たちの声」より)』(23) を監督。9年ぶりの長編作『ぼくが生きてる、ふたつの世界』(24)が上海国際映画祭コンペティション部門に選出、第16回TAMA 映画賞で特別賞と最優秀男優賞を受賞するなど国内外で高評価を得る。映画の他、執筆活動や CMも手掛けている。