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京都愛が暴走した主人公が引き起こす騒動をオリジナル脚本で描く
映画『ぶぶ漬けどうどす』冨永昌敬監督インタビュー

『そばかす』の脚本を手掛けたアサダアツシが、構想に7年をかけた脚本を、『南瓜とマヨネーズ』の冨永昌敬が監督を務めて映画化したシニカル・コメディ『ぶぶ漬けどうどす』が、6月6日(金)より、テアトル梅田ほか全国にて公開される。

京都の老舗扇子店の息子との結婚を機に東京からやって来た、京都が大好きすぎる主人公が、コミックエッセイ執筆の取材の中で、京都の本音と建前の文化に翻弄されながらも、自分こそが京都の一番の理解者になろうとして暴走する様を描く。

深川麻衣が主人公のまどかを演じ、小野寺ずる、片岡礼子、大友律、若葉竜也、松尾貴史、豊原功補、室井滋らが出演している。そんな本作の公開に合わせ、冨永昌敬監督が作品について語った。

──スタッフロールから始まったかと思えば、音楽もホラーめいていて。まるで、結界の中に入っていくような異様な感覚とともに映画が始まったように感じました。

それは面白い言い方ですね(笑)。確かに妖しい始まり方ですよね。

──妖しいオープニングにはどのような意図があったのでしょうか。

関係者の名前が映画の初めに出てきて、最後は「終」マークで終わるという昔の慣習に回帰しようというのは最初から決めていました。そうすると映画の冒頭で、映画に関係している皆さんの名前を表示する時間が使えるんですよね。普通だったら、映画が終わってスクリーンが真っ暗になってから2分か3分。それが多分、映画を観終わった後の余韻になると思うんですが、余韻がない映画にしようと。その分、観てもらう前に映画の雰囲気を伝えたいと思いました。

──なるほど。

それには理由もあったんですが、とはいえ、この映画で最初に何を見せようかと。もちろん、俳優やスタッフの名前を出すこともひとつの表現なので、文字のデザインもしました。一番重要なのは、背景に何を見せるのかなので、主人公夫婦が京都に到着する導入と景色の組み合わせでいこうと。先ほどおっしゃった、怪しく見えたというのは、色じゃないかと思います。

──色というと?

青くしたんです。現実に見えている景色よりも思いっきり青くして、青みがかった京都がどんどんナチュラルな色に見えていくようにして、話が始まるようにしたんです。

──そうだったんですね。

景色を撮りに行った日の天気が悪くて。京都は山が傍にあるので、雨が上がるとものすごい靄が出るんです。その風景を見た時に、この映画の始まりにちょうどいいなと思いました。

──景色というと、主人公が新幹線で東京から京都に向かう時に、東から西に向かうように撮られていました。

そういうことに気を付けた方がいいんだなというのが、最近分かりました(笑)。

──本当ですか。

今までは、いいカメラポジションで撮ることができれば、どっち向きかはあまり考えない方だったので(苦笑)。この映画は、新幹線が右から左に通り抜ければ、東から西だとわかってくれると思いましたが、こんなルールを作ってしまったことによって、カメラのポジションを探すのが意外に難しくて。

──ひとつの方向からしか撮れないですもんね(笑)。また、京都の観光地がほとんど映されてなかったと思うのですが...。

京都の街のどんなところにカメラを向けるかは撮影前に絞り込んでいました。烏丸や河原町など賑やかな場所は旅行だったらご飯を食べに行ったりしますが、まどかには行く理由がないので。市内の繁華街は、どんどん映画から消えていきました。もっと前のシナリオでは、錦市場への買い物についていったり、いろんなところに主人公が出かけたりしてたんです。

──ありそうなシーンですね。

でも、アサダさんと本作りを重ねるうちにどんどんなくなって、僕らは京都らしいものをわざわざ見せる必要はないんじゃないのか、と。まどかが出かけている時間はあるかもしれないけど、そんなシーンは入れなくていいと判断した結果、旅行者が考えるような京都っぽいところがなくなりました(笑)。

──アサダさんとの脚本作りはいかがでしたか。

アサダさんとは初対面でしたが、僕は楽しかったです。アサダさんは人見知りなので、最初の1年ぐらいは顔を見てくれなくて。最近はもうすっかり仲良くなって、見つめ合ってますが(笑)。

──(笑)。どのように脚本は変化していったのでしょうか。

アサダさんは多分、ホラーやスリラーに挑戦しようとしていたと思うんです。ちょうど、僕もそう思っていたところで。ジャンル映画と言われるものをやったことがなかったので、やってみようと思ったんですが、実はそんなに得意じゃなかったんです。

──確かに、冨永監督のフィルモグラフィーにジャンル映画はないですね。

やっぱりジャンルものは難しいんですよ。これはスリラーです、ホラーです、サスペンスですと言い切って人目につく映画というのは、そのジャンルのお約束を勉強してるので、ホラーは怖くて、スリラーはハラハラする。それを今更頑張ろうとしても、お互いに選ぶ相手を間違えてましたね。怖がらせるところからまず離れて、観る人にまどかを応援してほしいと思うようになっていきました。

──京都のことをいろいろリサーチされたと思いますが、全く知らなかったこともありましたか。

毎日1日と15日にお赤飯を食べるなど、そういう習慣についてはまだまだ知らないことがあると思います。この映画のテーマでもある「なんでも言葉通りに受け取ったらあかんで」は、ある登場人物の台詞でもありますが、これは永久に解けない謎なので。「言葉通りに受け取ったらあかんで」という言葉も、そのまま受け取ったらあかんかもしれない。だから、正解がよくわからないんですよね。

──そうですね。

僕は、京都でいけずな人なんて会ったことがないんです。親切で面白い人たちですが、それはもしかしたら騙されてるかもしれない。京都の人は陰湿だ、意地悪だ、排他的だと言われてますが、「そんなの偏見じゃないか」と僕が言ったところで騙されていたら、本当は正しいかもしれないんですよね。だから、僕らの映画もどっちにつくかが大事だったんです。

──どの視点に立つのか、ということでしょうか。

元々のアサダさんのホラーの脚本では、やっぱり京都は怖かったという視点だったんです。その先は、なぜ京都及び京都人が恐ろしいことになってしまったのかを、ほぼフィクションで作るつもりだったんですが、そこから興味の対象が、京都の人はこうだと勝手に思い込むまどかの方になっていったんです。

──そうだったんですね。

そうすると、まどかの思い込みの方が京都の方たちを振り回すことになる。つまり、僕らがそうだったんです。京都の方に取材でお話を聞いても、僕らは期待しすぎていて。京都っぽさを知りたい我々にとって、すごく役に立つことを言ってくれるんじゃないか、と。こう言うと失礼に聞こえるかもしれませんが、京都の方は普通のことしか言わない。それは、京都の方たちにはそれが当たり前のことだからです。年がら年中、自分は京都人だという意識で生きてるわけじゃないですから。

──なるほど。

取材中にそのことに気づけたのは大きかったですね。それがまどかに影響したと思います。関西でも、京都は大阪の方とよく比べられるじゃないですか。大阪の方たちは僕らの期待に応えて、大阪に対する偏見にわざわざ答えてくれるんです。京都の方たちは、すっとぼけるというか、自分は知らないという振る舞いをされる。そこは違うと思いましたが、それ以外は言葉通りに受け取っていいんじゃないかと思ってます(笑)。

──「言葉通りに受け取ったらあかんで」というのも、結局、本音と建前なので、誰でもあることですもんね。京都だからではなく、大阪の人にもありますから。

そうなんですよね。東京だってそうだと思います。ただ、京都が一番記号化されてると思うので、それを京都の方はよくわかってますよね。外から来た人と接する時も、自分の話と京都の話をちゃんと分けていて。京都のことを聞かれても余計なことは言わないと思うんです。知ったような口は絶対に聞かない。でも、大阪の方はちゃんと答えます。

──答えますね(笑)。

これは大きな違いですよね。

──監督は京都でも取材を受けられると思いますが...。

昔は怖かったですが、今はもう怖いのはお互い様だと思ってるので。京都に取材や撮影で行くようになった頃が、ちょうど観光客が激増してた頃で。こんなにたくさん人が来たら、京都の方たちは困ってるだろうなと思って、それについて聞こうとしてハッとしたんですが、僕もそうだな、と。

──なるほど。

「大変ですよね。こんなに観光客が来たら」って質問したら、「あんたもやろ」って思われるに決まってるじゃないですか。でも、京都の方は絶対に言わないんです。映画を撮らせてくださいと言って京都に来てるけど、僕らは何者なのかというのもちゃんと考えないと、それこそ、まどかのように京都を守ろうとしてしまう可能性もあるので。

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──まどか役を深川さんにというのは、監督のアイデアだったとお聞きしました。

深川さんがいいと思ったのは、最近の出演作をいくつか観たのが大きな理由です。サスペンスとコメディを観たんですが、演技の振れ幅がすごく大きかったんです。この作品はわかりやすいコメディではないですが、主人公に親近感を持ってついてきてほしいと思っていたので、僕の中で深川さんしかいないと思いました。

──コミックエッセイのコミックを担当する安西が、まどかの味方として背後にいるという構図がすごく面白いと思いました。コミックエッセイにするという設定はどのように思いつかれたのでしょうか。

最初、まどかはフリーライターの設定で、雑誌に記名で原稿を書いているようなイメージでした。別の仕事で小野寺ずるさんとご一緒した時に、彼女が漫画を描いてることを知ったんです。しかも、自分をかなり自虐的に描写していて。漫画を描けるなら漫画家の役ができるじゃないか、と。

──なるほど。

絵を描く俳優さんはたくさんいると思いますし、深川さんも絵がお上手なはずなんですけど、まどかには誰か相方がいる方がいいと思ったので、ずるさんにお願いしました。とにかく、お客さんにまどかを嫌いになってほしくなくて。応援してほしいし、ダメ出しもしてほしかったので、お客さんと主人公の間に基準となる、同じ目的を持つ仕事仲間である相方がいて、喜ばせたり、困らせたりする関係でいてほしいと思いました。

──彼女がいたからこそ、まどかもよりパワフルになったように感じました。

「自分たちのことをどんどんネタにしていこうよ」という会話がありますが、それが場面の中の会話になってたのが大きかったと思います。これがまどかひとりだったら、その気持ちは表現されなかったかもしれない。ふたりだからこそ会話として成立するので。

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──若葉さんは監督の作品に何回か出てらっしゃいますが、若葉さんが演じた中村教授の話し方は監督のアイデアだったのでしょうか。

読み合わせの時に、若葉くんが全然乗ってこなかったんです。じゃあ、ちょっと言い方を変えようかと言ってみたら、急に滑舌が良くなって。あれぐらいはっきりコンセプトを作ってあげた方が、俳優も芝居がしやすいのはわかるんですけど。最初は、ぼーっとしてたのに、言い方を変えたら、めちゃくちゃ喋るようになって(笑)。

──だから、あの話し方になったんですね。

若葉くんは僕の作品では変なことをしてもいいと思ってるんですよ、きっと。彼の中では中村ってもっと変な人じゃないのかな?と思っていたと思うんです。喋り方も変な方がいいと思ってたんじゃないかと。普通だったら嫌がるぐらい変な喋り方になったと思うんですけど、その方がよかったと思います。

──他の方がほとんど京ことばの中、ひとりだけ話し方が違って、躍動感が出たように感じました。

登場人物のほとんどが、よそさんですから(笑)。よそ者なんですよね、みんな。京都にいて、「京都は、京都は」って言ってるのは、京都の人じゃないっていう。

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──そうですよね(笑)。それも皮肉というか。それで言うと、室井滋さん演じる環も京都出身ではないんですよね。まどかの義母・環を室井さんにというのは監督のアイデアだったのでしょうか。

僕が言いました。プロデューサーが室井さんの事務所に連絡した時に、事務所の方が「こういうのを待ってたんです」って言ってくれたそうなんです。それが嬉しかったですね。

──京ことばではんなりしてる中盤までと、ラストとの強弱のつけ方はさすがだと思いました。

環は、京都の老舗の女将さんという役割の中で生きてますが、元々は違う場所から来てるんですよね。扇子屋さんに嫁いで何十年もかけて女将さんになってるのは、まどかからするとすごいこと。特に、途中からは環と一緒にこの店を守りたいという考え方になるので、憧れの対象なんです。だから、環は最初から最後まで接し方が変わらない方がいい。変わるのはまどかだけで。ずっと変わらない環を丁寧にやってくれたのは嬉しかったです。最後ちょっと怒りましたけどね(笑)。

──本作はシニカル・コメディですが、結果的には監督がやりたいと思う形になったのでしょうか。

できることはやりました。その時思いついたことをやってきたので、元々何をしようと思ってたかは、あまり頭にないんです。完成してから、そういえば最初はホラーだったなって(笑)。目の前にあることに対応してきたので、今は何がしたかったんだろう?とも思いますけど(笑)。この映画のテーマになってる、「なんでも言葉通り受け取ったらあかんで」を伝えたくて作った映画ではないんです。

──なるほど。

でも僕はこの映画を撮って、「なんでも言葉通りに受け取ったらいけないな、人生は」と思いました(笑)。この映画を何のために作ったんだろうと考えると、この人とこの人に出てもらいたい、舞台が京都とか、そういう単純な理由なんです。たまたまアサダさんがこういうプロットを作ってくれて、組み合わせたら今の形になりました。

──ある意味、監督のやりたかったことができたとも言えるのかもしれないですね。

深川さんとは前からご一緒してみたいと思ってましたし、それは室井さんも。『ぶぶ漬けどうどす』のために全部決めたわけではなくて、普段から気になってた人たちに声をかけて、この形になったんだと思います。やりたい人とやりたいことができた。それでしかないですね(笑)。

取材・文/華崎陽子




(2025年6月 4日更新)


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Movie Data




(C) 2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会

『ぶぶ漬けどうどす』

▼6月6日(金)より、テアトル梅田ほか全国にて公開
出演:深川麻衣
小野寺ずる 片岡礼子 大友律 / 若葉竜也
山下知子 森レイ子 幸野紘子 守屋えみ 尾本貴史 遠藤隆太
松尾貴史 豊原功補
室井滋
監督:冨永昌敬
企画・脚本:アサダアツシ

【公式サイト】
https://bubuduke.jp/

【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/400444/index.html


Profile

冨永昌敬

とみなが・まさのり●1975年生まれ、愛媛県出身。主な映画作品に『亀虫』(03)、『パビリオン山椒魚』(06)、『コンナオトナノオンナノコ』(07)、『シャーリーの転落人生』(08)、『パンドラの匣』(09)、『乱暴と待機』(10)、『目を閉じてギラギラ』(11)、『ローリング』(15)、『南瓜とマヨネーズ』(17)、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(18)など。前作『白鍵と黒鍵の間に』(23)は、フランスのKinotayo映画祭コンペティションにて審査員賞を受賞した他、Japan Cuts(ニューヨーク)、台北金馬映画祭や香港国際映画祭などに正式出品され、海外でも高い注目を集めた。ドラマ作品には「ひとりキャンプで食って寝る」(19)、「彼女のウラ世界」(21)、「僕の手を売ります」(23)などがある。