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「愛で傷つけられることを恐れても、
愛への期待を失ってほしくない」
愛のない関係を持っていた男女が、真実の愛を探し求める様を描く
『GF*BF』のヤン・ヤーチェ監督によるラブストーリー
映画『狂ったリビドー』ヤン・ヤーチェ監督インタビュー

第20回大阪アジアン映画祭で上映された、『GF*BF』のヤン・ヤーチェ監督によるラブストーリー『狂ったリビドー』が、5月30日(金)より、テアトル梅田ほか全国にて公開される。

抑えられない性的欲求に動かされるまま、肉体関係だけで繋がっていた男女が、孤独や不安などのやり場のない感情を抱え、心を満たすために真実の愛を求める姿を描く。出演は、ウー・カンレン、リウ・ジューピン、リャン・シャンホア、ウィル・オーら。そんな本作の公開を前に、ヤン・ヤーチェ監督が作品について語った。

──まず、本作のアイデアを思いついたきっかけを教えていただけますでしょうか。

50歳を過ぎて、以前よりも大人の視点でこの世界を見られるようになりました。この数年は台湾の大統領を女性が務めていて、男女平等にすごく努力したので、台湾の風習も変わってきています。年を重ねた今の自分の視点から、男女の話題や愛と性の関係を描くことで、作品を通じてディスカッションしたいという思いが本作の制作に繋がりました。

──なるほど。監督が、現在の台湾の性愛事情に対して思うことがあったということでしょうか。

台湾の20代から30代の若い世代の方は、恋愛よりもセックスを重視する傾向があります。恋愛というのは、愛情があっても傷つくことはあるものです。でも、セックスであれば気楽というか、セックスして終わりという感覚で、心への負担が少ないと感じているように感じました。

──監督は、何年か前からそういう傾向を感じてらっしゃったのでしょうか。

以前は、性の話題はあまり口にしてはいけないという空気がありましたが、現在は男女平等の風習が進んで、以前よりも性について語れる時代になってきました。特にコロナ後は、マッチングアプリも流行って、徐々に性について普通に語れるようになってきています。性によって自分を探すことは、ある意味、自分の鏡でもあるので、自分が本当に欲しいものは何なのか、何が足りてないのか、何を求めているのかについて、現代人は性を通じて自分とも対面していることを本作で表現しました。

──2012年に公開された『GF*BF』では、監督は同性を好きになる人物を描いてらっしゃいましたが、その時も、当時の台湾の恋愛事情を反映されたのでしょうか。

2012年の時点では、ドラマや映画の中では描かれることはありましたが、台湾も同性愛者を受け入れる社会ではありませんでした。『GF*BF』の中で学生によるデモのシーンがあったと思いますが、2013年に台湾で学生によるデモが起こって、2018年に同性婚が合法かどうかの投票が行われ、その時には合法になりませんでしたが、今は合法です。だから僕はある意味、映画を通じて5年後、10年後の予言というか、未来でディスカッションされるようなことを表現したようなものですね(笑)。

──だから今観ても、『GF*BF』は新しく感じるというか、今を描いているように感じるんですね。

映画の中でメインキャラクターのミドリは、私は本当に女性なのかと自分でも不安を感じています。本作は女性なのか男性なのか悩むトランスジェンダーの人物を描いていますが、5年後や10年後にはきっと、トランスジェンダーの方に恋した方が、私は一体、相手の体に恋してるのか、相手の心に恋してるのか悩むようになっているんじゃないかと感じています。

──映画の中で、電話やメールをしてる時に隣に相手がいる描写がありましたが、それは現実世界をSNSやオンラインの世界が浸食してるというメタファーのように受け止めました。すごくユニークな演出だったと思います。

マッチングアプリやソーシャルメディア、インスタグラムやXが、本当に実在してるものと実在してないものの間を描くために、そういう描写を使いました。ミドリが本当の女性なのか、嘘の女性なのか悩む姿や、性の中の愛は真実なのか、本当に存在してるのか、存在してないのか、そういうことを重ねて描くためにあのような描写を選びました。

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──ミドリはトランスジェンダーで、自分の生き方について悩んでいますが、いろんな人が感情移入できるようなキャラクターとして描かれているように感じました。

深く考えていただけてすごく嬉しいです。最初はそこまで考えてなかったのですが、トランスジェンターの方にいろいろな話を聞いた上で、俳優たちとディスカッションを重ねました。トランスジェンダーではなくても、例えば、生理的に女性であったとしても、もっと女性的じゃないといけないというプレッシャーを感じていたり、自分は女性としてどうなのか、という疑問はきっと誰しもが感じたことがあると思います。だからこそ、ミドリというキャラクターを通じて自分と向き合ってもらえたら、と願っています。

──本作の中では様々な愛の形が描かれていますが、様々な性愛の形を描く上でどのようなことに気を付けていましたか。

僕自身はセフレを探すという風習はあまりポジティブに捉えていません。現代社会、日本も台湾もそうだと思いますが、今はマッチングアプリやオンラインで出会う方法がたくさんあります。いろんな性愛の形が今回の作品には登場しますが、それはあくまでも形であって、本当に僕が追求したいと思ったのは心の感じ方です。

──あくまでも心を大事にしてほしいと思ってらっしゃったんですね。

本作では性を通じて、自分のニーズがわかるという描写をしていますが、ミドリは、セックスの時は女性がセックスしてる時の感覚を毎回妄想していて、セックスを通じて本当の自分を認識しようとしています。もうひとりの女性のハクはBDSMで目隠しをすることによって、脳は違う場所にいるような感覚になっています。視覚が塞がれて温度や音にしか反応できなくなることで、自分の心の奥を覗いて、悔しかったことや欲しくても手に入らないものなど、自分の内面を探っています。

──ミドリの「純愛は非現実」という台詞がありましたが、監督自身は、現代の20代や30代の方が愛することを躊躇してるように感じてらっしゃるのでしょうか。

台湾で使われている純愛という言葉は、日本語から来たものなんです。だから、英語圏の方に「純愛」という言葉を言っても理解不可能だと思いますし、「純愛」に対応する英語もないんです。アジア特有の言葉だと思います。岩井俊二監督の純愛を描いた作品で...。

──『Love Letter』でしょうか?

『Love Letter』をはじめとして、人生で初めての恋愛が1番ピュア、純粋な愛だと描いているような作品によって、現代人の恋愛観では、それが純愛だという受け止め方になっているように感じています。でも、純愛は大人になるとほとんど存在しませんし、大人になると恋愛は残酷です。

──そうですね。

だから、ミドリが言う「純愛は非現実」という台詞は、純愛はドラマか映画の中にしか存在しないという意味です。

──なるほど、そういう意味が含まれていたんですね。

日本の純愛映画は日本でもすごく流行ってますか?

──最近、人気があったのは『青春18×2 君へと続く道』という、台湾の人気俳優シュー・グァンハンさんが出演していた作品です。

今、台湾でヒットする映画はヤクザ映画か、学生の純愛物語だけです。昨年も、1番ヒットした映画はヤクザ映画で、2番目は『青春18×2 君へと続く道』でした。

──岩井俊二監督の作品は台湾でも人気だと聞きましたが、人気があるんですね。

50歳過ぎぐらいの方は特に、岩井俊二さんの作品にすごく影響を受けています。台湾でもヒットした『青春18×2 君へと続く道』も、岩井俊二さんの作品に影響を受けてますよね。でも、現実世界ではこうではありません。

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──シングルファーザー役を演じていたウー・カンレンさんは、出演していた『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』が日本では1月に公開されて、話題になっていました。監督がキャスティングで1番大事にしているポイントをお聞かせいただけますでしょうか。

ウーさんは僕が選んだわけではなく、彼自らこの役が欲しいと申し込んでくださって、シングルファーザー役をお願いしました。ウーさんは台湾ではすごく有名な俳優ですが、脚本も見ずにこのキャラクターをやらせてくださいというお話があったので、ウーさんにすごく感謝していますし、演じていただけて光栄です。一緒にお仕事ができてすごく嬉しかったです。

──俳優さんの方から監督に「この役で出たい」と言ってこられるのはよくあることなんでしょうか。

ほとんどないことです。

──すごく珍しい出来事だったんですね。

夜遅く、ウーさんからメッセンジャーで僕に「どんなキャラクターでもいいので監督の作品に出たいです」というメッセージが届いたんです。だから、僕は冗談で「今、酔っぱらってるでしょ?」と聞いたんです(笑)。

──(笑)。

ウーさんからそのメッセージが届いてから数日後、僕から脚本をウーさんに送ったんですが、そこから何日間か返事がなくて、ようやく来た返事が「オッケー」でした(笑)。

──ウー・カンレンさんの存在はこの映画には不可欠だったと思いますが、実際に役者と監督として接して、どのように感じられましたか。

ウーさんは、すごく真面目な方で、面倒見がいい印象を受けました。ワンシーンしか出演しない方にもすごく優しくて、現場のスタッフにも声掛けしていて、すごく気持ちいいのいい好青年だと思いました。

──台湾も日本も子どもの出生数や婚姻数が減っていますが、本作にはそういう社会背景も描かれているように感じました。監督は、そういう状況をどのように考えてらっしゃいますか。

この作品を作る前は、結婚率の低下や少子化というのは、ちょっと特殊な現象だと思っていましたが、この脚本を書き始めると、そうでもないと感じるようになりました。それでも、現代人は愛で傷つけられることを恐れながらも、愛への期待を失うことは決してないはずだという気持ちで本作を作りました。

──傷つくことを恐れていても、愛に対して期待する気持ちは失ってほしくないということでしょうか。

その通りです。昔は特に、現在もそうだと思いますが、愛の最終的な形は家庭だと思ってる方が多いですよね。でも、この作品の中の愛の形は、自分を知るチャンスと本当の自分を見つけてくれる人を見つけることなんです。

──なるほど。では、最後に次作の構想について教えていただけますでしょうか。

僕は今、ふたつの脚本を同時進行で書いていて、ひとつ目は台湾の有名な監督から依頼された、ゲイの男性とストレートの男性の物語です。もうひとつはスパイ映画で、政治にまつわる暗殺事件を題材にした、1970年代から80年代のベトナム戦争の終わりかけの頃、アメリカ人が台湾から離れて、中国の圧力によって台湾とアメリカの外交が終わる時期の話です。台湾は今でも社会的に国として認められてないので、そこも含めたテーマで進めています。

──また、次の作品も大阪に持ってきていただけるのを楽しみにしています。

大阪に来るのは大好きなので、僕も楽しみにしています。

取材・文/華崎陽子




(2025年5月26日更新)


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Movie Data



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『狂ったリビドー』

▼5月30日(金)より、テアトル梅田ほか全国にて公開
出演:ウー・カンレン、リウ・ズーピン、アリシア・リン、ウィル・オー
監督:ヤン・ヤーチェ

【公式サイト】
https://hark3.com/archives/2164

【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/413867/index.html


Profile

ヤン・ヤーチェ

台湾の多才な映画監督兼脚本家。ドキュメンタリー、シリーズ、文学作品の映画化など、多様な物語の制作に精通している。繊細なストーリーテリングと登場人物の深みで知られる。2008年に『Orzボーイズ!』、2012年に『GF*BF』を発表。2017年の『血観音』では、最優秀長編映画賞を含む 7 つのゴールデンホース賞を受賞。2021年に発表したドラマ『The Magician on the Skywalk』も注目を集めた。