インタビュー&レポート

ホーム > インタビュー&レポート > “敵”に脅かされる男の姿を描いた 筒井康隆の同名小説を長塚京三主演で映画化 映画『敵』吉田大八監督インタビュー

“敵”に脅かされる男の姿を描いた
筒井康隆の同名小説を長塚京三主演で映画化
映画『敵』吉田大八監督インタビュー

筒井康隆の同名小説を、吉田大八監督が長塚京三主演で映画化したドラマ『敵』が、テアトル梅田ほか全国にて上映中。

古い日本家屋で好きなように暮らす、妻に先立たれた77歳の男性が、ある日パソコンに“敵がやって来る”という不穏なメッセージが届いたことで、徐々に生活が“敵”に浸食されていく様を描く。

主人公の元大学教授・渡辺儀助を演じた長塚京三に加え、黒沢あすか、瀧内公美、河合優実、中島歩、カトウシンスケ、松尾諭、松尾貴史らが出演している。そんな本作の公開に合わせ、吉田大八監督が作品について語った。

──筒井さんの原作は短編の連作のような作りでした。脚本にするには、いろんな要素を組み合わせる必要があったと思います。脚本作りは大変だったのではないでしょうか。

僕は、中学生の頃から筒井先生の熱狂的な読者でした。『敵』の脚色については、いろんな方から「難しかったのでは?」と聞かれるのですが、僕にとってはいわばホームなので。

──なるほど。

僕の勝手な思い込みかもしれませんが、『敵』に関しては筒井さんと感覚が近いはずという確信があったので、ジャッジにいつもよりも迷いがなかったです。だから、脚本もすごく早く書けました。

──今までも監督は原作小説があるものを映画化されてますが、今までの作品と比べてやりやすかったということでしょうか。

ケースバイケースですが、原作によっては1部分にフォーカスして、そこを中心に全体をもう1回組み直すようなこともあります。今回の場合は、おそらく僕が関わった映画の中では、原作に1番忠実なんじゃないでしょうか。

──映画を観てから小説を読んでも、小説を読んでから映画を観ても楽しめる作品になっているように感じました。

映画を楽しむために原作小説を読むことを我慢する方もいらっしゃいますよね。僕もそうですが、今回に関しては、どちらが先でも別の面白さを体験できるんじゃないかと思います。もちろん、公開中は先に映画から観ることを強くおすすめします(笑)。

──本作は、現実と非現実というか、現実と夢のような空想の世界をはっきりさせずに描いています。ここから空想ですよと分からせる手法もありますが、はっきりさせないことは脚本を書いてる段階で決めてらっしゃったのでしょうか。

そうです。現実かもしれない場面と、夢や妄想かもしれない場面は、脚本を書く時も同じ調子で書きましたし、撮影時も意識して差はつけませんでした。同じトーン、同じスタンスで描こうというのは、なんとなく決めてましたね。

──キャストの方にはどのように伝えられたのでしょうか。

キャストには、夢なのか現実なのかは特に伝えていません。それぞれが脚本を読んで感じたことはあると思いますが、あらかじめ、そこに関して打ち合わせすることはなく、現場で演じてもらって微調整をするぐらいでした。そういうことを説明しなくても大丈夫な方が集まってくれました。

──本作は長塚さんはじめ、モノクロ映えするキャストさんばかりでした。

何なんでしょうね、モノクロ映えする基準って(笑)。皆さん、モノクロの画面の中でそれぞれに輝いてましたが、特に瀧内さんには驚きました。瀧内さん自身も、そう言われたことがあったそうです。

teki_sub2.jpg

──『火口のふたり』でモノクロの場面があったような...。

写真がモノクロでしたね。モノクロの時の瀧内さんが、普段カラーで見ている彼女と全く印象が異なるのが、面白かったです。

──モノクロで撮ることも、脚本の段階で決めてらっしゃったのでしょうか。

脚本を書いてる時に決めていたかどうかは覚えてませんが、ただ、原作がそうだったように、日本家屋を舞台にすることは決めていました。僕はああいう家に住んだ経験がほぼないので、撮影の参考にと思って昔の映画を観ると、やはりモノクロが多いんですよね。だから、いつの間にか影響されて、『敵』もモノクロにしようと。

──なるほど。モノクロで撮られるのは初めてだったと思いますが、演出する中で、カラーとモノクロの違いを感じる場面はありましたか?

利点は多かったです。カラーとの違いは、色ではなくコントラストと濃淡で描写しなければならないことですが、そこはすぐ慣れました。編集中に感じたことは、没入感がカラーよりも強いんだな、と。観る人の想像力がカラーより強く働く分、例えば食べ物も、モノクロなのにすごく美味しそうに見えるというか、見てるとお腹が空いてくるんですよね。

──鮭を焼くシーンも、すごく美味しそうに見えました。油が滴っていて。

もちろんフードを担当してもらった飯島(奈美)さんの技術のおかげなんですが、それに加えて、モノクロだとさらに美味しそうに見えたり、あるいは俳優が表現する感情も、より強く響くというか。正直、事前には予想できなかった効果でした。

──今となってはカラーの『敵』が考えられないですよね。

おっしゃる通りですね。

──カラーだったらどうなってたんだろう...。

恐ろしいことになってたと思います。きっと大阪にも来られなかった(笑)。

──東京国際映画祭でグランプリをはじめ、最優秀監督賞、最優秀男優賞を受賞されましたが、公開前にここまで称賛されることはなかなかないことだと思います。

タイミングも良かったですし、そういう意味では、これだけ追い風が吹いてるんだから、できるだけたくさんの方に観てもらいたいです。

──追い風とおっしゃいましたが、取材や映画祭などでの反応はどのようなものがありましたか。

今回は皆さんの期待や応援を強く感じます。今の日本映画の状況を普通に考えれば、なかなか実現しにくい企画だったと思うんです。どう転ぶかわからないようなこの企画を形にできて、ある程度の評価をされ始めてることを、同じ映画のファミリーとして皆さんすごく喜んでくれてるというか。これも勝手な思い込みかもしれませんが(笑)。

──その気持ちはすごくわかります。

だからこそ、今回は結果を出したい思いがすごく強いですね。

──どの部分が1番評価されたと感じてらっしゃいますか。

やっぱり長塚京三さんですね。長塚さん演じる儀助のキャラクターのリアリティというか、深みや面白みだと思います。一見、冷たいインテリの落ち着いた男性に見えて、実はものすごく人間臭いということが伝わって、観た皆さんがみんな、儀助ラブになっているように感じます。

teki_sub1.jpg

──儀助ラブ!わかる気がします。

それは、男性でも女性でも。とにかく儀助が好きという思いはすごく伝わってきます。

──今まで長塚さんのことを色気があるとか、渋いと感じていたのが、儀助になった途端、愛らしく見えてくるんですよね。

それは長塚さんご自身の愛嬌や素直な部分が出ているからだと思います。もしかしたら、これまであまり知られていなかった長塚さんのそういう面が、うまく役とはまったのかもしれません。

──儀助役は、すぐに長塚さんだと思われたのでしょうか。

そうですね。脚本を書き終わってから長塚さんで読み直したら、ものすごく面白かったんです。この面白さは間違いないと思いました。だから、根拠はないですが長塚さんはきっとこの脚本を気に入ってくれて、スケジュールが許せば受けてもらえるはずだという自信がありました。

──実際に、現場で長塚さんが儀助を演じているのを見て、どのような発見がありましたか。

あまりないことなのですが、僕の中では撮影の少し前ぐらいから、長塚さんと儀助はイコールになっていたので。

──なるほど。

撮影前に何度か読み合わせをして、合間に雑談を交わすうちに、いちいち言葉で確認しなくても、同じものをつかんでるような感覚がありました。だから現場に入っても、カメラの前にいるのは儀助だと思えていたので、長塚さんがどう演じても「儀助はこういう風にお茶漬け食べるんだ」、「儀助は楽しい時にこんな風に笑うんだな」と思いながら見ていました。

──長塚さんと儀助が一体化していたんですね。

相手によっても笑い方が違って、「鷹司靖子の前ではカッコつけて緊張した笑顔」、「菅井歩美といる時は大人の余裕の笑顔」、「妻と一緒だと迷子の子どもが母親を見つけたときみたいな笑顔」とか。僕は、ほぼ手放しでそれを楽しんでましたね。

──笑った顔が相手の女性によって違うのがすごく可愛く見えました。

あれはすごいです。なかなかあの違いは出せないですよね。

──自分よりも年上の人物が主人公の映画を撮るのは初めてだったと思いますが、老いることについて考えるきっかけになりましたか。

だんだん、そっちに意識が向いてきたから、この原作を映画にしようと思ったのかもしれないですね。

──なるほど。

僕は小説が出てちょっとして、30代で初めて読んだんですが、コロナの頃に読み直したら、当たり前ですが、全然読後感が違ったんです。

──わかる気はします。

60歳間近の自分自身が老いやその先にある死に、そろそろ向き合う準備をしなきゃいけない時期に、たまたま読み返したのが、全てのはじまりだったので。絶妙なタイミングだったんでしょうね、きっと。

──初めて読んでからは全く読む機会はなかったのでしょうか。

本棚に差してあっただけでした。コロナの頃は本屋さんも閉まっていたので、手元にある昔の本を読み直したりしているうちに、「あ、『敵』ね、面白かった気がする」という感じで何気なく手にとって読み始めたら、一気に読めてしまって。

──前半は特に読みやすいですよね。私も、一気に半分ぐらい読んでしまいました。

それが筒井さんの小説のすごいところだと思います。あれだけ情報量が多いのに読みやすい。映画化したから言うわけでもないですが、僕はこれまで読んだ筒井さんの作品の中でも『敵』はすごく好きですね。

──『敵』を映画化したいというのは、読み終えた時に思われたのでしょうか。

たまたま、読み終わったぐらいのタイミングでプロデューサーから電話がかかってきたんです。「何かやりたい企画ない?」と。すぐに打ち返そうにも、ちょうど『騙し絵の牙』を作り終わった直後で、実はすっからかんの状態だったので。

──そんな状態の時に連絡があったんですね。

読み終えたばかりの『敵』と、別の企画をプロデューサーに見せたら、『敵』に食いついてきたんです。

──なるほど。では、映画化をずっと温めてきたというよりも、たまたまの出会いという感じでしょうか。

コロナ禍の2020年というタイミングに読み返して、その時にプロデューサーから声がかかって。さらに、自分も長塚さんもちょうどいい年齢だったり。いろんなラッキーなタイミングが重なったおかげで、この映画ができたと言えるかもしれないですね。

──本作を経て、監督の考え方に変化はありましたか?

脚色を通じて『敵』という小説をより深く読むことができて。こういう最期を迎えたいとか、死ぬ前にこれをやっておきたいとか、こんな死に方が理想だとか、そんな風に考えても結局無駄なんだな、と。思った通りにはいかないんですよ。

──確かに。

だから何が起こっても、それを受け入れる心構えが大事なんだろうなと。この年になって後悔しても、あるいは先に期待してもしょうがないというような心持ちが、だんだん理解できるようになってきました。

──この映画を観た後は必ず"敵"の意味を考えてしまうと思いますが、どういう反応が1番多いですか。

映画を観たあと、"敵"は死とか老いとか孤独とか、そういうものだと最初は考えると思うんです。僕も、それでいいと思ってます。でも、撮影中に長塚さんを見つめ続けて感じたことですが、毎日自宅から遠い現場に体を運び、朝早くから夜遅くまでほぼ出ずっぱりで、さらに家の中で細かいシーンを少しずつ撮っていくのでメリハリもないし、精神的にも肉体的にもキツい撮影だったと思うんです。

正直なところを言うと、日程の序盤は長塚さんの体調を心配してました。でも、撮影が続いていくにつれて、お身体は疲れてらっしゃったと思うんですが、表情にはどんどん生気がみなぎっていくんです。

──なるほど。

77歳の俳優にとっては、ある意味、撮影現場だって"敵"かもしれません。でも、その"敵"と対峙し続けることで、それを乗り越えようとしてエネルギーもパワーも出るんですよね。家でゆっくり過ごしているのとは違うエネルギーが出るわけです。77歳にして。

──そうですね。

そういう意味では、"敵"というのは、死とか老いとか孤独だけではなくて、目の前の乗り越えるべきハードルとか、あるいは生きる上での目標とか生き甲斐とか、そういう言葉に言い換えてもいいのかなと思いました。"敵"に殺されるだけじゃなく、それによって生かされるということもあるんです、きっと。

取材・文/華崎陽子




(2025年1月23日更新)


Check
吉田大八監督

Movie Data


(C)1998 筒井康隆/新潮社 (C)2023 TEKINOMIKATA

『敵』

▼テアトル梅田ほか全国にて上映中
出演:長塚京三
瀧内公美 河合優実 黒沢あすか
中島歩 カトウシンスケ 髙畑遊 二瓶鮫一
髙橋洋 唯野未歩子 戸田昌宏 松永大輔
松尾諭 松尾貴史
脚本・監督:吉田大八
原作:筒井康隆『敵』(新潮文庫刊)

【公式サイト】
https://happinet-phantom.com/teki/

【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/372609/index.html


Profile

吉田大八

よしだ・だいはち●1963年生まれ、鹿児島県出身。大学卒業後はCMディレクターとして活動。数本の短編を経て、2007年、『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』で長編映画デビュー。第60回カンヌ国際映画祭批評家週間部門に招待された。『桐島、部活やめるってよ』(12)で第36回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞受賞。『紙の月』(14)は第27回東京国際映画祭観客賞、最優秀女優賞受賞。『羊の木』(18)で第22回釜山国際映画祭キム・ジソク賞受賞。その他の作品に、『クヒオ大佐』(09)、『パーマネント野ばら』(10)、『美しい星』(17)、『騙し絵の牙』(21)がある。舞台に「ぬるい毒」(13/脚本・演出)、「クヒオ大佐の妻」(17/作・演出)、ドラマに「離婚なふたり」(19)など。