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ムファサに立ちはだかる
冷酷なヴィラン・キロスを演じた渡辺謙
映画『ライオン・キング:ムファサ』
超実写プレミアム吹替版声優・渡辺謙インタビュー

2019年に超実写版が公開された『ライオン・キング』の前日譚『ライオン・キング:ムファサ』が、12月20日(金)より、TOHOシネマズ梅田ほか全国にて公開される。壮大なアフリカを舞台に、ライオンの王子・タカ(若き日のスカー)と、迎え入れられた孤児のライオン・ムファサの兄弟の絆を描く。

監督は『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス、音楽は『ミラベルと魔法だらけの家』や『リトル・マーメイド』のリン=マニュエル・ミランダが務め、超実写プレミアム吹替版声優を、尾上右近とTravis Japanの松田元太、そして、タカとムファサの敵となるキロスを渡辺謙が務めている。

そんな本作の公開を前に、キロス役の日本版声優を務めた渡辺謙が作品について語った。

──大阪は渡辺さんにとって馴染み深い場所だと思いますが、大阪での映画のキャンペーンというのは気分的にも違いますか?

基本的に大阪はすごく楽しいです。半分ぐらいタイガースの話ですし(笑)。

──他の地域とはやっぱり違いますか。

それはちゃうでしょ。それはもう全然違いますよ。楽やし。

──なるほど。

テレビ局も、お茶の間感覚だから、敷居がない感じがして。「また来たで」みたいな。

──意外にも初めてのディズニー作品への参加だとお聞きしましたが、本作のヴィランであるキロス役に決まった時はどのように感じられましたか?

話が来なかっただけで(笑)、いつかはやってみたいという思いはありました。すごく有名な作品ですし、本国でマッツ(・ミケルセン)がやってる役だということにすごく興味を引かれました。マッツがどんなアプローチをしてるんだろうという期待感はすごく高かったですね。

──実際にマッツ・ミケルセンさんが当ててらっしゃる声を聞いた時はどのように感じられましたか。

技術的にすごく面白い録り方をしてたんです。僕はラジオドラマや吹替の経験もありますが、声をのせる時は、距離感や対峙の仕方も大事ですが、基本的には実際の映像に合わせてやっていくものなんです。例えば、5mぐらい離れてるところに駆けつけて台詞を言う時は、普通だったら「おーい、何やってんだ」と大き目の声で言うんだけど、マッツは耳元で囁くみたいに、「おい、何やってんだ」って言うんです。

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──全然、印象が違いますね。

これでいいの?と思うじゃないですか。でも、ある意味、それがキロスの存在をもっと恐ろしく感じさせるんです。この人、どういう距離感で喋ってんの?と思うけど、それがちゃんと耳には届くという、すごく不思議なアプローチをしてたんです。それが、とても楽しくて。こちらも踏襲しようと思いながらやってました。

──なるほど。

もうひとつは、ちょっと人を食ったような言い方をしてるようなところがあって。

──おちょくってるみたいな感じでしょうか?

そうそう。ムファサとキロスの間には圧倒的な力の差があるんですよね。その上で、曲者的にやってるんだと感じました。

──歌がすごく大変だったとお聞きしました。

大変でしたよ(苦笑)。

──リン=マニュエル・ミランダさんの歌は、歌のようで歌じゃないというか、すごく独特な歌ですよね。

しかも、それを日本語に載せて、リップが合うようなワードで歌わないといけない。ビートは完璧にアフリカンサウンドだから、どうしたらいいのこれ?と思いました。さらに、譜割り通りに歌詞を載せていくわけじゃないですか。でも、譜割り通りに歌うと、これっぽっちも怖くないわけですよ。

──陽気な感じになってしまうというか。

そうなんです。台詞と歌の収録は別の日でしたが、台詞の収録が全部終わってから試しに歌の練習をさせてもらったら、「こんなはずない」と思うぐらい違和感があって。そこで、オリジナルのマッツの歌を聞かせてもらったら、まあ、ねばっこくて(苦笑)。そうか、このアプローチなんだ、と。そもそも、タイトルが「バイバイ」なんですよ。「バイバイ」ってさ、幼稚園児じゃないんだから。

──そうですよね(笑)。

「バイバイ」ってなんやねん?と思いますよね。「お前とはおさらばだ、バイバイ」という意味の歌なんですが、それって実は結構、キツい言い方じゃないですか。

──そうですね。

なのに、マッツは「バイバイ」ってふざけたみたいに歌ってるんですよ。

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──確かにおちょくってますね。

このテンションでやってるの?こんな感じなんだ、と。しかも、「バイバイ」は歌の中にいくつも出てくるんですが、全部違うんです。だったら、やったろうやないか、と。

──燃えたんですね。

それで、すごくうまくいきました。いい発見でしたし、悩んだ甲斐がありましたね。

──吹替版の声優を務めてみていかがでしたか。

表情をどう組み取るかということと原音がどういう風に伝えようとしてるのかということ、そして、英語から日本語にトランスレーションすることの3つを同時にやらなきゃいけないんですよね。例えば、ひとつのシーンを続けてやってOKが出ても、確認のためそのシーンを通して見ると、ちょっと伏せながら言ってるから、ニュアンスが違うように感じてやり直したりすることもありました。

──なるほど。

3つを同時に気にしながらやってるので、どうしても見落としてしまうことはありましたが、通して音に集中して見てると、もうちょっと深いことだったり、軽く言ってることに気づくので、その度に、もう1回トライしました。

──英語での演技の経験は、今回の声優にも活かされたのでしょうか。

ワード的なものは確かにあります。「ここは『We』って言ってるから、『俺たち』って言ってるんじゃない?」と台詞を再考してもらうこともあります。でも、今回のマッツの演技に関しては、もう少し感覚的なものとして、ワードというよりはトーンを参考にしていました。通常だと、声優というのは勢いよく描いていくような作業なんですが、今回はジグソーパズルみたいな感覚でした。

──なるほど。

オリジナルに忠実でいることは、ディズニーの作品ではとても大切なことなんです。どの国に行っても同じクオリティーで同じものを見せたいという思いがあるので。だからこそ、言語が違っても同じクオリティーで見せることにトライしなきゃいけないんです。

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──キロスは、後に偉大な王となるムファサに立ちはだかる敵として登場しますが、キロスという役柄についてはどのように感じられましたか。

実は、キロスは他のライオンとは少し違うんです。

──他のライオンと違うと言うと...

潜性(現れにくい)遺伝で生まれたライオンなので、云わば、動物の社会からはじかれた存在なんです。

──のけ者というか。

そういう存在なんです。ムファサに自分の息子を殺されたという理由で、しつこくムファサを追い込んでいくんです。

──なるほど。

疎外されて、ひっそりと肩を寄せ合って生きてる者たちが、マジョリティである「命の環=サークル・オブ・ライフ」と対立せざるを得ないという構造なんです。だから、結構切ない話なんです。

──そうなんですね。ムファサに敵意を見せるというよりも...

ひっそりと生きてきたのに、自分たちの存在すらを脅かされたからムファサを攻撃してるんですよね。もちろん、王になるという野望は持ってるんだけど、それは全世界を支配するということではないんです。

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──なるほど。

あまりポリティカルにしたくはないけど、そういう対立や民族紛争は世の中にごまんとありますよね。どちらに正義があるとか正義がないとかという話ではなくて、そういうアイデンティファイみたいなものの対立も示唆してるように感じました。

──そう聞くと、物語の側面が違って見えるような気がします。

世界の今のトピックを織り込んでいるようなところが、ディズニー作品の深さだと思います。

──そうですね。

そういうことも含めて、潜在的なフックがすごいというか。キロス役にどうアプローチしていいかわからなかった時に演出家といろいろ話をして。そこで、なるほど、と。阻害されてしまった苦しみやある種の悲しみは、人間が持っている感情として理解できるので、感情は入りやすかったですね。そういうことの伏線というか、アンダーグラウンドでのテーマが盛り込まれていると思います。

──キロスの役どころは、どのように感じられましたか?

キロスの目の奥が悲しいんです。

──深い悲しみを抱えながら生きてることが伝わってくるというか。

それを前面に押し出してるわけではないですが、危うさや切なさ、愁いを帯びているように感じました。

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──『ライオン・キング』はディズニーの中でも、歴史的にも大事な作品だと思います。

僕の世代的には、アニメーションの方がインパクトは強かったですね。いい話だと思いました。

──『ライオン・キング』といえば、先ほどもお話にあった「サークル・オブ・ライフ」がテーマになっています。

明らかに今は、「サークル・オブ・ライフ」が相当成立しにくい世の中にはなってますよね。世界情勢もそうだし、人種的な問題や宗教的な問題、環境問題もあって。でも、存在意義が薄くなればなるほど、「サークル・オブ・ライフ」を求めていかなきゃいけないんですよね。だからこそ、「サークル・オブ・ライフ」なんて、そんなものもうないんだよと言うのは、まさに今だと思うんです。

──なるほど。

オリジナルが作られた頃は、それが当たり前にあって、人類が求めてるものだという意識があったと思うんです。

──オリジナルは1994年でした。

そこから30年経って、世の中は大きく変わりましたよね。本当に人間ってこの地球に必要なものなの?みたいなところまで問われかねない時代になってると思うんです。だから、すごく深いテーマを内包した作品だと思います。

撮影/河上良
取材・文/華崎陽子




(2024年12月16日更新)


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Movie Data




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『ライオン・キング:ムファサ』

▼12月20日(金)より、TOHOシネマズ梅田ほか全国にて公開
字幕版声優:アーロン・ピエール、ケルヴィン・ハリソン・Jr.、ティファニー・ブーン、ドナルド・グローヴァー、ビヨンセ、マッツ・ミケルセン、ブルー・アイビー・カーター
超実写プレミアム吹替版声優:尾上右近、松田元太(Travis Japan)、渡辺謙
監督:バリー・ジェンキンス

【公式サイト】
https://www.disney.co.jp/movie/lionking-mufasa

【ぴあアプリ】
https://lp.p.pia.jp/event/movie/354265/index.html


Profile

渡辺謙

わたなべ・けん●1959年10月21日、新潟県北魚沼郡広神村(現:魚沼市)生まれ。演劇集団“円”研究生を経て、1980年、演劇「悲劇・ブリタニキュス」でデビュー。1987年にNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』で主演を務め、人気を博す。2003年公開の映画『ラストサムライ』でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされる等、国内外で高い評価を得る。その後、NHK大河ドラマ『炎立つ』(1993)でも主演を務め、日本映画では『陽はまた昇る』(04)、『明日の記憶』(06)、『許されざる者』(13)、海外でも『バットマン ビギンズ』(05)、『硫黄島からの手紙』(06)、『インセプション』(10)、『GODZILLA ゴジラ』(14)に出演し、ミュージカル『The King and I 王様と私』(15年~16年、18年~19年)など話題作に出演。近年は、配信ドラマ『TOKYO VICE』(22)や映画『ザ・クリエイター/創造者』(23)などに出演。また、25年放送予定のNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』で、田沼意次を演じる。『明日の記憶』と『沈まぬ太陽』(09)で日本アカデミー賞最優秀男優賞を受賞。『Fukushima 50』(20)で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞するなど、国内外で評価される、日本を代表する俳優。